歴史的岐路となる2019年の闘い
民衆の共同で平和と人権の
東アジアを作り上げよう
|
辺野古の海を土砂で埋めるな
二〇一八年一二月一四日、ついに安倍自民党政権は、沖縄県名護市辺野古沿岸部への土砂投入を開始した。安倍政権と与党が基地反対の意思を押しつぶすために総力を挙げて取り組んだ九月の沖縄県知事選や、それに続く豊見城市長選、那覇市長選でも示されたように「辺野古に新基地を作るな!」の沖縄県民の意思はこの上もなく鮮明だ。沖縄の圧倒的な意思を踏みにじり、「危険な普天間飛行場の移設のためには辺野古が唯一の選択肢」という木で鼻をくくったような弁明を繰り返すだけの安倍政権の強硬姿勢は、憲法九条改悪によって、アメリカと共に「全世界で戦争をする国家体制」を作り上げるために、辺野古への基地建設が避けて通れない道だと確信していることに由来する。
本紙二〇一八年九月一七日号で、県知事選を前に沖縄の闘いの最前線での攻防をいち早くビビッドに報じてくれている現地の仲間は次のように書いた。
「沖縄の闘いはどうして収束・終焉しないのか。それは闘いが沖縄の存在自体に起因するからに他ならない。だから終わらない。……近代日本は明治以降、中央集権国家として成立発展した。中央集権のほころびは直ちに国家の弱体化につながる。われわれは、太平洋戦争や原発で間違った政策も修正できず、突っ走りとことんダメになって破滅する日本国家を見てきた。現に今も目にしている。破滅的な中央集権国家・日本に反旗を翻し国のあり方を変える闘いを先導しているのが沖縄なのである」(本紙2018年9月11日号 N・J「沖縄の自己決定権を守り基地のない未来へともに踏み出そう」)。
沖縄の闘いは、「自己決定権」というテーマを、国家権力に対してのみならず、日本の労働者・民衆に向けても突き付けている。安倍の憲法改悪の戦略が、中央集権国家体制の再編・強化にあることは、そのグローバルな戦争国家体制の確立の企図と合わせて見るとき、明らかだろう。「辺野古新基地建設阻止」を当面の焦点にした沖縄の闘いは、米国の戦略に軍事的・政治的に従属した日本帝国主義国家の中央集権的システムに対し、「自己決定権」をベースにしてアジアの平和と連帯の「キーストーン(要石)」という役割を主体的に発揮しようという選択を対置するものだ。それはきわめて自覚的に行われている。
われわれは、安倍政権が二〇一九年中にもくろんでいる改憲発議・国民投票をめぐる闘いと、いままさに沖縄・日本の労働者・市民運動と安倍政権の対決の焦点となっている辺野古新基地建設反対闘争の二つを軸にして、二〇一九年における労働者・市民の課題をつかみとっていく必要があるだろう。
絶対止めよう!安倍改憲
二〇一一年三月の福島原発事故への対応、普天間米軍基地の「辺野古移設」をめぐって動揺・混乱・裏切りを繰り返してきた民主党政権に対し、安倍・自民党は二〇一二年の年末総選挙で圧勝した。公明党との連立政権の下で、年来の目標である「戦後憲法」、とりわけ九条の改悪を実現することを使命とする安倍政権は、自らのプログラムに沿いながら、いよいよそのゴールに向かってピッチを上げている。
二〇一八年の自民党総裁選で三選された安倍の総裁任期は、二〇二一年までである。言うまでもなく安倍内閣は、この任期中に行われる「天皇代替わり」(二〇一九年)、東京五輪(二〇二〇年)などの「祝祭」イベントを最大限に利用しながら、九条改憲を軸に据えた「新憲法」の制定をなんとしても実現しようとするシナリオをすでに作り上げている。
労働者・市民は、安倍政権の「改憲」=「戦争国家」体制構築のプログラムを打ち砕くために最大限の努力を集中しよう。この闘いは、トランプ政権のアメリカで広がる民衆運動の胎動、フランスの「黄色いベスト」に代表される新しい社会的流動化、そして韓国の労働者・市民の闘いと「朝鮮半島の平和」への流れなど、各国の支配者層の思惑を超えた抵抗運動と結びつき、労働者・民衆運動の力で「世界を変える」挑戦である。
この国際的胎動の中には、二〇〇八年の「リーマンショック」以後の危機からの脱出をその根本においてなしえないまま、新たな危機を抱え込んでいる資本主義システムへの挑戦という歴史的課題がふくまれている。国際的には明確に、「新しい社会主義」への挑戦をも内包した労働者・民衆運動の動きが見られる。もちろんそこでは、今のところ、はっきりとした意識的な政治的代案が提案されているわけではない。しかしさまざまなルートで、その動きが始まっているという事実が重要なのだ。
とりわけトランプのアメリカの内部から若者たちをはじめとして、格差と貧困、差別に対決して公然と「社会主義」を主張する動きが登場しているのは、きわめて注目すべきことだ。二〇一六年の大統領選挙で、自ら「独立社会主義者」を標榜するサンダース候補を押し上げた青年たちの動きは、二〇一八年の米中間選挙でも示されている。それはイギリス労働党左派のコービンを支持した青年、失業者たちの運動とも共通している。「ソ連・東欧ブロック」の崩壊から三〇年近い年月を経て、「オルタナティブなど存在しない」とうそぶいてきたグローバル資本主義の行き詰まりと危機が、そこでは明白な形を取って反映されている。
第四インターナショナルは、グローバル資本主義が蓄積してきた危機への政治的・社会的反撃への明確なオルタナティブ、すなわち「最後通牒的」ではなく、反撃の運動自身の中で明らかにされていくべき代案的構想の必要性について主張してきたが、もちろんそれは容易な作業ではない。しかし労働運動、市民運動、あるいはエコロジー運動の中で繰り返し想起しなければならない課題である。
新構想としての社会主義
グローバル資本主義の危機は、同時にレイシズム・ファシズム運動の脅威が拡大する土壌にもなっている。この「文明破壊」的脅威との正面からの対決ぬきに、労働者・市民の勝利はありえない。われわれはこの間、とりわけ二一世紀に入ってからの米国、中国、ロシア、そしてEU、日本という諸国間の力関係の変動を「地政学的カオス」という言葉で表現してきた。
ここで改めて、第四インターナショナル第一七回世界大会決議を参照すべきだろう。
「新自由主義的政策、戦争、気候のカオス、経済の痙攣、社会の解体、増幅する暴力、ポグロム(組織的虐殺)、社会的保護システムの崩壊、壊滅的な疫病、奴隷状態に追いやられる女性、死に瀕している子どもたち、強制される移住……。勝利した資本主義は歯止めなしに、人道的危機が乗数的に加速する世界を生み出しつつある」。
こうした「文明破壊(バーバリズム)的現実はいまだ端緒的であるとはいえ、『社会主義かバーバリズムか』という歴史的な二者択一は、今やそのすべての意味を問い直している」(「第四インターナショナル17回世界大会決議集『反資本主義の共同から21世紀の社会主義へ』」新時代社刊より)。
沖縄の闘い、そして二〇一一年の福島原発事故の責任を追及する裁判闘争、全国で原発の再稼働に反対し、原発ゼロをめざす闘い、反天皇制・反元号の取り組み、さらに今年決定的な局面を迎える「安倍改憲」反対の闘いを軸に、朝鮮半島とアジアの政治情勢のダイナミックな変動の広がりの中で、現実の運動に根差した政治的討議の中から変革の課題と目標を設定する意識的努力が、われわれにとっても今こそ必要である。
確かに、米国や欧州に比べても、日本の労働者市民の意識、とりわけ青年層の意識の中では「社会主義プロジェクト」は、ソ連邦の崩壊を決定的契機としてすでに破たんした古い時代の理念とされ、それを新自由主義に貫かれたグローバル資本主義への対抗理念として追求しようとする政治的基盤は存在しにくいように見られている。
しかし「社会主義」はたんなる歴史的理念・イデオロギーではない。グローバル資本主義の危機が不可避的に生み出す社会的紐帯の解体、無制約な「弱肉強食」社会に対抗する「連帯」の再組織化の中から、具体的でオルタナティブな政治・社会・文化的な枠組みとして現実的に構想していく作業を意識的に追求することが、今こそ求められている、とわれわれは確信する。
安倍政治の六年間とは
ここですでにまる六年の長期体制となった安倍自公政権の歩みを振り返ってみよう。
二〇一三年一二月には秘密保護法を強行成立させた。二〇一四年には集団的自衛権行使容認の閣議決定を行った。同年末の総選挙では自公与党が再び三分の二を超える議席を確保した。この総選挙での安倍首相が自ら設定した争点は「アベノミクスの是非を問う」だった。その中身は、「異次元の金融緩和」による円安誘導、莫大な財政支出、そして「第三の矢」と銘打った「規制緩和」を軸にした攻撃的新自由主義戦略だった。それは「世界で企業が最も活動しやすい国」という露骨極まるキャッチフレーズを掲げたものであり、「終わりなき規制改革」が安倍の常套句となった。ここでは利用主義的に「女性が輝く社会」というスローガンも付けくわえられていた。
二〇一五年には戦争法制(安全保障関連法)が、「シールズ」など若い世代をふくむ、連日のように国会を包囲する大規模な反対運動を押し切って強行成立となった。二〇一六年には盗聴法改悪が強行された。同時に南スーダンへの自衛隊PKO派兵が行われた。その一方、同年には参院選で一人区での野党共闘が成立して、東北をはじめとした一一県の一人区で自民党を破るという成果もあった(その前の二〇一三年参院選では一人区での野党の勝利は二県のみ)。
二〇一六年一一月の米大統領選では「アメリカ・ファースト」の右翼トランプが当選し、「ニッポン・ファースト」の安倍が、大統領就任前に主要国の首脳としては初めての会談相手となるという「親密さ」も演出された。
二〇一七年には、五月三日の憲法記念日における「日本会議」系の右翼改憲派集会で「二〇二〇年を改憲の年に」という安倍のビデオメッセージが流された。そして読売新聞のインタビュー記事でも同様の内容が示された。それは「九条1項、2項」をそのままにした上で「自衛隊を明文で書き込む」というものであり、「日本会議」のイデオローグの提案を取り入れたものだった。「自衛隊違憲論」の存在余地をなくすという口実でなされたその基本的内容は、自民党の改憲4項目(@憲法九条の条文に1項、2項はそのまま残した上で3項として自衛隊を明記、A緊急事態条項、B参院選合区の解消、C教育の「無償化」)の中に取り入れられることになった。
この「安倍改憲案」は、言うまでもなく「九条に自衛隊を明記する」ことで「現状を追認する」だけのものではない。それは「国際秩序維持」への「主体的貢献」を担い、米国と並んで「集団的自衛権」を行使する「帝国主義軍隊」としての自衛隊の役割の明確化であり、かつ米国を部分的に代替する形で、習近平の中国の「軍事的脅威」=「拡張主義」路線にアジア太平洋レベルで対抗する軍事的能力を持つ「自衛隊」の飛躍的強化を意味するものとなる。
一二月一八日に閣議決定された新しい「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」では、長大な飛行甲板を持つ海上自衛隊の「いずも」型護衛艦を改修して事実上の「攻撃空母化」することが明記されている。「いずも」型空母タイプ「護衛艦」に搭載されるのは短距離離陸・垂直着陸が可能な米国製戦闘機F35Bであり、それは例えば東シナ海での中国などとの武力衝突に対応した戦力となることを想定したものであることは間違いない。
まさに米軍と肩をならべて「海外」での戦闘に対処する攻撃的戦力としての自衛隊の強化が想定されているのである。自民党改憲案が意図するものは、トランプ政権の混迷によって加速されているアメリカの軍事的・政治的主導力の衰退に対処し、中国の「拡張主義」的政治・軍事戦略との対抗においてアメリカを補完し、前線に立ちうる態勢を作り出すことなのである。そしてその前線に据えられているのが沖縄なのだ。
いまここで打倒しよう
ここでもう一度二〇一七年五月三日の安倍ビデオメッセージを思い起こそう。
「私は、かねがね、半世
紀ぶりに、夏季のオリンピックが開催される二〇二〇年を、未来を見据えながら日本が新しく生まれ変わる大きなきっかけにすべきだと申し上げてきました。かつて、一九六四年の東京五輪を目指して、日本は大きく生まれ変わりました。その際に得た自信が、その後、先進国へと急成長を遂げる原動力になりました」。
「二〇二〇年もまた、日本人共通の大きな目標となっています。新しく生まれ変わった日本が、しっかりと動き出す年、二〇二〇年を、新しい憲法が施行される年にしたい、と強く願っています。私は、こうした形で国の未来を切り拓いていきたいと考えています」。
そして二〇一八年、自民党総裁に三選された安倍首相は、いよいよ「天皇代替わり」の二〇一九年を改憲への決定的チャンスの年として、虎視眈々とそのタイミングを狙っていることは間違いない。われわれは、改めてこの二〇一九年に次のことを確認しよう。
安倍改憲を阻止し、安倍政権を打倒することを通じて、日本の、そして東アジアの情勢を根本的に変革し、平和・環境・人権・民主主義に貫かれた社会変革の道、すなわち国境を越えた反資本主義的オルタナティブの展望を切り開く転換点にしていこうではないか、と。
「九条改憲」を安倍政権の「花道」とするのではなく、「改憲阻止」を安倍政治への「墓標」とするために労働者・民衆運動の総力を上げよう!
「天皇代替わり」と改憲
現在、自民・公明の与党は、衆議院では改憲に必要な総議席の三分の二を確保しているが、参議院では三分の二にわずかに足りず、「維新」などの準与党の改憲容認派を含めて辛うじて三分の二をクリアーするといった微妙な状況にある。公明党は、必ずしも自民改憲案を全体として容認するところまで、いまだ態度を決めてはいないが、これまでの経過からして、最終的には幾つかの「保留」とあいまいな「解釈」を意識的に残しながら、容認することになる可能性が大きい、と見るべきだろう。
「維新」もまた幾つかの独自的主張を押し出しながら「安倍改憲」に同調する可能性が大きい。「与党」であることに何ものにも替えがたいメリットを見出している公明党においては、自民党改憲案に合流して「与党」の座を堅持しようとする力学と、グローバル資本主義の支配の下で切り捨てられ、生活苦に陥っている一般創価学会会員の間で、分解の動きが発展するだろう。沖縄県知事選で、公明党中央の圧力にもかかわらず、約三割にのぼる創価学会員が玉城デニー候補に投票した、と報じられているような事態は、改憲情勢の煮詰まりと共に「本土」でも広がっていく可能性がある。
二〇一九年の攻防の焦点が、沖縄・辺野古の米軍新基地を阻止する闘いと並行して、安倍内閣がもくろむ改憲発議を阻止する闘いに据えられることは言うまでもない。
二〇一八年九月の自民党総裁選挙で、安倍晋三首相は三期目の当選を勝ち取った。自民党規約で総裁の任期は三期九年と定められており、今回が最後の任期である。したがって安倍が自らに課している任期内の改憲実現のためには、二〇二一年八月までの改憲発議と国民投票が必要となる。ここには考えなければならない幾つかの要素がある。
今年、二〇一九年は五月から一一月にかけて一連の「天皇代替わり」儀式が控えており、「天皇主義者」としての安倍が、この一連の「代替わり」スケジュールと改憲プログラムをリンクさせることは可能なのだろうか。麻生副総理は安倍に対して「二〇一九年中に国民投票をやっちゃえ」とそそのかしている、という話も流れている。「天皇代替わり」を利用した「憲法代替わり?」。そうした構想は、「天皇主義者」が「天皇利用主義者」以外の何者でもないことを考えれば不思議なことではないだろう。
安倍政権が、二〇一九年中の改憲案の国会発議と国民投票を強行し、二〇二〇年の東京五輪を「新天皇」と「新憲法」で迎えるというプログラムが、安倍政権が描いている構想であることは明瞭である、とわれわれは考える。実際、二〇一七年の日本会議系改憲集会で安倍が送ったメッセージはそれを明言していた。
「立憲的改憲論」の誤り
われわれは、支配階級と自民党がここ一〜二年のうちに実現させようとしている「改憲発議・国民投票」を見据えて、安倍改憲阻止の共同戦線を共に築き上げようとする。そのためには現在進められている共産党から国民民主党にまでいたる野党共同戦線の枠組みを維持・拡大・強化する必要があることは確かである。しかし、それと同時にこの野党共同戦線が、「安倍改憲」を拒否するという一点での結集であり、きわめて不安定で脆弱な基盤に立っていることに注意しなければならない。
例えば「野党共闘」の中で最大の議席を持つ立憲民主党は、「安倍改憲」には反対であったとしても、同党の中心的リーダーの一人である山尾志桜里衆院議員は、自著『立憲的改憲』の中で「個別的自衛権」を行使する自衛隊の存在を憲法上に明記することを主張しており、日米安保と沖縄の米軍基地の存在自体は認める内容であることに注意しなければならない。
われわれは立憲民主党、国民民主党から共産党にまで至る「野党共闘」を媒介とする「安倍改憲反対」の共同戦線を作りあげ、国政選挙の共同候補とすることに賛成し、投票を呼びかける。それと同時に「立憲的改憲」路線に基づく「対案」路線の誤りをはっきりと批判する。
労働組合をめぐる攻防
われわれは「国家自衛権」の主張を当然の前提とする考え方とは違ったところから労働者・市民の反改憲運動を組み立てる必要がある。その上で、「安倍改憲反対」の野党・市民の共同戦線の拡大の中に、辺野古新基地建設に反対する沖縄の人びととの連帯をはっきりと組み込んでいかなければならない。
安倍改憲の情勢が煮詰まるにつれて、現在の自公連立の与党ブロックに加えて、維新、さらには「連合」の労働組合官僚内部から、安倍改憲へのすり寄り、合意の動きが顕在化するだろう。維新はすでに「準与党」として安倍改憲にすり寄っている。
二〇一八年一〇月に開催された労組ナショナルセンター「連合」の中央委員会の場で、神津里季生連合会長(新日鉄労組出身、鉄鋼労連)は安倍政権の下での改憲について否定的な見解を述べたが、すでに連合内最大産別組織であるUAゼンセンは改憲に肯定的な対応を取っており、改憲情勢のいっそうの煮詰まりとともに流動化が進む可能性が大きい。「連合」の労働組合官僚指導部の間では、民間大企業の政府への依存と関連して、よりブルジョア国家への依存の度合いを強める力学が働いていくことにならざるを得ない。
こうした状況の中で問われていることは、職場・地域から労働組合、労働者が改憲反対の声を上げていくことは、国家・大企業から独立した労働組合のために闘う上でも最重要の課題である。
われわれは職場・地域から労働組合、労働者に対して改憲反対の声を上げていくことが、労働組合運動それ自身の強化・発展にとって不可欠のテーマであることを確認する。左派にとって必要な任務は、「安倍改憲」に反対する野党共闘の枠組みの行動的一翼を担いながら、国際主義と反資本主義の展望に裏打ちされた左派潮流の形成を目指すことである。
改憲情勢の切迫と「戦争国家」体制の進展は、二〇〇八年のリーマンショック以後、今日に至るグローバル資本主義システムの危機の深まりとともに進む、資本家階級による労働者・民衆への攻撃、すなわち搾取と大衆収奪の強化、権利の剥奪、失業・貧困のいっそうの拡大と表裏一体の関係にある。それはまた現在に続く福島第一原発事故の惨禍に見て見ぬふりを決め込め、被災者を切り捨てて、原発再稼働を進める資本と国家の居直り、地球全体のエコロジー体系を破壊する温暖化――環境破壊とも結びついている。
福島原発事故を引き起こした東京電力最高経営幹部(勝俣恒久元会長、武藤栄元副社長、武黒一郎元副社長)の犯罪を明るみに出し、その責任を問う東京地裁での裁判の結審・判決が迫っている。二〇一一年の三・一一の大地震と津波による「東電福島原発事故」は、まさに予見されていたのであり、回避可能だったことは裁判を通じて明らかになってきた(海渡雄一編著 福島原発刑事訴訟支援団・福島原発告訴団編『東電刑事裁判で明らかになったこと 予見・回避可能だった原発事故はなぜ起きたか』 彩流社ブックレットを参照)。東電幹部の刑事責任を明らかにし、有罪判決を勝ち取ろう。
相次ぐ原発の再稼働、東海第二原発の二〇年運転延長に反対しよう。
「代替わり」・「五輪」にNO!
われわれは「憲法改悪阻止」の闘いの正念場である二〇一九年の年頭に当たって、「天皇代替わり」と二〇二〇年「東京五輪」に反対する運動の重要性についても強調したい。
安倍首相が「改憲発議」を狙っている二〇一九年は、「平成天皇」明仁の「生前退位」と新天皇の「即位」代替わりの年である。続いて二〇二〇年には東京五輪が開催される。
二〇一六年の明仁天皇による「生前退位」TV放送と二〇一七年の「全会一致」による「退位特例法」の制定、そして二〇一八年の「明治一五〇年」をめぐる一連の公的行事や「代替わり」ムードをかきたてるキャンペーンは、天皇自身の意思に基づく「代替わり」法という「想定外」の違憲行為を通じて、新たな天皇制的「国民統合」をはかるものとなった。
安倍内閣にとって、二〇一六年の「生前退位」放送は想定外の不意打ちとも言えるものだったろう。しかし安倍内閣は明仁天皇自身によるTVでの「生前退位」の意思表明という違憲行為を最大限に利用して、「代替わり」キャンペーンと「東京五輪」開催を結び付け、さらにそれを「新しい時代」の「新しい天皇」、そして「新しい憲法」という水路に流し込もうとしている。問題は全政党が、天皇自身による「生前退位」の法制化イニシアティブという違憲行為を受け入れ、東京五輪とならぶ「祝祭イベント」にしていくことに賛同してしまったことだ。
そして天皇自身の発議に基づく「代替わり」=「新天皇即位」の祝祭は二〇二〇年の東京五輪の社会的喧噪に合流し、「憲法改悪」への先触れに仕立て上げられようとしているのだ。
オリンピックはいらない!原発被災地での「聖火リレー」をやめさせよう。
実践を通じた理論創造
安倍政権がその改憲プログラムを実現しようとする二〇一九年。世界は、フランスの「黄色いベスト」運動、イギリスのEU離脱をめぐる政治的混迷、朝鮮半島の南北関係の動向と米国・中国・日本など周辺諸国の対応、トランプ政権の迷走と米中間の政治的・経済的確執の拡大など、新たな危機の様相を深めている。これに加えて日ロ間の「領土交渉」などの動きも大きく変化する可能性もある。
「国際情勢、特に経済情勢について長期的な発展を予測するのは難しい。新しい金融危機が迫っているが、それが何をもたらすかは分からない。コンピュータ関連の技術革新は労働生産性に重要な影響をもたらすのか否か? われわれは長期にわたるスタグフレーション(停滞)の時期に入っているのか? ブルジョワジーの重要な部分が新しい保護主義を選択することができるのか? 地球温暖化は資本主義に絶対的な制約を課すことに寄与するのか? 資本主義の危機の主要な理由は利潤率の低下なのか(「古典的」な危機の場合と同様に)、それとも他の要因を十分に考慮に入れる必要があるのか(グローバル化の下での統治方法、エコロジー危機の影響……)」。
「しかし現時点で、確実なことも少なくない。雇用と一般的な生活条件の不安定、社会構造の解体は大部分の国で続くだろう。抑圧はさまざまな連帯運動の連携によって十分な力でそれに対抗しなければますます強化されるだろう。エコロジー危機の被害は広がるだろう。東アジアにおける緊張の増大によって地政学的不安定はますます深刻化するだろう。資源、市場、通信手段の支配をめぐる紛争は乗数的に増加するだろう」(第四インターナショナル第一七回世界大会決議「資本主義的グローバル化、帝国主義、地政学的カオス」二〇一八年三月)。
こうした状況の中で、「実践による分析」という「経験主義的方法」の着実な積み重ねを通じて情勢に立ち向かい、その理論化を図っていく方法、すなわち行動をベースにした分析の共有という当たり前の方法による認識の形成があらためてわれわれに求められているのだ。 (平井純一)
|