パキスタン
アリ・ワジル、モシン・ダワルの解放を
国際キャンペーン継続必要
ピエール・ルッセ
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パシュトゥン・タフズ運動とは
パシュトゥン・タフズ運動(PTM)に対するパキスタン軍による流血の弾圧に続いて、この五月以来一つの国際連帯キャンペーンが進行してきた。ここに賭けられているものの大きさを考えれば、これを続けることが重要だ。
パシュトゥンは、アフガニスタン(そこにもパシュトゥンの住民がいる国家)との国境に位置するパキスタン北西部(注一)に暮らしている。PTMは、非暴力の形でその闘争を指導し、かつ独立主義者ではない。それゆえそれは、この国の南西部にあるバロチスタンにおける武装解放運動を行ってきた他の運動とは異なっている。その運動はパキスタン国家から公正さを求めているにすぎない。
この地域の歴史は複雑だ。パシュトゥンはアフガニスタンにおける主要なエスニックグループだった。しかしその国を荒廃させた戦争が、パシュトゥンを国境のパキスタン側に住み着くよう導いた。パシュトゥンのエリートは国家の機能部分、行政、そして特に軍の将校団に統合されてきた。それは国のいたるところに広がった。
PTMはまたこの地域中で活動を展開するタリバン運動による暴力的な攻撃の標的でもある。現在獄中にいる二人のパシュトゥン下院議員の一人、アリ・ワジルは、タリバンによって彼の家族の多くを殺害された。
最大の大衆運動
の故に狙い撃ち
国際メディアは、パシュトゥンとタリバンの識別をぼやけさせる傾向がある。PTMの闘いは、それが事実とは異なることを示している。PTMが深く社会に根を張り、社会の代表性が非常に高いがゆえに、先のことはなおのこと真実だ。
パシュトゥン人口は約五〇〇〇万人と見積もられ、その多数はパキスタンに暮らしている(およそ三〇〇〇万人?)(注二)。アフガニスタンに暮らしている人口に加えて、パシュトゥンの離散民は、欧州、オーストラリア、さらに米国にかなりいる。彼らはさらに、中東における移住労働者の中にも強力な存在感をもっている。
パシュトゥンはまたパキスタンのさまざまな部分にも存在している。したがってPTMはおそらく、北西部だけではなく、たとえばラホール(パンジャブ)、カラチ(南部のシンド)でも決起を組織できる、この国最大の大衆運動になっている。それは、パキスタン人左翼諸部分の第一線から活力ある支持を受けている。これが、この運動が軍と特殊機関の標的になった理由の一つだ。それらはこの運動を破壊したがっているのだ。
五月二六日、国境地域での作戦の中で住民(特に女性)が受けた虐待に反対する、PTMの抗議によって組織された平和的なデモに軍が発砲した。少なくとも一三人が殺害され、四〇人以上が負傷した。二人のPTM下院議員、アリ・ワジルとモシン・ダワルは逮捕され、投獄され、拷問を受け、その後ペシャワール(注三)の刑務所に収容された。彼らはこの発砲では直接標的にされ、モシン・ダワルは負傷者の一人だった。
大衆運動としてのPTMは国会に二人の被選出議員を確保している。アリ・ワジルはつい近頃第四インターナショナルの枠組みの一部になった「闘争」運動メンバーだ。一方モシン・ダワルは特定の党員ではない。彼ら両者は大きな勇気を示している。
キャンペーン
を持続可能に
彼らはパキスタンにおいて多くの支持を受けてきた。そこには、国家の抑圧的諸勢力やタリバンによるパシュトゥン女性に対する暴力に極めて鋭敏な、フェミニスト諸グループからの支持が含まれている。
一つの国際的請願が「国境なき欧州連帯」(ESSE)ウェブサイトを通じて始められた。それはすでに大きな数になる諸国からおよそ五〇〇の署名を受け取った。国の名前を少々挙げれば、アルゼンチン、ブラジル、フランス、ポーランド、ポルトガル、フィリピン(ミンダナオ)、カナダ・ケベック、チュニジア、アルジェリアなどだ。この署名は現在われわれのサイトのホームページ上に掲載されている。
このキャンペーンの目的は以下の三つだ。
?アリ・ワジルとモシン・ダワルの釈放の要求。
?釈放後の彼らの安全確保。パキスタン軍はアフガニスタン内のタリバン運動(他はパキスタンそれ自身内で活動中だ)と緊密なつながりを保持していて、この軍は必ずしも彼らの殺害を妨げないと思われるからだ。
?パシュトゥンが現在実質的封鎖と非常事態令下に置かれている北西部で、常態への復帰を達成すること。
それゆえこれは一回限りのキャンペーンではない。それは長期に続けられなければならない。
全体として、情勢はパキスタン国内の進歩諸勢力にとって非常に困難だ。PTMに対する支援は、われわれが左翼とパキスタン人民衆運動に向けて続けなければならない連帯表明の一つだ。ブロガーたち、労組活動家、また農民指導者の「失踪」、拷問の利用はいつものことになっている。女性運動は多面的な暴力に直面している。民主的な諸権利の中で残っているものは脅威の下に置かれている。他の具体的な連帯キャンペーンが日程に上っている。
(注一)以前は北西辺境州だったこの州は今、カイバル・パクトゥンワと呼ばれている。
(注二)パキスタンの人口は二億一二〇〇万人。
(注三)カイバル・パクトゥンワ州の州都。
(「インターナショナル・ビューポイント」2019年7月号) |