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    かけはし2019年4月8日号

欧州で進む水道再公営化


3.16

ATTAC公共サービス研究会がシンポ

内田聖子さん(PARC共同代表)が講演


映画「最後の
一滴まで」上映
 三月一六日、ATTAC公共サービス研究会は、東京・文京区のアカデミー茗台学習室で映画「最後の一滴まで」上映と、PARC共同代表の内田聖子さんの話を聞く集まりを行った。この集いには三〇人が集まった。
 映画「最後の一滴まで――ヨーロッパの隠された水戦争」は、それまで民営化されてきた水道事業を、再公営化する動きが大きな流れになっていった過程を描いている。
 二〇〇〇年以後、世界では八三五件以上の水道再公営化が行われており、それを牽引するのがヨーロッパ諸国の大都市だ。二〇一〇年七月二八日、国連「人権および安全な飲料水と衛生に対する利用権」に関する宣言が国連総会で賛成一二二カ国、反対ゼロ、棄権四一カ国の圧倒的賛成多数で採択された。棄権したのは日本をはじめ、アメリカ、イギリス、カナダといった「先進国」だった。さらに二〇一五年一二月一七日には「安全な飲料水と衛生に対する人権」に関する決議が国連総会で採択された。
 しかしこうした動きに逆行する流れも顕著だ。日本では二〇一八年六月、国会で水道法の改正案が審議され、今まで以上に民間企業が水道事業に参入しやすくなる『コンセッション契約』の推進を含む改正が検討されている。そして欧州でも水道民営化の逆攻勢が二〇〇八年の欧州債務危機以後明らかになった。
 「深刻な打撃を受けたギリシャやポルトガル、アイルランドなどの国々には、欧州連合による財政再建計画の一環として水道事業の民営化が押し付けられています。背後にはこれらの国々を新たな投資先として狙う水道企業と、その企業と密接につながるフランス政府などの存在があるのです」「再公営化によって水道サービスを公共に取り戻した自治体と、いままさに民営化を強いられている自治体――。同じヨーロッパにおいても、両者の姿は明確に異なります」(呼びかけチラシより)。
 映画「最後の一滴まで」は、フランス、アイルランドなどを舞台に民間企業による「水の商品化」に抗し、「安全な水への権利」を掲げて「再公営化」をかちとった労働者、市民たちの闘いを描き出している。

水は金もうけの
商品じゃない!
内田聖子さんは、欧州債務危機と緊縮財政、公共企業の民営化という流れに抗して再公営化の闘いが広がっていった経過を語った。パリでは二五年間の水道民営化の後、二〇一〇年に再公営化となった。二〇一四年にはベルリンでも再公営化が実現された。それは「民営化によってしか効率的にはならない」という主張への批判として広がっていった。ベルリンでは民営化でも負債は減らず、むしろ拡大した。それは水資本に三〇年間にわたって利益を保障し、すべてのリスクを市民に押しつけたためだった。
ポルトガルのある中心都市では、民営化によって水道料金は四倍となった。イタリアでは水の再公有化をめぐる国民投票で、賛成が九五%に達した。
ギリシャの自治体では民営化攻撃を住民投票で拒否した。アイルランドでは水道会社がなく、自治体にゆだねられていたが、そこに水資本の圧力が高まった。二〇一四年、住民たちは水道料金メーター取り付けに反対し、二〇一四年には水道料金導入に抗議する二〇万人のデモが行われ、国民の七三%が新料金支払いを拒否した。ギリシャでは民営化を住民投票で拒否した。「水がなければ人は生きられない! 水は金もうけのための商品ではない」。これが人びとのシンプルな思いだったのである。
民衆は「水を市場原理で扱ってもうまくいかないよ」「これは『水』という民主化運動だ。公共性を取り戻せ」と訴えた。しかし欧州委員会は「聞く耳」を持たなかった。

公共事業の意義
再確認すべきだ
内田聖子さんは「水は人権」と語る。大企業の圧力は欧州委員会の政策に深い影響を与えている。マクロン仏大統領が、ギリシャを訪れたことは象徴的だ。「緊縮財政・民営化」という枠組みの中で、再公営化以後も「利益を上げて料金を下げる」ことを目的とする試みが行われている。
ここで問題となるのはPPP(官民連携での公共サービスの提供)、PFIP(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ=公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う手法とされる)といったやり方だ。
しかしイギリスの例で実際に起きたことは、「経営の効率化」とは水道料金値上げであり、高額の役員報酬、配当、グループ会社への独占的発注、過剰な設備投資、公共の関与の希薄化、人材確保の困難等々といったことだった。イギリス労働党のジェレミー・コービン党首は「私たちに必要なのは公的な倫理と確かな管理のもとで公務員によって提供される公共サービスである」と述べている。
内田さんはさらに「日本の水道民営化」について「PFI・コンセッションの問題点」として批判した。PFIは公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力・技術的能力を活用して行う手法だが、その際、自治体の自主的・自律的判断が歪められ、もっぱら経営的判断が優先されることになりがちである。水道事業では自治体が認可や施設の所有権を持ったまま民間企業に運営権を委託できる「コンセッション方式」が導入される。
すでに浜松市、伊豆の国市、奈良市、宮城県などでその方式による水道民営化の可能性が高い、という。東京都も下水道コンセッションの検討に入ったという。他方、民営化反対を明確に表明する自治体も、新潟県、福井県、長野県、神戸市など、現われている。
最後に内田さんは、「水は地域自治の基本」と強調し、民営化への対抗や再公営化の運動は公共サービスの運営や公的所有を民主化する入口、と訴えた。
水道事業の民営化に反対し、再公営化という流れを日本においても課題としていく運動を、欧州などの経験に学びながら作り出していこう。      (K)

3.2

女たちの戦争と平和資料館(wam)

女が問う日本の植民地支配責任

第16回特別展オープニング・トーク

 三月二日午後二時から、早稲田のAVACOチャペルで、wam(女たちの戦争と平和資料館)第16回特別展オープニング・トーク「女が問う? 日本の植民地支配責任」が行われた。オープニング・トークでは、日本の植民地支配の実態を明らかにし続ける、日本と韓国に住む二人の女性が問題提起した。

「親日問題」から
考える、とは?
野木香里さん(民族問題研究所・植民地歴史博物館〈韓国・ソウル〉研究員)。
野木さんは「日本の朝鮮侵略・植民地支配とは〜植民地歴史博物館の展示、親日問題から考える〜」と題して講演を行った。
二〇一八年八月に韓国で植民地支配歴史博物館が韓日市民のカンパによってオープンした。とくに「親日」問題を取り上げた展示を行う唯一の博物館。この展示を紹介しながら、@「親日清算」の動きは植民地期から起きていることをまず紹介した。義烈団、祖国光復会、大韓民国臨時政府の綱領において。A米軍政下から一九四九年。「親日派」の積極的活用。B朝鮮戦争から民主化運動過程。朝鮮戦争を通じ、「親日」勢力が「愛国者」、「民族主義者」に、その批判は国論を分裂させ、愛国者を批判する反国家行為とみなされた。C一九八七年、六月抗争以降。民間の研究機関、民族問題研究所発足。二〇〇五年、ノ・ムヒョン大統領時代、大統領直属機関「親日反民族行為真相糾明委員会」発足。「…真相糾明とこれと通じた歴史と民族の正統性を確認、さらに社会正義の具現」を目的、四年六カ月の活動。
「親日派」は個人の問題ではなく、日本の植民地支配のために意識的に作り出したものであった。「韓国併合に関する条約」(一九一〇年八月二二日)第三条 日本国皇帝陛下は、勲功ある韓人にして特に表彰を為すを適当なると認めたる者に対し、栄爵を授け、かつ恩金を与ふべし。一九二〇年代、親日勢力育成による分割統治なくしては朝鮮支配は不可能だと認識、分裂の対象があらゆる階層にわたり、手法も巧妙化。一九三〇年代半ば以降、朝鮮人戦争動員のためのスローガン「内鮮一体」、朝鮮人を忠良な皇国臣民たらしめる。
民族問題研究所『日帝協力団体事典』二〇〇四年、三五〇の団体と約一万人の関係者収録。
「親日」問題とは、日本の朝鮮侵略、植民地化、植民地支配、「解放」、分断、独裁、民主化を貫通。どのような背景・構造のもとで、どのような行為、被害があり、なぜどのように継続しているのか、その歴史的経緯、歴史的意味を問い、責任を追及し、どのように克服して、どんな社会、世界をつくっていくのか悩むこと。
「韓国」に限定された問題ではない。三・一独立運動から百年、日本でその歴史的意味を再考するというとき、そこに「親日」問題を考える視点は入っているか。

植民地支配下の
朝鮮の女性たち
次に宋連玉(ソン・ヨノク)さん(青山学院大学名誉教授、文化センター・アリラン館長)が「植民地下の朝鮮女性たち」と題して講演を行った。
宋さんは、日本が朝鮮半島に移植した近代公娼制度と日本軍「慰安婦」の実態を当時の資料を使いながら説明した。
日本は朝鮮を植民地にしてから、すぐに遊郭を移植した。例えば吉原にあった有名な中米楼と同じ名前で釜山に遊郭を作った。当時の朝鮮人は公娼制をどう見たのか。大韓民国臨時政府憲章の第九条に、「生命刑・身体刑及び公娼制を全廃する」とうたっている。
内務省・警察→公娼制(国営事業、民営ではない)、軍隊→「慰安婦」制度。北部朝鮮兵站と初期類似「慰安所」、・司令部の募集に応じて小林弥平が遊郭「美人楼」を始める・警察が毎日遊客名簿などの点検・監視、軍医が診察する。
帝国日本の国家としての暴力性。明治時代、義兵を暴徒と称し弾圧。大正デモクラシーと言われる時代、三・一独立運動への弾圧、関東大震災時のジェノサイド。「一五年戦争」と言われる時代、朝鮮人を戦争の末端に組み込む。「大正デモクラシー」「一五年戦争」という言い方も含めて歴史の見直しが必要ではないか。

討論の枠組み
への問いかけ
公娼か?「慰安婦」か?の議論がある。
一、公娼制=「慰安婦」制度=戦時公娼制、この論は国家の免責を主張する歴史修正主義。
二、公娼制=「慰安婦」制度。公娼制の定義@平時A市民法の適用B廃娼規定。公娼は性奴隷、「慰安婦」も性奴隷。しかし本質は異なる。
三、公娼制(内地)≠植民地公娼制≠「慰安婦」制度(折衷案)、植民地公娼制と軍隊の関係は深い。しかし「慰安婦」制度は戦時公娼制ではない。ミッシング・リンクの説明がない。
四、一から三を超えるパラダイムの必要性。構造的・重層的歴史認識、植民地主義批判が必要。
講演の後、質疑応答の時間を取る予定だったが熱の入った講演のため、時間が足りずに取りやめになった。会場の研究者から、公娼か「慰安婦」かという問いかけに意味があるのか、性奴隷制の問題として捉えるべきではないかと問題提起があった。会場は補助椅子が出される程関心が高かった。帰りにwamの展示を見たが、「元慰安婦」の証言、写真が壁いっぱいに貼られていた。「私たちを無視するな」と語りかけていた。ぜひとも訪れていただきたい。    (M)

日本共産党と元号

今、天皇制をなくす
ことに反対と明言

 日本共産党の新元号の制定に対する立場はどうか。共産党が機関紙「赤旗」の日付に元号を併記するようになったのは二〇一七年の一月からだった。しかし「赤旗」サイトによれば昭和天皇の死まで、同紙は西暦に元号を併記していたのだという。
 昭和天皇の死とともに「元号」を併記しないようになったのは何故なのか。それがまた途中から元号を併記するようになったのは……(これは分かる気がするが、きちんとした説明はないようだ)。
 「赤旗」は新元号を報じる4月2日の紙面で、元号使用問題について、「慣習的使用に反対しないが使用の強制に反対する」との志位和夫委員長の談話を掲載している。その内容は次のようなものだ。
一 元号はもともと中国に由来するもので、「君主が空間だけでなく時間まで支配する」という思想に基づくものである。それは、日本国憲法の国民主権の原則になじまないものだと考えている。
一 わが党は、国民が元号を慣習的に使用することに反対するものではない。
 同時に、西暦か元号か、いかなる紀年法を用いるかは、自由な国民自身の選択にゆだねられるべきであって、国による使用の強制には反対する。
一 政府はこれまで「一般国民にまで(元号の)使用を強制することにはならない」ことを「政府統一見解」として明らかにしている。
 この立場を厳格に守ることを、あらためて求める。

 質疑応答の中では志位氏は「いま元号あるいは元号法を廃止すべきという立場には立っていない」「『君主制』の廃止を二〇〇四年の新しい綱領では削除しており、それをふまえてこうした立場を取る」とも述べている。つまりいま天皇制をなくすことには反対、ということだ。本当にそれでいいのか?      (K)

 



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