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    かけはし2019年2月25日号

「日の丸・君が代」強制許すな!


「建国記念の日」に反対する集会

「不起立処分撤回」大阪ネット


 【大阪】「建国記念の日」に反対する集会が二月一一日、大阪市大淀コミュニティセンターで開かれ、三五〇人の市民が参加した。「日の丸・君が代」強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワークが主催した。
 
祝祭ナショナリ
ズム拒否しよう
 主催者あいさつをしたネットワーク代表の黒田伊彦さんは、「今年二〇一九年は朝鮮での三・一独立運動、中国での五・四運動という日本帝国主義の侵略に対する民衆の闘いの一〇〇年の節目に当たる年だ」と述べ、「同時に天皇明仁の生前退位に伴う皇太子徳仁の新天皇即位の諸儀式により、失われつつある民衆の国家への求心性を高め、自衛隊の国軍化の国民的認知を憲法改正に求める安倍政権の戦争する国づくりを許さない闘いの年でもある」と述べた。
 さらに、「時代状況を天皇在位期間の元号で統括することは、天皇の治世史観である。恩赦や一〇連休で慈愛の国父・国母思想を広め、韓国等の定住外国人への同化と排除意識を助長する祝祭ナショナリズムに絡めとられることを拒否しよう」と呼びかけた。また、柴山文相の教育勅語活用論は、一九四八年六月一九日に衆参議院で失効決議がなされた教育勅語を再び活用しようとするもので、憲法違反であること。「一旦緩急あれば義勇公に奉じる」ことを国民の生き方とする教育勅語と九条改憲と自衛隊の三つを結合し国体護持を図っていると批判し、「君が代」不起立処分の根拠である憲法違反の「大阪府国旗国歌強制条例」を撤回させ、教育の自由・正義を実現しようと述べた。
 
不起立処分の
撤回かちとれ
 続いて、鵜飼哲さん(一橋大学大学院教員)が、「二一世紀の天皇制とその批判の論理」と題して講演をした(別掲)。
 休憩の後、連帯メッセージとして、子どもたちに渡すな!危ない教科書大阪の会「橋下大阪市政が教科書八採択区を単一採択区にしたが四採択区に引き戻した」。子どもをテストで追い詰めるな!市民の会「大阪府市独自テストの成績を校長給与に反映させることに絶対反対」。高校問題を考える大阪連絡会議「地域で共に生き、地域の普通高校で共に学ぶ」。森友学園問題を考える会「二月一九日の口頭弁論に参加を」のアピールと長野たかし&森川綾子さんのミニライブがあった。
 ZAZA(不起立被処分者一四人で人事委員会審理と裁判を闘っているグループ)からの「外国籍の生徒もいるのに日本人として……はおかしい。職務命令に従うかどうかの意向確認の時の校長との会話がライブで外に伝えられている? 大阪府教委は校長すら信用していないのだ。再任用により雇用はつなげなければいけないとの総務省の指示を府教委は勝手な理屈で守っていない。体罰で六カ月停職処分されていても再任用されているのに、不起立一回で再任用拒否を最高裁は認めた、正義が通る社会にしたい。最高裁は上告棄却したが、君が代条例は違憲だ。教員への強制は生徒への強制をねらうもの」など闘いの報告があった。
 根津公子さんからは、「オリパラと代替わりで、今東京の学校は大変な状態だ。不起立を何度やっても処分は加重されないが、不起立以外の案件があるときは重い処分にしてもいいというのが最高裁だ」などの報告があった。
 連帯メッセージの第二部として、日本軍「慰安婦」問題関西ネットワーク「韓国にも一〇〇カ所、フィリピンに四〇〇カ所『慰安婦』像が立っているが、像の撤去を要求している日本はこれらの国の人々に記憶を止めさせようとしている」。
 日本製鉄元徴用工裁判を支援する会「安倍首相は、元徴用工の個人請求権も完全解決しているから、賠償はあり得ないという考えで、元植民地の人々の人道問題、法的救済を無視している」。全日本建設運輸連帯労組関生支部「逮捕者延べ六〇名に上る弾圧の発端は、値上げを約束していながら企業組合側が反故にしたため二〇一七年一二月に行ったストライキ。儲けると組合が邪魔になるのだろう」。辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動「毎日土曜日に大阪駅前で行っている行動が、七五七回目になった。毎回使用している五種類の横断幕を披露しながら、辺野古の闘いに連帯を!」などのアピールがあった。
 最後に事務局からの集会決議の採択と行動提起で集会は終了した。集会後、寒風の中を梅田までデモを行った。    (T・T)

鵜飼哲さんの講演から

スポーツ政治と天皇制の
  密接な関係を問い正す!


 一九九九年国旗国歌法制定時の集会で、茨木のり子さんの詩『鄙ぶりの唄』を朗読する許可を請うたことがある。「立たない〈私〉」という詩だ。私の経験では、二〇〇一年九月一二日ロンドンのロイヤルアルバートホールでのコンサートの前に、米国の犠牲者追悼の意を示すため起立を要請されたが、立たなかった。
 二〇一二年一一月ガヤトリ・スピヴァクの京都賞授賞式に参列したが、高円宮妃久子さんの入退場時に起立要請があった。この賞は民主党系の賞なのに。自民党だけではなく、立憲民主党も皇室問題ではあまり変わらず、伊勢神宮参拝もしている。今から、スポーツと皇室問題で少し話をしたい。
 
近代五輪が持つ
貴族的体質とは
 IOC総会で二〇二〇年東京オリンピックが決まった時のこと。
 「総会前夜の晩さん会で流れが変わったと感じた。安倍首相と高円宮妃久子さんが参加し、IOC委員たちに自ら話しかけて積極的に交流していた。妃久子さんの参加が大きかった。IOC委員は王室やセレブが多い。『五輪貴族』にとっては、まさに活躍の場だった」(朝日新聞)。
 この人はスポーツを通じて韓国(二〇〇二年)・ロシア(二〇一八年)などでも、皇室・皇族外交で先導者的役割を果たしている。利用したい官邸側と政治にかかわらせたくない宮内庁の綱引きがある。元皇族出身の竹田JOC会長は、熱心なロビー活動(賄賂工作)をしてきた。
 そもそも、近代オリンピックは、創設時から貴族的な体質を濃厚に持っている。一九六四年大会は天皇裕仁の国際社会への復帰、二〇二〇年大会は新天皇の国際社会へのお披露目、つまりもう一つの即位式の舞台だ。スポーツ政治が自民党政権と天皇家の間を媒介している。

祝祭資本主義に
貫かれた本質は
「祝賀資本主義とオリンピック」(ジュールズ・ボイコフ著)によると、祝祭資本主義は災害便乗型資本主義と類似している。逝去後の儀式なら陰鬱で儲けにならないが、生前退位なら、平成最後のクリスマスなどは、もう一儲けできる絶好の商機だった。
オリンピックの選手村建設などでは、公的資金を民間ゼネコンに流し込む利権構造が全面展開できる。天皇代替わり、ラグビーW杯、五輪、万博……。さらに、ここにセキュリティ産業(イスラエル9)が浸透していく。オリンピックの宣伝では、持続可能性、多様性、人権などのモティーフ、女性活用・LGBTなどが実態とかけ離れて流用される。まるでオリパラ後はすべての差別がなくなるかのように。これからの五輪はメガシティでのみ開催可能だ。

天皇制と不可分
な日本開催五輪
日本開催五輪はつねに天皇制と不可分だ。「今日わが東京市が積年の宿願を達してオリンピック都市たる栄誉を担うに至りましたことは、之れ全く恐れ多きことながら、上御一人の御稜威の至らしめる所‥」(一九三六年大会招致決定時の東京市長発言)の通りだ。
一九六四年東京大会の招致運動は、一九五二年五月九日安井東京都知事が招致の意向を表明した時から始まっている。なんと「主権回復」の一一日後だ。
二〇二〇年五輪の年は明治神宮鎮座一〇〇年だ。六四年東京五輪・六八年明治一〇〇年・二〇一八年明治一五〇年・一九年天皇代替わり+改憲?・二〇二〇年東京五輪。まるで絵にかいたような「民族の祭典」だ。

批判的に検討
すべき中身は
木下道雄侍従次長によれば、日本人が神の子孫であるゆえに他の民族より優れているという戦前の思想は否定されるが、一方では天皇は一般的な日本人と異なる神の子孫としての位置付けを与えられ、その貴種性は担保される。
このような日本側の巧みな修正によって、一九四六年正月の詔書は天皇の神格否定よりも、天皇制下での民主主義の展開と秩序維持という側面にシフトした。その意味で、天皇の神格化否定というGHQの当初の目的は不徹底に終わったと言える(川西秀哉『天皇制と民主主義の昭和史』)。
一九四六年初頭は裕仁が戦犯として訴追される可能性があり、その力学の中で、翻訳を介した天皇側近+官僚とGHQとの駆け引きが行われ、その結果として元旦の詔書が生まれたが、「人間宣言」という呼称は後のメディアによる「忖度」の所産だった。詔書が発表された時は、その名称は使用されてはいなかった。
この呼称を最初に使用したのは、一九四六年六月に発行された藤樫準二(毎日新聞皇室記者)著『陛下の“人間”宣言』だとされる。宗教神学においては、〈 君主は人にして神 〉というのが核心的な命題だ。神聖/象徴も批判的検討が必要だ。

「人柱」を求める
天皇と国策事業
「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」(日本国憲法一〇条)は、「日本臣民タル要件ハ法律ノ定ムル所に依ル」(大日本帝国憲法一八条)とそっくりで、GHQ案にはなく、官僚が入れたものだ。
日本国憲法一〇条と国籍法によって、日本国民とは、都道府県に本籍を持っていたものに限定された。かつて日本臣民に強制的に編入されたものは、敗戦後は「外国人」として除外された。このことが朝鮮系・台湾系日本人の人権が損なわれる根拠となった(日高六郎「私の戦争体験」)。天皇がその「統合」を象徴できないような民は、「国民」から除外した。
一九五二年四月二八日の日本の「主権回復」の直前に旧植民地出身者から日本国籍を剥奪することが、法務省局長通達によって一方的に決定された。戦後日本の「ポスト帝国」的支配は、「排除による包摂」(朝鮮・台湾)と「包接による排除」(アイヌ・沖縄)の複合をとおして貫徹されてきた。
日本国憲法一条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と一〇条の隠れた相関は現憲法に仕掛けられた「トロイの木馬」である。
最後に開高健の『ずばり東京』の中の話を紹介して終わる。
「六四年の東京オリンピック閉会式で、お寺の鐘が得体の知れない暗愁の混沌においてごううううおおンと鳴り響くところへ『君が代』が演奏されるものだから、いよいよこちらはお弔い気分になってゆくのである。……オリンピック関係の工事で何人の人が死んだのかという数字である。お弔いの鐘をきいていると、どうしてもそういうところへ考えが行ってしまうのである」と開高健はいうのである。
死亡した人は三〇三人だった。現在はどうか。情報統制が厳しく、「外国人の技能実習生には、資材を引き上げるなど単純作業を行わせていて、見ていてかわいそう、などの意見もあった。国立競技場、晴海選手村、福島原発事故収束労働……何人もの死者がすでに確認されている。正確な数字はいつ知らされるのか。人柱を要求する国策事業と天皇制の姿は、日本という国家の原光景である。(発言要旨、文責編集部)

2.11

「天皇代替わり」に反対
する反「紀元節」行動

 二月一一日、「天皇『代替わり』に反対する 2・11反「紀元節」行動」(実行委)の集会が在日本韓国YMCAで行われ、一三〇人が参加した。
 安倍政権は、グローバル派兵国家建設の一環として改憲攻撃と天皇制国民統合の強化をねらっている。すでに開始している天皇「代替わり」キャンペーンに抗して、全国の反天皇制運動を取り組む仲間たちによって「終わりにしよう天皇制!『代替わり』反対ネットワーク(おわてんねっと)」を昨年一一月に起ち上げた。
 ネットは、「二〇一九年一一月に予定されている大嘗祭まで、一年間の期間限定の活動を通じて、明仁退位・徳仁即位の全過程に抗議し、マスコミや行政などを通じて拡散される奉祝賛美キャンペーンや、巨額の税金を投入して行われる種々の代替わり儀式に反対していきます」とアピールし、様々な対抗アクションを果敢に取り組んでいる。二月二四日〈日〉に「『天皇在位三〇年記念式典』反対銀座デモ」(一三時/ニュー新橋ビル地下2F・ニュー新ホール集合)を行う。
 集会は、実行委から「集会基調」(@「紀元節」と右派をめぐる状況A天皇「代替わり」儀式との闘いB戦争する国と「平和」天皇C「代替わり」諸儀式と天皇行事反対の行動へ!)が提起された。
 とりわけ「新たに一つ増えた、今年の天皇『四大行事』」(@六月二日、「第七〇回全国植樹祭あいち2019」A九月七日〜八日、「第三九回豊かな海づくり大会あきた大会」B九月一五日〜一一月三〇日、「第三四回国民文化祭にいがた2019」「第一九回全国障害者芸術・文化祭にいがた大会」C九月二八日〜一〇月八日、「第七四回国民体育大会 いきいき茨城ゆめ国体2019」、一〇月一二日、「第一九回全国障害者スポーツ大会 いきいき茨城ゆめ大会2019)に対して「現地における反対運動への協力・連帯を!」と呼びかけた。
 菱木政晴さん(靖国合祀イヤですアジアネットワーク、即位・大嘗祭訴訟呼びかけ人)は、「近現代の親鸞理解と宗教としての天皇制 ―『紀元節』に想う真宗門徒のつぶやき―」をテーマに講演した。
 菱木さんは、「中曽根(一九八五年)・小泉(二〇〇一〜二〇〇五年)・安倍(二〇一三年)首相靖国参拝違憲国賠訴訟」について報告し、「国の機関の行為に対しては住民訴訟ができないため、国家賠償(損害賠償)請求訴訟として闘われた。このことが、『侵略戦争の加害行為を担わされた兵士と遺族はどのような被害を被ったか』という問いを生んだ。一人の人間としては、殺し殺されることに利用されたこと(人を単に手段として扱うこと=平和的生存権侵害)だが、信教の自由の人権に即して(限定して)考えるならば、『(古来の自然崇拝を基盤とする神道ではない新宗教としての『国家神道』、すなわち)天壌無窮の神勅と八紘一宇の詔勅を柱とするカルト宗教の宣伝の材料として利用された』」と批判した。
 デモに移り、神田の町一帯にわたって「建国記念の日反対!」「紀元節を認めないぞ!」「天皇制はいらない!」のシュプレヒコールを響かせた。   (Y)



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