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    かけはし2018年11月26日号

分極化が加速する米国社会


アメリカ中間選挙の結果について

深まる「反トランプ」の政治的表現


女性・非白人・若者の動向

 世界中が注目するなかで一一月六日に行われた米中間選挙の結果は、下院で民主党が八年ぶりに過半数を奪還し、上院では共和党が過半数を維持するものとなった。選挙当落の最終確定や共和・民主それぞれの得票率などはまだ正式に発表されてはいないが、選挙結果は事前の世論調査を反映したと言えるだろう。
 二〇一六年の大統領選挙時のような「隠れトランプ」現象は起こらず、トランプ支持派は隠れることなく「トランプ集会」で気勢を上げたし、「トランプ共和党」支持を表明したのであった。それは二年前よりも米国社会が政治的な分化を深めた結果だと言えるだろう。投票者数は推計で一億一四〇〇万人で、それは二〇一四年に行われた中間選挙での八三〇〇万人を三七%も上回るものとなった。
 トランプはこの約二年間の政治のなかで「米国第一」主義を打ち出して、国際協調路線の拒絶と恫喝的な外交政策、女性や非白人、LGBTへの差別、移民やイスラム系市民の排斥、そして自らに批判的な政権スタッフの排除など、独善的な政治を深めてきた。今回の中間選挙は、こうしたトランプ政治に対するまさに「信任投票」に他ならなかったのである。事前の世論調査では民主党候補に投票すると回答したのは五二%で、共和党と回答したのは三八%ほどだった。
 米CNNなどが調査した出口調査によると、民主党に投票したと回答した比率は、男性四七%・女性五九%、人種別では白人四四%・黒人九〇%・ラティーノ(中南米系)六九%・アジア系七七%・その他五四%、年齢別では一八〜二九歳が六七%・三〇〜四四歳が五八%・四五〜六四歳が四九%・六五歳以上が四八%だった。
 これらの数字から明らかになるのは、女性と非白人系と若い世代の多くがトランプ政治を否定したということである。そしてトランプ拒否の票を民主党が取り込んだというわけだ。共和党支持者の八割強がトランプを支持し、現在の共和党がほぼ完全に「トランプ化」しているのとは対照的に、民主党は一枚岩ではない。今回の選挙では一〇〇人ほどの女性や若い世代が当選していることを考えると、下院運営をめぐって伝統的で保守的なエリート層と、新たに加わった女性・非白人・若い世代との対立構造が表面化してくることになるだろう。

新たなせめぎ合い

 そうしたことを予兆させる候補者が下院で当選した。社会主義者としてニューヨーク州から出馬したアレクサンドリア・オカシオコルテス(二九歳)は、女性下院議員当選の最年少記録を更新した。イスラム教徒の女性として初の連邦議会当選を果たしたのは、ミシガン州から出馬したパレスチナ移民の子であるラシダ・タリーブと、ミネソタ州から出馬したソマリア難民出身のイルハン・オマルだ。またカンザス州から出馬したシャリス・デービッズと、ニューメキシコ州から出馬したデブラ・ハーランドは史上初の先住民女性連邦議員となった。
また中間選挙の終了は次期大統領選挙の始まりをも意味している。共和党は今のところトランプを大統領候補とする以外の選択肢はないが、民主党はと言えばこれといった候補者が見当たらない。「民主社会主義者グループ」を率いるサンダース上院議員は七七歳の高齢であり、女性だとしても保守的エリートからではクリントンの二の舞になりかねない。これからの二年間、民主党は下院運営を通して米国民に試されることになるのと同時に、大統領候補決定過程で党内外を貫いたしのぎ合いが始まることになる。
民主党にとって手っ取り早い下院運営は、ロシアゲートや両親からの贈与をめぐる脱税疑惑などでトランプ個人を徹底追及することだ。後者はすでに時効となっていて刑事責任を問えないだろうと言われているが、ニューヨーク州の税務当局は事実関係の調査に着手している。不正が明らかになれば、トランプが「それはフェイクだ」と主張しても民事制裁金を科されることになるだろう。
ロシアゲートは前回の大統領選挙でトランプ陣営がロシアの情報当局などと共謀して、クリントン陣営に対してサイバー攻撃や誹謗を流布したとされる疑惑である。この疑惑に関連してきた人物とされるトランプの元顧問弁護士のコーエン(選挙資金規正法違反など)・フリン元大統領補佐官(虚偽供述罪)・マナフォート元選対本部長(資金洗浄の罪など)らは、訴追内容を認めて量刑を軽減してもらうことを条件に、捜査に協力するという司法取引に応じている。彼らを含めてこれまでに八人が訴追されている。FBIと連携しながら捜査を続けてきたモラー特別検察官は、タイミングを見計らって捜査報告書を発表することになるだろう。

共和党の「トランプ化」

 こうした動きに対してトランプは中間選挙の翌日に、捜査報告書の提出先となっているセッションズ司法長官を解任した。そしてその代行には「ロシア疑惑捜査の早期中止」を主張してきたウィテッカー長官首席補佐官を指名したのである。トランプは司法当局も「トランプ化」しようとしているのだ。またモラー特別検察官の監督役となっていて、捜査報告書の最初の受け取り役となっているローゼンスタイン司法副長官は、昨年の五月ごろに憲法修正二五条に基づいてトランプ解任を画策したとしてトランプと対立してきた。
憲法修正二五条は、大統領の職務遂行が不可能だということを副大統領と閣僚の過半数が議会に申告すれば、大統領に代わって副大統領が権限を執行するという内容だ。ローゼンスタイン司法副長官も捜査報告書の提出直後にも解任されることになるだろう。しかしトランプが捜査の妨害をすればするほど逆に、「ロシア疑惑はフェイクだ」とするトランプの叫びの「フェイク性」が浮かび上がるというものだ。
現在、米司法省もモラー特別検察官もトランプを訴追対象としないものと見られている。しかし連邦議会下院が弾劾の対象だとすれば、調査して下院本会議で過半数が弾劾訴追案に賛成すれば訴追することは可能である。それでも上院で三分の二以上の賛成がなければ弾劾することはできない。米国史上これまでに弾劾されて罷免された大統領はいない。それでもトランプをそこまで追い詰めることができれば、それは歴代大統領としての致命的な汚点となるだろうし、次期大統領選候補になれない致命的な打撃になることは間違いないだろう。
共和党の伝統的な連邦議員の少なくない部分が「反トランプ」なのだろう。しかし共和党支持者の八〇%超がトランプを支持している現状のなかで、公然としたトランプ批判・トランプ降ろしができなくなっている。ワンマン企業の経営者のような振る舞いで、批判する者や気に入らない者は首に(解任)する。そしてそうしたトランプのやり方に耐えきれない者は退任を選択するしかない。年末で退任することを発表したヘイリー国連大使もそのひとりだ。CIA長官から国務長官に就任したポンペオも、いまや彼の出身母体であったCIA人事・人脈は、トランプによって完全に破壊された。退路を断たれたポンペオは、トランプ外交の従順な手足となり続けることを選択したようだ。伝統的で現実主義的な政策遂行にこだわってきたマティス国防長官や、ケリー首席補佐官らも解任されるかもしれないと言われている。

ボルトン大統領補佐官の役割

 そうした政権状況にもかかわらず、頑として政権中枢に居座っているのがネオコンのボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)だ。「米国第一」主義のトランプはワンマン的ではあるが政治のど素人であり、ボルトンにしてみれば扱い方によっては使えると考えているのかもしれない。「米国第一」を「米国世界覇権の再構築」の方向に向かわせること、そしてそれを軍事的側面から再構築させること、これがボルトンの考えていることなのだろう。それは中露との「新冷戦」に勝ち切れる核戦略と、それと対になったミサイル防衛システムの構築が柱となる。
それらの骨子は今年の二月に発表されたNPR(核態勢見直し)で明らかにされている。超小型の「使える核ミサイル」の開発と配備と、戦略ミサイル・潜水艦・爆撃機の更新だ。さらに八月には二〇二〇年までに宇宙軍創設を発表した。これは中露が開発している宇宙空間で衛星や核弾頭を破壊しようとする兵器開発への危機感からだ。こうして一八〜一九年度の米国防予算は七九兆五〇〇〇億円まで増額され、軍事関連部門での中国製通信機器の使用も禁止された。
トランプは下院を民主党に明け渡したことによって、内政で大きな制約を受けることになる。医療保険制度改革(オバマケア)の廃止や、移民問題をめぐりメキシコ国境に壁を作ることなどの実現は極めて困難になった。一方で、外交・通商はほぼこれまで通りの政策を遂行することになるだろうが、部分的には民主党からの反撃も予想される。例えばトランプは地球温暖化防止のための「パリ協定」から離脱したが、その基準に対応する独自の「国内法」が提案されるかもしれない、といった具合にである。いずれにしろ民主党は有権者の最大の関心事でもあった医療保険制度の改革達成を第一課題としてくるだろうし、それの成立を次期大統領選挙と連邦議会選挙に向けた最大の成果としようとするだろう。またそうした課題に加えて、労働者による最低賃金の引き上げや、学生・高校生らによる大学授業料無償化を求める下からの大衆運動もこれまで以上に活性化してくるのではないだろうか。左翼・社会主義者にとってはまさにここが主戦場になるのだろう。

深まる社会的対立

 移民問題はますます深刻なものになるだろう。現在報道されている中米からの「移民キャラバン」はその始まりだと言ってもよい。中南米諸国の経済的な危機と破綻状況を解決しない限り、各国の貧困と治安の悪化は深まるばかりだ。ベネズエラ経済はハイパーインフレによって完全に崩壊しているし、アルゼンチンは何度目かの通貨危機に直面している。地域帝国主義と言われていたブラジルも、サッカーワールドカップとオリ・パラの開催をきっかけとした財政危機などによって、社会的な危機に直面している。
また移民を受け入れてきた移民国家である米国にとってみても、デリケートな政策が迫られている。  「奴らは人間ではなくて動物だ」などと移民を最大限蔑視するトランプは論外だとしても、すでにオバマ政権時代から移民問題に関しては様々な規制が行われてはいた。民主党は中東と北アフリカからの難民に対して寛容な政策をとったドイツ・メルケル政権の現在の政治的なピンチを目のあたりにしている。EU・NATOという軍事経済的な枠組みがあり、移民問題に関連する協定があるにもかかわらず、ヨーロッパ諸国では移民蔑視・排斥の極右が台頭している。トランプの移民とイスラム教徒への蔑視政策は、米国に根強く存在し続けてきた白人至上主義や右翼キリスト教原理主義といった米国版ファシスト運動に市民権を与えることとなった。
以下は九月二二日付の毎日新聞が伝える、インディアナ州エバンビルズで開催されたトランプ集会の様子である。「『トランプ大統領の話を聞いているときは、すごい高揚感なの。元気をもらえる』……赤い帽子をかぶった人たちが『USA』を連呼する。人出の多さを受け、近隣の学校は休校になった。アリーナ開業以来最多の一万一五〇〇人の来場を記録した集会を、地元紙はこう伝えた。『サーカスがやってきた』……会場を埋めた支持者が拳を上げて応えた。二〇一六年大統領選でトランプ氏を押し上げた白人労働者層がほとんどだ。……敵か味方かを峻別する言葉で『仲間意識』を植え付ける戦略は大統領選時と同じだ」。
格差社会と貧困問題、社会福祉制度の問題や移民問題など、こうした問題は米国に限らず日本も含めた世界共通の政治・社会問題であり課題だ。米国社会の過半数はトランプ政治を拒否して、次に向かう第一歩を踏み出した。日本の労働者・市民も、安倍政治を拒否して沖縄民衆が自身の尊厳をかけて切り開いた巨大な一歩に、何としても続かなければならない。(高松竜二)



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