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    かけはし2017.年1月30日号

教科書国定化は「上古史」強化?


「魂」が宿った歴史教科書

教科書草稿に込められた古代史分量・内容に注目


 パク・クネ大統領は検定教科書が左派に偏っているとして国定教科書への一本化を決めたが、市民団体や野党が猛反発した。さらにチェ・スンシル被告の国政介入疑惑が浮上し、国定教科書の廃止を求める声が全国的に広がった。韓国教育省は12月27日、中学・高校の国定歴史教科書の全面導入の撤回を明らかにした。今回掲載したハンギョレ21の記事は撤回前に書かれたもの。(「かけはし」編集部)

 「チェ・スンシル教科書」「スンシル王朝実録」という批判に直面した国定歴史教科書が、11月28日に予定された草稿公開に先立って廃棄される危機に置かれた。特にパク・クネ大統領が、演説秘書官という公務遂行専門家を置きながらもチェ・スンシル氏の「添削」を受けて国家文書である大統領演説文を作成したという事実が明らかになった後、「上古史強化」という国定化のもう1つの名分が改めて注目されている。上古史は高句麗、百済、新羅三国時代以前の、すなわち古朝鮮の時期を扱う。

近現代史を減らし前近代史を増やす

 パク・クネ大統領は2013年8月15日の光復節の祝辞で、韓国上古史の叙述で、知られた「桓檀古記」を引用し、「魂」という用語を使って論難を招いたことがある。(「高麗末の大学者イ・アム先生は、国は人間においての体のように、歴史は魂のようだ、とおっしゃいました」)昨年11月の国定化告示以降に開かれた国務会議(閣議)では「自国の歴史を知らなければ魂のない人間となり、歴史を正しく学ぶことができなければ魂が非正常にならざるをえない。これは実に恐ろしい話」だとして再び「魂」を論じたてた。
さまざまな発言を通じて、大統領が影響を受けたものと推定される「桓檀古記」について、主流の歴史学界は「偽書」だと結論を下した経緯がある。歴史書としては真偽の是非さえ不透明な本だということだ。「在野の史学者」だという一部の学者たちが、「桓檀古記」の史料的価値を考証するさまざまな作業をしているものの、真偽の論難を一段落させることはできなかった。
歴史学界は「上古史強化」という歴史教科書国定化の名分の裏側には「桓檀古記」の影があることを憂慮する。「国定教科書の表面化された問題は、植民地近代化論や建国節の論難だけれども、学界では古代史の分量が増えるとともにその方向性や内容についての心配が少なくない。パク大統領がイ・アム先生の魂を語るなどの雰囲気から見て、拡張主義的上古史が国定教科書に反映されはしないかが憂慮される。「桓檀古記」の論議は、結局わが国の歴史の上限年代や領土の範囲を最大値で設定してみたいということだが、我々の希望事項と具体的な歴史的事実は区分しなければならない」とチュ・ボプチョン・ウソク大教授は語った。
「上古史の強化」は新しい歴史教科書開発の初期には検討されたことはない。パク・クネ政府が2018年の適用を目標として新たな教育課程(2015改定教育課程)を開発するという計画を発表した後、教科目別に教育課程の予備研究に入った時までは、研究陣は上古史を含む前近代史よりも近現代史の比重を大きくする方向で研究を終えたものと確認された。
当時の予備研究(「統合の歴史と教育課程の再構造化研究」)の責任担当者だったチェ・サンフン・ソウォン大教授は「ハンギョレ21」の電話問い合わせに「研究陣は前近代史は近現代史と比重が同じか近現代史の比重が大きくなるようにすべきだと考えた。それが歴史教育の世界的流れだ。前近代史と近現代史の比重が4・5対5・5でいけると思った」と語った。実際にチェ教授チームが教師たちを相手にアンケート調査した結果を見ると、前近代史が近現代史よりも多くあるべきだ(6対4程度)との回答は17・46%で、近現代史がより多くあるべきだ(4対6―23・81%、3対7―16・67%)というものだった。
けれども予備研究以降、教育課程を開発した本研究チームは前近代史と近現代史の比重を6対4と結論づけ、これにそって国定教科書が開発された。歴史教育の現場の要求とは関係なく、教育省が国定教科書関連の政策決定を主導したわけだ。チェ教授は「他の教科目では予備研究をしているチームが本研究もするのが本研究を進めることできず、他のチームが選任された」と語った。
前近代史と近現代史の比重は2010年5月の教育課程改正時に3対7であって、2011年に5対5に調整された後、国定に転換された新教科書で6対4へと逆転した。ある歴史教育専攻教授は「檀君(注2)史学界などが「桓檀古記」を正史として認めよ、と国史編さん委員会(国編)に圧力を加え続けるなど、国定教科書の編さんにも影響がないと言うことはできない」と語った。
特に上古史の分量を機械的に増やしつつ、「桓檀古記」のような「異説」が追加できるようにするのでは、との心配も出てくる。昨年10月の教育省の国定化方針以降にあった教育省と国編の食い違いが再び注目されている理由だ。当時、教育省が「国定教科書に異説を併記する」発表すると、古代史専攻者であるキム・ジョンベ国編委員長が「異説併記はダメだ」と異論を唱えた。

「桓檀古記」には多くの「異説」が


当時は近現代史と関連したさまざまな解釈をめぐって「左右を併合しよう」という教育省と、「左偏向はダメだ」とする国編の立場が衝突したものと報道された。ある古代史研究者は「キム・ジョンベ教授は、認められている古代史研究者として『桓檀古記』類の古代史ふくらましが異説の1つとして入るのを阻もうとしていたのではないのかとの思いもする」と語った。
実際にパク・クネ政府になって「桓檀古記」は中国や日本の歴史歪曲に対応するという名分のもと、論拠もなく激しく擁護された側面がある。特に2013年6月からの国会に設置された東北アジア歴史歪曲特別対策委員会(東北ア特委)は、「桓檀古記」を擁護する側に大いなる弾みを与えた。
現在はパク・クネ大統領の「非正常的な国政」の中の1つとして「桓檀古記」からの演説文への引用事件が挙げられるけれども、2013年12月20日に開かれた東北ア特委第12回会議録を見ると、国会議員たちは誰も彼も「『桓檀古記』に出てきた内容を信じるべきだ」と主張した事実を確認することができる。
当時、イ・ミョンス・セヌリ議員は「(問題提起した教授は)『〈桓檀古記〉を見ると古朝鮮史にかかわる史料は断片的であり、さしたるものはない』と言ったが、私が〈桓檀古記〉を直接、何回も読んでみて、これは私の座右の書になっている。いろいろ見究めなければならないが、実際には古朝鮮にかかわる話が多い」と語った。「『桓檀古記』にはさしたる史料がない」と提起したのは、韓国歴史学界で初めて古朝鮮史の専攻で博士学位を得たソン・ホジョン韓国教育大教授だった。「古朝鮮関連の話(史料とは言っていない)が多い」と主張したイ議員は行政公務員の出身だ。
歴史関連の書籍を耽読ないし愛読しているどころか、史料の解釈や歴史的考証には門外漢の国会議員10人余が「桓檀古記」に対する歴史学者の専門的見解を「わが国の歴史を縮小解釈している」との理由で排斥するという異常なことが何ということなく繰り広げられていたのだ。歴史学者であるカン・チャンイル新政治民主連合議員だけが「満州がすべて我々の土地なら気分がいいのですか。そうでもありません。事実に立脚して歴史は叙述されなければなりません」として違った声を挙げた。
キム・ハンジョン韓国教員大教員は、日本の植民史学が軍国主義に結びついたのも、歴史的事実よりは神話を現実のことであるかのように話したことが土台となった。日本は天皇も現人神(あらひとがみ、人間の姿をした神)だと言うほどに神話を現実として仕立てることに没頭した。侵略や植民支配を合理化、正当化する日本の歴史歪曲に対応する本物の方法は出せないで、日本と似たようなやり方で歴史歪曲に対応するのは問題がある」と語った。

日本の歴史歪曲に「歪曲」で?


「桓檀古記」の影はパク・クネ政府発足時から見え隠れしていた。パク・クネ大統領の大統領職引き継ぎ委員会にはパク・チョンヒ政権時代の第1次人民革命党事件の被疑者キム・ジュンテ氏が大統合委員会副委員長として選任された。キム・ジュンテ氏は、新羅時代の元暁大師が書いたという予言書を入手して開設した本「元暁結書」を1997年に出版したことがある。この本はパク・チョンヒ大統領を「天が立てた人間」だと書き、パク・チョンヒ大統領の維新は「韓人の神さまが貧しい韓国の地に送り、乱を起こすようにされた」と書いた。「元暁結書」を調べてみた新羅史専攻教授は「『桓檀古記』や『天賦経』などを参考にしたものと思われる」と語った。
教育省の専門委員としてパク・クネ大統領の引き継ぎ委で仕事をしたソン・サムジェ現ソウル大事務局長は、世上に知られた「桓檀古記」の擁護者だ。ソン・サムジェ局長は大邱市の副教育監(注1)として仕事をした後、パク・クネ大統領の引き継ぎ委に派遣され、その後は教育省の序列3位である企画調整室長として昇進する。
ソン局長が「桓檀古記」の史料的価値に注目した内容を込めて2005年に著した「古朝鮮、変え失せた歴史」には「異説やさまざまな学説を国定教科書に併記する」という教育省の国定化の主張と類似した部分が出てくる。彼は「古朝鮮と漢四郡に関する問題は今も学者たちの間に1ミリの譲歩もなく、熾烈な論争が繰り広げられている事案だ。…(教科書に)古朝鮮や漢四郡についての多様な仮説を体系的に紹介する方法も考えてみる必要があるだろう」と書いた。
古代史を専攻したある教授は「『桓檀古記』を重視するソン・サムジェ局長を初めとする教育省内の一部高位公務員らが存在し、青瓦台にもこのような人々がいるという話は公々然たることだ」と語った。当の教授が指摘したO氏が2013年4月に公務員たちを相手にした特講の内容を報道した記事を見ると、彼は特講の中で「きょう良い知らせが折りよくあるのだが、パク・クネ政府で上古史定立の方策を準備せよとの大統領指示事項が下されたそうだ」と語った。けれども当時のメディアの報道のどこにも「上古史定立の方策樹立」という政策が報道されたことはない。大統領が直接指示したのが事実ならば、なぜ上古史の強化を隠密かつ内部的にのみ推進したのか疑問が生じざるをえない。

「桓檀古記」労組破壊の手段にも


歴史学者たちが「桓檀古記」を憂慮しながら見ている理由は、1990年代に「桓檀古記」が国家主義を強化し、労組破壊の手段として利用されたことがあるなど、歴史逆行の姿を示しているからだ。大企業から社員研修の委託を受け運営しつつ「桓檀古記」と類似したやり方で古代史をふくらませ、民族意識を強調して「右傾の意識化教育」をしているとの批判を受けた「タムル民族学校」が代表的ケースだ。タムル教育を受けた職員たちが「自主的」に会社内に「タムル団」を組織し、労組の瓦解に動員されることが頻繁に起こった。
1993年、大宇造船のタムル団が作成した会報「タムル」を見ると、タムル運動について「半万年(5000年)の間のわが民族の魂を知らせ、ひねくれた歴史観を正しく立て直すとともに、5600年の民族史の中で最高の水準に達した経済力を土台として、分断された祖国を統一し、統一後には失ってしまった満州の地を1300年振りに経済力によって取り戻そうとする」運動だと説明した。(「ハンギョレ21」第1136号、16年11月14日付、チン・ミョンソン記者)
注1 市・道教育委員会の事務を総括する別定職公務員。
注2 韓国の開国神。B・C・2333年を紀元とする。 

コラム

「知覧」を利用する輩たち

 陸軍航空隊「知覧」基地を飛び立った特攻隊員たちの特攻精神≠ニやらを錦の御旗に掲げ、これからの日本のあり方をしたり顔で語りたがる輩がいる。そのほとんどは、民間人を含め一億総特攻を強要された太平洋戦争末期の異様ともいうべき状態には触れず、薄っぺらな精神論ばかりが先行し、科学的な歴史認識からはほど遠い。
 つい最近、とあるセミナーでそんな輩に、図らずも出くわしてしまった。おおよその内容は先にもらった案内状で分かっていたが、仕事上のしがらみというやつでお断りできず≠ノ参加したしだいである。もちろん無料であるはずがない。数千円の会費と交換に『知覧に行ける人の心得』と題した講演者の著作を頂戴した。ちなみに定価は一〇〇〇円也。カバーの折り返しには、「本書は、行く人≠フ心得ではありません。行かせて頂ける人≠フ心得です」と記されていた。つまり「知覧」は精神修養の場所であるとでも言いたいのだろうか。
 会場に入ると五〇人を超える参加者が熱心に講演を聴いていた。二〇代、三〇代の姿も多い。ボクの隣は、若い女性だった。講演は二部に分かれており、一部はすでに始まっていた。ボクは真打ちの講演が始まるまでペラペラとその本をめくった。そしてあきれて、思わず苦い笑みを浮かべてしまった。その内容たるや一死零生の命令により出撃した特攻隊員を慰霊し恒久平和を誓い合う場所であるはずの「知覧」を、経営者指導や社員教育の道具に利用しているとしか思えぬ文言ばかりが目についたのだ。
 止めは、「あ」から始まる「知覧に行ける人のためのキーワード」の一節。笑える箇所を三つほど紹介したい。「『朝日新聞』=部数激減の全国紙。(中略)親会社は他国の方かもしれません。『経営者』=もう皆さんだけが、この国に残されたひとにぎりの可能性です。一緒に教育クーデターを起こしましょう。『産経新聞(サンケイ)』=経営者が大好きな新聞。購買層がここまで確立されているのも珍しいです」。いやはや洗脳教育とはこういうことを指すのだろう。
 やがて真打ちの「ご講演」が始まったが内容は非科学的で陳腐。別の視点から見ればブラックジョークそのものだ。しかし、そう言うものの本当に怖いのは、このような歴史観、価値観を無意識のうちに吸収してしまう若者たちの存在である。参加者の何人かは既に「生きることの大切さ、感謝と気づきを学び、感性を磨く―知覧研修」とやらに行っているらしかった。
 彼らは、「知覧」を象徴する特攻平和会館を訪れ、あどけなさが残る特攻隊員たちの遺影、遺書、遺品の数々を目にしたはずである。そこには、国を思い、両親や兄弟、恋人を守るために出撃して行った純粋な心情と、その行間からにじみ出る苦衷、苦悶が満ちあふれているのに違いない。特攻で命を国に捧げた若者たちには何の罪もないと言い切れる。それをどう理解するかが重要だ。
 ある作家は、「特攻隊は若者の純粋さを利用したものである」と書いた。ボクもその考えにまったく同感である。「君たちのあとに続く」と特攻作戦という暴挙を命令、鼓舞した軍部、そしてその「若者たちの純粋さ」を都合良く解釈して、ビジネスに利用する輩を野放しにするわけにはいかない。(雨)



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