書評
真藤順丈 著
『宝 島』(直木賞受賞作)
講談社刊 1850円+税
ヤマトンチュが描く今ここで
とらえ返すべき思いへの模索
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「超イチオシ」の評価
直木賞の受賞作『宝島』を読んだ。『宝島』は沖縄を舞台とした青春ドラマで山田風太郎賞も受賞している。読む契機になったのは山田風太郎賞の選考委員である奥泉光が「超イチオシ。力強い語りを持った出色の作品」と講評していたこと。彼が「おもしろい」と推薦するものは、ほとんどはずれることはない。その点で、私の「おもしろい」と思う感覚は、奥泉光と似ている。
そしてもう一つの理由は、『宝島』の著者である真藤順丈氏が、直木賞受賞が決定した直後の記者会見で酒も飲まず、まじめな顔をして次のように述べていたことに感動したからである。「東京生まれの自分が書いていいのか悩んだ。何度も執筆を中断し、何度も沖縄に通いながら七年の歳月をかけて完成させた」「沖縄の戦後史を多くの人に知ってもらいたかった。沖縄問題を考える時の一助になればと思います」。
この謙虚な態度に引き付けられたのであり、辺野古埋め立てをめぐる県民投票が一カ月後に迫っている今こそ読むべきだと思ったからでもある。現在、政治的思想的に問われているのは、沖縄人民(ウチナンチュ)ではなく本土のわれわれだという負い目があるからかもしれない。
寝ぼけちゃいられん
(1)本著は、短いプロローグと第一、第二、第三部からなり、一九五二年から沖縄の本土復帰が決定する二〇年間の歴史を縦軸に、米軍基地に進入し食料や衣類・薬などの物資を盗み出し貧しい人々に配る「戦果アギヤー」に集まった若者たちがどのように時代に向き合い、生き抜いたかという葛藤を横軸に展開する痛快な青年群像である。
選考委員の林真理子氏をはじめ多くの作家が「沖縄の人が背負ってきた歴史を重く描くのではなく、突き抜けた明るさで描いたのは真藤さんの才能」と絶賛しているが、私はその「突き抜けた明るさで描いた」はずの内容が重く感じて、何回か水を飲んだり、地図を開いて読むのを休んだ。「痛快ではあるが」「突き抜けた明るさ」と言う気にはなれないというのが私の印象である。
本著は全体が五四一ページであるが、プロローグはたった五ページと短い。プロローグで著者は、このドラマの主人公であるコザを本拠地とする「戦果アギヤー」の紹介を通して、冒頭で「おれたちの島じゃ戦争は終わっとらん」「ちゃさん基地を建てくさって。だからわりを食った島民が報われるような、この島が負った重荷をチャラにできるような、そういうでっかい“戦果”をつかまえなくちゃならん」と語らせ、最後の項では「そろそろこの島は変わるぞ、おれたちも寝ぼけちゃいられん」と結んでいる。この言葉こそ、第一部から第三部へと展開される本著の核心をなしているように思われる。
プロローグを読んでいる段階から気付かされることだが、会話などの重要な言葉には小さくルビがふられている。恋人にはウムヤー、獅子像にはシーサーと、「命がけの綱渡り」には「ヌチ・ヌ・カーキー」というようにルビがふられ、泥棒にはヌスルというふうに、沖縄の放言にルビが添えられており、読む側を沖縄の日常生活、沖縄の文化に引き込んでくれる。それはサンゴ礁に寄せる静かな波音が聞こえてくるような空気さえつくり出してくれる。著者がこの作品を執筆するために沖縄方言辞典を七冊も買って勉強した努力がプロローグの段階から理解できる。
占領下の「英雄」群像
(2)物語の「第一部リュウキュウの青 一九五二〜一九五四」では、二〇歳のオンちゃんと友人のグスク、弟のレイの三人を擁する連戦連勝のコザの町を本拠地とする戦果アギヤーが那覇、金武、浦添、名護など沖縄各地の戦果アギヤーに呼び掛け、精霊送り(ウークイ)の夜に極東最大の軍事基地である嘉手納基地に侵入する。だが略奪には成功したが引き上げる途中に米兵に見つかり銃弾を浴び逃げ帰る。だがグスクとレイは逃げ切り、基地の外で待つオンちゃんの恋人ヤマコと合流するが、「生還こそいちばんの戦果」と日頃みんなに教えていたオンちゃんがみつからない。
三人は翌日からコザの町、基地の周辺、警察署、病院とオンちゃんを探しまわる。しかし、オンちゃんの消息は不明。最後ののぞみをかけてグスクとレイは刑務所内まで入り込む。その刑務所内で二人は暴動に加わり、沖縄の英雄瀬長亀次郎は暴動を起こした若者に向かって、「だがそれでは、先の戦争で日本軍(ヤマトウ)がとった玉砕戦術と変わらない。これからの闘争はどんな局面でも、玉砕であってはならん。生きて前進することでしか輝かしい“戦果”は得られん。それを世界のどの民族よりも知っているのが、われら沖縄人(ウチナンチュ)ではないかね」と述べる。そしてグスクとレイの刑務所内での最後の会話が続く。
レイは「虐げられた人たちを解放できるのが英雄さあね。そのために戦える“力”をそなえるのが英雄さあね」と言い、グスクはそれに応えて「この世界には、いったん転がりはじめたら止められないものがあるさ。貧乏とか病気とか、暴動とか戦争とかさ。そういう誰にも止められないものに待ったをかけられるのが英雄よ。この世界の法則にあらがえるのが英雄よ」と述べる。「暴動と英雄」という言葉がそれぞれのその後の生き様となり、次の局面を予知する。
「復帰」めぐる錯綜した思い
(3)「第二部 悪霊の躍るシマ 一九五八〜一九六三」では、グスク、レイ、ヤマコの三人がそれぞれの生き方をみつけながらオンちゃんを探し続ける。レイはならず者の世界に足を踏み入れ、グスクは警察官となる。しかし米兵たちの犯罪はすぐに米軍に持っていかれ、全く手足が出ないことを知り、米軍の諜報員となり、米軍の機密事項も探る。ヤマコは教員となり、故郷と基地、沖縄(ウチナー)とアメリカ。現在と過去。こちらとあちら側。このすべてをもう一度見直し、考えなおし始める。そして第二部の最後のページでは「過去の出来事(サチュヌー)」は、すぐそこにある現実として立ち現れ、島民たちの生は明転と暗転をくりかえすことを知る。
「第三部 センカアギヤーの帰還 一九六五〜一九七二」では、すべての沖縄のできごとが七二年の本土復帰に向かって動き出す。
「一九六五年の三月、キャンプ・カデナを発った爆撃機が北ベトナムを空爆したことで、インドシナ半島の戦争はいよいよ後戻りができなくなり」、那覇空港では重要政策のひとつに“沖縄返還”を掲げて総理大臣になった佐藤栄作が「沖縄の祖国復帰が実現してこそ戦後は終わる」とあいさつし、復帰協は全面的闘いを展開し、連日のように全島行進を開始する。
第三部では多くの紙面を使い、私たちでも知っている重大事件を取り上げ、沖縄社会がどのように反応し、米軍がどう動き、日本政府がどのような立場を取ったのかひとつずつ詳細に解説している。「米兵狩り」「米軍機墜落事故」「沖縄ヤクザ抗争」「高等弁務官キャラウェイ暗殺計画」では、米軍の暗躍とそれを支える日本政府の動きを全面的に暴露する。とりわけ「弾薬庫VXガス漏れ事件」では、「米軍、沖縄にも毒ガス部隊配備」とマスコミに暴露され、その数日後には「毒ガスの存在を日本政府は知っていた」ことがスッパ抜かれる。本土の衝立てとして沖縄戦を利用し、天皇制を維持するために再び沖縄を利用するという政治の有様は戦後なにも変わらず残されていたのであり、日本政府の差別は沖縄の本土復帰に貫徹していたのである。
「あれから四半世紀――あの戦争から長い歳月が過ぎて、島ぐるみ闘争があり、おびただしい事件や事故があり、民衆運動が大きく政治を動かすにいたって」も基地も毒ガスも核も残った。グスクが、レイが叫ぶ。「今さら日本に、本土に復帰してどうなるのか」。おそらく著者は祖国復帰闘争の総括のこの結論を運動を担ったわけでもない著者本人が言うわけにはいかず、ウチナンチュであるグスクやレイに言わせたのだろう。
おそらくこの「一言」が本著の核心のひとつであると言っていいだろう。戦後直後の沖縄闘争の総括を瀬長亀次郎の口を借り、復帰闘争の総括ではグスクやレイの口を借りたのである。復帰協の中心で旗を振り続けたヤマコはついに本土復帰が実現した日、復帰協本部に姿をみせなかった。ラジオから流れる「核ぬき・本土なみがどうなるのか」という言葉が当時の情景を素直に表している。この場面の描写は、当時の倒錯した微妙な空気を見事に表現していると思う。おもしろいことに「沖縄ヤクザ抗争」では那覇とコザのならず者同士が血と血で争う抗争につかれ果てた頃、本土からならず者が大量に那覇やコザに送り込まれ、一挙に利権を持っていくシーンが描かれている。米軍と日本政府、沖縄警察と米軍・憲兵隊にかぎらず、対立の図式はならず者の世界にもそのまま貫徹されているのである。
「コザ暴動」の中で
(4)米軍は復帰が決定すると同時に、それまで雇用していた現地採用労働者の解雇を開始する。これには全軍労の労働者も例外ではなかった。この結果全軍労のストライキの準備が進む。それまで反復帰派であった全軍労は、要求に「労働条件の改善、解雇反対を掲げる」ことによって復帰闘争を担った人々をも結集させ始め、全軍労ストは米軍との全面対決的様相を呈し始める。だが米軍は兵士に対して繁華街に出歩くことを禁止する。そして、バーやクラブに客はいなくなり、コザの街に女給やホステスが出没し始め、街頭で闘う人々と合流する。そして今日言われるコザ暴動が勃発する。
「だれも先導していない。……だれに命じられるでもなく、ゲート通りを北に向かっている。……数百数千のなだれうつ奔流となって基地の網を倒しかねなかった」「運命にひしがれて、戸惑い、さまよい、抑えきれないものを解放した人々が走っている」「この風景の意味がわかった。今夜よみがえったものは……“戦果アギヤー”だ。戦果アギヤーの魂が暴動に受け継がれて、コザのひとりひとりがみずから走るものに、島でいちばんの英雄になってよみがえった」。そして本著は最後に「あとから来るすべての親兄弟とともに、後世の戦果アギヤーとともに。だけどそれまでも土地の鼓動に打ちつづけなきゃならないさ、だからまた始めよう、そうそうほんとうに生きるときがきた――」。
タイトルの『宝島』の下には「Hero‘s ISLANDと英語で書かれている。そのタイトルの意味が「コザ暴動」ではじめてあきらかにされる。
米軍と日本を串刺しに
(5)こうして「第一部」から「第三部」まで読み通すと、「第一部」は、極東最大の基地・カデナに侵入することを通して、ウチナンチュが民族解放闘争(植民地解放闘争)を開始したと規定している。しかしその闘いが土地取り上げに抗議する個々人の闘い、地域の闘いという自然発生的闘いであろうとする限り、巨大な米軍には勝てないのだと沖縄の英雄瀬長亀次郎に言わせている。第二部から第三部はこの米軍という巨大な敵を倒すのに「本土」によりかかったが、その「本土・ヤマト」は沖縄戦で本土の衝立てとして利用したように、その本質は四半世紀まったく変わっていないことが明らかになる。それを超える最初の闘いが「コザ暴動」であると著者は述べているのである。
今ウチナンチュは、辺野古新基地反対闘争を通じ、米軍とそれを支える日本政府を一挙に両方を串刺しにしようとしている。コザ暴動に合流した戦果アギヤーこそそれである。この闘いに合流する道を真剣に考えることこそ『宝島』がわれわれに問いかけている課題なのである。(大門健一)
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