アルジェリア
PST活動家 今の息吹き伝える
古典的形態とは異なる民衆決起
の中で自己組織化の歩みが始動
カメル・アイッサト
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五期目に固執したブーテフリカ大統領に民衆が怒りを爆発させたアルジェリアで、ブーテフリカの辞任、暫定大統領に就任した上院議長の下での大統領選挙、という形で事態収拾が図られようとしている。しかし軍がこの動きを主導していること、また当の上院議長がブーテフリカ側近であることに民衆が納得しているとは疑わしい。今なおデモも報じられている。事態の行方はなお注視が必要だと思われる。この状況を伝える貴重な情報として以下のインタビューを紹介する。先の事態収拾策が浮上した直後のインタビューだが、労働者を含む広範な民衆の動きや考えを伝えている。また、今回の決起は既存の運動の外側で発展した、という指摘も興味深い。(「かけはし編集部)
アルジェリアでは驚きに次ぐ驚きが起きている。何とブーテフリカ大統領は、二〇一九年四月二日の彼自身の辞任公表前に、彼を取り除こうとした将軍を閣僚に指名した。第四インターナショナルアルジェリア支部の社会主義労働者党(PST)の活動家であるカメル・アイッサトが四月一日、フランス反資本主義新党(NPA)機関紙、「ランテカピタリスト」のサム・ワックとアントーヌ・ララッケにこの情勢を説明した。
システムの基本保持狙った妥協
――あなたはガイド・サラハ将軍(軍参謀総長)による言明を説明できますか?
ガイド・サラハは三月三〇日夜、彼が憲法一〇二条、同七条と八条の適用を要求中だ、と公表した。しかし七条と八条は一〇二条に対応するものではない。つまり一〇二条は、大統領職を引き継ぎ、選挙を組織するのは上院議長であると規定している。一方七条と八条は、別の情勢との関係で、民衆の主権を述べているのだ。それゆえサラハの言明は、大統領が辞任しないならばとして、一つの攻撃として大統領を今脅している。サラハは、一〇二条の告知を早めたがっている。引用された三つの条文が法のレベルでは矛盾しているのだから、これは法的な解釈ではなく、政治的な解釈だ。
つまり政治的な解釈としては、われわれはベンサラハ(上院議長)が大統領となることを望んではいないが、しかしながら彼らは、暫定期のための臨時の大統領を見つけ出すだろう、ということだ。その夜の間に、いくつかの集団が、アルジェリア語で「イエス、ガイド・サラハや同類の人々」と書かれた新しい横断幕をもって現れた。しかし彼らは少数だった。そして翌日、それらの標識を携えた一団の若者は街頭から追い出された。
週末のデモは、それが他の部門で強化されてはいなかったとはいえ、決起は依然無傷で持続していることを示した。この週の間には、あらゆる種類の労働者の経済活動を含んだ部門で、数多くの行進があった。われわれは毎日デモを行っている。それゆえわれわれは、ガイド・サラハの言明に対する最初の反応は決起の継続だった、と言うことができる。
――それでは、軍と大統領の間には一つの対立があるのか?
ブーテフリカは、新政府の構成を公表し、そこでは、一日前辞任するようブーテフリカを脅したガイド・サラハ将軍が国防相代理になっている。したがって彼らは、本質を保持する目的で一つの妥協を作り上げようと試みたのだ。この妥協は基本的に、ブーテフリカの辞任と暫定政権の指名を基礎としている。
そして今朝彼らは、ハッダドとコウニネフのような何人かの大金持ちを犠牲にし始めた。この金持ちたちは確かに公的資産を浪費した。しかしこれは単に、ブーテフリカが君臨した時期に不正なやり方で富を作り上げた人物の一例にすぎない。これらの犠牲者は、国民主権の裏側で富を得てきたあらゆる者たちの裁判を何らかの形で求めている民衆に対する一つの応答だ。
アルジェリア国家の頂点におけるさまざまな派閥間の紛争は、極めて暴力的だ。しかし彼らの諸々の解決策は、いかなる形でも民衆運動内に何の反響も見出せていない。後者はもっと急進的であり、それは、「システム、失せろ」のスローガンの中で、国民主権を傷付けてきた者たち、何年もの間諸々の資産を略奪してきた者たち、その一つの部分が今や民衆に投げ与えられているこの買弁ブルジョアジー、に対する完全な拒絶を表しているのだ。
しかし人々はもっと多くを求めている。この政府の指名およびガイド・サラハとブーテフリカ間の妥協に対する最初の反応は、街頭における不満と怒りだ。たとえば月曜日、高等教育機関の労働者による重要な行進がベジャイアであった。UGTA(アルジェリア一般労働組合)の労働者によって再び活用されようとしている組合の活動の一部としてだ。今日それは本当に大きな決起だった。
社会的力関係の変化が妥協強要
――ブーテフリカ辞任の公表についてあなたはどう考えるか?
一つの大統領声明が月曜の夜にテレビチャンネルで読み上げられた。そこで彼らは、四月二八日を待たずに辞任するつもりだとブーテフリカが公表する、そしてその時までにその後彼が公表することになる重要な方策をいくつか講じる、と語っている。そこではどのような特定の方策にも言及はない。
ガイド・サラハは一ヵ月前、彼が選挙の保証者であり、ブーテフリカの五期目を支持する、と語った。社会内部の力関係が変化を遂げ、犠牲にされるべきものが生まれている、ということが露わになっている。それは、ブーテフリカ立候補の最初の撤回と政府の分解、次いで政権ナンバーツーだった外相で今犠牲にされようとしているラムタメ・ラマムラによる新政府の指名で始まった。彼はこれまで、西側諸国にあまりに多くの訪問を重ねてきたのだ……。
しかしわれわれは、危機の時にある数派閥から構成されている一つの体制を前にしている、したがって彼らは彼らの利益を長期的に維持することを可能にする妥協を今探そうとし、最初の犠牲の差し出しから始めることになっている、ということを理解しなければならない。つまりブーテフリカは五期目に進むことはなく、彼らはアルジェリア国内で力をふるっている多数のビジネスマンを逮捕しつつあり、民衆運動の圧力の下でいくつか譲歩を行おうとしている、ということだ。
他方で、ガイド・サラハがシステム継続の保証人になると思われる、と言うことは間違いとなる。というのは、ガイド・サラハ自身がシステムの本質的継続であるからだ。アルジェリアブルジョアジーは、一九六二年以後からずっとANP(軍勢力)の機構に結びついてきた。それこそが、われわれがわが国に対して国家資本主義という考えを語ってきた理由であり、われわれがブーテフリカをボナパルトと呼んできた理由なのだ。
民衆諸層の利益体現する憲法へ
――この情勢の中でPSTの主張はどういうものか?
PSTは五日に、われわれの考え方を、アルジェリア民衆の多数、つまり労働者、失業者、女性、資本主義システムから排除されているすべての人々といった、これらの層の利益を出発点とする憲法制定会議について広める試みとして、その全勢力をもって動員されるだろう。実際先の層の諸要求が新憲法に成文化されなければならないのだ。
決起は極めて強力に、おそらく他の決起よりもはるかに強力になるだろう。諸々の市民団体内部で、さまざまな討論の中で、人々はもはや家族を連れてではなく、ペットもつれて出てくることを計画中だ。それで彼らは、人びとが彼らすべてを去らせたがっているということ、またわれわれは彼らにはどのような移行も組織させたくはない、ということを判断するのだ!
民衆的大衆の利益を基礎とした憲法制定会議というわれわれの考えは、多くの層の内部に定着しつつある。これはそれ自体で結論ではなく、ほとんどの場を発展させ、新たなアルジェリア憲法内にもっと多くの社会的かつ民主的な諸権利を確立させる、アルジェリアで進行中の歩みにおける一歩なのだ。
PSTは、労働者陣営、排除された人々の陣営の中にいると主張する諸勢力すべてと合流し、われわれの声をわれわれが参加しているあらゆる行進に届けようと挑んでいる。また、「システム、失せろ」や「諸々の資産を略奪した人々すべてを裁判にかけたい」といった民衆のスローガンに意味を与えようと挑んでいる。それはわれわれが、アルジェリアのあらゆる富について銀行の秘密厳守を解くこととして解釈しているスローガンの意味であり、また「システム、失せろ」については、バザール経済、アルジェリア経済を荒れ果てさせた市場の経済、に基礎を置いたシステムと解釈しているものだ。
自己組織化の発展が唯一の保証
――憲法プロセスについてはどのように見ているか?
それは諸々の決起を通じて具体化されなければならない。そうでなければ、カネのある勢力が、彼らの利益、アルジェリアの富を今略奪している少数の利益、を代表するもう一つの憲法を押しつけることになるだろう。決起の継続とその深化、そして自己組織化が、労働者として、抑圧された女性として、若者、失業者、システムから排除された者として、この憲法にわれわれの希望を押しつけるためにわれわれが確保している唯一の保証だ。
われわれは今、組織化が始まった、しかし歴史の中でわれわれが知っていた古典的な形態にもとづいてではなく始まった自然発生的な民衆運動を前にしている。特にその始まりには、社会的勢力はまったく出現しなかった。
しかし、金曜日に、つまりわれわれが働かない日、「アルジェリアの日曜日」にデモに決起していたのは民衆、全体としての市民社会だった。住民は小さな印でスローガンを表現すると決めた。そしてそれが横断幕の展開へと進展した。これらは、ある種の概念化とは大きな距離があるいくつかの要求に導いた。しかしわれわれのような諸勢力によって概念化されたその内容は、この運動に非常に深い、非常に急進的な意味を与えている。
自己組織化は歴史的に確定した概念ではない。それは、与えられた時点で、彼らの道義心、彼らがもつ闘争の伝統、あるいは単純に敵対相手とぶつかる伝統、に応じて大衆が自らに与えるツールだ。今日住民が考慮に入れていることは、行進において、ものごとを要求し、ブーテフリカやガイド・サラハからの声明に応じている一つの体制に反対する、幅広い表現の自由があるという程度に応じて住民が組織されている、ということだ。民衆の回答は、金曜日の行進であり、労働者の諸層による毎週の行進なのだ。
諸々のデモの陰で掃除をしている住宅街の若い人々が示すように、十分に規律のある最大限の決起がある! しかし、民間テレビチャンネルにより、特に経済紙により押し出され、登場しようと挑んだスポークスパーソンらはほとんど全員拒絶された。メディアにより選ばれた人物たちを存在させることは体制の願いだが、しかしこれは今日現実になっていない。自己組織化が多くの分野で大いに徐々に発展することになった。
それは諸々の大学で具体化し始めている。われわれは諸々の自律的委員会の登場を今目撃しつつある。これは、大学の休みの二週間前に、そして一カ月間、アルジェリアの大学を閉鎖しようとした高等教育相の熱望を説明するものだ。
第二の側面は、今やあらゆる住宅街が彼らの横断幕の下に組織化に参加し、村々が組織化されるようになり、労働者がさまざまな労組の中で行動に入っている、ということだ。これは、SONACOM(国営機械組立公社)の、あるいはアンナバ鉄鋼産業港における事例であり、そこでは総会が開催され、それが街頭デモへと至った。そして今それが多くの部門で進んでいることだ。
われわれは毎日自己組織化の始まりを経験している。それは「ソビエト」なのだろうか? 違う。しかしそれは、労働者間の論争の、労働者の組織化の、労組官僚機構やそれらの官僚化した指導部との関係におけるものを含んだ、労働者の自律的表現の始まりなのだ。(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年四月号)
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