「国家」の論理で置き去りにされてきた朝鮮・韓国民衆の意志
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アジア民衆は「合法的植民地」論を放置・
黙認してきたすべての者たちを糾弾する
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二〇一八年一〇月三〇日、韓国大法院(最高裁に相当する)は第二次大戦中に日本の製鉄所に徴用されたと原告が主張する韓国人四人が新日鉄住金に損害賠償を求めた訴訟で、原告への支払いを命じる二審判決を支持し、新日鉄住金側の上告を棄却した。また一一月二九日、戦時中、日本に徴用されたと原告が主張する韓国人の遺族ら二三人が三菱重工業に損害賠償を求めた訴訟の上告審で、韓国大法院は、原告への損害賠償の支払いを命じた。一連の韓国大法院の判決を受け、本稿では、「かけはし」二〇一八年一一月一二日号に掲載された小林秀史同志の文「韓国・元徴用工判決」(以下、「二〇一八年一一月文」)、また韓国の『中央日報』の記事等を引用しながら、筆者の見解を述べる。なお本稿内で引用した資料の作成当時から現在まで一定の時間が経過しており、したがってそれらの資料は、本稿結論部分での評価の対象にせず、あくまでも参考資料として引用を行った。
また筆者の基本的立場は、二〇一八年一一月文の立場と同様である。
<1>司法の独立性および民事訴訟への国家の介入について
二〇一八年一一月文は以下のように述べている。
「韓国の最高裁の判決について、韓国政府に対して必要な措置を取るよう要求すること自体が、司法の独立性について歯牙にもかけない安倍政権の体質を物語っている。」
司法の独立性は当然尊重されるべきであり、民事訴訟に国家が介入すべきではない。その観点から筆者は、二〇一八年一一月文に同意する。それに加えて筆者は、韓国政府にも問題があると考える。大韓民国憲法(注1)には、条約は韓国の国内法と同等の効力を有する旨が明記され、さらに条約法に関するウイーン条約26条(注2)の規定に従えば、韓国大法院にも国の機関として国家間で締結された条約や協定の順守履行義務があるからである。今回の大法院判決は、大韓民国憲法6条及びウイーン条約26条にそれぞれ抵触するおそれがあり、韓国国内法上のみならず、国際法上も問題がある可能性がある。ところで民事訴訟への国家の介入についてであるが、一方の韓国において、はたして今回政府による司法に対する肩入れはなかったであろうか。
昨年の九月、韓国の文在寅大統領は、司法府内の個人組織である「ウリ法研究会」所属の金命洙前春川地方裁判所長を大法院長に任命した。大法院判事を経験したことのない裁判官の大法院長任命は初めてであり、異例の事態である。また春川地方裁判所は韓国にある地方裁判所の中でも小規模である。状況として韓国政府による意図的な司法への介入があったと解釈するのが妥当である。
その状況の中、さらに複雑な問題が、今回の韓国大法院の判決には問題をはらんでいる。それは、これまでの韓国政府による韓国人の個人請求権に対する姿勢の変化である。一例を挙げよう。二〇〇五年、元弁護士の盧武鉉大統領(当時)は「徴用工問題は日韓請求権協定に含まれ、韓国政府が賠償を含めた責任を持つべきだ」と政府見解を発表した(注3)。さらにこの政府見解の作成に携わったのは、当時大統領首席秘書官(民政首席)として大統領府に勤務していた元弁護士の文在寅であった。文在寅は当時、大統領首席秘書官として盧武鉉の大統領選挙の際には選挙対策本部長を務めるなど、盧武鉉ときわめて近い仲であった。政策の変節がなかったと仮定すれば、現職の大統領の見解は、盧武鉉の見解と近いと考えるのが妥当であるが、結果として文在寅の過去約一五年間での姿勢の転換が、現在日韓が直面している問題をより複雑化させていると言える。
<2>日本の外務省の見解について
次に二〇一八年一一月文の中の日本の外務省の見解に関する文を引用する。
一九九一年八月二七日の参院予算委員会での柳井俊二・外務省条約局長(当時。以下、「柳井氏」という)の答弁によると、「両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決した」(日韓請求権協定第二条)とは、「日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません」という意味である。これが従来の政府の解釈である。
まず一九九一年八月二七日の参院予算委員会での柳井俊二氏の発言(以下、「柳井発言」)を一読して、違和感を覚えた。柳井発言についてはこれまでも、日本と韓国のメディアで報道されてきたが、「国益」をあくまで追求する外務省と外務省職員がかかる発言をするかという疑問を感じてきた。そこで実際に一九九一年八月二七日の参院予算委員会とその前後の柳井局長の発言、公開されている議事録でたどってみた。結論からいうと、二〇一八年一一月文の「従来の政府の解釈」には誤解があった可能性がある。確かに柳井氏の一九九一年八月二七日の発言は誤解を生じさせる答弁であったが、その誤解された「柳井発言」がメディアで多く報道され、日本共産党中央委員会の発行する日刊機関紙『しんぶん赤旗』も「柳井発言」を引用している(注4)。しかしこの一九九一年八月二七日から一年後の一九九二年二月二六日、柳井氏は衆議院外務委員会で発言し、「韓国の国民は我が国に対して、私権としても国内法上の権利としても請求はできない」と明言している。
さらに柳井氏は一九九一年八月二七日の参院予算委員会での発言について、措置法についての説明ではなかったと否定している。つまり「柳井発言」は、日本及び韓国並びにその国民の間の財産、権利及び利益並びに請求権の問題の解決について、国際法上の概念である外交的保護権の観点から説明したものにすぎなかったのである。議事録から部分的かつ恣意的に「柳井見解」が構築され、それが独り歩きしていたのである。したがって二〇一八年一一月文の「『請求権協定に明らかに違反し、両国の法的基盤を根本から覆』しているのは日本政府の側である」という主張には根拠が乏しい。その後の二〇一八年一一月文は、「そして何よりも日本政府のこのような居丈高な抗議こそ、日本の支配者の宗主国意識、無反省を露わにしているのであり」と続くが、この時点での客観的な評価はできない。
<3>日本の新聞の記事等について
二〇一八年一一月文はさらに、朝日と毎日の社説を引用し、次のように主張している。
「たしかにここに書かれていることは事実を曲げてはいない。しかし、書かれていないことが重要だ。一九六五年の日韓条約は日本でも大きな反対運動があったこと、当時の韓国政府は軍事独裁体制で、米国の傀儡政権であり、日本からの経済援助と引き替えに植民地支配や戦争犯罪を水に流してしまったこと、これはいかなる意味でも韓国の人々の意志を代表していないこと」。
二〇一八年一一月文の朝日と毎日への見解、およびそれ以降から最後までの見解については基本的に賛同する。しかし一方で「韓国の国民は我が国に対して、私権としても国内法上の権利としても請求はできない」という日本政府の政府見解を、むしろ韓国政府が長い間追認・放置してきた歴史も見逃すべきではない。そして戦後何十年も必要な情報を知る権利すら十分に保障されないまま人権を侵害され続けてきた韓国の被害者たちの声は、時には韓国社会でのいわれなき嘲笑にさえさらされながら闇に葬られ続けてきた。今回、サムスン財閥と極めて近い関係にある『中央日報』(注5)には、異例ともいえる日韓関係を憂慮する記事が大法院判決直後の一〇月三一日直後に掲載された(注6)。参考までに記事の内容を簡単に紹介する(以下、記事部分は坡平訳)。記事は「韓国の李洛淵首相が一〇月三〇日、大法院の強制徴用に関する判決をめぐって関係部署長官会議を招集した後に出した政府の公式的立場には、政府の負担と苦心がにじみ出ていた」とし「韓国政府としては一九六五年韓日協定締結以降、五三年間維持してきた立場と正反対の大法院判決が下されたこと自体が負担となっている」と文在寅政権の苦しい立場を表現している。
そのうえで「韓国政府としては一九六五年韓日協定締結以降、五三年間維持してきた立場と正反対の大法院判決が下されたこと自体が負担となっている」とし韓国の政府としての立場の変更に触れている。さらに記事は本稿の<1>で触れた二〇〇五年の韓国政府見解について「今回の判決は、盧武鉉政権だった二〇〇五年に政府が確立した立場とも対峙する」としている。
<4>われわれに求められる立場
これまで二〇一八年一〇月三〇日および同年一一月二九日の韓国大法院の判決およびそれに関するメディアでの報道等の引用に関連して、筆者の見解を述べてきた。本稿を書いている時点で日本のメディアは「“元徴用工”ら約一一〇〇人が韓国政府を提訴へ」のニュースを報じている。ますます混迷を極める情勢のなかで、われわれがとるべき立場はどのようなものであろうか。
そもそもの問題の所在は、資本の論理で日韓の民衆の声を封殺し続けてきた日韓両政府の対応にあったといえる。一九一〇年の日韓併合条約が「有効に結ばれた」「法的には合法」と主張する日本政府と韓国政府の主張との間には当初からボタンの掛け違えがあったにもかかわらず、近年まで日韓両国政府は問題を放置し続けてきた。両政府は問題を棚上げしたままで民衆の意志に反して一九六五年、「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(略称、日韓基本条約)」締結を断行した。
先に引用した『中央日報』の記事は過去の日韓関係、歴史の問題への真剣な取り組み、被害者の救済に積極的でなかった日韓両政府に対する韓国人の批判が複雑に交差したものである。韓国政府は過去、日韓基本条約締結前の予備会談において、個人に対する補償を申し出た日本に対して、韓国政府は日本政府による個人への補償の支給を否定、拒否してきた(注7)。さらには上記<1>章で述べたように、キャンドルデモで韓国の市民が獲得した大統領までもが、追認してきたという複雑な事情が絡み合っている。
ここまでの本稿での考察で得た教訓は、国家間の利益が絡む事象においては、まちがっても、一方、もしくは他方の国家ナショナリズムの片棒を担ぐようなことはあってはならない、ということである。
特に多くの歴史学者等の検討を要し、何十年もの論争を経て今もなお結論に至っていない背景を有する問題において、一方の国の見解が正しいとは言い切れない。国家の枠組みや感情を抜きにした、労働者・民衆の視点での冷静な考察がわれわれに求められている。
さらに日本と韓国だけでなく、同じく日本帝国主義による侵略戦争、植民地支配によって人権を踏みにじられてきた朝鮮民主主義人民共和国(以下、「共和国」という)に居住する被害者の一刻も早い救済も必要である。戦後七〇年以上たち、いま現在も刻一刻と高齢の被害者の救済が困難になってきている。時間の経過とともに、一人、また一人と被害者の声が闇に葬り去られようとしている。われわれの連帯の対象は、抑圧されてきた日本、韓国、そして共和国等、アジア地域に住む民衆であって、「国家(表面上、国家の姿を隠している企業、団体などの組織、個人を含め)」であってはならない。その立場から、長年国家権力そしてそれに追従するものたちによる反人道的不法行為によって踏みにじられてきた被害者に背を向けてきた過去、そして現在に厳しい批判の声を上げていかなければならない。 (坡平慶南)
(注1)大韓民国憲法 第1章(総綱)6条1項
(注2)「効力を有するすべての条約は当事国を拘束し、当事国はこれらの条約を誠実に履行しなければならない。」
(注3)2017年8月20日 『しんぶん赤旗』電子版「徴用工像 建立相次ぐ――韓国大統領 姿勢を転換」。
(注4)2018年11月1日 『しんぶん赤旗』電子版「徴用工問題の公正な解決を求める――韓国の最高裁判決について」。
(注5)『中央日報』の社長の洪正道は、『中央日報』の会長であった洪錫Rの息子。洪錫Rは、1986年にサムスングループに参加し、1994年から『中央日報』の発行人を務めながら、『中央日報』とサムスングループとの関係を密接にしてきた。2005年7月、洪錫Rに贈賄疑惑が浮上した。『中央日報』社長だった1997年の大統領選挙の際に金大中候補(当時)らへ政治資金を提供し、サムスングループへの利益を誘導したという疑惑であった。洪錫Rの家族もサムソンとつながりが深い。
姉: 洪羅喜 ― サムスン美術館リウム館長、李健熙サムスン電子会長夫人。
弟: 洪錫 ― サムスンSDI副社長。
妹: 洪羅玲 ― サムスン文化財団常務。
(注6)
2018年10月31日『中央日報』(韓国語)電子版
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(注7)第5 次 韓・日会談 予備会談 一般請求権小委員会会議録 1―13 次、1960―61
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