2.24
3・1朝鮮独立運動100周年東京集会
韓国からも4人の代表参加
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三・一朝鮮独立運動一〇〇周年を目前に控えた二月二四日、文京区民センターにおいて三・一朝鮮独立運動一〇〇周年キャンペーン実行委員会が主催する東京集会が行われた。第二回目の米朝首脳会談が直後に予定されていることや、韓国での日韓条約見直しの動きなどが始まっているということもあって、この日の集会には会場を埋めつくす二八〇人が参加した。
また韓国からも四人の代表(ソン・ジョンモク四・二七時代研究員国際分科長、ハン・チョンモク六・一五共同宣言実践南側委員会常任共同代表・韓国進歩連帯常任共同代表、リュ・ギョンワンコリア国際平和フォーラム共同代表、ソン・ミヒコリア国際平和フォーラム共同代表・ウリハッキョと子どもたちを守る市民の会共同代表)の参加があった。
歴史を直視し
過去の清算を
集会は主催者を代表して、日韓民衆連帯全国ネットワーク共同代表の渡辺健樹さんによる主催者あいさつから始まった。渡辺さんはまず、三月一日に新宿アルタ前でのリレートークとキャンドルアクションへの結集を訴えた。さらに六月七〜八日には総がかり行動と協力して、朝鮮問題の国際シンポと大集会・デモを予定していることを報告した。
そして、「安倍政権は朝鮮半島の平和への動きを妨害し、元徴用工への賠償支払い判決に対しても声高に非難を繰り返しています。安倍政権を一刻も早く終わらせることが私たちがなすべき課題ではないでしょうか。日本が平和国家として進むためにも、歴史を直視し過去の清算と植民地主義からの脱却、日朝国交正常化の実現、朝鮮半島の平和と統一に寄与する道を歩んでいきましょう」と訴えた。
続いてこの日の集会のために制作された「植民地支配に抗して―三・一朝鮮独立運動」が上映された。上映後「三・一独立運動(一〇〇年)に想うこと」をテーマに三人から報告と問題提起を受けた。
朝鮮学校抑圧
撤回への訴え
東京大学教授の外村大さんは、日本国内で三・一運動がどのように意識されてきたのか報告した。外村さんは、一九三〇年代前半の日本のプロレタリア演劇運動を日本人とともに担った朝鮮人の劇団の名前は三・一劇場であった。四六年以降は在日朝鮮人団体による記念集会が毎年、開催されてきた。また日本人の歴史家や作家などによって朝鮮植民地支配に対するとらえ直しが行われてきたことを報告した。そして「朝鮮の人々の活動を、反日という奇妙な記号でのみ語るような雰囲気も一部にあるが、三・一運動は東アジアの平和と人権をめざした運動であることを確認する必要がある」と語った。
アクティブミュージアム・女たちの戦争と平和資料館館長の渡辺美奈さんは、三月一日から来年の三月末までのwam第一六回特別展―朝鮮人「慰安婦」の声を聞く 日本の植民地支配責任を果たすために、の紹介とその意義をアピールした。
「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会共同代表の森本孝子さんは、一二年二月に全国一〇校の朝鮮高校が無償化不指定されてからの裁判闘争の経過と、韓国をはじめとして国際的な支援の輪が広がってきたことなどを報告した。森本さんは最後に「朝鮮学校排除は官製ヘイトだ」「朝鮮学校は植民地支配の生き証人だ」とする指摘を紹介して「日本の現代史、人権の問題として子どもたちの笑顔を取り返すために奮闘していく」と訴えた。
南北和解敵対の
安倍政権打倒へ
休憩をはさんでから、東京朝鮮高級学校の合唱部のみなさんによる合唱が披露された。コヒャンエ ポム(故郷の春)と花、そして最後にアリランを会場全体で大合唱した。
韓国ゲストからの報告は「三・一独立運動一〇〇周年、南北共同行事の視点から」ソン・ジョンモクさんが行った。ソンさんは報告のなかで二回目の米朝首脳会談について「歴史的な合意が発表される」として@米朝の関係正常化に向けて米国の制裁緩和と連絡事務所の設置A朝鮮半島の平和体制に向けて米朝に韓中が加わった四者会談の形式になる。平和協定の核心は在韓米軍の撤退問題B朝鮮半島の完全な非核化は朝鮮が核の生産、実験、使用、拡散による凍結を提示した。課題は米国が相応の措置を講じるかどうかだとの、見通しを示した。
集会はその後、韓国へのユース・スタディーツアー参加者と県民投票さなかの沖縄アピールを受けて、「日本からの応答―三・一朝鮮独立運動一〇〇周年にあたっての民衆宣言」が読み上げられ、会場全体の拍手で確認された。
政権と官僚支配体制の腐敗・堕落を深め、沖縄の民意を踏みつぶし、朝鮮半島の南北和解に敵対する安倍政治を終わらせよう。(R)
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「金子文子と朴烈(パクヨル)」を観て
S・M
渋谷のシアター・イメージフォーラムで「金子文子と朴烈(パクヨル)」(監督:イ・ジュンイク 出演:イ・ジェフン チェ・ヒソ キム・インウ キム・ジュンハン 山野内扶 金守珍 英題:Anarchist from colony 監修協力:加藤直樹 2017 韓国 カラー 129分)を観た。
関東大震災と
大逆罪ねつ造
「1923年(大正12年)9月1日、関東大震災が発生した。1918年の米騒動、1919年の3・1朝鮮独立運動で、民衆の怒りを目の当たりにしていた日本政府は、ただちに戒厳令を発令する。その混乱のさなか、『朝鮮人が井戸に毒を入れ、暴動を起こしている』というデマが広がり、多くの朝鮮人が軍や自警団によって虐殺された。そのデマの拡散の原因は住民の口伝のみならず、政府から情報を得た新聞であった。次第に被害者の数が増え、日本政府は国際社会からの非難を避けるため、事件の隠ぺいを試みる。アナキスト結社“不逞(ふてい)社”を率いる朴烈と同志の金子文子を選び、大逆罪をでっちあげたのだ。もともと偽裁判なのだから、これを逆手にとり、死刑を恐れずに自らの自由な思想を朗々と披露する二人。彼らを応援する日本・朝鮮の支持者や、次第に感化される判事、翻弄されつづける内務官僚など、壮大な人間ドラマが展開する」(『キネマ旬報』2019年3月上旬特別号、発行 株式会社キネマ旬報社)。
「韓国で17年に公開された本作は、テーマや規模から予想された数字を大きく上回る235万人という観客を動員。チェ・ヒソの演技も高く評価され、各映画賞の新人賞に選ばれたほか、大鐘賞では主演女優賞にも輝く快挙となった」(『キネマ旬報』2019年3月上旬特別号)。
栗原康氏(政治学者)は述べる。
「わたしはアナキズムの研究者だ。昨年10月、シンポジウムで朴烈(パク・ヨル)と金子文子の話をしに韓国に行ってきたのだが、そのときソウルの居酒屋で飲んでいたら、隣の客に『なにしにきたんだ?』とたずねられた。で、朴烈と文子の話をっていうと店内がものすごい熱気につつまれて『文子!文子!』と歓声がわいた。そのあと朝の3時まで大宴会だ。めっちゃおごってもらった。聞けば、みんなこの映画で文子を知ったんだという」(『キネマ旬報』2019年3月上旬特別号)。
金子遊氏(批評家、映像作家)は述べる。
「今年一番の衝撃作の登場。戦争で300万人の命が失われた日本では、誰もが戦後に被害者の顔をしてきた。だが戦前の大日本帝国は、アジアへの植民地侵略で2000万以上のアジア人を殺害したといわれる。本作で関東大震災のときの朝鮮人虐殺を訴え、あえて皇太子殺害計画を自白した朴烈や金子文子のいうように、侵略された側からすれば巨悪は日本政府と軍部であり、民族独立のために彼らが戴く王=天皇や皇太子の殺害を願うのは当然なこと。虚をつかれたが、再考に値する主題である」(『キネマ旬報』2019年3月上旬特別号)。
さまざまな人が
コメント寄せる
この映画のチラシに様ざまな人のコメントが載っている。
瀬戸内寂聴氏(作家、尼僧)はコメントする。「東京の道端で、金子文子がいきなり朴烈に求愛する場面で開幕するこの映画は、二人が大逆罪で終身刑になるまで、息もつかさせない程の緊張感で、観客の心を捕えて放さない。文子役のチェ・ヒソの情熱的な演技と全身で放つ肉感的魅力に圧倒される。二人を『余白の春』という小説で書いている私には、格別な感動だった」。
暉峻創三氏(映画評論家)はコメントする。「関東大震災時期の日本を舞台にしているが、誰もが、いま現在の日本も大して変わってないことを感じ取るだろう。そしてフェリーニの『道』のジェルソミーナを参考にしたというチェ・ヒソの演技の、圧巻の素晴らしさ」。
斎藤真理子氏(翻訳者)はコメントする。「この金子文子は日本人には決して描けなかった」。
木村朗子氏(津田塾大学教授)はコメントする。「金子文子があまりにチャーミングだ。かろやかでまっすぐに首謀者然としているのがいい。世界のあらゆる場所で起こった虐殺の歴史はくり返し振り返り、反省し、後悔し続けなければならない。たとえ都知事が追悼文から抹消したとしても、関東大震災時の朝鮮人大虐殺の史実は葬り去ることはできない」。
ハン・トンヒョン氏(日本映画大学教員/社会学)はコメントする。「チェ・ヒソ演じる金子文子がとんでもなく魅力的!『消えろこのやろう!』『静かにしろ!』――政治に口を出すなとかサヨクとか反日とかうるさい今ここに生きる、とくにすべての若い女性たちに文子の啖呵を届けたい。そして、天皇の代替わりのまさにこの時期にこの映画が日本で公開されること、チェ・ヒソを通じて金子文子を発見、再発見することになる日本の観客を祝福したい」。
森まゆみ氏(作家、『海はあなたの道』著者)はコメントする。「なんという適役だろう。イ・ジェフンとチェ・ヒソは大正末期の朴烈と金子文子を鮮烈に演じきった。植民地朝鮮の怒りと悲しみ、関東大震災後に虐殺された朝鮮の人々、二つ目の大逆事件が捏造されていく過程、私たち日本人が目を背けてはならない歴史がここに示されている」。
鈴木裕子氏(早稲田大学ジェンダー研究所招聘研究員、同大学文学学術院教員)は述べる。「文子と朴烈と不逞社(ふていしゃ)の仲間が爆弾の入手を図っていたのは事実ではあったが、計画の域に留まり実行に及ぶことはなかった。しかし大逆罪は『未遂』の計画さえ処罰の対象とした。今日の『共謀罪』に通ずるものである」(『週刊金曜日』二〇一九年二月一五日、第1220号、株式会社金曜日)。
金子文子は述べる。「私はかねて人間の平等ということを深く考えております。人間は人間として平等であらねばなりませぬ。そこには馬鹿もなければ、利口もない。強者もなければ、弱者もない。地上における自然的存在たる人間としての価値からいえば、すべての人間は完全に平等であり、したがってすべての人間は人間であるという、ただ一つの資格によって人間としての生活の権利を完全に、かつ平等に享受すべきはずのものであると信じております」(『狂い咲け、フリーダム アナキズム・アンソロジー』、栗原康 編、ちくま文庫(筑摩書房))。「本来平等であるべき人間が現実社会にあってはいかにその位置が不平等であるか。私はこの不平等を呪うのであります」(『狂い咲け、フリーダム アナキズム・アンソロジー』)。「……地上の平等なる人間の生活を蹂躙している権力という悪魔の代表者は天皇であり皇太子であります」(『狂い咲け、フリーダム アナキズム・アンソロジー』)。
現在への批判
まで及ぶ内容
私は、天皇制批判がいっぱいのこの映画を観てとても感動した。朴烈(パク・ヨル)と金子文子の明るい闘いに感動した。朴烈が朝鮮の服(韓服というらしい)を着て法廷に出席するところも印象に残った。金子文子が恩赦状をやぶりすてるところも印象に残った。「どちらかが権力に屈服したらわかれる」みたいな二人の同居の契約も印象に残った。
この映画は、過去の天皇制に対する批判であるが、現在の天皇制に対する批判にもなっている。現在のマスコミに対する批判にもなっている。マスコミは水野錬太郎(内務大臣)とどこが違うのだろうか。私はそう思った。栗原順子氏は述べる。「大地震、共謀罪、大量死刑、天皇代替わり、嫌韓報道…現在の日本の状況と重ねて、二つの国で生きた二人の愛と生き様を見よう」(『ふぇみん』二〇一九年二月二五日、第三二一三号、ふぇみん婦人民主クラブ)。同感だ。
自由・平等・平和! 天皇制はいらない! 民主主義・エコロジー・フェミニズムなどと両立する「人間の顔をした社会主義」を! 日本人民と朝鮮人民の連帯万歳!
(二〇一九年二月二四日・日曜日)
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