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    かけはし2017.年6月19日号

問題は社会資本の統制


寄稿

迷走する郵政民営化(上)

「巨額損失」の実態を問う

――監獄化する郵便局の現場

丸池忠怒

4000億を超える巨額
損失計上の責任は誰に?

  日本郵政は官僚たちがダメにした? 「4003億円損失」の裏側 (5月13日、現代ビジネス)/日本郵政はなぜ「独善的な企業買収」に走ったのか (5月14日、毎日)/日本郵政、純損失289億円 3月期、民営化後初の赤字(5月15日、朝日)、郵政赤字決算 M&Aの失敗から多くを学べ(5月17日、読売)/日本企業はいいカモ? 東芝に続き日本郵政も「海外投資」で巨額損失のワケ(5月26日、週刊朝日)。
等々、五月に入るや上記のような扇情的な見出しが各マスコミ上を踊った。郵政事業民営化後初めての赤字決算、海外M&Aの失敗による巨額損失、そしてとどめのような記事「日本郵便元副会長が実名告発『巨額損失は東芝から来たあの人が悪い』」(5月24日、現代ビジネス)。つまりすべての責任は東芝出身の、あのWH社を買収し、引いては現在の東芝本体の破綻状況を作り出した張本人、西室泰三元日本郵政社長の責任だと、告発したのはなんと日本郵便元副会長の稲村公望だという。総務省政策統括官から日本郵政公社常務理事に転じ、日本郵便副会長などを歴任とある。その大物官僚による元西室社長名指し批判である。すべてはあんた一人のために、という訳だ。
しかしこれは少し奇異な物語ではないのか。今回の損失は確かに日本郵政による一五年の豪トール社買収の失敗に端を発する。ただし、郵政事業の国際物流への参入という悲願は郵政公社(2003〜2007)の時代までさかのぼる。時の郵政公社総裁生田正治が『流通設計21』という雑誌に「国際物流参入は安定収益確保 民営化に向けて意識と文化を改革」といったインタビュー記事を受けたのが二〇〇六年。当時既にDHLはドイツポスト傘下にあったがフェデックス、TNT、 UPSといった国際物流大手すべてに対して生田経営陣は水面下で買収・提携の探りを入れていたと言われている。特にオランダTNTに関してはほぼ買収間近とまで報道が表面化したのだが民営化直前にその話は破談になっている。その原因は今となってはよく分からないが当時は買収額が引き合わなかったと言われていた。そのTNTは二〇一五年にフェデックス社に五七〇〇億円で買収されている。
この生田時代の国際物流参入計画に対しても実は先の日本郵便元副会長の稲村公望が同誌上でこう述べている。「私が日本郵政公社の常務理事時代にも海外物流会社と提携する話が浮上したが、当時の生田正治総裁に『この会社と組むべきではない』と進言し、結局ご破算にした経緯もある」。すでにこの頃からすごい大物官僚だったわけだ。
つまり、郵政官僚は一貫して国際物流参入に対しては反対してきており、民間からパラシュート降下してきたぽっと出の経営者こそが郵政事業を食い物にし窮地に追い込んできたのだ、と言いたいらしい。
では、国内事業はどうなのか。これも生田時代に取り入れようとして見事に破産したトヨタ管理システム、二〇一〇年日通ペリカン便統合に絡む大混乱と一〇〇〇億を超える事業損失。大規模郵便集中処理システム網構築に対する三〇〇〇億を超える巨大設備投資の勝算、そしてその全経過を通して進行した現場の五〜八割を超える職員の非正規化。これらの事業経過もすべて「商船三井」(生田正治)、「三井住友銀行」(西川善文)、東芝(西室泰三)等々を悪者に仕立て上げることで郵政官僚の責任は回避されるのか。まあ確かに悪者としては申し分のない大企業ばかりではあるが、それは奇異な物語だろう。

郵政事業経営陣内での
ヘゲモニー争い?


奇異な物語というのは実は今回の四〇〇三億の損失そのものにも当てはまる。誤解を恐れずに言えば、これは正確には損失ではない、少なくともそれは今年度の損失ではないのだ。
二〇一五年、日本郵政は約六二〇〇億で豪トール社を買収。そのときいわゆる「のれん代」としてさらに五〇四八億を計上。これを二〇年かけて均等償却。年間にすると毎年二一八億円の償却費。今回この「のれん代」を一括処理することで四〇〇三億の損失を計上している。
単純化して整理すると、本来一兆円の買い物のところ六〇〇〇億だけ先払いし、分割払としていた残り四〇〇〇億を二年目にして一気に払ってしまった、ということだ。つまり、既に二年前の損失を今に付け替えたに等しい。
そもそも「のれん代」とは何か。ブランド代とも言われるが、その金は誰に払われるのか。トール社は日本郵政の子会社である。日本郵政が子会社に対して「のれん代」を毎年払い続けるというのは、実質毎年資金援助しているに等しい。もしその子会社がきちんと自立して稼いでいるとしたらそれはムダな資金援助にならないか?
国際物流等業務収益の今年度営業収益は六四四四億円。前年度五四四〇億。実はしっかり稼いでいるのだ。とはいえ純利益はその一%ほどしかないのだが。
各マスコミ市場を賑わした論調によれば、巨費を投じたM&A自体の破綻、トール社が急速にその経営を悪化させ云々というもの。たまたまそのときの判断をしたのがあの西室泰三。郵政版第二のWH事件。漂流する民営日本郵政といったもの。
大枠は確かにその通りなのだと私も思うが、たぶん現郵政経営陣は実態はちょっと違うのだと言いたいに違いない。その逆だろう。実はトール社はその経営はかなり厳しいにせよ毎年二一八億もの「のれん代」の補填をしなくともなんとかやっていける。ただし損益として計上する以上役員のリストラを先行させ、次は現場のリストラ計画も打ち出していくと。
既に豪トール社本社には郵政から役員が送り込まれている。彼らの現地での影響力いかんによっては今後その経営が急速に傾くことも十分考えられるが、現日本郵政橋亨経営陣には十分勝算があると踏んでいるのだろう。先の大物郵政官僚の見立てとはちょっと違うのではないか。事実二〇一八年度見通しによると国際物流の経常利益三〇億を予想。営業収益だと四〇〇〇億程度だと言われている。今年度「のれん代」償却費丸々といったところだ。そもそも四〇〇三億もの損失を計上しておきながら郵政事業全体の最終赤字はわずか二八九億円に収まっているのだ。
だからというべきか、高橋経営陣は矢継ぎ早に驚きの次の策を繰り出してきたのだろう。野村不動産ホールディングス(HD)の買収というニュースだ。
この七月、日本郵政三社は第二次株式放出を予定している。現在その株価は売り出し価格を割り込み低迷している。野村不動産買収というのろしはこの第二次株式放出というタイミングをも計った大輪の打ち上げ花火だ。
先の日本郵便元副会長稲村公望の実名による経営陣批判が大手ビジネス誌に掲載されるなど、民営化後の日本郵政のトップ経営陣内には様々な利権と思惑が渦巻き、未だ安定したガバナンスが確立されてないのではないかということがうかがわれる。民営化後に政権交代などが重なりそのたびにトップ人事も政治的にダイレクトにいじられてきた。だが、実は元々全国津々浦々を繋げる巨大なインフラ機構であり、その主要設備だけでも巨額の資産を有し、雇用という意味でも非正規を含むがその数四〇万人を下らない。関連取引企業などを併せるとその倍ほどの規模の雇用に影響を与えているだろう。それはまるで一つのミニ国家なのだ。
ただしその国家はその内情は北の共和国と同じではないかと見まがうほど荒廃し切ってはいるのだが、それについては次回に回したい。
低迷する株価の中それでも日本郵政の純資産は未だ一五兆円を下らないという。郵政事業民営化一〇年目、この本来国民の巨大な資産がどのようにマネージメントされるのかということだが、バブルのうたかたとなって雲散霧消してしまうといったいつか見たような光景だけは決して現出させてはならないだろう。
この巨大な資本が、ここに社会的に有効に資することができうるだろう一五兆円という資本があるということを、改めて確認すべきだ。
それは社会資本を市場競争のただ中に放り込むというこれまでの世紀の愚策を再度検証し直し、社会資本は社会に貫流させるべく、民主的な新たな筋道を提起し直さなければならない。(つづく)

4.15

アジア連帯講座 公開講座

トランプ政権と安倍政権 @

東アジアの反資本主義左翼の展望


 四月一五日、アジア連帯講座は、「トランプ政権と安倍政権を批判する――東アジアの反資本主義左翼の展望」をテーマに国富建治さん(新時代社)を講師に招き、公開講座を行った。
 トランプ米政権は、四月六日、シリア北西部で起こった化学兵器使用事件(四・四)を口実に「米国の安全保障にとって絶対的に不可欠な利益である」と宣言しながらアサド政権の空軍基地に対して地中海上の米艦から五九発ものトマホークミサイルを発射し、シリア軍の基地施設、航空機などを破壊した。同時に北朝鮮・キム・ジョンウン体制の軍事的挑発に対して、米国独自の軍事的攻撃に踏み込もうとするメッセージを伴ったものだ。トランプ政権のシリア軍事攻撃糾弾!無条件の停戦を!東北アジアでの軍事的緊張の激化に反対する。
 国富さんは、@中東危機(シリア攻撃)と朝鮮半島危機の連動についてA新自由主義的グローバル化と反グローバリゼーション運動――それが突き当たった壁は何だったかBトランプ現象と安倍政権─を提起した。(報告要旨別掲)
 中東・朝鮮半島の軍事的緊張が進行する中で、公開講座ではトランプ政権の登場が資本主義世界システムの長期にわたる行き詰まり状況下、グローバルヘゲモニーの崩壊過程から逃れられないあせりに満ちたアメリカ帝国主義の政治的現れだと捉え、トランプ政権、安倍政権批判を入口に現在の世界情勢を分析し、新たな闘う方向性を模索していく論議を深めた。  (Y)

国富報告から

(1)シリア攻撃と朝鮮半島危機の連動について

@トランプの「アメリカ・ファースト」戦略――ある種の「アメリカ的理想主義・普遍主義」という理念の完全な放棄

 W・ウイルソンは、一九一四年の米国独立記念日に「わたくしの夢はこうだ。年とともに、そして世界がアメリカを知れば知るほど、あらゆる自由の根底に働いている道義的霊感を、世界はアメリカの中に探し求めることになるだろう。そしてアメリカが人権をあらゆる他の権利の上に置いていることをすべての国が知るとき、アメリカは輝かしい日を迎えるだろう。そして、アメリカの旗がアメリカの旗であるだけではなく、人類のそれとなることであろう――これがわたくしの夢である」と演説した。
これは二〇〇三年のイラク侵略戦争を発動したジョージ・W・ブッシュの「ブッシュ・ドクトリン」でも、「アメリカ的普遍主義」の理念として語られていた。
「アメリカは妥協の余地のない人間の尊厳の諸要求――すなわち法の支配、国家の絶対的権力の制限、言論の自由、信仰の自由、平等な正義、女性の尊重、宗教的・エスニック的寛容、私有財産の尊重――を確固として表現しなければならない」「偉大な多民族的民主主義としてのアメリカの経験は、多くの継承遺産と信仰を持った人びとが平和に生き、繁栄することができるというわれわれの確信を確認するものである」。
しかしトランプはどうだろうか! ただひたすら「米国の安全保障にとって絶対的に不可欠な利益」と言うだけ。私は「かけはし」新年号で、ブッシュなどにはまだ見られていた、「鼻もちならないアメリカ的普遍主義の臭い」はトランプには全くない、と書いたが、それは今回のシリア爆撃にもあてはまる。それはやはり帝国主義政治の「劣化」というべきだろう。ここでは「戦略」という言葉自体があてはまらない。
そしてそれは、新自由主義的グローバル化の危機が一層深まり、「バーバリゼーション」(弱肉強食)の共倒れ的世界を映し出すものになっている。これへの反撃と「もう一つの世界」の組織化が、ロシア革命一〇〇年のいま、改めて問われている。  (つづく)


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