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    かけはし2017.年5月22日号

「労働情報」発刊40周年シンポジウム


4.23

社会を変える 労働運動を変える

これからの「働き方」と「闘い方」

 四月二三日、「労働情報」誌の発刊四〇周年と月刊化にあたって「社会を変える 労働運動を変える」と題したシンポジウムが東京の文京区民センターで行われた。国鉄の民営化、労働運動の右翼的統一の動きが進む中で、総評労働運動の最良の成果を継承し、新しい階級的労働運動の形成のための活動を進めてきた「労働情報」誌が創刊されてから四〇年。
 民営化に代表される資本の新自由主義的グローバル化の攻勢と、その矛盾の深まり、そして改憲に代表される「戦争する国家」への流れが一挙に強まる中で、労働組合運動、労働者運動はどのような路線と展望を持って政治的・社会的反撃を進めていかなければならないのか。
 労働ジャーナリストの東海林智さん(毎日新聞)が司会したシンポジウムのパネリストは、大椿裕子さん(大阪教育合同労組委員長)、辻谷貫文さん(全水道書記次長)、鈴木剛さん(東京管理職ユニオン委員長)、松本千枝さん(「労働情報」編集人)の四人。
 司会の東海林さんは六年間、新聞労連委員長を務めた経験に触れながら「二〇〇八年の年越し派遣村」について、労働組合が社会問題としての労働問題を訴える契機になったと指摘。幅広い社会的取り組みに労働運動が挑戦したことは大きな経験として、これからも生かしていくことが必要だと強調した。東海林さんは、そのとき山谷に行って教えてもらったこと、湯浅誠さんから生活保護申請の仕方などを一から教えてもらったことなどを貴重な経験として語った。

「正社員組合」
の限界が露呈
  東京管理職ユニオンの鈴木剛さんは、早大時代にノンセクトの学生として山谷の闘いや、障がい者の自立支援運動などにかかわり、その後も労働者協同組合や二〇〇四年にイラクで殺害された香田証生さんの問題に取り組んできたことを語り、「自分にとって労働組合は遠い存在だった」と述べた。
 大阪教育合同労組の大椿さんは、関西大学の学生時代は障がい者教育の支援活動に取り組み、就職してから二〇一〇年三月に雇い止めとなって裁判闘争に取り組んだが、敗訴となって以後専従となったこと、「公立学校と私立学校が半々の組合で、新しく出てきた人たちの運動とのつながりはまだ弱いが、いろいろな運動をつなぐ役割をしている」と語った。
 全水道の辻谷さんは一九七四年生まれで、一九九二年に大阪市水道局に入った。公務員バッシングが吹き荒れる中で弾圧されて、拘留されたこともあるという。今後も労働組合と市民の共同行動を広げていく役割を重視したい、と訴えた。
 「労働情報」編集人の松本千枝さんは「新聞通信合同ユニオン」委員長でもある。「アサヒイブニングニュース」で働くようになった松本さんは、自分の雇用形態が違法ではないかと外国人から言われた経験がある、という。ロスアンゼルスにいた時、黒人の運転手がトラックから引きずり降ろされてボコボコにされたのを見て、労働者の闘いと差別の課題の結びつきを実感させられることになった。
 松本さんは新聞労連という正社員組合の中では、労働者の生活実態が見えないという。新聞奨学生の問題にも関わってきたが、松本さんは新聞労連、朝日新聞労組に取り組みを拒否されて、新聞通信合同ユニオンを結成したのだという。

運動のイメージ
と社会のあり方
  討論は、格差と貧困に抗して最低賃金時給一五〇〇円を求める「エキタス」の運動の評価、若い人から労組が既得権の代表のように見られる問題、学生の中に入って組合をつくる必要性、労働組合の「旗」に対する拒否感、労働運動の最前線はそれぞれが闘っている「現場」としての「職場」ではないか、「労働組合」に対する若い人の拒否感をどうとらえ、労働組合としてどう闘っていくのか、などをめぐって進められた。
 日経連が一九九五年に出した「新時代の『日本的経営』」提言で展開されている路線に沿って、個別評価で賃金の格差付けと低下が進められ、職場の中での人間関係が変化させられ、そこをつかんだ攻撃がかけられている。討論の中では、職場での闘いではいかに「ヤマ場」を作るか、その「ヤマ場」を見せていくような闘いの組み立てが必要ではないかということも論じられた。
 大阪教育合同労組の大椿さんは、大阪では非正規の教育労働者が一万人に達する中で、大学では最初から「期間雇用」の教員しか採用せず、さらに英会話学校などに授業を「外部委託」する例や、時間外労働のために教員自身が社会のことをわからなくされている、と説明した。全水道の辻谷さんは、「持続可能な社会」「成長しない社会」のイメージを積極的に提起し、それと結びつけて職場での課題を可視化すべきと訴えた。
 討論は、時間的制約もふくめて十分にかみ合ったものながら、今後さらに深めるべき課題の一端を明らかにした、と言えるだろう。
 なおシンポジウムの後、交流会が行われ、前田裕晤さん、浅井真由美さんをはじめ、「労働情報」の四〇年を担ってきた人びと、日航争議団、全国一般東京東部労組メトロコマース分会の女性たちなど、現在の闘いを代表する仲間たちからの発言が相次いだ。 (K)

5.1

愛知県中央メーデーに2800人

安倍政権と正面から闘おう

過労死強制の「改革」許すな

  【愛知】五月一日、名古屋市の白川公園で第八八回愛知県中央メーデーが同実行委員会の主催で行われ、晴天の下、二八〇〇人の労働者市民の参加で成功した。
 愛知県のメーデーは連合系を除くすべての左派勢力(共産党を中心に社民党、新社会党とそれ以外の潮流)が結集して行われ、名古屋市以外でも愛知県下六か所の地域でメーデーが闘われた。
 若い議長団のあいさつのあと、メーデー副実行委員長で名港労協議長の西脇さんの開会宣言でメーデー集会が始まった。西脇さんは「八時間労働を要求して始まったメーデーを今一度考え、労働者の運動を盛り上げていきましょう」と発言した。主催者あいさつでは同実行委員長で愛労連議長の榑松さんが発言した。榑松さんは今春闘で一定の賃上げを勝ち取った報告を行い、安倍政権が進めようとする長時間残業の容認や残業代をゼロにするなどの「働き方改革」を批判し、「今、政府に求められているのは労働者の働き方に口を出すのではなくて、使用者の働かせ方を規制することだ」と発言した。さらに戦争法の強行と憲法改悪の動き、そして共謀罪を制定しようとする国会の動きに対しては「朝鮮半島の情勢を理由に危機を煽り、次々と悪法を制定しようとする安倍政権を許さない。市民と野党の共同で安倍政権を追いつめよう」と安倍政権の打倒をよびかけた。

共謀罪・改憲
を阻止しよう
連帯の挨拶では二〇〇二年にトヨタで夫を過労死で亡くした「名古屋過労死を考える家族の会」代表の内野ひろこさんが発言した。
「二〇〇二年に夫の労災認定を求めて労基署に労災申請しましたが認められず、二〇〇七年に行政訴訟で認められてからすでに一〇年の月日が流れました。その後いくつもの過労死裁判の支援をしたり、過労死防止法の成立のために頑張りました。しかし過労死はいっこうになくなりません。そんな中連合と経団連で残業の上限規制の協定が結ばれました。そのなかで残業は一〇〇時間を基準値とするしていますが、これは過労死ラインです。上限を一〇〇時間にするということは、法律で過労死を認めるということなのです」。
「私たち家族会はその後行われた労働弁護団主催の院内集会で上限時間一〇〇時間を許すなと口々に訴えました。しかし安倍政権の働き方改革会議では『上限一〇〇時間未満』に変えただけで認められてしまいました。この働き方改革会議には家族会の人は入っていません。一番過労死を知っている私たちを入れてくれないのはなぜなのか?経団連は働き方改革で36協定の上限が実現した場合これに合わせて、高度プロフェッショナル制度の導入と裁量労働制の拡大を前提条件とすると言っています。上限一〇〇時間をアメに見立てて国会で通そうとしているようですがアメにもなっていません。愛する家族を失うような長時間労働、働き方は許せません。」
発言は続き、東海労働弁護団、共産党愛知県委員会の代表がそれぞれ安倍政権の労働法改悪、共謀罪、憲法改悪策動、朝鮮半島におけるアメリカの軍事挑発を厳しく批判し、野党共闘で共に闘う決意を述べた。続いて集会はデコレーションコンクール審査結果発表とメーデー宣言を採択し、最後に閉会あいさつと参加者全員による団結ガンバロー三唱を力強く行い、名古屋市繁華街の栄を縦断するデモ行進に出発した。途中小雨が降る中ではあったが参加者は元気よくシュプレヒコールを叫び、安倍政権との闘いにむけ気勢を上げた。 (越中)

5.3

渋谷で野宿者・失業者メーデー

宮下公園の封鎖許さない

弾圧はねかえし闘った


仲間の逮捕を
許さないぞ!
 五月三日、渋谷で野宿者・失業者メーデーが行われた。渋谷では三月二七日渋谷区によって宮下公園が突然封鎖されたが、その際、二七日、二八日の攻防の中で二人の仲間が不当逮捕されている。二人の仲間のうち一人は二三日で釈放されたが、もう一人は二三日経過後に、昨年末の山谷越年闘争時のマンモス交番との小競り合いを理由に浅草警察署に再逮捕された。しかし、その後二泊三日で釈放され、今回の逮捕者二人は無事奪還された。
 その後も渋谷の仲間は毎週土曜日の炊き出し(共同炊事)をはじめ、排除との闘いを継続している。

にぎやかな繁華
街でアピール
そんな渋谷の仲間によって昨年は行わなかった野宿の仲間のメーデーが呼びかけられたのは四月の末になってからであったため、周知も十分でなく、憲法集会とも重なったこともあり結集も決して多くはなかったが、参加した仲間は元気に一日の行動を闘った。
宮下公園のとなりにある神宮通り公園では一〇時より集まった仲間によってかつが揚げられ、一二時には前日から煮込んでいたカレーと共にかつカレーを参加者全員で食べ、集会が始まった。
渋谷の仲間の司会で始まった集会では反五輪の会、山谷労働者福祉会館、渋谷・のじれん、江東区竪川の仲間、今回不当逮捕された二人、宮下公園寝る会議、夜間施錠よなよな阻止公園、辺野古リレー、堀切の仲間が発言し、約六〇人の参加者は渋谷の町をぐるぐると回る少し長いデモに出発、連休でごった返すセンター街や駅前のスクランブル交差点も通り、渋谷警察署にシュプレヒコールをぶつけ、宮下公園の横を通って美竹公園で解散した。   (板)

 


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