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    かけはし2017.年7月10日号

「システムが問題」を映し出す


トランプのパリ協定離脱発表

米国エネルギー産業救済のための暴論

「偉大なアメリカ」の終わりを宣言

小林秀史


パリ協定で米国が「他国
の首脳の笑いものに」?


 米国、トランプ大統領は六月一日、ホワイトハウスで演説し、地球温暖化対策のためのパリ協定から離脱すると表明した。
 演説の中でトランプは、パリ協定を「米国の労働者にとっての恥ずべき敗北」と位置付け、他国が不当に優遇されていると批判。「どこまで米国はおとしめられるのか。どこまで彼らは我が国を笑いものにするのか」、「我が国がこれ以上、他国や他国の首脳の笑いものになることは望まない」と述べた。
 パリ協定からの離脱はトランプの大統領選挙での公約の一つであり、閣僚人事においても元エクソン・モービルCEOのティラーソン国務長官や環境規制反対の急先鋒として知られるプルイット環境保護局長官など温暖化否定論者を要所に配置していることから、予想されていたことである。
  五月二六─七日にイタリア・シチリア島で開催されたG7サミットの直後の発言であることから、「他国の首脳の笑いものになることは望まない」というのはドイツのメルケル首相をはじめとするEU諸国首脳への逆恨みだろう。ちなみに、五月のG7について日本では、安倍首相がトランプとEU各国首脳の間に入ってまとめ役を担ったという「大本営発表」まがいの報道が一斉になされたが、屈辱感に沈むトランプにとって唯一の慰めが安倍首相の軽薄さだったというだけの話である。
 トランプは二酸化炭素の排出削減目標については「再交渉に着手して、もっと良い条件があるかどうかを探る。それができれば素晴らしいし、できなくても結構だ」と述べている。また、オバマ前政権下で設定された「二酸化炭素排出を十年間で二六〜二八%削減」という目標については、履行しないと言明した。国連の「緑の気候基金」についても、米国が莫大な負担を強いられていると主張して、すべての拠出を停止する意向を示した(トランプの発言は同日付CNN日本語版より引用)。
 これは気候変動問題において、ブッシュ大統領の京都議定書離脱に続く二度目の米国によるクーデターである。
 米国の言語学者のノーム・チョムスキー氏は、「共和党は(特定の集団の絶滅ではなく、人類全体の絶滅を進めようとしているという意味で)世界の歴史の中で最も危険な団体である」と批判している。同氏は次のように指摘している。「(共和党の予備選挙において)どの候補も、現実に起こっていること、つまりわれわれは環境的な破滅に向かっているという事実を否定するか、あるいは『穏健派』と呼ばれていたジョブ・ブッシュのように、『(温暖化は)事実かも知れないが、それはどうでもよい。シェールガス開発はうまくいっているし、化石燃料はまだまだ増産できる』と言っていた。『分別のある人物』と言われていたジョン・ケーシック(オハイオ州知事)は『温暖化は事実だ、しかしそれはどうでもよい。オハイオ州では石炭を使い続けるし、それについて謝るつもりはない』と言い放った。彼らは破滅に突き進むことを一〇〇%確約しているのだ」(「デモクラシーナウ」のインタビュー、四月二六日放送)。
 トランプ政権は温暖化についての科学的知見を無視するだけでなく、実際に温暖化が進んでいるとしても、その対策よりも企業の利益が優先するという信念を持ち、しかもそのように公言する集団の中から選ばれた政権である。

「米国の雇用」を口実に
エネルギー企業を救済


気候変動対策に関するパリ協定は二〇一五年に非常事態宣言下のパリで開催されたCOP21で採択され、一六年に発効した。気候変動に関わってきた多くの環境運動団体やNGOがこの協定を支持してきた。「すべての国が参加する」、「気温上昇を二度以下に抑える(一・五度以下を努力目標とする)」ことを高く評価するグループから、「目標が不十分である」、「義務を伴っていない」ことを批判し、「それでも合意がないよりまし」と評価するグループまでさまざまだが、各国の目標の早期達成と目標引き上げのための具体的な取り組みに関心の中心が移った。
一方、クライメート・ジャスティス(公正な気候変動対策)の観点からは、@パリ条約が「北」の工業先進国の歴史的責任を不問にし、また、A気候変動をもたらしてきた「北」の大量生産・大量消費のシステムをそのままにし、市場原理によって「南」の諸国の収奪、環境破壊を進めるものであること、さらに、B交渉そのものが大国や多国籍企業によって支配された非民主主義的なものであることが指摘されてきた。
パリ条約のこれらの問題点、不十分さはすべて、京都議定書の重要な原則(排出削減の義務付けと、「共通だが差異のある責任」)を否定する米国を温暖化対策のための国際的枠組みにつなぎとめるために、あるいはそのような口実で繰り返された妥協、譲歩の結果である。その結果、オバマ政権の下で米国の産業界は、何の義務も負うことなく、「グリーンな経済成長」がもたらす(とされている)新たな市場への参入の機会を獲得したのである。
この経過から考えれば、トランプのパリ協定離脱は「米国第一主義」ですらない(これまでのやり方が十分に「米国第一主義」だった)。パリ協定離脱は米国のエネルギー産業の救済のための大芝居であり、トランプ個人にとっては大統領選挙の勝利の大きな要因となったラストベルト(産業衰退地域)の小ブルジョワジーや労働者たちの支持をつなぎとめるためのデマである。そもそも米国の産業が衰退し、雇用が失われているのはパリ協定とは何の関係もない。しかも、現実には化石燃料開発よりも持続可能エネルギー(太陽光発電など)の方が確実に雇用拡大をもたらすことが証明されている。
米国のエネルギー産業はシェールガスのブームによって活況を示しているが、これは一過性のブームに過ぎず、環境への影響(特に地下水の汚染)に懸念が広がり、投資ボイコット運動も始まっている。また石炭・石油・天然ガスなどの化石燃料の開発に関しては、将来的に「座礁資産化」が確実であり、早期に投資の利益を回収することが業界の切迫した要求となっている。

米国覇権終焉の歴史的一歩

 トランプのパリ協定離脱宣言は、一九二〇年代以降、百年近くにわたって世界の資本主義のリーダーとして振る舞ってきた米国が、その役割を放棄し、専ら自国の利益を追求することを公然と宣言したという点で歴史的な画期となるだろう。
「他国が不当に優遇されている」という八つ当たりの矛先は中国である。しかし、従来、米国がソ連・ロシアや中国を仮想敵として人権問題や民族問題で攻撃していたときとは対照的に、中国に対するこうした言いがかりは同盟国からの共感すら得ていない。少なくとも「偉大なアメリカ」の復活の兆しはどこにも見えず、むしろEU諸国は気候変動問題において米国との協調に見切りをつけ、中国との協調を選択した。
米国内においてもカリフォルニア州をはじめとする民主党知事や、ロサンゼルス、ニューヨーク、シカゴなど主要都市の市長が州・市としてパリ条約を順守すると宣言しており、共和党知事の中からもこれに同調する動きがある。
シリコンバレーの企業を中心にハイテク企業もパリ協定離脱に強く反対している。さらに、六月に開催されたエクソン・モービルの株主総会では「気候変動対策、エネルギー転換が会社の経営に及ぼす影響に関する報告を義務付ける」という決議が賛成多数で可決された。化石燃料への需要の減少を見通した戦略を求める投資家の反乱である。
オバマ政権の下で、ノースダコタ州とイリノイ州を結ぶ石油パイプライン「ダコタ・アクセス・パイプライン」の建設をめぐる先住民を中心とする地元住民の闘いが全国の注目を集め、長期にわたって警察・軍と対峙した(工事は強行されているが、闘いは現在も続いている)。大学、年金基金などの公的機関にこのパイプラインの建設に関わる企業への投資の引き上げを求める運動が全国で展開されている。シェールガス開発に対しても各地で住民の反対運動が広がっている。
トランプのパリ協定離脱宣言はこのような直接行動に広範な新しい支持基盤を提供することになるだろう。
こうして米国内で、気候変動問題をめぐっては、一八年の中間選挙に向かう攻防の中で一種の二重権力的状況が生まれるだろう。

EU・中国が温暖化対策を主導?

 米国が孤立主義を強める中、中国政府は今や自由貿易と温暖化対策でのリーダーの位置に押し上げられている。実際、「中国は……石炭の使用量を減らして、再生可能エネルギーを拡大する取り組みを続けている。今年初めには一〇三の石炭火力発電所の新規建設計画を取りやめ、国家エネルギー局は二〇二〇年までに三六〇〇億ドル以上を再生可能エネルギーに投じる計画を発表した。……さらにパリ協定の一環として、二〇三〇年をピークに二酸化炭素排出量を減少に転じさせ、エネルギー量の五分の一を非化石燃料で占めることを目標に掲げた。一部報道によれば、排出量削減に関しては、既に予定よりも早く進んでいるという。(「ナショナル・ジオグラフィック」日本語版、ウェブ版三月三一日付)。
しかし、一方で習近平指導部が掲げる「一帯一路」構想とその推進力となるアジアインフラ投資銀行(AIIB)の下で想定されているプロジェクトは中国内陸部から南アジア・中東、ヨーロッパに到る広大な地域における鉄道、道路、発電所などの建設を中心としており、巨大な投資バブルが予想され、当該国の債務問題のほか、環境破壊、住民の強制退去などの問題が懸念されている。
一帯一路のモデルケースとされている中国・パキスタン経済回廊(CPEC)構想は十五年間で四六〇億ドル(エネルギー部門に三五〇億ドル、道路、鉄道、パイプラインなどのインフラ開発に一一〇億ドル)の投資が想定されている。中国をはじめとする金融機関からの融資によってパキスタンの債務問題が一層深刻化する可能性があり、また火力発電(石炭を中国から輸入)が中国の環境汚染の移転となることが懸念されている。すでにパキスタンでは住民や社会運動団体による反対運動が始まっている。
中国は従来、G77諸国と共に、「北」の諸国の温暖化対策の欺瞞を追及してきた。しかし、今では「北」の後を追って、「南」の諸国を搾取し、「南」の諸国の環境を破壊する立場に立っている。たとえば南米における資源開発、エネルギー開発における中国政府と中国企業のやり方は、IMF・世界銀行と欧米および日本の多国籍企業と全く変わりがない(債務をテコとして活用している点や、投資保護のルールを押し付けている点まで同じである!)。その典型例として、エクアドルのヤスニ地区の石油開発が、同国政府と中国企業によって、多くの環境団体や社会運動団体の反対にも関わらず強行されている。「南」の国の民衆のイニシアチブによる気候変動抑制のためのモデル・ケースとして注目されていたヤスニ国立公園地区の保全(国際社会からの基金を条件に埋蔵石油の開発を放棄する)がエクアドルの左派政権と中国政府によって葬られようとしているのである。

COP23に向け、
反資本主義的闘いの連携を


米国のパリ協定離脱はEU・中国に温暖化対策を後退させる口実を提供している。トランプ政権はそれを見越して、「再交渉」の可能性をちらつかせている。京都議定書を反故にさせたのと同じやり方である。 現時点ではEUは再交渉はあり得ないとしているが、一方で、協定の拘束力を強め、目標を引き上げることには一層消極的になるだろう。
米国のパリ協定離脱が気候変動抑制のための世界的な取り組みを一層困難にすることは明らかである。
一方、気候変動と温暖化の影響は年々確実かつ深刻になっている。
ポルトガル中部レイリア地方で六月に四〇度を超える熱波が続く中、落雷による森林火災が広がり、六二人が死亡した。米国カリフォルニア州南西部の砂漠地域で五〇度近い気温が記録されている。アリゾナ州フェニックスの国際空港では、高温のために多くの発着便がキャンセルとなった。アラブ首長国連邦やイラン・クゼスタン州でも気温が五〇度に達した。
国連難民高等弁務官事務所の最近の報告によると、昨年強制的に居住地から退去させられた人の数は六六〇〇万人(三秒に一人の割合)だった。この中には紛争による難民のほかに、気候変動の影響(旱魃・砂漠化、海面上昇など)による「環境難民」が大きな割合を占めていると考えられる。国連砂漠化防止会議は二〇二五年(八年後!)までに一八億人以上が絶対的な水不足に直面すると警告している(以上、「インタープレスサービス」六月二七日付より)。
クライメート・ジャスティスを主張する世界の環境運動団体や社会運動団体は一一月にドイツ・ボンで開催されるCOP23会合に向けて各国での取り組みを呼びかけている。そこでは企業主導・市場原理による偽りの対策ではなく、気候変動の影響を最も直接に受ける「南」の諸国の現実に即して、ラディカルなシステム変革の必要性を共通の前提として、さまざまなオルタナティブが提唱されている。
トランプのパリ協定離脱は、気候変動対策が化石燃料に固執するエネルギー企業との闘争、そして化石燃料の大量消費を前提とするシステムそのものとの闘争であることを再び明確にしている。この闘争の中で反資本主義、エコロジー社会主義に向けた議論を活性化することがますます重要な課題となっている。




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