沖縄報告 1月28日
新基地NO! の巨大な人波
沖縄 K・S
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1.26
県民投票キックオフ
集会に3000人
一月二六日土曜日、キャンプ・シュワブゲート前で、県民投票を成功させよう!県民投票キックオフ集会が開かれ、全県各地から三〇〇〇人が結集した。沖縄自動車道の伊芸休憩所は、辺野古へ向かう各地の島ぐるみの大型バス・マイクロバスがずらりと並び、トイレは長蛇の列をつくった。キャンプ・シュワブのある国道三二九号線をはさんだ両側の歩道はのぼりやプラカード、横断幕を持った人々でうめつくされた。
冒頭あいさつに立った稲嶺進前名護市長は、「紆余曲折を経て全市町村で県民投票をやる運びになった。三択になろうが、政府に対し辺野古埋め立てイエスかノーかでハッキリ示すことだ。沖縄のチムグクルを一つにして頑張っていこう」と呼びかけた。高良鉄美琉大教授は「県民投票で沖縄の底力を示そう。民衆が権力を持つことがデモクラシーだ」と訴えた。
県民投票連絡会の共同代表の一人、照正組代表の照屋義実さんは「美しい海を守るためこれ以上の土砂投入は許さない。世界中の人びとに沖縄の決意を訴えよう」とアピールした。北部地域の代表として登壇した元大宜味村長の島袋義久さんは「壇上からは元々きれいな海が見える筈だが、米軍基地しか見えない。ジュゴンの住む海をつぶして基地を造ることはわれわれには何の利益もない。こんな基地をなくしていこう」と述べた。
南部地域を代表して登壇した瑞慶覧長敏南城市長は「普天間の五年以内の運用停止の期限は来月に迫っている。日本政府は米国と交渉した形跡もない。県民は民意を示してきた。今後もしっかりと訴えていこう」と述べた後、海外で沖縄を支えてくれる人々へ「絶対に屈しない」「われわれこそがデモクラシーだ」と力強い英語でアピールした。宜野湾市の新垣清涼県議は「県民みんなで埋立反対に○を勝ち取ろう。一〇〇%達成するという気持ちで取り組もう」と述べた。
照屋寛徳衆院議員は「ハイサイ、ウチナーウマンチュのグスーヨー」と口を開き、「日本は平成最後の年だと浮かれているが、今年は一八七九年の琉球併合一四〇年の節目の年だということを忘れてはいけない。辺野古新基地の強行は琉球に対する暴力的な処分だ。県民投票の成果をもって辺野古を阻止しよう」と呼びかけた。赤嶺政賢衆院議員は「二月二四日全県実施のめどが立ったが、県民の強い意志といろんな人の努力によって勝ち取ったものだ。日本で全県の県民投票は初めてだ。沖縄の歴史に残る。子や孫の世代に伝えていく役割をしっかり果たそう」と訴えた。
糸数慶子参院議員は「憲法に保障された国民主権を実現する運動だ。辺野古NO! の声を安倍政権に突き付けよう。辺野古・大浦湾の海を次の世代の財産として残すことは私たちの大きな責任だ」と訴えた。伊波洋一参院議員は「自公は県民投票をつぶそうとしたが、できなかった。政府は三月二五日新たな土砂投入の計画を明らかにした。県民を馬鹿にするのもいい加減にせよ。国民世論は辺野古に基地はつくらない方がいい、という声が大きくなってきた。野党も辺野古反対で大きなつながりができてきた。絶対に止めよう」と述べた。
そのあと、県議会会派の「社民・社大・結連合」の比嘉京子県議、共産の西銘純恵県議、「おきなわ」の親川敬県議が発言した。それぞれ「県民投票条例の大前提は一〇万人の署名だ。国に言い訳をさせない民意を明確に示そう」(比嘉さん)、「知事選挙の玉城デニー票三九万余を上回る埋め立て反対票をかちとろう」(西銘さん)、「一九九七年の名護市民投票の時は、賛成・反対の二択から『基地は経済振興につながるから賛成』などの四択にされた経緯があるが、今回自公は『基地が経済振興につながる』とは一言も言えなかった。みんな基地が阻害要因であること、悪の根源であることを分かっている。新基地NO! の民意を示そう」(親川さん)と述べた。
若者代表として登壇した、翁長雄治那覇市議は「三択でも四択でも一〇択でも、問題は何も変わらない。新基地に賛成か反対か、埋め立てに賛成か反対か、だ。私たちの素直な気持ちを表わせばいいのだ。反対に○。沖縄県民の気持ちが海を越え、山を越え全国に、全世界に広がっている。ホワイトハウス署名で二〇万人以上が集まった。世界中が沖縄に、辺野古に注目している。必ず阻止しよう。私たちが諦めない限り新基地は必ず止まる」と力強く訴えた。最後に、山内末子県議が集会決議を読み上げたあと、ガンバロー三唱で集会の幕を閉じた。
5市長の妨害はねのけ
全県実施を勝ちとった
宜野湾、沖縄、うるま、宮古島、石垣五市長の県民投票不参加表明によって全県実施が危ぶまれていた二・二四辺野古県民投票は、賛成・反対の二択から、「どちらでもない」を加えた三択によって全県一斉に実施される見通しになった。一月二九日の県議会での県民投票条例の改正をもって、正式に二・二四県民投票が決まる。二択から三択への変更は確かに譲歩であり後退だが、代わりに全市町村参加というかけがえのない成果を手にしたと評価できる。実際問題として、二択の場合も、賛成・反対のどちらともいえない人々は白票を投じるであろうから、「白票」より「どちらともいえない」の方が記入しやすいという側面があるとしても、三択は基本的には二択と同じことだ。違いは白票が無効票にカウントされるのに対し、「どちらでもない」は有効投票になるという点だ。
最終局面の一月二四日の県議会全会派会合で、当初「知事の釈明」を求め「普天間飛行場移設のために」「やむをえない」「反対」「どちらともいえない」の三択を強硬に主張していた自民党が結局折れて議長提案の三択に同意した経緯からも明らかなように、辺野古県民投票をつぶそうとした自公、五市長・市議は県民投票の全市町村実施を求める強い県民の意思に押し返され敗北した。五市長は県議会での条例改正を受けて正式に投票事務の執行に入ると言われる。自民党の宮崎議員のシナリオに従って不参加表明したものの、五市長は自分たちが違法行為を行なっていることを自覚していたに違いない。県民投票参加を求める市民からの激しい突き上げ、元山仁士郎さんのハンストを契機にいっそう高まりを見せる全市町村参加の声、沖縄弁護士会のアンケートで「投票事務拒否は違法」が九割を越えたことなど、これ以上ゴネていると本当に市長の座が危うくなると感じたことだろう。
仮に自公があくまで五市の辺野古県民投票不参加の態度を取り続けていたら、二月二四日の県民投票は、正式の三六市町村に対し、不参加の五市長のところはおそらく自主投票の形でやらざるを得なかったであろう。安倍政府は完全でなくなった県民投票をほくそ笑んで眺めていただろう。しかし、五市長と市議、自公は県民からの強い反発と不信を受け、次の市長選、市議選、国政選挙で軒並み支持を落とし落選の憂き目に会うことになっていただろう。県民の全市町村実施の強い意志が民主主義の共通の土台の上に五市長・市議、自公を連れ戻し、県民の統一した意思表示の場として県民投票を実行させることになった。県民は県民投票の第一段階で勝利した。
すると、安倍政権は一月二八日から新たな護岸の造成に取り掛かった。「県民投票をやっても意味がない」とばかり、強硬姿勢を見せつけて県民の諦めを誘う目的だ。二月二四日の県民投票投開票に向けて、安倍政権との一大政治戦が続く。負けられない。基地のない沖縄の未来をかけて、全力を尽くそう。
憲法学者が辺野古
埋め立ての中止を
求める
憲法学者ら一三一人が一月二四日、「安倍政権が沖縄の民意に反して辺野古基地建設を強行しているのは憲法違反」と述べ、埋め立て工事の中止を求める共同声明を発表した。代表の五人が衆議院議員会館で記者会見した。声明は、「辺野古新基地建設が何より沖縄県民の人権問題であり、民主主義や地方自治のあり方が問われているという点において日本国民全体の問題である」と指摘し、「政府が工事を強行し続ければ日本の立憲民主主義に大きな禍根を残す」と述べている。
声明には、一橋大学の浦田一郎、山内敏弘両名誉教授や愛敬浩二(名古屋大)、植野妙実子(中央大)、高作正博(関西大)、水島朝穂(早大)教授らが名を連ねた。沖縄からは、小林武、高良沙哉(沖大)、高良鉄美(琉大)、安原陽平(沖国大)の各氏が参加した。
沖縄県民に連帯する動きは広がっている。この間相次いで辺野古・安和の現場を訪れた野党の国会での辺野古反対の論戦も活発になるだろう。県民投票での明確な民意の表明を契機に、国民世論もさらに県民の辺野古NO! の側に傾き、世界での支援の動きが強まるだろう。埋め立てを強行する安倍政権は追い込まれていく。
韓国では四月二七日の南北会談一周年を期して、三八度線に沿って五〇万人の「DMZ人間の鎖」が計画されている。その趣旨は「四・二七会談を民主導の平和運動に発展させる」「世界で最後に残っている分断国家の朝鮮半島から平和統一のメッセージを世界に伝える」などとされている。朝鮮半島の南北の軍事対立の解消と平和共存へ向けた動きは不可逆的に進行し、辺野古に新しい基地はいらないという県民への強い援護の役割を果たしている。辺野古をめぐる闘いの勝利へ向けた歴史的な転換の可能性が高まっているのである。
県民投票キックオフ
集会アピール(抜粋)
沖縄県民は、これまで何度も辺野古新基地建設反対の民意を示してきました。県知事選挙でも辺野古容認で政権丸抱えの候補に対して玉城デニー知事が約八 万票の大差をつけ過去最高の三九万票余を獲得し、圧勝しました。政府はこの民意を受けて辺野古の埋立て、新基地建設を直ちに断念すべきです。しかし、政府は選挙には様々な争点があると強弁し、民意を無視し違法、不法な工事を強行し続けています。
今回の県民投票では、新基地建設にともなう「辺野古埋立て」に対して「賛成か反対」かが問われているのです。日米両政府は、世界一危険な普天間基地を23年も放置しておきながら「危険性除去は辺野古移設が唯一」と主張しています。
本当にそうでしようか?
二〇一九年二月までに普天間基地を運用停止することは仲井眞元知事と安倍首相が約束したことです。県議会もただちに運用停止することを全会一致で決議しています。今大事なのは普天間基地の運用停止を約束通り政府に実施させることです。
私たちは日米両政府に翻弄されることなく、沖縄のことは沖縄県民が決める。政府が言い訳のできないような圧倒的な辺野古新基地建設反対の県民の民意を示すために奮闘しよう!
子どもたちや孫たちの未来のために、沖縄の未来を切り拓く歴史的なたたかいに、県民の心を一つにして立ち上がろう!
二〇一九年一月二六日
新基地建設反対県民投票連絡会
カヌーチームTさんの報告
1・23 安和桟橋
天候:晴れ、風弱く海も穏やか。朝から日が照っているので暖かく感じる。
午前一〇時過ぎ、カヌーチームは安和の海岸から出艇した。ガット船(輸送船)のいる場所までカヌーで漕いで五分位と近い。台船の喫水線まで五〇p位の距離がある。私たちは船の周りで監視作業を続けた。
途中でカヌーに乗ったまま昼食をとり船の出港を待った。このところカヌー上で食事をとることが多い。一四時ごろ赤土の積み込みはほぼ終了した。私たちはこのタイミングでいろんな方法で阻止活動を試みた。最後の一人が一五時一五分ころ剥がされた。今日はゲート前の人たちがダンプカーに対して阻止活動したのと私たちの阻止活動との合わせ技でほぼ一隻に抑えた。かなり大きな成果である。(普通の日は三隻に赤土を山と積む)
1・24 大浦湾
瀬嵩の浜からK9護岸に向かった。午前九時護岸に到着、既にダンプカーに赤土を積んでいる。一〇時三〇分、ダンプカーへの積み込み作業が終わりランプウェイ台船はタグボートにひかれ戻り始めた。
私たちはフロートを越え抗議&阻止活動を開始した。今回はブイ(最終的に台船を繋留するためのもの)に向かう。三人ほど到達しがっちり守った。しかし、そのうち一人の女性はブイから剥がされる時、つかまっていたカヌーを引きちぎられ、取りに行こうとしても体を抑えられていて取りに行けなかったという。私はそれに気づき海保に回収を依頼したが、聞こえないのか、聞こえても無視をしているのかわからないが、結局カヌーの回収はできなかった。カヌーは風に吹かれて見えないところまで行ってしまった。このようなことは本土では起こり得ない、また陸上でも起こりえない。悲しい国になってしまった。
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