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    かけはし2019年1月1日号

共同の闘争通じ労働者大衆の覚醒実現へ


中国の自立的労働運動の「二つと半分」の潮流

党の自己改革という幻想脱却し
基本的市民権と労働権の確立を

區 龍宇

 本紙でも紹介したが、中国の労働者の闘いへの国内的支援に新しい形が見られるようになっている。そこには、中国国内の一定の政治潮流が関わっている。日本では情報の少ないそうした潮流の労働運動に対する考え方と今後の課題について香港の同志が論じている。以下に紹介する。(「かけはし」編集部)

JASIC争議が討論引き出す


 今年(二〇一八年)七月、深?佳士科技有限公司(以下、佳士またはJASICジャシック)の八九人の労働者が組合結成の要求を掲げ、全国各地からやってきた大学生五〇数人がそれを支援する事件が起きた。しかし、かれらの英雄的行動はすぐに弾圧された。
 現在、四人の労働者が正式に逮捕され、起訴されようとしている。二八人の支援者(学生が中心だがそうでないものもいる)は軟禁されたり、監視下に置かれたり、失踪した者さえいる。大学に戻った学生のなかには事情聴取を受けたり暴力を受けたり、所属していたサークルも解散させられた。
 さらに注意すべきは、逮捕者のなかにはこの争議と全く無関係の市民組織の責任者もいたことである。香港のNGO「労働力」(ワーカー・エンパワーメント)が支援している「深?打工者中心」(ワーカーズ・センター)のスタッフ・付常国は、街頭でJASIC労働者の行動を見物し、それをスマートフォンで撮影して拡散しただけで、深?市公安局坪山局が「騒動挑発罪」の容疑で刑事勾留した(原注一)。その他にも「青鷹夢工場」の責任者の王相宜は(彼女の大学時代の同窓生のfacebookへの投稿によると)、JASIC労働者らの労組結成を応援したことで、一一月一一日に広東省の警察に連行され、その後の状況は不明である。
 この事件は小さな議論を巻き起こした。JASIC争議の当事者らはやり過ぎたという意見がある。一方JASIC争議の支援者のなかには、今年に入ってから全国規模で発生しているトラック運転手、タワー・クレーン運転士、退役軍人らのストライキや争議は、大衆運動がすでに左翼を追い越していることを示すものであり、左翼は「日和見主義的に情勢を待つ」のではなく「大衆運動に後れを取り大衆の尻尾になって」はならないと主張するものもいる。
 今回の事件で仲間が逮捕されはしたが得たものもある、一群の左翼労働者や学生を鍛えもした、北京大学のマルクス主義学会の今年の入部生は大幅に増えた(中国の学制は九月始業:訳注)、総じてこの事件は「左派」がウェブ上の論争だけにとどまらず、現実のなかで真剣に取り組み、大衆に深く入ったことを証明した、またこの過程で誰が革命派で誰が口先だけの革命派なのかを知ることができた、これまでは争議が終わるとそれまでだったが、今回は労働組合の結成を求めたのであり、ひとつの新機軸だといえる、という意見があった。(原注二)
 またJASIC争議は毛派が初めて大々的に中国の南方において農民工を支持・指導したケースであった。従来、かれらの多くは北方の国有企業労働者のなかで活動しており、南方にあった毛派のNGO組織の行動は一貫して慎重に動いていた。

「井崗山」というスローガン

 九〇年代から今世紀はじめにかけて、国有企業の民営化にたいする抵抗のなかで、一部の毛派のベテラン活動家は北方で非常に活発に活動していた。『工人研究網』(のちに『紅色中国』に改称)はその中心の一つであった。
当時、かれらは農民工組織の責任者や学生を彼らの講座や研修に招いていたこともあったが、かれらがもっと重視していたのは国有企業労働者であった。なぜならかれらは前者は階級意識がかなり低いと考え、後者こそが「革命的」だと考えていたからである。JASIC争議は、若い学生を中心とする新しい世代の毛派が台頭し、かれらはすでに南方の農民工を重視し始めていることを示した。新しい世代の毛派も戦術を変えて、JASIC争議において当局の高圧的な態度に直面しても大胆に抵抗し労働者を支持した。これは従来とは大いに異なる事態である。
『紅色中国』と『烏有之郷』(ユートピア)の二つの主要な毛派のウェブサイトは、かつては薄熙来を担ぎあげて中共を左転換させることに期待をかけた(毛派の間でも薄熙来が左転換できるかどうかという論争はあったにしても)。二〇一二年、薄熙来が失脚し彼らの希望は崩れ去った。『紅色中国』の主要な理論家である李民騏は二〇一六年の著書のなかで、薄熙来への敬慕を終始示している。彼によると薄熙来は新自由主義に反対しており、「中国政治の今後の発展は、共産党指導部が薄熙来を排除したことで中国の急激な経済および社会矛盾の増加を相対的に平和裏に解決する最後で最高のチャンスを無駄にしたにすぎないということを示すだろう」と述べている。(原注三)
その時から、毛派は確実に少なくとも二つの方向に分裂した。右翼毛派は引き続き中共を支持し、「党を擁護し国を救おう」が中心的スローガンになった。そして『紅色中国』など左翼毛派は中共への批判をいっそう急進化させ、ついに中国において資本主義的変質が起こったという認識に達した。このときから左翼毛派は、憲法あるいは毛沢東の著作から引用した「社会主義」原則をつかって党内幹部の支持を得ようと努めつつ、基層レベルにおいて闘争することを主張し始めた。
JASIC争議の特徴は、当初は組合結成の闘争であったが、地方官僚から弾圧を受けたことで、地方官僚に反対する政治闘争に急速に発展し、学生やベテラン世代の毛派が毛派の政治スローガンや毛主席の肖像を高く掲げ、「永遠なる毛主席の優等生」という横断幕を掲げた。そのとき彼らは『時代先鋒』というウェブサイトを運営しており、そこに掲載された文章では「労働者階級の覚醒のために、毛主席のために!」というスローガンを掲げた。「井崗山は今いずこ?――佳士労働者の闘争と革命復興の展望」というタイトルの毛派支持者の別の文章では、「井崗山は佳士、日弘、富士康にあり(訳注一)、東莞、昆山などすべての工業区の工場のなかにある」と記されている。
井崗山は一九二七年に毛沢東が建設した最初の遊撃隊の根拠地である。井崗山という遊撃隊の象徴を用いて佳士争議を比喩することが、労働者の闘争にとって本当の助けになるかどうかは、議論の余地がある。JASICを含む多くの争議では、地方政府に弾圧されることで、政治闘争に転化するかもしれないということは確かである。しかし闘争をレベルアップする前に、次の問題が問われなければならない。労働者はすでに政治闘争のための十分な準備ができているのかどうか。現状はわれわれにこう告げている。かれらはまだ準備ができているとは言えない、と(八月三〇日の「明報」に掲載された筆者の『佳士争議を論じる』を参考)(訳注二)。
習近平は人民が毛沢東思想を学ぶことを要求しつづけている。しかし市井においてまじめに左翼の古典を研究し、それが集団的な性格をもつと、弾圧され、今回のように労働者の側にたって協力を志す人々にはさらに厳しい弾圧が待っている。しかしこれは驚くに当たらない。すでに二〇〇四年には、鄭州の警察が毛沢東の記念集会を組織した現地の毛派を逮捕し処罰しているからである。

「社会民主派」も党指導部に期待

 二年余り前、自由主義派の左翼労働活動家も似たような弾圧を受けた。二〇一五年一二月三日、政府は四つの労働団体の八人の活動家を逮捕し、そのうちの四人が起訴され判決を受けた(訳注三)。このときの弾圧はこれらの団体による団体交渉の推進を押しとどめるためであった。これらの団体は香港のNGO組織「中国労工通訊(CLB)」の支援を受けていた。この組織は一九八九年の民主化運動の労働者リーダーであった韓東方が設立した。また二〇一五年には百余名の弁護士らも逮捕されたが、その「罪状」は逮捕された異論派の弁護を提供したというものだった。
二一世紀にはいり、中国の農民工の数は増大し、自発的なストライキの数も大幅に増加している。それにともない新しい自由主義者の潮流が登場した。かれらは立憲政治と市民的自由を主張するだけでなく、農民工と労働基本権(結社の自由、スト権、団体交渉権)を支持しはじめた。労働者の立場からみれば、これは進歩的な発展といえる。王江松はこの潮流の主要な執筆者の一人である。彼と韓東方は「社会民主派」と自称した。
われわれはこの用語の中国的背景下における意義を慎重に見なければならない。彼らによると、中国の資本家は「(中共官僚に)依存しすぎて」「企業市民の権利の実現をためらい、主体的にあるいは受動的に官僚への贈賄をおこなっている」と批判し、それに比べて、新しい労働者階級(農民工)は、民衆組織を通じて自らの権利を勝ち取る能力を示していると述べる。(原注四)
しかし「社会民主派」は、過去の国有企業労働者の反民営化闘争を支援してこなかったか、国家はより多くの補償をすべきであると訴えただけであった。これこそ毛派が彼らのことを永遠に許すことも忘れることもできない理由である。毛派とは異なり、「社会民主派」は一九四九年の革命がもたらした「社会主義変革」に反対している。それゆえ、彼らは国有企業労働者が特権階層で保守派だと考えている。社会民主派は、農民工は国有企業労働者のような政治意識は持っていないが、苛酷に搾取されているがゆえに社会変革の責任を担うことができると考えている。これこそ彼らが労働者を組織しようとする理由である。しかし社会民主派であれ、より広義の自由主義派であれ、党=国家の最高指導者をうやうやしく奉り、彼ら(たとえば温家宝・前総理)が国民を率いて自由化の方向へ進むことに期待をかけている。
韓東方は早くに独立労組推進の立場を放棄、代わりに中華全国総工会(総工会)の内部改革推進を主張している。二〇一三年、彼は習近平による総工会改革に関する講演を、労働者のための改革のシグナルであると真に受けた。二〇一五年三月、王江松が団体交渉運動を呼びかけた際に、一五の労働NGO組織と一〇〇人以上の支持を集めたが、「中国労工通訊」も支持団体の一つだった。
この運動は労働者のなかに団体交渉の理念を伝える手助けになったが、韓東方はそれ以外の目的があった。それは同年六月に彼がアメリカの下院外交委員会で行ったスピーチにおいて、「二〇一三年に行われたきわめて重要な三中全会において、習主席は正しい方向への転換を決定した」と保証し、そして「市民社会を弾圧することは中国共産党の利益にそぐわない」と述べた。
彼はさらに「これは中国現代史上において、中国共産党と労働者の利益がはじめて十分かつ相互に一致したものである」と述べた。中国共産党のこの方向に向けての転換を後押しするために、韓東方は彼の奮闘目標を結社の自由の実現から団体交渉の実現へと転換することを明らかにし、労働問題の「過度な政治化」を抑制するとした。(原注五)

党への期待捨て共同の抵抗を


しかし、韓東方のこの善意は、中国政府による二〇一五年と二〇一六年の労働NGOに対する逮捕と判決にとって替えられた。それから二年もたたないうちに、政府はふたたび弾圧に乗り出した。今度は毛派が対象になった。皮肉なことに、社会民主派と毛派はおなじように党内指導者に望みをかけていたことである。その違いは単に、前者は党内「自由派」に、後者は党内「左派指導者」にうやうやしく望みをかけていたということである。
しかしその結果は同じであった。団体交渉や組合結成の権利を宣伝することは良いことであるが、これらの努力を、党内のあれやこれやの潮流の指導者とつながって、さらに党内の「健全な勢力」を信頼すれば大丈夫だと主張することにつなげてしまうのは、たいへん大きな問題がある。
決定的な現在において、中国共産党の自己改革という幻想に期待を寄せる態度は、これまで以上に放棄されなければならない。でなければ、労働運動や他のすべての社会運動は、上層部の派閥闘争のコマに陥るだけであり、それによって得られるものは、今以上の弾圧と絶望の他に何もないからである。
中国共産党には自己改革は不可能であり、いままさに一種の「全体主義」政権(もちろんこの呼称には議論の余地がある)に転じつつあるなかで、その目下の目標は全人民の洗脳であり、すべての水面上あるいは水面下の異論派への弾圧にとどまらず、すべての人民の思想を習近平とおなじように作り替えるというものである。労働者と他の抑圧された者たちが連合して抵抗することでしか、このような国家テロリズムを阻止することはできない。
具体的にどのように連合するのかは厄介であり、いま明確な解答はない。ますます強まる弾圧は、習近平政権がこれまでの政権に比べても無情この上ないことを示しており、それゆえに現在の合法的行動の道筋もまさに狭まりつつある。
しかし少なくとも一つ言えることは、現段階においてわれわれは望みのない抵抗に参加するのではなく、可能な限り自らの力を温存するということである。反撃の時期は必ずやってくる。だがそれは今ではない。
また、弾圧に対しては労働団体のあいだで適宜可能な限り連携し、相互支援を行わなければならない。コミュニケーションと討論は当然必要である。今日において、公然かつ理性的に議論を行うことはとりわけ重要であり、しかも可能である。もし弾圧にあったとしても、すべての労働者潮流は国内外にウェブ上のプラットフォームをもっていることから、国内の労働運動活動家がウェブ上で議論することは可能である。

毛派の不適切な社会民主派批判


中国知識人の過去二〇年の歴史は悲しむべきものである。自由派と新左派は互いに主要な敵だと見做しながら、党内の二つの主要な支配集団との関係を保持するために互いに党国家体制に忠誠を誓ってきた。二〇〇四年の鄭州毛派への弾圧に際して、ある自由派の活動家は彼ら自身が信ずる言論の自由を忘れてしまい、弾圧を見て見ない振りをするか、沈黙によって弾圧を支持した。二〇〇八年に劉暁波が逮捕されたときには、一部の新左派と毛派は拍手喝采した。これらは両派の水と油の関係を示す最も顕著な事例にすぎない(訳注四)
近年、双方への弾圧がますます激しくなる中で、このような相互敵意は後退しつつある。「社会民主派」は右翼自由主義派に対する批判を始めつつある。これもそれぞれの労働運動の潮流が実際に連合して、基本的な市民権と労働者の権利を共同で実現する手助けとなる。しかし王江松や民間団体が労働基本権(団体交渉権)の実現を訴えて二〇一五年に弾圧されたとき、毛派からの支援は一般的に極めて少なかった。
アメリカ在住の教員で『紅色中国』のイデオローグの李民騏などは王江松の呼びかけについて、労働基本権の実現も良いが、それだけでは全く不十分であり(それはその通りだ――區)、闘争を通じて公有制を再建しなければならない(これもいいアイデアだが李が公有制をどう定義しているのかはわからない――區)と批判した(訳注五)。彼は続けて返す筆で未来のことを議論し始める。「労働運動がピークを迎えるとき」には階級闘争の先鋭化は必然であり階級協調ひいては団体交渉などは不可能となる、というのである。
そして彼は王江松に次のように問いかける。その決定的な時に君はどちらの立場を選択するのか、労働運動の側に立つのかそれともブルジョアジーの側に立つのか、と。だが筆者は李民騏教授にお聞きしたい。また他のみんなも次のことを聞きたいのではないか。今まさに中国全体がさらに巨大な災厄に陥りつつあるなかで、個人独裁の政治体制がファシズム型の制度に接近し、すべての市民的権利の保障さえないというこの瀬戸際において、われわれは可能な限り連合して暴力装置の非情な迫害に抵抗する必要性に迫られているのではないか、と。
左翼の立場からすれば、中国でふたたび社会主義的変革を実現し、民主的な公有制度に転換することは望ましいことに違いない。しかし、われわれは労働運動の長期的な綱領や戦略と、現下の基本的な市民権を実現する共同闘争を対立させることは絶対にあってはならない。
もしこれらの基本的権利がなければ、自発的なストライキが組織的闘争に発展することは極めて困難である。むろん「労働運動がピークを迎えるとき」や「社会主義的変革」などは言うに及ばずである。政府の統制がこれほどまでに強まっている今日では、多くの場合において、地下活動さえも極めて困難であるか、ほとんど不可能に近い。ゆえに李民騏が遠い将来の状況と現実の闘争を対立させて語ることは、極めて現実から乖離しているのではないだろうか。実際の状況は、「労働運動がピークを迎えるとき」の前に、われわれすべての人間が暴力装置によって粉砕されている可能性が高い。「有罪の罪は妻子にまで及び、責罰は無辜の民にまで禍(わざわい)する」といった国情のもとでは、自らの情勢判断の誤りだけで罰を受けるというわけではない。

セクト主義の克服が目下の急務


中国ではこの二つの潮流が労働運動の主流を構成している。だが現在どちらも困難な状況に陥っており、世界の労働運動は支援の手を差し伸べなければない。あわせて経験を共有することが手助けになる。
欧州の労働運動の苦い経験のひとつにセクト主義がある。たとえばドイツ共産党と社会民主党は一九二〇年代後期に、反ナチ同盟を立ち上げることができず、逆にたがいに対抗しあった結果、ナチが政権を奪ってしまった。急速に全体主義国家となりつつある現下の中国において、労働活動家のあいだの最大の危険はセクト主義である。
ドイツの事例は今日の中国とは完全に比較することはできないが、普遍的な経験として言えるのは、労働運動の各潮流が戦術的な同盟を結成し、共同で市民および労働者の権利を防衛することを、イデオロギーの違いによって妨げてはならないということである。異なる潮流のあいだにある多くの分岐は引き続き議論可能であるが、いま認識すべき事柄は、相互に共通する点があるということであり、そうすることで「別個に進んでともに撃つ」という基盤ができるのである。
現在の中国の社会民主派は、弾圧された毛派への支援を拒否しなくなっている。たとえば佳士事件で毛派が弾圧されると、『中国労工通訊』も香港の労働団体が起草した支援署名に署名している(訳注六)。これら香港の団体は、その後も共同で基本的市民権及び労働人権を守るための役割を果たしている。
香港の団体が中国の二つの潮流と違う点は、一つは韓東方のように習近平に幻想を抱いておらず、二つには毛派やその支持者ではないということである。これら香港の団体だけが、「自由派」か「毛派」にかかわらず、労働者の基本的人権に関する闘いであれば支援するという立場を堅持している。その理由の一つに香港の団体の脱イデオロギー化という特徴があるが、理論や議論ではなく実務的な活動に専念しているという点にも関連している。

「革命的マルクス主義派」の限界


この二つの主要な潮流のほか、二〇年ほど前から中国には「革命的マルクス主義派」という潮流が存在している。彼らの主な理論は毛沢東ではなく、トロツキーやローザ・ルクセンブルクである。李民騏がいうように「マルクス・レーニン・毛沢東派」のほかに、さらに「マルクス・レーニン・トロツキー派」が存在しているのだ。
しかし革命的マルクス主義派の影響力は社会民主派や毛派にははるかに及ばない。あとの二者は、いくらかのリタイヤしたあるいは現職の党内幹部と関係を持っており、一部の国営事業内部にも人的関係を有していることから、得られる資源も豊富にある。しかし革命的マルクス主義派はわずかばかりの個人と小グループだけであり、資源や人脈は極めて限定的である。だが中国共産党当局からすれば、二つの潮流以上に危険な存在であることから、この潮流の活動家は極めて慎重で、なかには完全に地下に潜伏したりNGOのなかに隠れたりしている。厳格に言えば、この潮流はいまだ一つの潮流をなし得ておらず、ゆえに「半分の潮流」と称することができる。
革命的マルクス主義派は多くの西欧マルクス主義の著作を紹介してきた。この活動に取り組む人々は通常は控え目である。それよりもいくらか活発な革命的マルクス主義派の活動家は、通常はインターネット上で活躍している。過去一〇年を振り返ると中国の現状に関する彼らの分析はいくらかの進展を見せている。
彼らは毛派との間で中国の社会規定の変化に関する議論を展開し、毛派はその回答のなかで従来の主張をいくらか転換しなければならなかった。また、この潮流はおそらく左翼の中で最初に学生が労働者の中に入っていくことを議論した。一方で、活発に活動する革命的マルクス主義派のなかには毛派と同じく、現段階における市民的自由の実現の進歩性を否定する者もいる。彼らによると、社会民主派は「改良主義者なので」(確かにそうだ――區)、主要な敵だというのである(ここまで言うと大変問題のある主張となる――區)。
彼らは毛派同様、王江松を激しく批判したし、ときにはその批判の方法が左翼毛派以上にどうしようもなかったりする。また彼らの「改良主義」の定義と理解が、彼らをして他の左翼への批判へと駆り立てている。二〇一三年一月、『南方週末』の新年号が中国共産党の検閲に遭ったとき、一部の左翼活動家らが支援の署名運動を立ち上げ、検閲制度を批判し、言論の自由を主張した。その時、ある革命的マルクス主義派は公表した論評の中で、この運動は「ブルジョア自由主義」の運動であると指弾した。
また一部の革命的マルクス主義派はチベットの民族自決権を擁護する左翼活動家に対して、帝国主義のペテン師だと批判した。総じて、国内の極めて困難な条件下に加え、西側左翼思想の資源および実践が中国では途絶えて久しいことから、おそらくは相当長い時間をかけてやっと毛派でない左翼の活躍が見られるだろう。
総括的に言えば、われわれは支配集団の自己改革という幻想から抜けだし、労働者大衆の覚醒に依拠することに転じなければならない。この覚醒を実現するために、労働運動の各潮流は基本的市民権と労働権を実現する共同の闘争こそが労働運動の未来にとって極めて重要であることを認識しなければならない。イデオロギー上の分岐はこの共同闘争を妨げてはならない。最後にさらに明らかになったように、労働運動には多くの「主義」があるが、この「主義」は教条的に理解してはならないし、ましてや一種の新宗教にしてはならないということである。労働運動にとって、どのような「主義」であろうと、それは労働者解放を実現するためのworking hypothesis(作業仮説)、つまり一種の「実践上の理論的仮説」なのである。これこそが科学的精神である。労働運動は今まさに、この科学的精神を特に必要としているのである。

二〇一八年一二月三日

注:原文は英文で書かれ、アメリカの左翼雑誌「New Politics」二〇一九年一月号に発表される予定である。中国語版は英文版に若干の加筆修正を行った。本文の情報はすべてインターネットおよび個人的に集めたものである。

(原注一) http://www.workerempowerment.org/zh/updates/457
(原注二) 個別インタビューによる
(原注三) China and the 21st Century Crisis,Minqi Li, Pluto
Press, 2016,
p. 38and 183.
(原注四) http://blog.sina.com.cn/s/
blog_4d8d48790102
vz1j.html 参照。王江松は二〇一六年に「ウォルマート中国職員連絡会」の分裂騒動に巻き込まれた。彼は段毅・労働弁護士の立場を支持したことで、連絡会発起人の張軍から批判を受けた。この問題についての詳細はオーストラリアの研究者・陳佩華の論文「専制政権下労工非政府組織和中国工人的関係」を参照してほしい。(英語の原文はhttps://mulpress.mcmaster.ca/globallabour/article/view/3272からダウンロードできる)。
(原注五) 米下院外交委員会ヒアリングhttps://docs.house.gov/Committee/Calendar/ByEvent.aspx?EventID=103639

(訳注一) 「日弘」は日本発条株式会社(ニッパツ)の一〇〇%資本の中国子会社で五月に組合活動家の不当解雇事件が発生している(週刊かけはし二〇一八年九月一〇日号参照)、「富士康」はフォックスコンという台湾の鴻海資本の電子工場で二〇一〇年に多くの青年労働者が飛び降り自殺したことなどで有名。「井崗山は今いずこ?」の原文はhttp://redchinacn.net/portal.php?mod=view&aid=36329を参照。
(訳注二) 『佳士争議を論じる』の日訳はhttp://attackoto.blog9.fc2.com/blog-entry-432.htmlを参照。
(訳注三) 「週刊かけはし」二〇一六年一月一八日、二月二二日号参照。
(訳注四) 香港のトロツキストグループ先駆社は、二〇〇四年の弾圧に際して「張汝泉と張正耀への判決に関する先驅社の訴え」を発表し、毛沢東に対する認識の違いはあれど、資本主義中国への認識の相似とともに、言論を理由とした弾圧に抗議している。劉暁派らの〇八憲章についても共産党支配体制や資本主義への認識の違いはあれど、言論を理由に弾圧することは許されないという文章を発表している。訳文はそれぞれ「かけはし」二〇一五年二月七日号と二〇〇九年八月三日号、八月一〇日号に掲載。
(訳注五) 「当工人運動高潮来臨時,“労工界”何去何従?」、李民騏、二〇一五年四月五日掲載。原文は
http://redchinacn.net/portal.php?mod=view&aid=25703を参照。
(訳注六) この署名文書「真の労働組合を! 佳士労働者を釈放せよ!佳士科技の労働者による労組結成を支持する香港の労働団体の共同声明」は二〇一八年八月一日に香港の中国政府代表部に提出された。署名した香港の団体は香港職工會聯盟、勞動力、中國勞動透視、大學師生監察無良企業行動、勞工教育及服務網絡、全球化監察、中國勞工通訊、社會民主連線、香港專上學生聯會社會運動資源中心(自治八樓)、影行者、香港天主教正義和平委員會、香港基督徒學生運動、民主黨、工黨、香港市民支援愛國民主運動聯合會、街工勞工組、黄潤達議員辯事處、梁錦威議員辯事處、亞洲跨國企業監察網絡。日訳は
http://www.labornetjp.org/news/2018/1533275333088staff01を参照。

 


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