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    かけはし2019年3月11日号

危機へのまがいものの回答こそ極右育てる


米国

右翼「ポピュリズム」の脅威

今こそ鮮明なオルタナティブを

アゲンスト・ザ・カレント

 以下は、トランプ政権に体現された米国政治の右翼的変質と社会の亀裂に対し、左翼がどのように立ち向かうべきかを論じている。国際的に広がる極右台頭の動きを視野に収め、資本主義の歴史的危機に対する抜本的社会変革への挑戦が現実の課題になっていると主張されている。(「かけはし」編集部)

世界の民衆巻き込む不穏な動き

 それは本当にドナルド・トランプの責任となる可能性があるのだろうか? 最悪の悪ふざけ、米国の近代史上もっとも悪意あり、意図して無知を装った大統領は、地球の多くを貫く権威主義政権、レイシストかつ反移民の諸政党、右翼のフェイク・ポピュリズムの広がりを説明する役に立つのだろうか?
 いくつかの場合は確かに、トランプがそれを可能にしている者だ。サウジアラビアの「改革派」支配者、そしてジャレド・クシュナー(トランプの長女のパートナー:訳者)の大の友人、モハムマド・ビン・サルマン王子からの命令に基づく、ジャーナリストのジャマル・カショギの殺害には、米国が後押しする「サウジ主導の連合」のイエメンでの戦争が皆殺し的様相を帯びる中でも、誰一人――トランプを除けば――それを信じるふりをしないほどの道理に反したもみ消しが続いた。
 しかし、社会のもっともか弱い集団を攻撃する、民衆の右翼的基盤に支えられた、上からの権威主義的支配には、広範囲に広がるぞっとするような諸々の事例がある。フィリピンの大統領、ロドリゴ・ドゥテルテは、彼の警察部隊による超法規的大量殺害をあけっぴろげに誇っている。新任のブラジル大統領、ジャイロ・ボルソナロは、政治的反対派の根絶、拷問の復活、貧しいコミュニティに対する軍と警察の解き放ち、アマゾン「開発」に対する先住民衆の抵抗の粉砕――世界でもっとも重要な熱帯雨林を今世紀半ばまでに砂漠に変える潜在的可能性を伴って――を約束している。
 インドの暴力的な「ヒンズー至上」民族主義は、モディ政権によって励まされている。トルコのエルドアン政権は、数百人のジャーナリストを投獄し、真実であろうが思い込みであろうが、敵と見た数十万人の公務員、専門職の人々を解任した。タンザニアでは、LGBTQの人々がいのちへの怖れから世を忍んでいる。民主的諸権利に対するこれらの悪意のこもった攻撃および住民の標的化は、単に全体主義的政権の抑圧によってしでかされている(中国政権の大量収容所やウィグル民衆の「再教育」の場合のように)のではなく、「下からの」相当な支持も得ている。
 欧州の情勢もまさに同じく不穏だ。ポーランドの「法と正義」党政府は、女性の諸権利に攻撃を加え、司法を粛清している。ハンガリーの「偏狭な民主主義」の豪腕指導者、ヴィクトール・オルバンとイタリアのいわゆる「ポピュリスト」連合政権は、移民と必死で難民を申請している人々に対する残忍な攻撃によって支持を高めた。こうした行為のどれだけが、中米からの難民の「侵攻」、米国境における家族の分離と大量拘留、「人民の敵」としてのジャーナリズムに対する彼の扇動、これらに関するトランプのレトリックで可能にされているのだろうか?
 トランプおよび彼の広げられた一家の事業との間で選挙の前後で関係を抱えるウラジミール・プーチン政権は、一方でロシアのジャーナリストや反戦の批判者、またLGBTQの諸権利の主唱者がほとんど知られることなく本国で消されている中、亡命者を害するために工作員を海外に送っている。ウクライナ、バルト諸国、東欧における、軍事的挑発と対抗挑発は危険なほどに高まり続け、これらのすべての場所で、抑圧的で反民主的な諸傾向の高まりへと跳ね返っている(一般に戦争の危機がそうであるように)。

深まる一方の歴史に根ざす危機


 もちろん、これらすべてにトランプの責任があるかどうかを問うことには、半分のまじめさしかない。しかし、より深い本質的な課題は、この反動的なパターンに取り組むことだ。米国政治を含む右翼の偽ポピュリズム――もっとも富裕な層やもっとも特権をもつエリートと怒りを抱える民衆や労働者階級の基盤からなるこの連合――の高潮の底に潜む原因は何なのか? この不穏に彩られた時期における、展望および急進的で社会主義的な左翼の責任とは何なのか?
 そこから順調に育ってきた富裕層が高く持ち上げたいわゆる「世界秩序を基礎とした諸ルール」は、住民の多くを置き去りにしてきた。いわゆる中道右翼、リベラル、社会民主主義の諸政党は貧しい者たちに、「自由貿易」――資本の自由な運動を意味する――、金融の規制解体、また緊縮というエリートの設定課題を押しつけてきた。
 今日、相対的に暮らし向きがよかった者たちのある者たちは、その新自由主義的秩序が次の景気後退や金融危機に向かってぼろぼろと崩れ、よろめく中で、彼ら自身の将来が消えようとしているのを見ている。多くの中でも最新の事例は、北米の五つの工場を稼働停止にする、というGMの計画だ。その計画は、一万四〇〇〇人の自動車労働者の職をごみの山に捨て、さらに数千人を脅かし、影響を受けるコミュニティを困惑させている(多くの観測者は、この動きは二〇一九年の協約交渉で自動車労働者が彼らの要求を引き下げるよう脅すための、GMの策略、と感じている)。
 労働者と貧困層が独力でやっていくよう放置される中で、エリートたちは右へと動いている――特に、ブラジルで劇的に示されたように南米で――。労働者と貧困層の対応は、米国の労働者階級のトランプ支持のように退行的な形態をとる可能性があるが、しかしまた、フランスにおける「黄色のベスト」の抵抗に対する広範な民衆的支持に見られるように、緊縮に対するもっと望みある反乱の形態をとる可能性もある。
 われわれは後に下がり、もっと大きなパターンの部分を概観することもできる。EU内部では、ユーロという共通通貨から利益を得ている裕福な諸国(たとえばドイツ)と、そのワナに捉えられている裕福ではない諸国(特にギリシャ)の間にある溝――そして各国内部で裕福な者と貧しい地域や階級の間で広がり続けている溝――が、EUをずたずたに引き裂こうとしている。英国ではその推進力が、日和見主義者、反ムスリムかつほとんどむき出しになった白人民族主義の諸勢力にブレグジット国民投票の実行を可能にさせ、英国・EU間の「離婚」に導いた。それは、ある種やっかいな袋小路、あるいは破局的な惨害の間にあるどこかに導こうとしているように見える。
 もう一歩下がって見よう。そうすればさらに大きな絵柄が現れる。グローバルサウスにとっては、「米国によって開始された平和に満ちた第二次世界大戦後の自由な秩序」は常に巨大な嘘だった。コンゴや南アフリカから中東、東南アジア、またラテンアメリカまで、多国籍企業の略奪、皆殺し的になった超大国の毒をはらんだ戦争、そして西側が後押しする王朝の独裁と軍事独裁が、その時代の秩序だった。民衆の運動と革命的運動は定期的に粉砕された。
 今や、古い紛争、さらに気候変動の結果――特に大量の田舎の民衆を土地から引き離すよう追い立てている干ばつと極端な気候――によっても強化された新しい紛争によって、難民たちが、欧州や南部米国国境にたどり着こうと、危険を承知の必死な旅に向かい続けている。今世界中でおよそ六八〇〇万人の避難民がいるが、それは、今後二、三〇年以内にもっと多くの場所が住めなくなるに応じて現れる、数億人の前兆にすぎないのだ(まさに今米国を襲っているエスカレートするばかりの、気候が加速する惨害にはまったく触れないとしても)。

トランプ同様極右の回答は空虚

 米国内では欧州同様、反難民の過激な反動に吐き気がし、さらにぎょっとするようなひどさにある。今日麻薬のギャングや死の部隊から逃れようとしている僅か二、三〇〇〇家族を、米国の安全保障を脅かす「侵攻勢力」とレッテルを貼ることができるのであれば、反移民勢力が打ち破られない場合、われわれは果たして、将来の危機は可能性としてどのように見えると想像できるのだろうか?
ドナルド・トランプは、これらの連結した危機の原因ではなく――もしそれが唯一の診断であったとすれば、治療法は何と単純になっていたであろうか!――、世界の体系的病弊の一つの半ば常軌を逸した象徴なのだ。
彼は確かに、友好的な諸政権の抑圧、レイシズム、また全体的な残忍さに対する彼の無関心さという形で、ものごとを悪化させ続けている。「米国に仕事を戻す」に関する彼の自慢は、GMの公表――そして、「関税マン」という彼のツイートおよびカナダや欧州の鉄鋼とアルミニウムに関する恣意的な関税が、一二月の株式市場急落を決定的に悪化させた――後では、まったく空洞であるように見える。しかしトランプは、最悪の場合でも、新自由主義の資本主義それ自身と同じほどには破壊的であり得ないのだ。
もっと重要なこととして、トランプ政権と相応する欧州の右翼偽ポピュリストは、彼らを傑出へと押し出すにいたった危機に対しては、何の解決策ももっていない。彼らはただ、実質的には超富裕層の貪欲に、また、その暮らし、家族、コミュニティが途方に暮れさせられ続けている人々の怖れに訴える、偽の約束を差し出しているにすぎず、出口の提起はまったくない。米国の中間選挙結果、および左翼復活という見通しは、その現実への部分的な反応だ。

中間選挙結果の成果と限界


米下院における民主党の新たな多数確保は、われわれの考えでは、一つの突破というよりも一つの均衡調整と理解されなければならない。とはいえそれは、鍵を握る州における共和党のゲリマンダーとレイシズム的有権者弾圧に打ち勝つ上で、民主党が大きな支持者の差を必要とした、という点で意義深いものだった。
トランプに対する広範な反感は明らかに、アフリカ系米国人、女性、ミレニアル世代内部の高投票率同様、巨大な要素だった(二〇一六年の選挙がもし違った形になっていたとすれば、われわれは次のように考える。つまり、ヒラリー・クリントン大統領期の二年は、議会両院にのど輪をかける、共和党の「赤い波」という結果になっただろうと)。
有権者弾圧は今、正面のかつ中心的な課題になっている。そこには、ジョージア州知事選に対する共和党による前もっての盗み取りが含まれている。共和党は今日、全国で権力にしがみつくために、極端なゲリマンダーと有権者弾圧――不条理な選挙人団と並んで――を頼りにする極右が支配する一団になっている。後任が民主党行政となるミシガンやウィスコンシンのような州では、レイムダック会期になるゲリマンダー化された共和党議会が、労組を無力化し、新知事の挫折を図ろうと、言語道断な反民主的諸方策を制定しようとしている。
全国的な問題では、何人かの自称社会主義者および次の議会に選出された女性の高まった比率を含んで、より大きくなった「進歩派議員団」の出現は、現民主党多数派が抱える他の現実と対比考量されなければならない。マット・カルプがジャコバン誌で単刀直入に述べているように、クリントンキャンペーンが二〇一六年に愚かにも追い求めた戦略――何ほどかステレオタイプ化された「大学教育を受けた郊外の女性」に比重を置き労働者階級を無視する――は今回、いくつかの競合区で民主党のために機能した。しかし、二〇一八年には一方向にぐい、と動いたものは、次回にはすぐさま戻る可能性があるのだ。
われわれはここで、民主党が彼らが取り戻した力で何を行うのか、あるいは共和党指導部とウォールストリートが最終的にトランプに背を向けるのかどうか、あるいはそれがあるとすればいつか、を推測するつもりはない。しかしわれわれは、今回の中間選挙から引き出されるものを二つ認めている。
第一に、米国の有権者の大きな部分を占める少数派が右翼権威主義と偽ポピュリズムの諸要素に今も引きつけられているとはいえ、二〇一六年に多数派はそれに票を投じず、それらの諸要素は、トランプの見苦しい反移民の病的興奮、世界の浅ましい独裁者たちとの相互賞讃、そして悪臭漂う個人、家族、体制の腐敗を含んで、今のところ多数派からは拒絶されている。
第二として、しかしながら、民主党の進歩的翼の成長は、資本と新自由主義の秩序の機関並びに防衛者としての党の性格を変えることはなく、それが親企業の指導部に原理的な異議を突きつけるということもない。共和党に票を投じた白人労働者階級は実際にはげ落ちてしまっている。しかし指導部は、彼らに言うべきことをほとんど何ももっていない(医療を受ける方策を守るという約束以上には)。

左翼が引き受けるべき課題とは

 民主党がどのように課題設定を行うか――それが半ば前向きな立法計画になるかどうか、あるいはその代わりに、弾劾に関する注意そらしの空騒ぎとなるのかどうか――にかかわらず、実体のある主導性と本物の左翼および社会主義の再生は、常のこととして、社会運動にかかっている。移民や難民の防衛、女性の権利や生殖の自由の防衛、見境のない警察の暴力に対し黒人コミュニティを防衛することは、政治的力関係が少しばかり反動性が低くなっているとしても、優先性を持ち続けている。
迫り来る破局的な気候変動の現実にもまた、直接に立ち向かわなければならない。鮮明なオルタナティブがなければ、人々は絶望か現実否認に押しやられるのだ――行動がもっとも急を要して必要とされるまさにその時に――。マクロンフランス大統領の燃料税引き上げの挫折は、余裕がない人々に犠牲を押しつけることによって、まさにやるべきではないことを示している。
しかし、新たな挑戦と機会が生まれている。たとえば、GMの工場閉鎖に対する本物の進歩的な対応の可能性を考えてみよう。ストライキと工場占拠への怖れが何らかの譲歩を企業に迫るとすれば、それは歓迎されることだろう。しかし必要なことは、はるかに前に飛躍するビジョン――大量移動と一〇〇%再生可能なエネルギーに向けたインフラに次の一〇年以内にぜひとも必要となる生産に対し、諸々のプラントを転換し、労働者の技術を利用するための戦闘――だ。
その種の転換は、確かに、政治的な行動と法を制定する行動を、しかし何よりも、社会的決起、労働者管理、生産の民主的計画、そして脅威にさらされた勤労民衆と彼らのコミュニティの未来に対する集団的な社会的関心、を必要とする。そして、国民国家の境界内部だけではなく世界的にも必要とされる等しく原理的な再組織化は、自動車だけではなく、農業や通信、さらに医療や教育やもっとはるかに多くの場合でもあてはまるのだ。(アゲンスト・ザ・カレント二〇一九年一・二月号より)(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年一月号)


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