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オリンピック反対論文・記事

              「かけはし」記事(2008年〜2014年)

もくじ

チベット民衆への弾圧やめろオリンピックなんかいらない(2008.5.5号)

北京五輪 極限にまで深まったオリンピックの退廃(2008.7.28号)

ロンドン・オリンピック グローバル資本のためのスポーツイベント(2012.8.13日号)

2020年東京五輪招致運動に反対する(2013.2.18号)

「スポーツ祭東京」やめろ!無駄づかいの天皇イベントいらない(2013.4.15号)

東京五輪開催決定 被災者を利用・見殺しにした「祭典」反対(2013.9.16号)

やってる場合かスポーツ祭東京 (2013.10.14号)

オリンピック開催返上しろ(2013.10.28号)

東京オリンピックを様々な角度から批判(2014.5.19号)

 

■アジア連帯講座が聖火リレーに抗議    かけはし2008.5.5号
チベット民衆への弾圧やめろ
オリンピックなんかいらない

「チベット連帯」の若者たちとも交歓
右翼の排外主義的挑発はねのけ
人権と民主主義の呼びかけ貫く

世界で拡がる
抗議アクション

 三月十四日のチベットにおける反乱に対する中国政府の血の鎮圧以降、中国政府の武力弾圧に抗議するアクションが世界に広がっている。それは、この夏に開催される北京オリンピックのデモンストレーションである聖火リレーへの抗議アクションとしても世界各地で展開された。
まず、三月二十四日、ギリシャでの「聖火式」に国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」の3人が「手錠の五輪」のプラカードを掲げて突入して中国政府のチベット反乱弾圧と人権侵害政策に抗議。聖火リレーの沿道でも亡命チベット人が"Free TIBET!"を連呼したアクションが一連の「反聖火国際共同リレー」の口火を切った。
そして、四月六日のロンドンでのアクションが、この闘争を大きく注目されるものとした。亡命チベット人と亡命民主派中国人、チベットでの人権侵害に心を痛める支援者たち千人が抗議集会を行い、実力で「聖火」を消すアクションが次々と実行され、沿道で"Free TIBET!"のコールがとどろく中、三十七人が逮捕された。
翌七日のパリでのアクションは、一連の「反聖火リレー闘争」の一つのピークとなった。実力行動によって四回に渡って「聖火」は消され、亡命チベット人と支援する市民のアクションによって、最後には「聖火ランナー」がバスで移動するという事態に追い込んだ。緑の党の地方議員も実力行動に参加し議員も含めて二十八人が拘束されたが、聖火リレーの記念式典も中止を余儀なくされた。
その後は、聖火リレーを受け入れた各国政府は、厳戒警備をもってリレーを開催することを余儀なくされた。九日のサンフランシスコでは、抗議アクションの高揚を恐れた当局によって、抗議行動で埋め尽くされた沿道を避けて急きょルートが変更されて、倉庫を抜けバスで運ばれるという醜態を演じた。十万人の亡命チベット人が在住するインドでの十七日のニューデリーでの聖火リレーは、沿道から市民すら排除し、ルートをフェンスで覆って、かつ大幅にコースを短縮しての実施だった。インド政府は「聖火リレーは平穏に終わった」などとしているが、ニューデリーの各所では大規模な抗議行動が展開され、十七日だけで百七十人の亡命チベット人たちが拘束されるという「弾圧による平穏」であり、この事態を成功などというのはインド政府だけだろう。その後も、各地で聖火リレーは大きな抗議に包まれた。
一連の「反聖火国際共同リレー」は、聖火リレーと、「平和の祭典」などと称してきたオリンピックの威信をズタズタにし、聖火リレーそのものの存続すら疑問視される事態を生み出している。実施される予定の長野でも、十七日に「聖火リレー記念式典」は中止され、十八日にはリレー出発地点だった善光寺が世界的な抗議の広がりにとうとう「出発地点」として使用されることを拒否するという事態となった。
この国際共同闘争に対して中国外務省の姜瑜副報道局長は八日、「チベット独立勢力が五輪精神と英仏両国の法律を顧みず、意図的に妨害した」などと非難し「この卑劣な行為は崇高な五輪精神を冒涜し、五輪を愛する全世界の人々を挑発するもの」、「五輪の聖火に込められている平和、友情、進歩という理念はいかなる者も 阻むことはできないと信じている」などと語った。

中国政府の人権
侵害を許さない

 そう、「北京オリンピックを平和裏に成功させる」ということは、中国におけるチベット、ウイグルなどでの民族抑圧、急激な「資本主義化」で踏みにじられている労働者・農民・失業者たち、民主化を求める民衆を抑圧する秘密警察国家・監視密告社会をそのままにして国際社会が独裁国家を認知する、ということなのだ。アジア連帯講座は、中国政府による「植民地化」と人権侵害に抵抗するチベット・ウイグルの人々との連帯、労働者・農民・失業者・民主派中国民衆との連帯、中国の人権侵害に心を痛める世界の人々との連帯をかけて四・二六聖火リレー抗議現地アクションに決起することを決定した。
それはまた、チベット問題を「反共・反中国キャンペーン」に利用するだけの右派の言うような「北京オリンピックのボイコット」を求めるものではなく、「国家主義と国威発揚装置のオリンピックはそもそもいらない!」をも訴えるアクションとしても貫徹された。アジア連帯講座は一九九八年長野オリンピックに反対する長野現地の人々らとともに開会式当日に「No OLYMPIC!」の声を上げたのに続いて、四月二十六日にも長野の地で決起した。
仲間たちは、前夜の二十五日深夜に集結して東京を出発した。途中の高速道のパーキングエリアで休憩していたら、中国語の一団が続々とバスを降りてくる。「長野に行くの?」と尋ねたら「ハイ、そうです」と流暢な日本語で答える。てっきり留学生かと思ったら、なんと大連からこの日のためにやって来たと言う。あまり報道されていないようだが、「長野の聖火リレーを盛り上げるために」留学生だけでなく、中国本土からの動員組も多数参加していたようだ。「中国サポーター」のバスは続々とパーキングエリアに到着して、その数はあっという間に二十台を超えた。こりゃうかうかしていたら、主な場所がすべて「愛国人民」に陣取られてしまうぞ…と、私たちは予定より早く長野入りした。

青年たちは右翼
に同調しない

 長野の仲間と合流して、朝五時前には私たちは長野駅を正面に見る交差点の一角にある小公園に陣取った。この場所に三々五々チベット支持派の若者たちが集まってくる。私たちが横断幕と虹旗、ゲバラ旗を掲げると「ゲバラは共産主義やん!」と言ってくる。「ゲバラはソ連や中国を批判しているからいいんだよ」と言うと「へぇ、そうなんですか」と簡単に納得していた。そうして、中国国旗のものとは違う赤旗が唯一本翻った。
若者たちは、「右」とか「左」の政治信条以前に、とにかく中国政府によるチベット民衆虐殺に抗議したい、抑圧を止めたいと強い思いをもっている若者たちだった。そして、私たちに「チベット問題をどう思っているんですか?」と質問してくる。「我々は別にダライ・ラマの支持者じゃないからね。チベットのことはチベット人が決めるべきだし、そういう自決権を否定してチベットを植民地にして迫害したり虐殺する中国政府のやり方に反対する、という立場かな。独立するか、自治なのか、中国の一部であることを選ぶのか、をチベットの人が決められる環境を作れればいいんじゃないか?」と答えると、「そうそう、そうなんですよね」と相槌をうつ若者も。私たちの陣取った小公園の反対車線の歩道や両脇が、バスで到着した動員「中国サポーター」でどんどんと埋まっていく。朝六時前には私たちは若者たちとともに、散発的に"Free TIBET!"の声を上げ、徐々に熱気を帯びたものになっていく。この盛り上がりを見て職業右翼や差別排外主義のレイシスト集団たちもこの公園に集まりだす。職業右翼が便乗しようとして「日本は中国と国交を断絶せよ〜」と叫ぶと、若者たちは「オレは自分は`右aだと思ってるけど、それは違うだろ」「国交断絶なんて無理だし」「中国の人たちにも分かってもらいたいんだよ」と次々と声を上げる。若者たちは自分たちでシュプレヒコールもあげていたが、どんなに興奮しても差別的・排外主義的なことは絶対に言わない、あるいは職業右翼の排外的な扇動には絶対に乗せられることはなかった。
気がつくと、周囲は完全に「中国サポーター」群集と中国国旗に包囲され、そして私たちの盛り上がりに便乗しようとする右翼たちを含む百人ほどの「チベット連帯派」は身動きの取れない状態になってしまった。結果、狭い場所での極右・レイシスト集団と背中合わせの行動となった。しかし若者たちと私たちは、右翼の排外主義扇動には断固として一線を画しながら、"Free TIBET Now!" "No OLYMPIC!" "Remember Tiananmen!"(天安門を思い出せ!) "Remember シックスフォー、エイティーナイン!"(89年6月4日を思い出せ!)と若い中国人たちにもアピールする。
そして、右翼たちによる、もはや「反共」ですらない政治的に無内容な「ゴキブリ中国人」などのメガフォンによる罵倒に対しては「差別サイテー!」「人間としてダメだろ!」と野次とブーイングで批判しながら、メガホンを上回る肉声での"Free TIBET! HUMAN RIGHTS!"のコールによるアピールを実現した。あるいは右翼の「中国サポーター」に対する暴力的挑発に対しては若者たちとともに「暴力ヤメロ!差別ヤメロ!」のコールで圧倒してついには右翼たちを一旦この場所から退散させることに成功した。
またレイシスト集団は若者たちを巻き込もうと「皆さんここから移動して抗議しましょう」と呼びかけるが、若者たちは「ここでお兄さんたちと一緒にやりますよ」と誰も移動に応じなかった。若者たちは、私たちとともに声を枯らしながらアピールを続け、のど飴やペットボトルの水分を「これどうぞ」と私たちに回してくれた。
また、対峙する「中国サポーター」の大群衆の「加油!中国!」の大コールにも、若者たちと私たちは負けることなく逆に完全に圧倒した。この盛り上がりを見て「チベット問題」を利用して若者たちの獲得を狙っている右翼とレイシスト集団が、またすごすごと戻ってくる。しかし、若者たちに取り入る隙もないと悟った彼らは、ひたすら暴力的・排外主義的挑発にいそしむしかなかったが、そのたびに「暴力ヤメロ!差別ヤメロ!」のコールが飛び交う。あとでテレビ報道で観ると右翼の暴力と小競り合いの場面ばかりが強調されていたが、少なくとも私たちの知る範囲では場を制していたのは確実に、チベット連帯の意を示しながら、中国の人々とのつながりを作りたいと願うヒューマニティーの精神だった。

中国人サポー
ターへの訴え

 しかし、品性のカケラもない日本の右翼ほどではないにしても、「中国サポーター」もまた、わざと私たちを指差して一斉に大きな嘲笑の声を上げるなどして、非常に素行の悪い「国家主義集団」でしかなかった。かれらと日本の右翼の罵り合いは、まさに「同族嫌悪」とか「ナショナリストの内ゲバ」にしか見えないものだった。しかしそれでも、「天安門を思い出せ!」「HUMAN RIGHTS!DEMOCRACY!」という私たちの訴えが、かれらの心にインクの一滴でもたらすことが出来たならば……。
また、「中国サポーター」は非常に統制されていて、「小競り合い」は常に日本の右翼やレイシスト集団による挑発と乱入によって引き起こされていたことは付け加えておかなければならない。また、大量投入された警官隊は、右翼のやりたい放題を横目でみながら、常に「衝突」がしばらく続いて中国人側に負傷者が出てから介入するという許しがたい「警備」姿勢だった。
朝八時半過ぎ、百人以上の機動隊員に守られた「聖火ランナー」が私たちの前を通過する。ランナーはタレントの萩本欽一だった。随行するバスには、星野仙一が乗っていた。「欽ちゃん恥を知れー!」「星野さん、見損なったぞー!」「チベットの人たちのことを考えろー!」「虐殺に加担するなー!」と怒号が飛び交う。そのとき、私たちの前で右翼が萩本に向けて何かを投げたが、若者たちが「暴力反対!」「くだらないことやってんな!」と叫んでいたことまでは、やはりテレビには映らない。しかし実は、右翼たちはアジア連帯講座の横断幕の影から「聖火ランナー」に投擲するためのトマトを大量に用意していたが、このような若者たちと私たちの振る舞いが卑劣な右翼に投擲を断念させていたのだ。
今回の聖火リレー抗議アクションは、アジア連帯講座によるものが左翼として唯一のものとなってしまった(中核派が離れたところでビラを撒いていたがチベット問題には「チベット人労働者と中国人労働者の団結による中国スターリニスト政権の打倒」と一般的におざなりに触れるだけで「労働運動で革命やろう」という現実とは無関係の自らのお題目を並べただけの代物だった)。
しかし、「チベット問題で闘うのは右翼やレイシスト集団の専売特許ではない」と示し、右翼・レイシスト集団と若者たちの間に楔を打ち込んだ意義はとても大きいものだろう。そして、国家主義的でチベット連帯に敵対する「中国サポーター」の人々に対しても、一貫して「中国の人たちの中に味方を作ろう」という立場で訴え、そして若者たちと行動をともに出来たことは、右翼たちよりも私たちの方が道徳的優位性と解決と変革の方向性をもっていることを確実に知らしめた。この方向性をさらに広げていきたい。
私たちは、若者たちと"Free TIBET!"と拳を交わして、再会を誓い合った。 (F)

 

■北京五輪 極限にまで深まったオリンピックの退廃     かけはし2008.7.28号
新自由主義的グローバル化と
国威発揚の「祭典」はいらない

 八月八日から北京五輪が開催される。多国籍資本が切り盛りする新自由主義的グローバル化のシンボルであるオリンピックは、同時にチベット人、ウィグル人などの少数民族や労働者農民の権利を破壊し「大国」意識をあおりたてる中国共産党支配体制のための一大政治イベントである。オリンピックにNO!を

 

絶好のビジネスチャンス

 「二〇〇八年八月八日」、これでもかというほど「八」の数字を並べて験を担ぐ北京オリンピックの開会式まで一カ月を切り、マスメディアは朝から「鳥の巣」と呼ばれる五輪のメイン会場や開会式直前に開通する地下鉄などのアクセスを映し出し、オリンピックムードを盛り上げようとしている。その上、旅番組まで北京が舞台である。さらに夜になるとバレーボール、サッカーなどの人気種目の予選や選考会がこれでもかというほど連日放映され続けている。
多国籍企業と呼ばれる巨大資本にとって今日オリンピックは絶好のビジネスチャンスである。スポーツをビジネスに利用するために、巨大資本はオリンピックとワールドカップという二大イベントを軸にして、冬季オリンピック、陸上、水泳などの世界選手権大会という具合にどんどんその裾野と枝葉を広げ続けている。とくに際立つのは各都市名を冠にしたマラソンである。ハワイ、シカゴ、パリ、ロンドン、さらに北京、東京とすでにその数は十指にあまる。
戦後、テレビの出現はスポーツをビジネスする可能性を飛躍的に増大させた。この利権の中心に位置するのがオリンピックの場合にはIOCであり、サッカーの場合にはFIFAである。スイスのローザンヌに本部を置くIOCの年間予算は五十億ドルを超えるといわれるが、それは放送料と五輪マークとエンブレムなどの商品化の権利・使用料によってもたらされる。そしてIOCをカネの力で支配し動かしている一方の極がTOP(The Olympic Progoram)と呼ばれる十一社の多国籍企業である。この十一社はカテゴリー別になっており、飲料水・ドリンクはコカ・コーラ、電気製品は松下という形をとり、スポンサーであると同時に分野別の利益を独占するシステムになっている。
もう一方の極はIOCの最大の収入源になっている放送料・放映権を握る企業群である。NBCなどを中心とするアメリカ放送局が全体の八割近くを出資し、残りをヨーロッパや日本の放送局が出す形になっている。したがって各国のメディアが開会式などを放映しようとするとさらに高い放映料をNBCに支払うことになる。これは各種目をニュースやスポットで流す場合も同じである。この巨大な放映権を握るNBCの親会社はGE(ゼネラル・エレクトリック社)である。陸上競技や水泳が時々とんでもない時間帯に行われるのは開催地の都合ではなく、NBCやコカ・コーラがアメリカ東海岸のゴールデンタイムに合わせることをIOCに要求した結果なのである。
北京オリンピックではNHKと民放が手を結びジャパンコーソシアムという共同事業体をつくり、約二百億円を出して放映権を買い、マラソン、水泳、体操などの決勝を日本時間に合わせて行うように要求し実現させたと報じられている。現在バレーや水泳などの予選会を夜のゴールデンタイムに流す背景は、オリンピック本番で買い取っている放映権と密接不可分であり、本番ではさらに視聴率を稼ごうとするからに他ならない。
新自由主義的グローバリゼーションの時代においてオリンピックは多国籍企業とそれにつながる資本の巨大ビジネスの場であり、選手は完全にそのための商品であり道具である。八〇年代後半からソウル、バルセロナ、アトランタ、シドニー、アテネ、北京それと対をなす冬季のリレハンメル、長野、ソルトレイク、トリノと続いたオリンピックは、誘致段階からことごとく買収合戦騒ぎに揺れた。それは偶然ではなく新自由主義のもとではオリンピックが巨大なビジネスチャンスの場と化したからである。IOCや各国五輪委員会をめぐる金銭問題がいかに大きなウェートを占めるるかを垣間見せたのはマイナーな種目ではあるが、ハンドボールをめぐる「中東の笛」事件であった。オリンピックの現実は「憲章」とはほど遠い「商業主義・ビジネス」にどっぷりとつかっており、スポーツ選手が競うのよりも見えない所でさらに激しくテレビ局同士、スポンサー同士が闘っているのである。

金の力とナショナリズム

 カラードIOC前事務総長はオリンピックがこれからも続くためには「カネと政治という二つのパワーから自立することが重要」と指摘している。カネ問題が前記した多国籍企業を中心とするスポーツマフィアとすれば政治は第一回のアテネ大会以来「国家」のために「国威発揚」の場として利用され続けてきたという点である。その結果開催地を決める最初の段階からIOC委員を出している「国」と「政府」が大きな力を持つ。この事実は百年を経た現在でもいささかも変わっていないばかりか「平和の祭典」の名の下に「国威発揚」の場であったからこそオリンピックという形式が現在まで続いたともいえる。
オリンピックとナショナリズムの歴史は三つに大きく区分することができる。第一期は第一回のアテネから第二次世界大戦後の一九四八年の第十四回ロンドン大会までである。この時期は帝国主義の植民地の争奪をめぐる戦争のための国威発揚の場・手段としてオリンピックが利用され開催された。この頂点に位置するのがナチスのもとでユダヤ人の虐殺と戦争準備の舞台として設定された第十一回のベルリン大会である。
第二期が第二次大戦後の冷戦期と呼ばれる東西対立時代である。ソ連・東欧はスポーツエリートを育成し、ついにはドーピング研究までしてメダルの数をアメリカを中心とする帝国主義諸国と競ったのである。一九六四年の東京オリンピックの開催は俗に高度経済成長に拍車をかけたとして賞賛されるが、アメリカは日本を極東における安定した「反共国家」としての確立をねらってオリンピックの開催を準備してきたのである。
ナチスと話をつけてベルリン五輪への米国の参加を強行し、後に一九五二年から七二年までIOC会長をつとめたアベリー・ブランデージは、東京開催に力をつくした。そこに貫徹していたのはまさに東西対立の中の緊張した「政治」そのものであった。第二期を最も特徴づけるのは米ソ対立の結果「東側五輪」となった一九八〇年のモスクワ大会である。
そして第三期を特徴づけるのは新自由主義のもとで徹頭徹尾スポーツを商業化しビジネスの祭典と化した現在である。それを最も体現しているのが今回の北京五輪である。二〇〇八年の開催を大阪などと争った北京は、圧倒的多数のIOC委員の支持を取りつけた。そしてIOCを後押ししたのはカラードが語る「カネ」と「政治」であった。ソ連邦が崩壊しベルリンの壁が壊れて以降、G8と多国籍企業にとって最大の課題は、十三億人の中国を新自由主義グローバル化の中に市場として取り込むことであった。オリンピック開催が決定した二〇〇一年には中国のWTO加盟も決定した。このことは五輪の開催とWTO加盟が並行して進められた事実を裏付ける。
そして開催地に立候補した中国政府自身もまた最終的に社会主義建設を放棄し一党独裁のまま「先進国」の仲間入りを望んだのである。「世界の工場」から「経済大国」に向かって進むエネルギーを開放させ、北京五輪と上海万博の開催を煽ることによって社会主義に代わるアイデンティティーを新たなナショナリズムの高揚で埋めようとしたのである。このために中国政府はオリンピックの全種目をプロジェクト化し、国外から「有能」なコーチを招き、国家予算を湯水のごとく注ぎ込みメダルの獲得を焦点をすえた。
五輪関係の予算は当初百四十二億ドルであったが、会場やアクセスの建設費を含めて実際は四百億ドルに膨れあがっている。公式に明らかにされていないものも入れると六百億ドルを超えると指摘する学者もいる。シドニーの予算が八億九千万ドルで実際のコストが十一億ドル、アテネが五十五億ドルの予算で実際のコストが百六十億ドルという額と比較すると北京オリンピックの費用がいかに膨大であり途方もないものかがわかる。「外貨準備高の世界一」の国家にふさわしい「大国的ナショナリズムによって国家主義的国民統合を押し進める」、これがオリンピック開催の目的なのである。国家の存亡の「夢」をオリンピックに賭けた点において北京五輪がナチスのベルリン大会に似ているといわれるのはそのためである。

聖火リレーとチベット弾圧

 「平和の祭典」と「国威発揚」は近代オリンピックが出発から内包する矛盾である。前者は「憲章」に体現された建前的理念であり、後者は実態であり目的であった。戦争のために中止された大会やベルリン大会を例に出すまでもなく、この矛盾は往々にしてオリンピックの最中に飛び出す。一九六八年のメキシコ大会では入賞した米国の黒人選手が差別に抗議し、黒手袋のこぶしを空に向かって突き出した。七二年のミュンヘン大会は「平和祭典」がテロ攻撃で幕を開け、九六年のアトランタでは爆弾が炸裂した。この例だけでも五輪は決して「時代と政治」の外側に存在しえなかった。
今年の三月、中国政府によるチベット民族への血の弾圧と強権支配が明らかになるとアテネの採火式に対する「手錠の五輪旗」の抗議を皮切りに、「聖火リレー」への抗議は「フリー・チベット」の声とともに全世界に広がった。「聖火リレー」は中国政府と党官僚にとって世界に「大国中国」をアピールにする本番前の最大のセレモニーであった。
そのために中国政府は各国大使館や華僑を使い世界各地に散らばる留学生という官僚やエリートの子弟をフル動員して排外主義を煽り五星紅旗を振らせかろうじて「聖火リレー」の破綻をまぬがれた。その一方で中国国内では少数民族に対する弾圧体制をさらに強化し、「異議人士」と呼ばれる民主的活動家を次々に逮捕連行し、「NO!オリンピック」の声を必死に抑えている。
聖火リレーが中国国内に移動し、世界中の人々から見えなくなり、逆に四川大地震の被害が世界に発信され、中国政府の救援要請が出されるとあれほど大きかった抗議の声は急速に消えていった。それは「平和の祭典を開催する中国が人権弾圧することは許せない」という意識の問題であり、オリンピックはナショナリズムを煽る舞台であるという認識が希薄な結果でもある。
現在の新自由主義的グローバリゼーションは、競争の原理をテコに一方では戦争を押し進め、他方では富を占有し、世界中に飢餓と貧困を撒き散らしている。アメリカが「対テロ戦争」を叫びイラクやアフガンを占領するのと、中国が資源確保のためにスーダン政府を後押しし、虐殺に加担しているのは全く同質の問題であり、環境破壊問題を取り上げても、アメリカと中国は五十歩百歩である。新自由主義の時代にあってはアメリカやフランスにとって、中国はライバルであっても市場と取り引きを共有する「中間」なのである。G8の洞爺湖サミットが終了するやいなやカルフール問題を通じた不買運動で動揺するサルコジもサブプライム問題で金融危機の真っ只中に立たされているブッシュも開会式への出席を次々と表明した。それは北京五輪に対する抗議の声が後退したのをみて取ったからであり、彼らはG8サミットを通じて新自由主義の枠組みを再調整し防衛に動き始めたのである。
今日依然として開会式への出席をボイコットすると表明しているのはチェコ、ポーランド、エストニア、スロバキアなど第二次世界大戦中はナチスに、戦後はソ連邦のスターリニストのもとで弾圧され踏みつけられ続けた「小国」だけとなった。G8に参加した「大国」はボイコット派の中に一国も含まれていない。だがチベット民族が血の弾圧にもかかわらず、世界に訴えた中国社会の矛盾は、中国政府と党官僚の思惑とは反対に五輪の開催を通してさらに広がっていくであろう。一億人余の少数民族と四百万人を超える被災者に必要なのはナショナリズムでも五星紅旗でも金メダルでもない。早急な復興であり生活を維持するための仕事である。貧富の拡大の中で切り捨てられる労働者と農民、そして一貫して抑圧され続けてきた少数民族との新たな団結である。

スピード社水着問題が示すもの

 第一回アテネ大会の感想と総括の中でクーベルタンは「オリンピックの歴史の中に刻まれるのは記録ではなく、勝者の名前である。勝者こそ歴史をつくる」と述べている。彼が提唱する近代スポーツが常に勝利を目的にし、そのために鍛え訓練し、それぞれの競技の最高の勝利者を決定するのがオリンピックであることを彼はこの時から見抜いていた。このために五輪は勝者を押し上げる国威の発揚と金メダルを不可欠のものとして最初から出発したといえる。
国威発揚と勝者の金メダルは感動のドラマとパフォーマンスを要求する。このため他人より一秒でも速く、一ミリでも遠くに跳び飛ばす、さらに誰より強い肉体と道具が求められた。ドーピングと用具開発はオリンピックとともに始まったのである。肉体も用具もルールのギリギリの極限まで追求され、時には勝利のために開催国やIOCにルール変更の圧力をまでかけられた。これこそ五輪のもう一つの歴史そのものである。最近ではスキー板の長さ規制、スケートリッジの変更に始まり、空中での変化が大きい凹凸の大きいサッカーボールの登場などがそれである。さらに肉体改造と緊張を持続させるための新薬は年間数百も開発され、そのためステロイドなどのドーピングをめぐるイタチごっこは一層激しさを増している。サマランチが商業化に踏み出す以前、ドーピングや用具の改良は「国家」の主導で進められたが、新自由主義化の現在は何百万ドルのスポンサー料を支払う企業がその役割を引き受け、ビジネスに直結する新たな商品開発の戦場となっている。
今回北京五輪を前にして表面化したのは競泳の水着問題であった。六月に開催されたジャパンオープンで英国スピード社製水着レーザー・レーサー(L・R)を着用した十六人がトータル日本新五、自己新八、世界新一の記録を出すに至った。この結果日本水連は契約していたミズノ、アシックス、デサントという国内三社以外の水着の着用を認めざるを得なかった。おそらく北京五輪では参加選手の水着はL・R一色となり、各国の中学・高校が参加する水泳大会でも一年もしないうちにL・Rが世界中を制覇してしまうだろう。すでにL・Rの日本代理店であるゴールドウインの株価は三〇%も上がっている。だがより大きな問題はこの水着が身体を極限までしめ上げ水の抵抗を減らしてスピードをあげるため、選手にサイボーグ化を強制し、さらに選手が着用するのに三人がかりで数十分の時間を要するのに、長時間の着用が身体にどのような影響を及ぼすかも研究されないまま「優秀な商品」として五輪を席巻し市場に出回ることである。
今回の水着問題は金メダルと商業化が矛盾を引き起こしているだけでなく、選手がメダルのための手段・道具であることが如実に表現されている。新自由主義は、「国家」と「資本」のためにあらゆるものを利潤の対象とする。ここでは五輪がビジネスチャンスであり、選手(人間)が道具として利用されることが先鋭に突き出されている。これこそが現在のオリンピックの姿である。
オリンピックに反対する闘いは、イラク戦争や環境破壊、貧困飢餓という新自由主義グローバリゼーションと対決する闘いの一部なのである。マスメディアがナショナリズムを煽るこの時こそオリンピック反対!の声を大にして叫ばなければならないし、スポーツもまた新たなオルタナティブが求められている。 (松原雄二)

■かけはし2012.年8月13日号
オリンピックはいらない!

グローバル資本のためのスポーツイベント

国家主義注入と民主主義破壊

国境のないグロ
ーバル社会か?

 七月二七日(日本時間七月二八日朝)、イギリスのロンドンで第三〇回オリンピックが始まった。テレビをつければニュースのトップはオリンピック。番組の多くも五輪報道を中心に大幅に改編され、メダルの数がどうだこうだという話題に湧きかえっている。応援席では「国旗」が乱舞する。「いい加減にしてくれ」という辟易の思いは、少なからぬ人々に共有されているだろう。
メディアも国際オリンピック委員会も、もちろんそうした人々の批判に耳を傾けようと言うポーズを見せないわけではない。たとえば国際オリンピック委員会加盟二〇四カ国のうち今まで女性の選手を送ってこなかったイスラム圏のブルネイ、カタール、サウジアラビアの三カ国が初めて女性選手を派遣し、さらに全競技に女性への門戸が開放されて、「男女の機会均等」が実現された、ということなどだ。
朝日新聞は近代オリンピックに貫かれた国家主義への批判を意識して「物語の主役は国から人に」と題する沢村同社欧州総局長のコメントを掲載した(七月二八日朝刊)。
「今は『自由にスポーツができる環境』を求めて選手が『国』を選ぶ時代だ。戦火や圧制を逃れた選手がいれば、外国で練習を積み、外国人コーチや外国企業の支援を受ける選手もいる。彼らが五輪という舞台で背負う看板はもはや国家ではなく、国境のないグローバル社会なのだ」。
「一九〇八年のロンドン大会で英国は新興国の米国と威信をかけた競争を繰り広げた。一九四八年の大会は英国にとって大戦からの復興を宣伝する絶好の機会となった。だが、成熟した二一世紀の先進国で開かれる大会は国の『威信』や『結束』などとは縁遠くなりつつある」。
だがこの対比は適切なものなのか。国境を超えたグローバル企業が、ますますオリンピックの企画・運営を支える主役になっていることはその通りだ。しかしそれは「国家ではなく、国境のないグローバルな社会」が選手たちの背負う「看板」になっている、ということとはまったく意味が違う。グローバルな資本主義自体、グローバルな「国家システム」ぬきには存在し得ない。新自由主義的なグローバル市場が、強力な「国家」と排外主義にいろどられたナショナリズムと相携えて展開してきた事実をわれわれは知っている。
資本主義のグローバル・システムが「国境のないグローバル社会」を実現したかのように持ち上げる「朝日」の主張は、この複合的で矛盾に満ちた現実にふたをする。資本主義の危機は、ナショナリズムを不断に再生する。金メダリストは「国旗」と「国歌」によってその栄誉を称えられるのである。「国家間競争」がオリンピックの原動力となっていることは変わっていないのだ。
本紙に先鋭で精彩に満ちたオリンピック・ワールドカップ批判を掲載してきた故・右島一朗(彼が南アルプスで不幸な滑落事故で亡くなったのはアテネ五輪直前の二〇〇四年八月八日だった)が「金権と国家主義の反動的スポーツショー」と批判した、その性格は何も変わっていない(高島義一「オリンピックはシドニーでおしまいにしよう」、本紙二〇〇〇年九月二五日、一〇月二日号 『右島一朗著作集』p549〜559)。

巨額のカネと
治安弾圧体制

 

 ロンドンオリンピックに対する市民の批判も強い。最初に引用した「朝日新聞」沢村欧州総局長の記事も、選手村建設で家を立ち退きさせられたジュリアン・チェインさんの「財政難で住民向けの運動施設を閉じておいて、巨額を投じてエリート向けの施設を作るのは納得できない」という批判を紹介していた。
五輪によるスポーツ振興という大義名分はどうか。
「近代スポーツ発祥の地である英国では、一九世紀後半から各地にプレーイングフィールド(PF)と呼ばれる運動場を持つ公園が整備され、市民のレクリエーションの場として親しまれてきた。だが、サッチャー首相が就任した七九年からメージャー首相が退任した九七年までの保守党政権時代、PFは財政赤字解消のために次々と売却された。……一八年間で約一万カ所が住宅地に変わり、若者が最も手軽にエネルギーを発散させられる場が失われた」「教師の部活動指導の手当が廃止されたことなどから、週二時間程度の運動をする生徒が全体の二五%以下にまで落ち込み、スポーツ離れが進んだ」(「英国市民と五輪 1」(「毎日新聞」二〇一二年一月三日)。
この傾向は、ブレア政権時代に予算を割いて学校での運動を奨励したため一定の改善をみたが、現在のキャメロン保守党政権は不況下で厳しい緊縮政策を行っており、再び予算は削減されている。エリートスポーツとしての五輪には経済効果を求めて投資しても、一般住民、若者たちのスポーツする権利は奪われたままだ。
五輪公園が建設されたロンドン東部のハックニー地区は失業者や貧しい人びと、移民などが住む地区だ。昨年八月、警察官が黒人の若者を射殺したことを口火に広がった若者たちをはじめとした暴動は、この地域にも波及した。今回のロンドン五輪は、このロンドン東部の「再開発」をも目的にしていた。
ロンドン五輪開催が決定された二〇〇五年の時点から四倍に膨れ上がった予算は、総額で約九三億ポンド(一兆一三〇〇億円)。財政難の中でのこの投資が一時的にブームを呼ぶことがあったとしても、それがインフレを呼び、深刻な雇用の改善どころか、五輪が終わったあと住民にいっそうの苦難を引き起こす可能性も取りざたされている。
さらにオリンピックに伴う「治安対策」を名目に、イギリス政府は住宅の屋上に地対空ミサイルを設置された。住民たちは中止を求めて提訴したが却下された。オリンピック会場付近にはいたるところに監視カメラが設置され、ジェット戦闘機四機が常時警戒にあたり、地対空ミサイル六基も配備、テムズ川の河口には軍艦一隻が配置されるというものものしい「五輪警備」の中でのロンドン大会なのだ。
開会式翌日の七月二八日には、ロンドン市内で「テロ対策」強化・住宅屋上へのミサイル配備に反対する抗議デモが五〇〇人が参加して行われた。また市内の幹線道路の一車線が、選手や五輪組織委員会の幹部たちの専用レーンとなり、常時緑信号で特別待遇を受けることについてもタクシー運転手が抗議デモを行った。
こうして膨大な経費を使い、住民の民主主義的権利を侵害して行われる金権・商業主義・国家主義のスポーツイベントとしてのオリンピックの性格はここでもはっきりと示された。
あらゆる美辞麗句はごまかしにすぎない。オリンピックをもうおしまいにさせよう。二〇二〇年東京五輪招致に反対しよう!(純)

■かけはし2013.年2月18日号
金権腐敗の「スポーツ祭典」やめよう
2020年東京五輪招致運動に反対する
「復興」をダシにナショナリズムを煽るな

 ロンドン五輪が終わったばかりだというのに、来年のソチ五輪に向け連日スキー、スケート競技がテレビに映し出される。それに加えて二〇一四年のサッカー・ブラジルW杯に向けた動向をマスコミが騒ぎ立てる。そして今、それに加えて二〇二〇年夏季五輪の招致レースが年明けとともに開始された。五輪を推進している力は「ナショナリズム」と「商業主義」であり、言い換えると「民族国家」と「資本」の利権である。東京招致もその構造にどっぷり浸かっている。
IOC9月総会に向けて

 一月七日、二〇二〇年五輪の招致をめざす開催計画(立候補ファイル)が国際オリンピック委員会(IOC)に一斉に提出された。東京都の招致委員会も三五三ページにも及ぶ立候補ファイルを提出し、翌八日からはローザンヌ、ロンドンで記者会見を行い、国際的な招致活動を開始した。
候補地は予備選を通過したスペインのマドリード、トルコのイスタンブール、そして東京の三カ所。今年三月にはIOCの評価委員会が東京など三カ所をそれぞれ視察し、七月には開催地三カ所がIOC委員にプレゼンテーションを行う。そして九月七日ブエノスアイレスで開催されるIOC総会で、委員約一〇〇人の投票によって開催地が決定されることになっている。
しかし、最終決定のための「レース」が始まったばかりにもかかわらず、開催地を三カ所にしぼる予備選の段階で最も評価が低かったトルコのイスタンブールが有力という情報がメディアで流されている。その根拠がイスタンブールは「アジアとヨーロッパをつなぐ交差点」「イスラム国家圏での最初の開催」だと言われている。
私自身も東京よりもイスタンブールの方がはるかに開催地にふさわしいとは思うが、オリンピックが歴史的に持ってきた「反人民的反階級的本質」が明白である限り、多くの角度から検討してみることが必要だ。ここではとりあえず開催地決定をめぐるシステム(からくり)について取り上げてみたい。

暗躍するスポーツマフィア

 IOCは開催地を決定するにあたって、立候補ファイルを重視し、そこに記されている条件や数字が事実かどうか具体的に調査・検証すると力説。それはこの間IOCの委員が開催予定地から接待漬けにされ、何億円、時には何十億円にものぼるリベートを受け取っていたことが何度か白日の下になった経緯があるからに他ならない。だが開催予定地の接待攻勢よりさらに大きな影響力を持っているのは、「大国」の政治的圧力である。その力は全IOC委員の三分の一にも及ぶ東欧・アジア・アフリカ・南米などの票の行方を左右すると言われている。しかしこの二つの力よりももっと大きな決定力を持っているのがスポーツ関連企業を中心とする通称「スポーツマフィア」と呼ばれる存在だ。これがIOCを「カネ」で牛耳り、オリンピックの「商業主義」をつくり出してきた最大の勢力である。
二〇一六年の夏季五輪開催地を七都市から四都市に絞り込む一時選考の段階で、「治安」などの問題を指摘され、評価点数では五番目であったブラジルのリオデジャネイロが突然開催地に決定された。IOCの委員はこれについて次のように感想を述べている。「五番目だったので最終選考に拾われたはずのリオが、総会にはいる直前あっという間に“リオの流れ”ができ、勝負は決まった」。そして今回も同じような理由から「イスラム圏での初の五輪」「支持率も九三・七%」もあるという理由でイスタンブール有力説が流されている。
「南米初」の言葉の裏側にあったのは、南米の経済を牽引し始めていたブラジルの高い経済成長率であったし、常に新しい市場を求めるIOCにとってそれが大きな「魅力」であったことは明白である。そのため二〇一四年のサッカー・ワールドカップ(W杯)のブラジル開催を決めたFIFA(国際サッカー協会)とタッグを組んだことは衆知の事実である。資産運用会社ニッセイアセットマネジメントによると、二〇一一年時点の新興国のスポーツビジネスの市場規模は二〇兆円、二〇一六年には三九兆円に拡大すると試算されている。
二〇〇〇年から一二年までイスタンブールは四回続けて開催地として手を挙げ続けたが、高いインフレ率を理由に「永遠の泡沫候補」と揶揄された。しかしトルコは二〇一〇〜二〇一一年には九%を超える経済成長を続け、石油・天然ガスで潤うサウジ、カタールなどとともにアラブの一大経済拠点になり、昨秋には「格付け大手のフイッチが(トルコ)長期国債を『投資適格』に引き上げた」。こうした資金力を背景にトルコはサッカーだけではなく、イタリアに並ぶ女子バレーボールのプロリーグを育成し、多くのスポーツの国際大会を開催し始めている。さらに追い風となっているのが、ロンドン五輪に参加したサウジアラビアの女子選手がイスラム世界の女性たちにスポーツへの参加・結集を訴え始めたことである。
東京の招致関係者の中には「今回失敗したら私の生きている間に五輪はない」と明言する者が多い。なぜなら二〇二四年は二〇一二年のロンドンに五輪開催を譲ったパリが一九二四年パリ大会から一〇〇周年目の開催を目指しており、すでに有力視されている。パリが何らかの事情で開催できない場合、四大会連続で夏季五輪放送権のほとんどを握ってきたNBCは「アトランタ以来開催されていないアメリカになる」と明言。そして二〇二八年は五大陸で唯一、五輪が開催されていないアフリカ大陸が最有力であると言われている。
五輪の開催地を決定する予備選から最終決定までの「レース」は、スポーツマフィアたちが利益を最大限に追求するためのセレモニーであり、そのレース中に必ず最低一カ国入れられる「先進国」は何らかの事態が起こった時のためのスペアであり、保険である。五輪は「平和の祭典」の名の下にIOCを使った資本の市場競争の場に他ならない。それはスポーツ用品、飲料、電気製品、交通手段、建築資材、薬品メーカーなどにまで及ぶ。一九八〇年代のロスアンゼルス五輪以降、この性格と構造が全面化し、たとえ開催国に決まらなくても各国のスポーツマフィアがレースを利用し暗躍するシステムが出来上がっている。こうして五輪は旧来のナショナリズムの発揚の場であることに加え、「商業主義」と二本立てで歩き始めたといえる。

石原慎太郎の「負の遺産」

 

 IOCの質問に答える形で提出された東京招致委員会の立候補ファイルは、理念、財政、競技、会場、交通など一四項目で構成され、「Discover Tomorrow〜 未来(あした)をつかもう」のスローガンを掲げている。さらに東京で開催されれば、@安全で確実な運営A若者を魅了するダイナミックな祭典B未来への貢献、というように極めて抽象的な提案が付け加えられた。
この「抽象的な提案」の真意を一月八日の記者会見で招致委員長でもある猪瀬直樹都知事は「東京はあくまで『保険開催候補地』という立場。開催を勝ち取るには三二年あたりの五輪まで粘る覚悟が必要かもしれない」と述べている。
最早、猪瀬は「IOCの開催地レース」から降りられないことを知っているのであり、仮に後退的発言をしようものなら都議会与党である民主や自公との全面対決を覚悟しなければならない。主人公であるべき「都民」は存在せず政府・都を巻き込んだ資本の利権争い、とりわけ「東京都の再開発」をめぐるゼネコン・銀行間などのし烈で醜い争いだけが存在する。
この都民不在の利権追求だけが先行する構造は、〇五年八月に石原前都知事が二〇一六年五輪の招致をブチ上げた時から始まる。石原は知事の二期目には三選のための「実績」を残すことができなかったばかりか、週一〜二日しか出勤していないことや旅行、接待での浪費が暴露され、さらに都議会での浜渦武生副知事の「やらせ発言」で都議会との全面対立を引き起こした。加えて石原が押し進めた中心的政策である「新銀行東京」は破産寸前となり、追加融資(税金の再投入)をせざるを得ない破目に陥った。
この石原の苦境を利用したのがスポーツ団体のボスでもあった自民党の森元首相であった。森は石原に三選の看板政策として「二〇一六年五輪開催地への立候補」をぶち上げることを進言した。支持率低下を挽回する最高の「策」として。森元首相が描いていた構想は渋谷、港、新宿区を中心とする都心の再開発であり、メイン会場の国立競技場の建て替えであった。
だが三選に成功した石原は森提案とは別に晴海を中心とする臨海部の再開発を主張し、メイン会場も中央区に移転する構想を発表した。こうして五輪―東京再開発問題は、ゼネコン同士の代理戦争の場と化した(「サンデー毎日」一月二七日号)。この代理戦争は自民から民主、民主から自民という二度にわたる政権交代と石原の辞任、さらに築地市場の移転問題と絡み暗闘として現在も続いている。
だが昨年末、民主党が大敗北し安倍政権が成立、都知事も猪瀬に代わると一挙に妥協が進み始めた。立候補ファイルにはメイン会場を現在の神宮外苑に再建し、選手村や幾つかの競技場を夢の島、有明、海の森などの臨海部へ移す案が明記された。招致委員会の委員長は猪瀬だが、その内部に政財界のトップらで構成する評議会を新設し、理事長にIOC委員の竹田恒和、事務総長に元外務官僚の小倉和夫、招致委専務理事にスポーツメーカー・ミズノの社長である水野正人をすえ、先回の石原独裁体制の修正をはかった。そしてご丁寧にも一月二〇日には評議会に新ポストをつくり、議長を森元首相、副議長には日本サッカー協会最高顧問の川淵三郎を就かせることを発表した。
メディアには大きく取り上げられていないが、JOCのスポンサーでもあり、最大の利権団体でもある「オフィシャルパートナー」が企業名をふせたまま一月七日に発表された。それによると四年間の協賛企業として一社六億円のゴールドパートナーが六社、一社二億五〇〇〇万円のオフィシャルパートナーが一六社。一月八日の記者会見で猪瀬は招致活動費七五億円のうち、都が四〇億円、民間協力金が三五億円、先回使った額一五〇億円の半分であると胸をはった。立候補ファイルとともに招致委を支える「カネ」も同時に動き出したのである。
加えて都議会の招致議員連盟は集めた署名一四五万人分をかざし、招致の最大の弱点であった都民の支持率も六五%に上昇したとうそぶいた。昨年のIOCの発表が四五%にも達していなかったことから類推すれば「つくられた数字」であることは明白。使用された署名用紙にしても住所欄の上に「住所については、市区町村のみの記載で差し支えありません」と書いてあり、いかにもうさん臭い。これから約二〇年以上も続く招致活動に毎年二〇億円を超える額が投入され、施設建設費として約四〇〇〇億円の税金が投入される。さらに関連事業の工事も含めると専門家は三兆円に達すると試算している。これが利権の巣窟としての「商業五輪」の本質である。

全柔連問題が示したこと

 

 招致活動に絡んで絶対に許せない問題がある。
第一は、立候補ファイルが多くの箇所で、東日本大震災からの復興の意義を強調している点である。それはどう読んでも被災地と被災者を招致のために政治利用しているとしか考えられない。
昨年一二月にまとめられた東京五輪開催に伴う被災地復興の事業計画を見ると「@三陸沿岸から福島浜通りを縦断する聖火リレーA宮城スタジアムでのサッカーの予選B一六〜一九年に発行される宝くじで見込む一〇〇億円の利益の一部を被災地のスポーツ施設建設にまわすC被災地の子どもを公認特別レポーターに任命し情報発信させるD都内で東北の伝統文化の祭、コンテストを開催するE仮設整備に関する物資・資材の調達を被災地に発注する」となっている。これは昨年末の衆院選の時、各政党代表の第一声が被災地であったと同様に箸にも棒にもかからない取って付けたようなリップサービスに過ぎない。
これに対する被災地の反応として毎日新聞は福島浪江町の仮設住宅に避難している漁民の声を載せている。「景気は多少よくなるかもしれないが、被災地に直接良い影響はない。東京が言う『復興』はだれの復興かって(いう)違和感がある」。また大熊町から会津若松市の借り上げ住宅に避難している農民の意見として「東京の電気を作ってきたのは福島。東京で開催するなら、世界の原発推進の動きに対し原発の恐ろしさや核のゴミ問題を解決する難しさを発信してほしい」と伝えた。復興の遅れを棚上げにし、五輪のために復興を利用するのは二重の裏切りであり、絶対に許されることではない。
第二は、国技とも呼べる日本から世界に広がった柔道界での暴力事件、パワハラ事件である。ロンドン五輪代表を中心とした女子柔道選手一五人が昨年九月に全柔連に「胸をこづいたり、平手でほおを張ったり、蹴ったり」、「練習で『死ね』と言って、竹刀でたたいたり」されたとして女子日本代表監督やコーチを告発した。しかし全柔連は監督の厳重注意処分でお茶を濁した。これを許せなかった一五人の女子選手たちは一二月に今度はJOCに訴えたが、JOCは全柔連に告発があったことを伝えただけでなんら積極的勧告もしなかった。JOCも全柔連も形式的な処分でやり過ごそうとしたのである。だが大阪・桜宮高校の暴力事件が大々的に取り上げられるとJOCも全柔連もようやく釈明する始末。しかも釈明すればする程、新しい事実が出てくる。国際柔道連盟は理事の二〇%を女性とすべきと勧告しているのに、全柔連の二六人の理事はすべて男性で女性が一人もいないという異常さがことの本質を物語っている。
メディアの多くは「古い体質」「家父長制の残存」として片付けようとしているがイタリアやアメリカのマスコミは「二〇世紀初頭の軍隊的なやり方が今も日本のスポーツ界に残っている」と報じている。今回の全柔連の暴力事件は明治以降、戦後も含めスポーツを国威発揚のための道具としてのみ扱ってきた本質をそのまま表現しているのであり、「監督の言うことを聞かないと代表から外される」という圧力で選手をおびえさせ、縛り付けることを支えに進められた。それは「勝利至上主義」や「メダル獲得絶対主義」と結びついて五輪やスポーツの国際大会はナショナリズムを高揚させる手段とされたのである。JOC委員長に皇族の血を引く竹田恒和をかつぐのもその現れである。実際に天皇杯、秩父宮杯などを冠とするスポーツ大会は今も増え続けている。
二月五日、国会議員でつくられているスポーツ議連の会合がテレビで映されたが、彼ら、彼女らの発言は異口同音に五輪招致の「ジャマ」にならないようにすべきという発言であった。大阪・橋下市長の桜宮高校の対応とまったく同じ「思いつき」の枠を出ていない。
ひとりの東京都スポーツ推進委員の意見として「区内にはサッカーができる公営施設がなく、バスや電車を乗り継ぎ一時間かけて埼玉に行くしかない。しかし利用申し込みは高倍率の抽選。五輪は賛成だけど積極的に応援しようと思わない」(「朝日新聞」一月一〇日)が掲載されている。日本のスポーツはトップアスリートと、一部のプロ選手にだけ便宜がはかられており、お年寄り、子どもも含め多くの人たちが楽しめるようにはなっていない。柔道や桜宮高校の暴力事件は、こうしたスポーツのあり方の裏返し的表現に他ならない。
われわれは五輪に反対するだけではなく「カネと政治」にまみれた五輪、同時に東京への招致に反対行動を起こさなければならない。それだけがスポーツを労働者人民の一人ひとりの手に取り戻すことができる道である。  (松原雄二)

 ■かけはし2013.年4月15日号
「スポーツ祭東京」やめろ!
3.31無駄づかいの天皇イベントいらない
日体協に向け抗議デモ


一〇〇〇億円
もの予算浪費
三月三一日、やってる場合か!「スポーツ祭東京」実行委員会(呼びかけ:立川自衛隊監視テント村、反天皇制運動連絡会、靖国・天皇制問題情報センター)は、天皇賛美の国民体育大会・東京大会(東京国体)を主催する東京都・日本体育協会(日体協)・文部科学省に対する抗議として日体協本部のある岸記念体育会館へ向けてデモを行い、三八人が参加した。
第六八回国民体育大会(スポーツ祭東京)は、九月二八日から一〇月八日まで東京の各地で開催され、一〇月一二日から一四日まで「障害者スポーツ大会」が開催される。総合開会式が味の素スタジアム(調布市)で開催されるが、ここに天皇が「ご臨席」と称して参加し、「お言葉」を述べ天皇制にからめとろうとしている。しかし参加者の多くは、生徒・児童や町内会を動員しての「応援ボランティア」なる強制動員がほとんどだ。こんな天皇イベントのために一〇〇〇億円(施設整備六五〇億円/開催経費二〇〇億円/人件費一五〇億円)の巨額な税金の無駄遣いを強行する。安倍政権によって生活保護費をはじめ福祉・教育費などが立て続けに削減されようとしているこの時期にだ。実行委は、天皇制賛美と無駄遣いの国体の廃止を掲げて取り組んできた。

五輪招致運動
にも反対を!
実行委から集会あいさつが行われ、「日体協の前身は、かつての天皇制ファシズム下でスポーツを通じた国民動員に協力した大日本体育協会だ。戦争協力を露骨に打ち出した『明治神宮国民体育大会』を開催していた。戦後は日体協と名称を変え、国民体育大会として再出発し、天皇を出席させて権威づけようとしている。総合優勝県に与えられる優勝杯は『天皇杯』と名づけられ、天皇杯を目指して不正な選手獲得競争や審判の八百長が続いている。いいかげんにこんな国体はやめろ」とアピールした。
東京国体・銃剣道問題を考える会は、「銃剣道が国体競技として練馬区で実施される。銃剣道は、自衛隊で行われてきた『戦技』だ。銃剣道が国民スポーツだとして国体で『少年の部』を設定し、子どもたちに押しつけている。練馬区のスポーツ振興課に対して『銃剣道がなぜ国民のスポーツなのだと問いただしたところ、『日体協が国民スポーツだと認めているからだ』などと強引な根拠づけを行ってきた。日体協に対しては、国体と銃剣道をやめろと言っていかなければならない」と強調した。
反五輪の会は、この間の抗議行動を報告し、「国威高揚と無駄遣いの東京オリンピックなんかいらない!都の招致運動に抗議していこう」と呼びかけた。
労働運動活動者評議会は、昨年の沖縄海づくり大会抗議行動を報告し、「今年は熊本の水俣で一〇月二六日に行う。天皇を出席させチッソ公害から再生したと演出しようとしている。大会に抗議していこう」と批判した。

警察の弾圧・
挑発はねのけ
集会終了後、日体協本部に向けてデモに移り、「東京国体なんかやめろ!天皇の参加反対!日体協は国体をやめろ!一〇〇〇億円の税金を返せ!」とシュプレヒコールを渋谷一帯に響かせた。
なお警察は、一〇〇人近い公安政治警察で盗撮と面割を行ってきた。さらに機動隊も数百も大量動員してきた。しかもデモ先頭に指揮車を配置し、不当なデモ規制を強行してきた。抗議する実行委に対して「警告」も出してきた。実行委員は、権力による表現の自由への敵対と挑発を許さず、断固としてデモを貫徹した。今後も予想される権力のデモ規制・弾圧をはね返していこう。       (Y)

 

■かけはし2013.年9月16日号
国家主義のスポーツ大会NO!
2020年東京五輪開催決定

被災者を利用・見殺しにした「祭典」反対

放射能汚染は
ないとのウソ

 

 九月七日(日本時間八日早朝)、南米アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)の総会で、二〇二〇年の夏季五輪とパラリンピックの東京開催が決定した。東京開催が決まるやNHKを始めとする各テレビ局が待っていましたとばかりアスリートやスポーツ番組の解説者を起用し特番を組んだ。
この特番を見ていて一番怒りが込み上げてくるのは、最終プレゼンテーションの中で語られる招致委員の「東京開催は復興に対して勇気を与えてくれる」という被災地に対する利用主義的発言。招致委員会の竹田恒和理事長に至っては「東京開催の最大の売りは『安心・安全』『確実な運営』だ」と何度も叫び、報道陣の「汚染水」に対する質問には東京と福島の距離を強調し、「放射能に対して東京はなんの心配もいらない」と言い出す始末。テレビに向かって「福島はどうなってもいいのか」と叫びたくなるのは私だけではないであろう。
さらにプレゼンテーションの最後に登壇した安倍首相は「状況はコントロールされている。東京にダメージを与えるようなことは絶対にない。…抜本解決に向けたプログラムを私が責任をもって決定し、すでに着手している」と平気でウソを並べ居直っている。
二〇二〇年夏季五輪の開催地をめぐるIOCの思惑は次々と破綻した。最後に選択したのが実は東京であった。しかし総会直前に福島第一原発の「汚染水」問題が明らかにとなり、最大の投票権を持つヨーロッパに動揺が走った。これを抑えるためにIOCが作ったシナリオが「政府の責任での解決」であったと言われている。IOCは汚染水問題で紛糾したり、再び開催地都市が決まらなくなる困難を必死に回避したのである。
その「苦労」は投票経過に一目瞭然である。開催地から外れる都市にも傷がつかないように十分に気配りがなされている。最初の投票では二位と三位のマドリードとイスタンブールは同数。再投票でマスコミを通して最も優位だというマドリードが敗れ、イスタンブールが勝ち東京との決選投票、ここでは東京が六〇票、イスタンブールが三六票で東京が過半数を獲得し、どこからもクレームが出ないように開催都市が東京に決まるというシナリオが完成した。

東京開催へと
至る駆け引き

 二〇〇九年に、二〇一六年の開催地がブラジルのリオデジャネイロに決まった時、オバマ米大統領が最終プレゼンテーションしたシカゴは落選した。この時リオデジャネイロとともに最終選考に残ったのがマドリード、そして東京であった。ここから最終選考に残った二都市とイスタンブールの二〇二〇年の開催に向けたレースが始まった。同時にスポーツマフィアと呼ばれるIOCの闘いも動き出した。
まず最初にレースから撤退を強制されたのはヨーロッパの経済危機に直撃されたスペインのマドリードであった。マドリードは二〇一二年、二〇一六年に続いて三回連続立候補し、二〇一六年の開催レースではリオデジャネイロに続いて第二位であったが間髪を置かず切り捨てられた。IOCが有力な開催地候補としてターゲットにしぼったのは中国、インド、ブラジルに続き高い「経済成長」を遂げるトルコ・イスタンブールであった。トルコは中東の中でも政府の支配体制が「比較的温厚なイスラム主義」であり、さらに開催地決定を「民主主義」というオブラートで包むことを可能にする「アラブの春」が追い風になると考えられた。
人口の二分の一が二五歳以下で、サッカー以外のスポーツ種目を中東・イスラム圏に波及させる突破口にふさわしいとIOCは考えたのである。「ヨーロッパとアジアの架け橋」「イスラム圏での最初の五輪」というキャッチフレーズをマスコミに流したのもスポーツマフィアであるIOCであった。
この段階でも東京は依然として控えの候補地であり、あくまでもマドリード、イスタンブールのスペア・保証としか考えられてはいなかった。
だが二〇一一年、シリアにおける民衆の反アサド闘争が高揚し、さらに外部のイスラム勢力が双方の陣営に加わり内戦に発展し、トルコ国境も戦場に巻き込まれるに至った。そして今年になるとイスラム化を強める政府に対して公然と民衆の反乱が始まり、スローガンの中に「五輪反対」も加わり、IOCは最も有力な開催候補地として決めていたイスタンブールからの撤退を決め、東京開催に動き出したのである。それは東京招致委員会が激しく動き出したのと軌を一にする。

多様な角度で
五輪反対を!

 こうしたIOCの動きに合わせ招致委員会の動きも活発となり、都議会自民党と猪瀬都知事との手打ちが進められた。石原時代のオリンピック誘致をめぐり神宮再開発か臨海地帯再開発かで対立を繰り返してきた財界、都庁の和解がなり、神宮一帯に新スタジアム、球場、ラクビー場を新設、ベイエリアには選手村、メディアセンター、新たな競技場の建設という形で妥協がなされた。
先日政府の提出した概算要求の中に新スタジアムの予算が計上されているのは一連の結果である。これに基づき五輪のすべてを采配する「組織委員会」が来年二月までにつくられる。
五輪の収入は、@TVなどの放映権料Aスポンサー収入B入場料C記念グッズの販売などであるが、このほとんどはIOCとJOCなどのスポーツマフィアのポケットに入る仕組みになっている。また専門家が試算した二兆九〇〇〇億円になる東京五輪の経済波及効果は、銀行など金融機関やゼネコンなどの大企業に流れ、経済波及効果の原資はすべて国と都の税金で埋められるのである。その額は二兆円を超すと言われており、消費税増税のテコとなり、これが福祉の切り捨てなどとして具現してくるのである。
五輪の開催は労働者人民の生活を破壊するだけではなく、歴史的に何度も繰り返してきたようにスポーツを利用した民族主義・国家主義を動員して排外主義を煽ってきた。安倍政権が押し進める憲法改悪に東京五輪がそのまま利用されるのは明白である。開催地決定の過程で「被災地の復興」を利用し、さらにその復興資金さえ五輪のために流用され環境が破壊される。われわれはあらゆる側面で五輪を口実にした攻撃に直面するであろう。われわれはあらゆる場所であらゆる機会を利用し五輪反対の声をあげよう。  (松原雄二)

■9.28 やってる場合かスポーツ祭東京 かけはし2013.年10月14日号
東京国体開会式に抗議
天皇行事に伴う治安弾圧強化許さない

 九月二八日、やってる場合か!スポーツ祭東京・実行委員会は、天皇制賛美行事である東京国体(スポーツ祭東京2013)開催に抗議して集会とデモを行い、八〇人が参加した。
東京国体は、財政難であるにもかかわらず一〇〇人以上の都職員と五〇〇人を超える地方自治体職員を動員し、開催費一一〇〇億円の税金の無駄遣いを強行する「皇害」行事だ。さらに自衛隊の大量動員、生徒・児童の集団ダンスやボランティアへの強制参加、開催した都道府県にあらかじめ決まっている総合優勝「天皇杯」の獲得の不正などが繰り返されてきた。
警察権力は、従来の「天皇警備」のうえで対テロ治安弾圧体制の強化にむけて六五〇〇人を配備した。すでに二五日には、爆弾テロなどを想定した警備訓練、デモ鎮圧訓練を都内で行っているほどだ。警視庁は、「四月のボストン・マラソンの爆弾テロでスポーツイベントがテロの対象になることが、改めて認識された。国体での警備の成否が『安全、安心を』うたった東京五輪の試金石になる」などと東京五輪の前哨戦と位置づけ、大量の公安政治警察、会場の味の素スタジアムに爆発物処理班や警備犬の配備、周辺道路の車両の通行を禁止し、検問を行った。調布市一帯を重弾圧体制下に置いた。

動員と排除の
構造をさぐる
このような厳戒体制を許さず集会は、府中市紅葉丘文化センターで行われた。
実行委の井上森さんは、「開会・東京国体の問題点」を次のように報告した。
@動員の実態―保育園・幼稚園・小学校などで「ゆりーとダンス」(国体賛美のためにでっち上げたパフォーマンス)を総力で普及させた。天皇参加の開会式では九〇〇人の「ゆりーとダンス」を強制披露。中・高・大学三二校二五〇〇人が参加。都立教員には国体観覧のために夏季休暇の取得期間を変更させる不当指導を行った。
A排除/治安強化―警視庁は国体に便乗した「対テロ」訓練を東村山、調布市などで行った。警視庁は、 三月のIOC(国際オリンピック委員会)視察前にわざわざ「警告」を出し、「放置された荷物・テントは即刻撤去する」と通告してきた。野宿者支援団体・全国「精神病」者集団は、東京都、警視庁に野宿者排除をやるなと申し入れを行った。
Bオリンピック・自衛隊―都は、「五輪招致機運の醸成」を条件に国体予算から補助金(一イベント等につき五〇万円)をばらまいていた。自衛隊一四〇人が国体に協力。猪瀬知事は、「自衛隊なしに大会の成功はありえない」とヨイショする始末だ。
実行委は、三多摩二四市町村の国体担当者に実施した電話アンケートで@経済効果を算定している自治体はゼロA競技会の開催理由を答えた自治体が六市町村B本当はやりたくなかった自治体が四市町村も存在していることを明らかにした。

国体もオリンピ
ックもいらない
全国の仲間たちからの連帯アピールでは、「国体反対運動を振り返る」をテーマにして京都国体(一九八八年)、北海道国体(一九八九年)、福岡国体(一九九〇年)、山形国体(一九九二年)、大阪国体(一九九七年)、神奈川国体(一九九八年)、静岡国体(二〇〇三年)、埼玉国体(二〇〇四年)、兵庫国体(二〇〇六年)、大分国体(二〇〇八年)、千葉国体(二〇一〇年)を闘った仲間たちから発言が行われた。
さらに井上スズ元国立市議、反五輪の会、東京国体・銃剣道問題を考える会からのアピールが続いた。
最後に集会宣言が提起され、「国体が、なによりも戦後天皇制国家の政治イベントでありつづけているということを、繰り返し訴えていかなければならない。国体もオリンピック同様、けっして非政治的な単なる『スポーツイベント』ではない。……税金ムダ遣いの天皇行事、人権侵害と動員の『スポーツ大会』をやめろ!」と参加者全体で確認した。なお反天皇杯トロフィーは東京の仲間たちに渡された。
デモに移り、調布一帯にわたって「やってる場合か!東京国体 税金を福祉にまわせ」とシュプレヒコールを響かせた。とりわけ会場である味の素スタジアム付近では抗議の拳をたたきつけた。    (Y)


■10.20 休日の渋谷・青山でサウンドデモ かけはし2013年10月28日号
オリンピック開催返上しろ

住民、野宿者追い出し認めない

 

 一〇月二〇日、朝から冷たい雨が降りつづける東京で「お・こ・と・わ・り 2020年東京オリンピック返上デモ」が行われた。反五輪の会が呼びかけたこのデモには八〇人以上が参加した。
「汚染水は港湾内で完全にブロックされている」「放射能は完全にコントロールされている」などのデタラメ発言で福島原発事故の惨害に蓋をし、被災者を切りすてて「二〇二〇年東京五輪」を手中に収めた安倍内閣のやり方と、「夢よもう一度」の熱にうかれたメディアや「世論」のあり方に対抗して、この日のデモが行われた。渋谷勤労福祉会館前の路上から正午に出発したデモは、サウンドカーを先頭に、休日の渋谷ハチ公前広場、青山通りなどを通ってオリンピックのメイン会場となる千駄ヶ谷の国立競技場裏の公園まで、元気に「オリンピックはいらない!」のアピールを行った。

治安弾圧を
はねのけよう
デモはさまざまな角度からオリンピック批判を行った。福島第一原発事故の「収束」もできていないのに莫大な五輪予算を使って「復興」を遅らせること、五輪施設の改造・拡大・新設に伴う住民の追い出しや、施設の閉鎖・解体に伴う野宿者の排除、国家主義に彩られたスポーツイベントの問題点、利権にまみれた大企業の利益のためだけの運営、総じて差別と格差のいっそうの拡大……。
デモは、オリンピックに伴って閉鎖・解体が決まっている青山の児童施設「子どもの城」、国立競技場の近くにあり、同メインスタジアムの拡張・大改造によって解体され、住民の立ち退きが通告された霞ヶ丘住宅前で、オリンピック反対の声を上げた。
七年後のオリンピックに向けて、これから「五輪成功キャンペーン」や住民を排除した再開発の動きが急ピッチで進むだろう。「治安問題」として異議申し立てを行う人びとへの監視・弾圧も強化されるだろう。
オリンピックのために都市環境が破壊され、生活と権利が侵害されることを許さない。二〇二〇年東京五輪の返上を!オリンピックはもうおしまいにしよう。(K)

 

■かけはし2014.年5月19日号
国家による国家のための五輪強行に、広く異議ありの声を

4.12 東京オリンピックを様々な角度から批判

オリンピックは
許されるのか?
四月一二日、太平洋資料センター(PARC)は、東京ウィメンズプラザで「検証!オリンピック―商業主義、ナショナリズム、東京改造、メディア―」を行い、約六〇人が参加した。
第三二回夏季オリンピック(二〇二〇年)の東京招致が一三年九月に決まり、ビッグビジネスチャンスだとして大喜びで安倍政権、スポーツマフィア、財界、ゼネコンなどが一斉に動き出している。東日本大震災復興の遅れ、福島第一原発被災者の生活再建が進まず補償も不十分であるにもかかわらず、石原元知事は「三兆円の経済効果がある」などと放言した。すでに東京都は招致費用に二〇〇億円以上も使い、五輪関連費含めて約一兆五〇〇〇億円もかかると言われている。
PARCは、このようなオリンピックをめぐる動きに対して@開催地は誰がどう決めるべき?Aオリンピックで暮らしや震災復興が犠牲に?B巨大施設建設で環境や住まいは?Cほんとうに「平和の祭典」なの?Dスポーツの商業化は是か非か?の論点を設定し、検証の取り組みを開始した。

問題点を指摘
抗議が次々に
論議を具体的に深めていくためにPARCは、ビデオ『検証!オリンピック―華やかな舞台の裏で』を制作し、シンポジウムの冒頭に上映した。
ビデオは、新国立競技場計画に対して批判する。三〇〇〇億円(当初一三〇〇億円)をかけた環境・景観破壊の強行に対し多くの建築家や文化人から計画見直しの要求があがったことを紹介する。
続いてオリンピックを批判する人々のシーン。
向井健さん(山谷労働者福祉会館活動委)が「再開発にともなって、貧しい人たち、特に野宿する人たちの追い出しが行われる」と批判。
新国立競技場建設に伴って立ち退きを迫られている甚野公平さん(都営霞ヶ丘アパート)が不誠実な都を厳しく糾弾する。
飯田陣也さん(日本野鳥の会)は、葛西臨海公園の三分の一を埋め立てるカヌー競技場建設計画に対して、「七四種の野鳥が観察されている。オリンピックの精神は、環境との両立を言っている。環境破壊を引き起こす計画は考え直してほしい」と訴える。
佐藤和良さん(いわき市議)は、「(福島の人々は)強制的に被ばくさせられた。土地を汚染されて故郷を奪われて、捨てられたという感じが強い。オリンピックそのものが原発事故の隠蔽、被害者の圧殺なのではないか」と強調した。
特別スピーチとして飯田陣也さん(日本野鳥の会)が葛西臨海公園のカヌー競技施設計画の見直しの取り組みを報告した。
首藤久美子さん(反五輪の会)は、「五輪返上」を合い言葉に二〇一三年一月に都庁前情宣を皮切りに反オリンピックコンサート、デモ、反五輪メッセージ運動を繰り広げてきたことを紹介し、連帯アピールした。

ナショナリズム
国家主導、浪費
シンポジウムは、三人のパネリストから五輪検証視点を提起した。
阿部潔さんは、「ナショナリズムとメディア―『昭和ノスタルジー』の呪縛を超えて―」というテーマ。
安倍政権の「日本を取り戻す」というアプローチからの「TOKYO 2020」の位置づけについて分析し、メディアが「『過去』を自己愛的に美化し、正当化するノスタルジーに支えられたナショナリズムの高まりは、『来たるべき未来』の可能性を著しく制限する。現行メディアは、そうしたノスタルジーとナショナリズムに大いに加担しているといえる」ことを明らかにした。
また、「今こそメディアには、政治的に利用されるような『2020東京オリンピック』に加担した報道ではなく、未来への閉塞感を不可避的に伴う『昭和ノスタルジー』の呪縛から抜け出すうえで『スポーツすること』にどのような潜在的可能性があるかを、醒めた視座から問いかけることが期待されている」と問いかけた。
谷口源太郎さん(スポーツジャーナリスト)は、「オリンピズムを壊すナショナリズム」に焦点を当てて問題提起した。
「東京オリンピック大会組織委員会の会長に森喜朗元首相が就任した。『日本は天皇を中心とした神の国』とする時代逆行の復古主義、国粋主義の森を組織委員会のトップに据えたことだけでも『オールジャパン体制』といっても明らかに国家主導だ。安倍政権による『戦争する国づくり』と憲法改正にむけてオリンピックの政治利用、国民総動員を考えている。国家による国家のための東京オリンピックの危険な政治性格を明らかにしていくことが必要だ」と発言した。
福士敬子さん(前都議会議員)は、「オリンピックのための招致と開発の予算のおかしさ」について@招致活動経費(七五億円)の支出内容の詳細が不明A申請ファイル作成契約金がいずれも巨額な額となっているBIOC評価委員会対応費(六億円以上)の書類の内訳が「黒塗り」で不明など、都の情報公開を否定する姿勢をとり続けていることを批判し、招致反対の取り組みを報告した。
さらに舛添都知事のソチ五輪出張費が三〇〇〇万円以上の問題、莫大な予算をかけて競技施設を建設していくが、いずれもその後の維持費が膨れあがることを知っていながら税金で負担していけばいいという無責任なレベルでしかないことを批判した。

パラリンピック
の歪曲が広がる
質疑に入り、「パラリンピックの検証視点をお聞きしたい」という質問に対して谷口さんは、「オリンピック・パラリンピックを一緒にする言い方は使わないようにしている。オリンピックは文科省が管轄し、パラリンピックは厚労省が管轄していた。そもそもパラリンピックは、障がい者のリハビリのためのスポーツを取り入れ、振興のためにあった。メダル競争のためではない。だからオリンピックと一緒にしてはだめだ。だが四月から管轄が文科省に統一した。競技を公平にするという名の下に障がい度を正確に報告させるという差別を拡大している。この問題は深刻化する」と指摘した。
最後に主催者は、ビデオ『検証!オリンピック―華やかな舞台の裏で』の上映を草の根で行い、継続してオリンピック検証の論議を広げていこうと呼びかけた。        (Y)



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