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    かけはし2017.年5月29日号

天皇「代替わり」安保・沖縄


改憲・東京五輪と結びつけた国家戦略に立ち向かおう!

4.29

反「昭和の日」集会とデモ

「日の丸」焼き捨てから30年

知花昌一さんが講演


昭和天皇賛美と
沖縄の切り捨て
 四月二九日、天皇「代替わり」と安保・沖縄・「昭和の日」を考える4・29反「昭和の日」行動は、千駄ヶ谷区民会館で知花昌一さん(沖縄読谷村僧侶)を迎えて「沖縄にとっての天皇制と日米安保 『日の丸』焼き捨てから30年、ゾウの檻から21年」をテーマにした集会を行い、一五〇人が参加した。
 反「昭和の日」行動は、4・28をサンフランシスコ講和条約と日米安保条約の発効(一九五二年四月二八日)がアメリカの世界戦略・戦争政策に日本が参入するとともに戦後沖縄を「本土」から切り離し米軍による沖縄への軍事支配を承認した日、4・29「昭和の日」を一切の植民地支配責任・侵略戦争責任をとることなく死んだ天皇裕仁の誕生日として賛美することを許さない日と一体的に抗議していくために取り組んだ。
 さらに朝鮮半島の軍事的緊張下、安倍政権の戦争準備態勢づくりに抗議し、天皇の代替わりのための「退位特別法」の制定や二〇二〇年の東京オリンピック開催までの「日の丸・君が代」の強制、学校・地域における動員と差別・排除、ボランティアの「強制」などの策動に反対していく陣形を構築していくことを確認した。

渋谷デモで天皇
制に抗議の訴え
主催者の開催あいさつ後、知花さんの「お話」が始まった(発言要旨別掲)。
知花さんは、天皇制と「日の丸・君が代」の強制に抗議して、一九八七年の沖縄国民体育大会で読谷村のソフトボール会場に掲げられた日の丸を引き下ろし焼き捨てに決起した。権力、自民党、右翼などが一体となった弾圧、いやがらせに抗して果敢に闘い、全国連帯運動も広がった。また、米軍の楚辺通信所(象のオリ)の土地使用期限切れ(一九九六年四月)を迎え、その土地内にある知花さんの所有地の返還運動も取り組んだ。その後も読谷村議会議員に就任(一九九八年〜二〇一〇年)し、反天皇制、沖縄反戦運動を行ってきた。二〇一二年四月から読谷村で浄土真宗大谷派の僧侶として活躍している。
実行委としての問題提起が天野恵一さんから行われ、続いて連帯アピールが、 基地・軍隊はいらない! 4・29集会、辺野古への基地建設を許さない実行委員会、安倍靖国参拝違憲訴訟の会、6・3天皇制いらないデモ実行委員会、東京オリンピックおことわリ連絡会、共謀罪の創設に反対する百人委員会、自由と生存のメーデー実行委員会から行われた。
集会後、デモに移り、渋谷一帯にわたって「『昭和の日』反対!天皇制賛美をしないぞ!『日の丸・君が代』反対!沖縄・辺野古新基地建設やめろ!共謀罪廃案!」のシュプレヒコールを響かせた。    (Y)

知花昌一さんのお話

天皇制の戦争・戦後
責任追及した沖縄

闘う僧侶の
生き方選ぶ
沖縄では4・28は屈辱の日として抗議集会を続けている。三年前、安倍政権は、『主権回復の日』として式典を強行したが、その後、猛烈な抗議によって開催できていない。さらに忘れられない日として、島袋里奈さんがレイプされ、殺され、捨てられた日だ。追悼集会も行われている。しかし、その後も日米地位協定による米軍に対する優遇的処置によってなんら改善されていない。軍属の規定が変わっただけだ。日本政府は改定するつもりはない。
沖縄の反天皇制は、沖縄戦に対する戦争責任と戦後責任を追及してきた。沖縄が常に天皇制に対して抗議してきた。富村順一の東京タワー事件(一九七〇年七月)、皇居に突入した沖縄青年たち(七一年九月)、ひめゆりの塔火焔瓶投擲(七五年七月)、そして天皇訪沖策動と「日の丸」強制に抗議した私の「日の丸」焼き捨てなどだ。
現在、僧侶になって話をする機会がある。「過激派」が坊主になるということは、どういうことかと珍しがられている。その場で親鸞こそ革命家だと話している。宗教史上過酷な弾圧を受けてきた。仏教は平和と平等を追求するものだ。癒やしの宗教ではなく、私は闘う僧侶として頑張っていきたい。

「同情」ではない
闘いが必要だ
かつての時代よりも危うい状況に入っている。朝鮮半島をめぐって日本は米国と共に戦争の道に歩んでいこうとしている。若い人たちが少しずつ出てきた。団塊の世代からシールズが出てくるまで四〇年間かかった。私たちの世代で終ったのは内ゲバだった。マスメディアによって多くの批判が起こり、運動することが大変な時代だった。シールズに対する批判も聞いているが、やっと若い人たちが政治の場で主張しだした。
沖縄も同じだ。キャンプシュワブの座り込みは、僕らの世代が中心だ。二〇代の機動隊に弾圧されながらも毎日やっている。若い人たちも見ている。訪沖した韓国の若者たちは驚いていた。私たちの世代が抵抗している姿を見せていくことは重要だ。昨年の高江の攻防では八〇〇人の機動隊が動員され、反対派は二〇〇人だった。この闘いはキャンプシュワブでも続いている。辺野古新基地の護岸工事が始まったが、翁長知事も含めて埋め立て取り消し、阻止に向けて闘っていきたい。
沖縄返還5・15は、闘いの日だ。自民党政治の酷さに対して支持する勢力が宗教界も含めて多い。戦争法とかに本山は反対しているが、お寺の中では坊主の保身によってそのように現れていない。沖縄米軍基地被害に対して高橋哲哉さんたちによって本土で基地を受け入れようという主張がある。そこまでやらないと民衆はわからないからだろう。だが私は違和感があり、賛同することはできない。そこには沖縄差別に対する向き合い方に同情的なものがあるからだ。基地引き受けは、自分たちの懺悔の仕方のひとつであるが、同情的な面が見え隠れしている。

一人でも多けれ
ば闘いに勝てる
僕は党派には属さなかったが、かつて中核派と運動を共にしてきた。一番よくないのは、自分の理論が正しい、絶対なのだと強く出すぎることだ。正義をふりかざすと、後は不正義だ。私たちが決める正義はない。そういうことで内ゲバに入っていったのではないか。自分の中にも間違いがあるということを理解した。一人一人の生き方を尊重し、緩やかな運動をやれればいいのではないか。
三年前の6・23沖縄国際反戦集会で「ヤマトは沖縄におんぶに抱っこになっている。地域に帰って闘え。沖縄に来て自己満足するな。ヤマトに帰れ」という主張があった。私は、「そこまで言うなら、自分たちがやってから言え」と野次った。現場を知らない人たちが好き勝手なことを言っている。
沖縄辺野古新基地反対の現場では一人でも多くの人が来てほしいと願っている。一人でも多ければ勝つ。水曜と土曜日は、結集日だということで工事車輌が入れない。それ以外の曜日は、人が少なくて車輌を止めることができない。権力と闘うものは、みんな同志だ。島ぐるみ会議の取り組みは、大きな力となっている。沖縄基金もたくさん集まっている。山城博治さんなどの保釈金にも使われている。沖縄の現状を見てください。皆さんと一緒に闘っていく。(発言要旨、文責編集部)

4.28

安倍靖国参拝違憲訴訟

首相べったりの不当判決だ

異常きわまる内容に怒り


「安倍談話」を
全面的に賛美
 四月二八日、東京地裁で安倍首相靖国神社参拝違憲訴訟の第一審判決が行われた。東京刑事第六部(裁判長:岡崎克彦、裁判官:田辺実、岩下弘毅)の判決は原告敗訴の、きわめて悪質なものだった。同訴訟は二〇一三年一二月二六日に内閣総理大臣として安倍晋三首相が靖国神社に参拝し、靖国神社側がこの判決を受け入れたことを憲法違反とするものだったが、判決は原告側の主張を全面的に否定したばかりか、安倍首相の靖国参拝を全面的に正当化するものだったのである。
 判決は言う。
 「被告安倍は、参拝後にインタビューに応じ、『恒久平和への誓い』と題する談話を発表したが、その内容は参拝の事実を報告するとともに、国のために戦い、尊い命を犠牲にした英霊に哀悼の誠を捧げ、尊崇の念を表し、御霊安らかなれと冥福を祈ったこと、日本は二度と戦争を起こしてはならず、過去への痛切な反省の上に立って、今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を新たにしたことなどを表明するものであったと認められ、被告安倍が原告らを含む国民又は諸外国の人々に対して國神社の教義に賛同を求めたり戦没者を英霊として哀悼の意を捧げ靖國神社において冥福を祈ったりすることを推奨するものですらなく、ましてこれを強要するものとは到底いえない。したがって、本件参拝及び本件参拝受け入れは、原告らの信仰生活等に対して何らの圧迫、干渉を加えるものではないから、原告らの信教の自由を侵害するものではない」。
 このように述べた一審判決は、さらに安倍首相が参拝後に語ったインタビューでの言葉を全面的にほめたたえたのである。
 「被告安倍は、本件参拝後にインタビューに応じ、『恒久平和への誓い』と題する談話を発表したが、その内容は、国のために戦い、尊い命を犠牲にした英霊に哀悼の誠を捧げ、尊崇の念を表し、御霊安らかなれと冥福を祈ったこと、日本は二度と戦争を起こしてはならず、過去への痛切な反省の上に立って、今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を新たにしたことなどを表明するものであったことが認められ、少なくともこれを素直に読んだ者からは、被告安倍が本件参拝によって恒久平和への誓いを立てたものと理解される」と。
 これこそ東京地裁裁判長の「安倍=國イデオロギー」との一体化、というべき代物ではないか!

まったくの迎合
判決を許さない
当日午後六時半から文京区民センターで開催された「安倍國参拝違憲訴訟一審判決報告集会」(同原告団主催)には原告・弁護団を中心に八〇人が参加した。
原告団を代表して関千枝子さん(広島県第二女子校二年在学時に被爆者となる)が、「とんでもない中身の判決」と批判した後、弁護団事務局長の井堀弁護士は各論点にわたって判決を批判し、とりわけ「安倍談話」を全面的に引用して「信教の自由を侵害するものではない」と主張する異常な在り方を厳しく糾弾した。
木村庸五弁護団長は、最初から結論ありきの判決だと指摘し、とりわけ「政教分離」について「単に信教の自由という問題ではなく、『制度の問題』であることに無理解だ」と批判、また靖国神社について過去に果たした役割への無理解が明らかであり、提出された多くの意見書についても無視されていると批判した。
中国から原告として参加した王選さんは、戦争させないようにという民衆の思いが無視されていると批判するとともに、若者にこの訴訟を理解してもらえるようにすることが大事と注文した。韓国の原告からのメッセージも紹介された。
さらに「安倍忖度判決」という批判もあるが、「忖度というよりは迎合判決」だというべきだ、「『首相が平和のためと言っているのだから平和のための靖国参拝』という中身だ」との声も上がった。
最後に関西訴訟原告の菱木正晴さんからのあいさつを受け、この不当判決弾劾の声を広げていくことを意志一致した。    (K)


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