もどる

    かけはし2018年7月9日号

新たな政治サイクルの開始浮上


メキシコ

史上最大の選挙

社会自由主義との対決が課題に

ヘクトル・リベラ  

 
 本紙が読者の元に届く頃には結果が判明している選挙だが、その意味を理解する上で貴重な素材として、投票日直前に書かれた選挙キャンペーンをめぐる諸問題を分析した以下の論考を紹介する。なお現地の同志は、本論考中で論じられているマリチュイキャンペーンに力を注いだ。(「かけはし」編集部)

不正選挙効果が
霧散する可能性


 メキシコ大統領選の一カ月前で、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(通称AMLO)が最終的に、大統領の明白な候補者であるように見える。その理由は、かつてAMLOと他の誰かの間で接戦があったから、ということではない。AMLOは、キャンペーン開始以来世論調査でリードを保った。しかしながら、ここまでは不正選挙という妖怪が立ちはだかってきた。それはメキシコ大統領投票に関し、AMLOと彼の中道左派政党、民族再生運動(MORENA)が大統領選をやってみることさえ考えられないほど大きかった。
 七月一日の今総選挙は、メキシコ史上最大となるだろう。大統領に加えて、四三〇〇以上の公職が投票にかけられようとしている。そこには、三二人の州知事の内三〇人、下院議員の全員五〇〇人、上院議員の全員一二八人が含まれている。八つの州では、被選出職のすべてに対立候補がいる。
 有権者の前にいる選択対象の主な候補者は三人になるだろう。AMLO、および小政党の労働者党(PT)および福音派の社会的出会い党(PES)と連合するMORENAが、はるかな差で引き離す先頭ランナーだ。諸々の世論調査は、二番手である右翼の国民行動党(PAN)のリカルド・アナヤとAMLOの間に二〇%の差を示している。ちなみに前者は、衰退中の民主革命党(PRD)――AMLOがかつて所属した政党――および浮上中の市民運動(MC)との連合の下に立候補している。
 既得権エリートである制度的革命党(PRI)――現職大統領のエンリケ・ペニャ・ニエトの政党――を代表するホセ・アントニオ・ミード、およびメキシコ環境主義緑の党(PVEM)並びに新連合党(PANAL)とのその連合は、三番目に着けている。
 選挙制度と世論調査を基にスペインの保守紙「エル・パイス」は、AMLOの勝利確率は九二%、と予想している。そのような高い数字はキャンペーンを通じて、二〇〇六年にAMLOから大統領を盗み取った体制総掛かり的選挙不正の可能性を克服することに関し、AMLOと彼の支持者に大きな自信を与えてきた。今回の選挙では、AMLOの立候補が「不正防止」になりそうに見える。

社会自由主義が
AMLOの構想


 AMLOはMORENAを率いる前、改良主義のPRD指導者だった。彼はこの党を基盤にメキシコシティ市長になった。
 彼は二〇〇六年、PRDの旗の下で非常な人気を博した大統領選キャンペーンに打って出た。しかし彼は、スキャンダルに満ちた選挙不正の結果として彼が大統領として否認された後、その後MORENAになった彼自身の政治イニシアチブに乗りだした。
 彼は、知識人、同類の改良主義者、PAN並びにPRIによる新自由主義の課題設定に反対する政治家を彼自身の回りに集めつつ、MORENAを公式政党として登録した。
 PRIのペニャニエト大統領期が次々とスキャンダルと危機にとらわれるに連れ、MORENAは強力に成長した。この党がより実行可能なオルタナティブであるように見えることにより、PRD、PAN、さらにPRIからさえ、多くの政治家がMORENAの隊列に加わり始めた。
 MORENAはその政治綱領の下に、腐敗と闘い、法の支配に復帰し、教育と文化に投資する、と約束してきた。AMLOは、経済改造として、米国との国境地帯に自由経済圏を、リビエラ・マヤ州に高速鉄道を、さらに職業訓練構想を承認してきた。もっと重要なことだが彼は、エネルギー部門への再投資、新しい精油施設、水力発電所、バイオディーゼル精油所の建設を提案している。
 つまりAMLOの政治構想は、新自由主義諸策を断ち切るものではない。逆に彼は、ドナルド・トランプがメキシコの鉱物輸出の関税を引き上げるならば、メキシコでの事業をもっと拡大するためにカナダの鉱山企業を招くと約束した。
 AMLOは、トランプがメキシコ人をスケープゴートにすることへの対応として、移民に関する対話に開かれた「責任ある」政治家として、しかし同時に海外でのメキシコ人移民の権利に対する擁護者としても自らの位置を定めた。そしてこの後者は、メキシコ人から好感をもって受け止められたメッセージとなった。
 世論調査での肯定的な数字、および勝利は避けようもないように見えることに対する楽観はAMLOに、他の候補者には欠けている信頼感を与えることになった。大統領選論争の中で、アナヤとミードはAMLOにジャブを放とうと試みた。しかしキャンペーンの最後の段階になっている今、AMLOは無敵であるように見える。

既成政治崩壊と
犯罪組織間戦闘


 この総選挙キャンペーン集会を通じて、真の大問題は国中をおおう間断のない暴力の波だ。
 コンサルタント企業のエテレクトの報告によれば、キャンペーン開始以後、あれやこれやの政党を支援する政治活動が原因で命を落とした者は、一一〇人にのぼっている。六月二日だけでも、投票勧誘や政治集会参加といった、政治活動に関係した殺人で五人が死亡した。
 政治的暴力を明るみに出した事件の一つは、二〇一七年の地震後に彼女の住むフチタンの町に援助をもたらした政治活動で全国的に名を高めた、パレマ・イツァマライ・テラン・ピネダの事件だ。彼女はPRI連合の下で候補者として登録された。六月二日、彼女は彼女の運転手と一人のジャーナリストと共に殺害された。
 これらの殺人をいつもとは違うものにしていることは、それらが単にMORENAの候補者だけを標的にしているわけではない、ということだ。すべての政党が暴力で候補者を失っている。それ以上に殺人のほとんどは地方レベルで起きてきた。つまり、上院や州知事に立候補している高い知名度の候補者は標的になっていない。
 この殺人を説明するものの一部は、自治体レベルでは全政党が組織犯罪と結びつきをもっているということ、そして政党間競合がまた犯罪組織内部の諸対立をも引き出すことになっているということだ。
 これは、かつて一党制国家としてメキシコを支配した、そしてペニャニエトの下に権力に復帰したPRIの、また支配権を行使したことのあるPANおよびPRDの、膿ただれるような分解の結果だ。これらの政党がその支持者優遇ネットワークと共に崩壊する中で、それらは他の諸勢力がその場を占めることに向け扉を開け放っている。
 政治家と組織犯罪間の確立された連携を保証するPRIやPRDのようなはっきりした、有力な勢力を欠いたまま、われわれは今、地方政府利権と麻薬取引の縄張りをめぐる戦闘を見ている。

支配的エリート
内部再編も進行


 地方レベルにおけるこの参入自由の状況はまた、州都における権力の回廊と企業の重役室で起きている幅広い移行、すなわち、古いものの要素から築き上げられつつある新たな政治秩序、をもあらわにしている。
 PRI政権とその広大な範囲に広がる連携のネットワークの崩壊は、深い再構築に導こうとしている。PRIは今や盗みと腐敗に関連づけられ、党への結びつきはより大きな政治的責任へと転じようとしている。それゆえさまざまなPRIの政治家は、彼らと長期的な同盟関係を結んだ相手である、PVEM――メキシコではいかなる意味でも左翼的オルタナティブを意味していない――の旗の下に立候補している。
 この忠誠の移行はまた、支配階級の分裂をも映し出している。グルポ・メキシコやFEMSA――コカコーラを配送している――のような複合企業体を中心に組織された支配階級のもっとも手に負えない部分は、AMLOと彼の党を一貫して攻撃してきた。彼らは、MORENAには票を投じるな、との命令を彼らの労働者に出すところまでその攻撃を進めた。
 支配階級のもっと実利的な部分は、PANあるいはPRIかどちらかの過去一八年の下で生まれている国の統治不可能な状態を疑いなく懸念し、その支持をAMLOに向けてきた。
 たとえば観光に関するAMLOの顧問であるミグエル・トッルコは、メキシコの最富裕家族の一つの出だ。彼は、世界でもっとも富裕な男の一人であるカルロス・スリムの姻戚だ。他のAMLO支持者たちも彼を、全国最大のメディア複合企業体と金融諸機関に結びつけている。
 つまりこの元反既得権エリート政治家は、極めて大いに既得権化されている。政治的かつ資本家的連携の再形成は、PANとPRDのような政党にも影響を及ぼしつつある。これらの政党は、同じほどは腐っても汚染されてもいない他のもの、たとえばMC、あるいは福音派で反中絶、反ゲイのPESを代わりとして、見捨てられる途上にある。ちなみに前述の後者は、二〇一七年にAMLOと連合を形成した。
 こうした移行が起きる中で、軍の助けとドナルド・トランプの支持を使って、一つの部門がAMLOに対する不正選挙を力づくでやろうと挑むかもしれない、という可能性は依然存在している。不幸なことだが、ブラジルとアルゼンチンにおける右翼政権に似たような何かは、メキシコでもテーブルから除かれているわけではない。
 AMLOが前述のような決定的な差で世論をリードしてきた後になっても、そうした悲惨なシナリオがなお演じられるかもしれないという事実は、メキシコで進行中の政治的移行にはらまれた問題含みの性格を示すものだ。
 そうであってもこのシナリオは、実体のある障害を前にすることになるだろう。その中でも最小と言うわけにはいかないものは、たとえ高級将校がそうした動きを支持したとしても、彼らは必ずしも軍の下部を信頼できないだろう、ということだ。この下部は、AMLOに傾きつつあるように、それらを支持しているように見える。

急進左翼へも
路線再考圧力


 このすべてはまた、独自の政治イニシアチブを深く考えるよう、急進左翼にも迫ることになった。
 急進左翼から現れもっとも興味を引いたことは、マリチュイとして知られる、先住民女性のマリア・デ・ヘスス・パトリシオの立候補だ。彼女のキャンペーンの先頭には先住民統治会議(CIG)――先住民グループのこの国最大の代表機関――が立ち、そのもっとも重要なメンバーであるサパティスタ民族解放軍(EZLN)が支援した。
 このイニシアチブの目的はマリチュイのキャンペーンを、反資本主義的社会運動を融合する乗り物として利用し、全国的政治論争を左翼へと押しやることだった。とはいえそれは、鮮明なメッセージを欠き、出だしも遅かった。ことがらをさらに込み入ったものにしたこととして、昨年九月にこの国の中央と南部を揺さぶった地震が、キャンペーンを一時停止させ、署名集めの活動を遅らせた。
 サパティスタは多くの点で彼らが播いたものを刈り取った。チアパスでの何年にもわたる孤立と諸労組に対するセクト主義的姿勢の後でも、彼らが全国キャンペーンに乗り出す可能性がある、と考えるのは非現実的だった。
 キャンペーンもまた、その組織のされ方に豊かさがなく、学生の共闘組織と緩やかな連携を通して行われた。それが最終的に始められた時、労組やNGOからの支持を受けることはほとんどなかった。それらの多くは早くからAMLOに関わっていたのだ。
 マリチュイのキャンペーンが投票用紙に乗せられるために必要な署名を得ることに失敗したとたん、このイニシアチブは崩壊し、サパティスタは撤退した。MORENAはAMLOの背後に隊列を固めるよう左翼に圧力をかける努力を倍化した――採掘産業による土地強奪や女性殺人、また暴力的拉致をめぐる社会運動の不満に対処することに対する彼の拒絶にもかかわらず―ー。
 予想通りAMLOが権力に達するとすれば、彼と彼の政府は、この国を安定化させるための極めて困難な戦闘に直面するだろう。メキシコ社会の社会的かつ経済的な緊張は、今後の時期に向けた政治を確定するまで続くだろう。
 社会主義的左翼に対しこの選挙は、新たに新自由主義化されたPRIに挑戦するために、当時の「中道左翼」としてのPRD創出をもって一九八八年に始まった一サイクルを閉じることにもなりそうだ。MORENAが公式左翼となる中で、それは社会主義グループと社会運動に、それとその「社会自由主義」綱領に反対する位置に自らを再設定するよう迫るだろう。
 サパティスタは先住民統治会議を通して、左翼の首尾一貫した部門として重要な役割を果たし続けるだろう。彼らは四月、チアパスでの三日間の集会に八〇〇〇人の女性を集めた。先住民諸運動、都市の民衆諸運動、フェミニストの共闘組織、また独立的な労組と共に、サパティスタを軸に形成するという、反資本主義の組織化に向かう新たな軸には潜在的可能性がある。
 現時点ではメキシコはイライラしながら待機している。総選挙キャンペーンは、一年間以上だらだらと長引いてきた。そしてAMLOがもう一つの選挙の盗み取りを耐え忍ぶことになるのかどうかに関する宙ぶらりん状態は、最終的に落ち着いたように見える。しかしながら、不正があろうがなかろうが、今年の選挙は、三〇年の一サイクルを閉じそうに、そしてメキシコ政治における新たなサイクルを開きそうに見える。(二〇一八年六月一一日、ソーシャリストワーカー・ウェブサイトより)

▼筆者はソーシャリストワーカー・ウェブサイト向けに書いている。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年六月号)  


もどる

Back