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    かけはし2020年5月18日号

プーチン体制に歴史的危機


ロシア

ウイルスを前に

 イリヤ・ブドライツキス


 ロシアのプーチン大統領が急激な支持率低下に見舞われている、とメディアで報じられている。ロシアの同志がその根拠を以下の様に報告し、プーチン体制が歴史的な危機に入ったと論じている。(「かけはし」編集部)
 ロシアの現情勢は、「完全な嵐」に入った。この地のパンデミックは、ロシア通貨の崩落、そして憲法改正というウラジミール・プーチンの提案が引き起こした政治的危機と同時に起きている。世界の政治指導者すべてが自らを、非常事態を宣言でき、ウィルスとの「戦争」に勝利できる最高権力者、と示そうとしているときに、プーチンは、今起きている最中のものに責任をとろうとする意志がないことを完全にあからさまにしている。

国家が責任を引き受けない方策

 全国レベルでは、このコロナウィルスの危険性が認識されたのはほんの一週間前だった。その三月二五日、プーチンは国民向けに演説を行った。その時までに国内で公式に感染者とされた人数は一〇〇〇人近くだったが、ロシア医療システムの現在の惨めな状態では、それにかかる重さは破局的になる得る、ということははっきりしていた。
これを背景にしたとき、公表された諸方策はその曖昧さがひときわ目立つものだった。すなわち、翌週は「非労働」――事実上、私的企業への補償を国家が拒否したということを意味した――と宣言された。全国規模の非常事態の代わりに、脅威と制限的な諸措置を自ら決定する機会が地方の当局に与えられた。
収入と雇用の喪失から脅かされる人々を助けることを目的にする諸方策も取るに足りないように見えた(特に、EUと米国における公的支出と比較する場合)。たとえば、小企業には隔離期間の税控除が与えられた(それは、おそらくパンデミック終了後に支払い義務が生じる、ということを意味した)。そして失業手当は、公式に確定された最低実質レベルで一万二〇〇〇ルーブル(約一五〇ユーロ)まで引き上げられた。しかしそれは、実質生計費には対応していないのだ。
このすべては、公式データによってもこの国の市民多数が全く貯蓄をもっていず、俸給で食いつなぐしかないという状況の中で起きているのだ。
同時に、モスクワ、サンクト・ペテルスブルグ、ニジ・ノヴゴロドといった巨大都市の地方当局は、家からの外出すべてに対しシステム化された諸制限を導入した。そこには、隔離不履行を理由とした高額の罰金が含まれている(全国レベルでは一切周知されていない)。
非常事態は最高権力者からは宣言されなかったが、実際上は現実の状態となった。これは、政治哲学の興味深い原理を示すだけではなく、国家の主権拡張に含まれる社会的かつ経済的コストを当然にも引き受ける意志が国家に完全にない、ということをも意味している。
四月二日、大統領は再び国民に訴え、「非労働日」体制は四月末まで続くだろう、と語った。少なくとも一ヵ月分の俸給を失い、家賃やローン返済の免除を受けていない人々の生活を支えることができる一時払いも、依然まったくなかった。この期間俸給の維持を保証されている国有企業の被雇用者は、中小規模の企業に雇用された人々(この国の全被雇用者では約四〇%にあたる)よりも保護された位置にいるように見える。
そうであっても、ロシアの国家財政が完全に依存している原油価格の崩落は、またそれに続くルーブルの二〇%下落は不可避的に、より高いインフレおよび対応する諸々の所得喪失に導くだろう。そしてそれらに対しても、政府には埋め合わせるつもりがない。
パンデミックの脅威という例外的な諸条件、そして現在の生活水準の中でさえ、ロシアの当局はおそらく、いわゆる「国民福祉基金」を支出しないと決意している。この基金は何年にもわたって、原油輸出からの超過収入を蓄積してきた。そして現在それは一二三〇億ドルに達している。

プーチンの戦略の前途に暗雲


大統領の前回演説に対するユーチューブ上の何千という否定的コメントは、パンデミックの中でのこの戦略の意味を人々が正しく理解した、ということを示している。つまり国家は、一歩引き下がり、危機におけるロシアでの、最低限主義的生き残り戦略の本能を当てにしている、ということだ。同時に、人気のない警察の統制諸方策と諸制限の諸々のコストは、プーチンが依然として保持している高い個人的人気を危険にさらさない形で、地方の当局が負うことにされなければならないのだ。
驚いたことにパンデミック下の国家の戦略は主に、あたかもその後何も起きなかったかのように、今年はじめにプーチンが提案した改憲問題に戻ることに焦点を絞ってきた。この改正のもっとも重要な項目は、大統領任期のいわゆる「リセット」だった。そしてそれは、彼の現在の任期が終わった後、事実上終身支配を始める形で、さらに連続一二年権力を維持することをプーチンに可能にさせたと思われるものだ。
提案された修正はすでに、議会で採択されていた。そして、パンデミックのための少なくともその延期までは、四月二二日に行われる特別国民投票で承認されるはずだった。そうであっても三月末の世論調査は、大統領任期限定の「破棄」を支持したロシア有権者が半数以下、ということを示した。これらの数字がどう変わるかを言うことは難しい。しかしはっきりしていることは、プーチンの現在の立場が彼の支持を高めることはありそうにない、ということだ。
彼の政治的、経済的システムは、その二〇周年を祝う代わりに、その歴史上最悪の危機の一つに入り込もうとしている。(二〇二〇年四月六日、「レフトイースト」より)

▼筆者は、第四インターナショナルのロシア支部、プペリョード(前進)の指導者。同支部は二〇一一年にロシア社会主義運動(RSD)創設に参加した。(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年四月号)

フランス

コロナ禍の地方選

反資本主義綱領に11・7%獲得

「ボルドー・アン・リュッテ」の闘い

ベアトリス・ワイル/フィリップ・プトウ

  NPA(フランス反資本主義新党)スポークスパーソンのフィリップ・プトウが三月一五日、ボルドー(フランス南西沿岸部:訳者)における地方選キャンペーンでの労組活動家と当地活動家からなる幅広いリストを、印象的な得票率一一・七%へと導いた。これは、地方選の第二回投票に立候補できることを意味する。ちなみにこの二回目の選挙は、当初一週間後の三月二二日に予定されていたが、現時点では、今後公表されることになっている日付けで六月に行われることになっている(注)。
 マクロン政府は、学校閉鎖がすでに公表され、全面的なロックダウンがまさに一日後に到来することになっていたのに、三月一五日の地方選一回目実施を変えないと決定した。この大いに批判を呼んだ決定は、投票所に配置された職員の中に一定数の新型コロナウィルス感染と死を引き起こした。そこには少なくとも三人の地方首長が含まれている。(IV編集部)

反資本主義派
第2回戦進出


 フランス地方選第一回投票から一カ月が経ったが、それでもそれは、もはやはるかに昔のように見えている。現実に、ロックダウン開始と地方選二回戦延期の公表は、三月一五日の第一回投票の翌日だった。
 その時以来、われわれが厳密に隔離されていようが、働き続ける人々にとってはその隔離が相対的であろうが、死亡したり集中治療室に送られる人々に関する冷や水を浴びせるような統計にしたがって、すでに関心は感染の広がりで大きく占められてきた。したがって選挙とそのキャンペーンは関心を引かないものであり、諸々の評価もまだ行われていない。われわれは、この報告が行われてはじめて、少なくとも分析に向けた最初の試みに挑むことができる。
 三月一五日、空気はすでに重苦しいものだった。投票決行は、それが住民に負わす危険のゆえに大いに議論を呼んだ。棄権もまた記録的なレベルに達し、この選挙の有効性を限定している。ソーシャルディスタンスという最初のルールが三日間適用される中で、われわれも必然的に、投票日夜の集会を取り消した。
 それゆえわれわれは、第二回戦に向けわれわれに適格性を与え、したがって地方議員獲得をめざすレースに残ることを可能にした、一一・七%という結果を「祝う」ことができなかった。ちなみに地方議員獲得は、最初からわれわれの目標だった。それは議会主義からのことではなく、キャンペーン月間に抗議の主張を行うだけではなく、今後の六年間政治闘争を続けるための地歩を確保する、ということだった。

困難な時期経て
統一リスト誕生


 キャンペーンを行うまでにわれわれは、ある種困難な一時期を通過しなければならなかった。そしてそれはその痕跡を残すと思われる。というのも、より全般的には統一リストに関する、NPA内部と活動家たち内部の重要な戦略的不一致を特徴とする数週間があった。ちなみにその統一リストとは、通常は別々である組織、つまりNPAと不屈のフランス(FI)を一団にすると思われたものだ。
 NPAに共同リストを検討するよう提案するイニシアチブをとったのは、FI活動家、労組活動家、黄色のベスト、さらに市民団体を結集しているボルドー・ドゥブ(「立ち上がれボルドー」)だった。これは両陣営で危機と亀裂を引き起こした。諸々の緊張にも関わらず、討論が結論に向かって進行した。活動家たちは両陣営で、一つの政治的合意、多様な活動家の諸グループを結集することを通じて有効性をもち、一定の騒音を起こすとおもわれるキャンペーンが期待でき、有益であると見えた一つの統一、に達するために闘った。
 ボルドーでははじめて、右翼――一九四四年以来権力を握る――が脅かされ、「左翼」が勝利の歴史的好機を得ていた。この選挙での課題はこの権力交代だった。それゆえわれわれは、左右交代とは異なる何かを代表できるリスト、もっと階級闘争に基礎を置く展望を防衛できるリスト、ブルジョアのボルドーに対決する民衆のボルドーのリスト、本物の社会的オルタナティブのリスト、を必要とした。
 そしてまたはじめて、社会的怒りを表し、われわれの陣営を代表する、そして現システムとの決裂を内包する反資本主義綱領を提案するリストが、存在し、声が聞き届けられ、信用に値するものとして現れることに成功した。

勝利不可能だが
衝撃作る少数派


 われわれのリストは何とか、統一していたがゆえに、人々を結集させ、活動を励まし、闘争を導くことができた。われわれはわれわれの周辺で、どこでも、それを直接感じた。われわれのリストとわれわれの考えは、興奮と希望、そして少なくとも好奇心を喚起した。われわれはすぐさまこれを、九%、一二%、一一%と支持率を示した世論調査で見た。それは、ひとつまみの塩を加えて考えられてよい、しかし被選出公職者の確保もあり得る、という予感だ。そしてその結果として、われわれへの投票に理由を与えた予想だ。われわれへの投票は、役に立つ票になった。それは、プロレタリアート、不安定職の被雇用者、下層の被雇用者、デモ参加者、抗議に決起する者たち、反資本主義者を、ブルジョアの一都市であるボルドーでボルドー議会で、代表する議員を獲得するために役に立つ、一つの象徴、一つの偉業になる票になった。
 われわれは、あらゆるものを逆さまにひっくり返したとは主張できない。もちろんそんなことはない。われわれのキャンペーンは、情勢を変えてはいない。権力はなおもボルドーのブルジョアジーの下にとどまるだろう。ジュペ派右翼と社会党・環境派・リベラルの左翼は、われわれのはるか前方に来た(各三四%)。形勢の悪いマクロン派でさえ、われわれの僅か前の三位に付けた(一二・六%)。しかしわれわれは一一・七七%で四位になった。目標は達せられている。
 選挙が終結にまだ達していないという事実は、真の評価を可能にするものではない。しかしわれわれには、将来に向けてやるべきことが多くある。活動家チームは、闘いの再開を、次回にわれわれ自身をもっと強く聞き届けられるようにすることを決意している。われわれはその闘いの進路に、反乱の進路、直接民主主義の、富の共有の、社会的緊急計画の進路、にとどまるつもりだ。
 そして事実としてわれわれはさらに、偽物の左右交代に対決する、右翼の次の勝利に対する責任をわれわれに被せようとする圧力と脅迫に対決する進路にもとどまるだろう。われわれの見解では、われわれは何とか、われわれの陣営を代表する、単に左翼を分裂させる者とは見られないリストの存在を、無益あるいは有害ではなく完全に正統性をもつリストとして、強いることができた。
 これが、民衆の中で広く共有された誇りの香りに似た、ささやかな勝利の空気としてこれからわれわれが思い起こすものだ。多くの人々に対して、われわれに投票したかどうかに関わりなく、われわれは一つの印象を残し、一定の騒音をつくり出し、政治の光景を揺るがした。われわれは確実に、ささやかな規模だが実体的に、別の何ものかを現実化することに成功した。(二〇二〇年四月一七日)

▼フィリップ・プトウは二〇一二年と二〇一七年の大統領選におけるNPA候補者、フォードのボルドー工場で働いている。ベアトリス・ワイルは、ボルドーのNPA活動家。
(注)リストが五〇%以上の票を獲得したところでは、その選挙が有効とされてきた。とはいえ選挙は通常、選挙プロセス完了時点で、つまり第二回投票の結果をもって確定される。(「インターナショナルビューポイント」二〇二〇年五月号)   

 


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