もどる

    かけはし2012.年7月2日号

大飯再稼働決定撤回を
野田政権への怒り沸点に

6.23再稼働反対全国アクション新宿デモ


官邸前四万五千
人が押し寄せた
 六月一六日、野田政権は福井県の関西電力大飯原発3、4号炉の再稼働を決定した。早くもその日の午後から大飯原発では、運転再開への作業が始まり、七月一日には運転開始のボタンが押されるとも報じられている。
 しかし原発再稼働決定への怒りはさらに拡大している。六月二二日に首都圏反原発連合有志が呼びかけた首相官邸前行動は、国会前の通りから六本木通りに至るまで車道にまではみ出す四万五〇〇〇人もの人の波で埋め尽くされた。この日の行動には「さようなら原発一〇〇〇万人アクション」の呼びかけ人、鎌田慧さん、落合恵子さんや俳優の山本太郎さんも発言した。
 一週間前の六月一五日は一万四〇〇〇人、その前の週の六月八日は四〇〇〇人。この幾何級数的に拡大する「再稼働反対!」の人の波は、野田政権の「大飯再稼働」決定の暴挙が、人びとの憤激に拍車をかけたことを見せつけた。七・一六代々木公園一〇万人集会は、脱原発運動、いや民衆運動全体にとってまさしく画期的な転換点になろうとしている。「首相官邸抗議」というその直接的表現が新たな運動的ダイナミズムの表現となったのだ。

新宿の人波の中
再稼働反対叫ぶ
  六月二三日、「再稼働反対! 全国アクション」は、六月一六日の首相官邸前行動、一七日の福井集会を受けて「大飯原発の再稼働決定を撤回しろ! 新宿デモ」を行った。午後二時半から新宿駅西口近くの柏木公園で集会が始まった。
 たんぽぽ舎の柳田真さんの大飯再稼働をめぐる状況報告の後、福島から武藤類子さん(ハイロアクション)と森園かずえさん(原発いらない福島の女たち)が発言。武藤さんは、前日の官邸前四万五〇〇〇人の抗議の人波にふれながら「人びとが変わっているのに原子力ムラは変わらない」と批判し、六月一一日に福島県民一三二四人による「福島原発告訴団」が東電責任者らの刑事告訴・告発に踏み切ったことを報告した。そして全国の人びとに呼びかける第二次告訴団への参加を訴えた。森園さんは、放射能被害の拡大にもかかわらず「安心・安全キャンペーン」を繰り返す、行政などの動きを厳しく糾弾した。
 続いてたんぽぽ舎の山崎久隆さんは、「福島第一原発が現在どうなっているかについての報道がほとんどない」ことを批判。福島第一原発2号機が異常に高い放射能数値を示していることとともに、大飯原発が位置する若狭湾地域を走る断層と巨大地震の可能性に警告を発した。山崎さんは、さらに原子力規制庁の発足に伴って原子力基本法の一部改正がなされたが、そこで「原子力平和利用」の原則が外されたことに注意を喚起した。
 若狭で原発反対運動に取り組んでいる石地優さんから大飯原発再稼働に反対する地元の取り組みについて電話メッセージ。さらに社民党衆院議員・服部良一さんの秘書の芦澤礼子さんが国会報告。阪上武さん(ふくろうの会)の報告に続き、さらに経産省前テントひろばの渕上太郎さん、竪川野宿者強制排除に抗議する闘いで不当逮捕・起訴され四カ月ぶりに保釈をかちとった園良太さんが元気に発言した。
 集会後、七〇〇人のデモは、人波のとだえない新宿西口、甲州街道、明治通り、新宿通りを通り、新宿駅東口アルタ前広場まで「大飯原発再稼働撤回」「原発ヤメロ」の訴えを行った。怒りと批判を行動へ! 七・一六代々木公園一〇万人集会の大成功を!(K)

6.16「がれき問題」をどう考えるか

焼却・広域処理方針は誤り
被災地と結ぶ市民の運動へ



政府の意図的
キャンペーン
 六月一六日夜東京の文京区民センターを会場に、「がれき問題の〈今〉」と銘打った討論集会が開かれた。主催は福島原発事故緊急会議。
 政府は特に今年初めから、東北大震災で生じた大量のがれきの広域処理キャンペーンを大々的に行ってきた。全国の自治体ががれきを受け入れないと被災地の復興が進まない、このような状況評価がもっぱら強調され、がれき処理に伴う放射能汚染に対する、当然にも巻き起こる住民の懸念の押さえ込みが図られた。一方で、どんな形であれ被災地の役に立ちたいとの思いもまた、多くの人々には共通。全国的に実に悩ましい問題が投げかけられた。このような現実を前にこの日の集会は、ゴミ問題を長い間取材してきた環境ジャーナリストの青木泰さんを講師に迎え、脱原発を掲げる闘いの側がこの問題に、被災地復興と連帯する観点から具体的にどう取り組むべきかを探る場として企画された。

霞ヶ関が作る
「机上の空論」
 この日は折しも、政府が関係閣僚会議の結論として、大飯原発再稼働を正式に決めた日。主催者からは、本当に悔しいとの言葉と共に、一層闘いを強めるためにもがれき問題にもしっかり向き合おうと、青木さんが紹介された。
 約一時間にわたる青木さんの解説は、放射能がれきの受け入れに反対する各地の住民と膝を交えて交流してきた経験を下敷きに、問題を実に分かりやすく解き明かすものだった。
 青木さんはまず、広域処理の問題視が、放射能汚染地となってしまった関東ではなく、関西から始まったのはなぜかという「謎」から話を始めた。種明かしは、汚染の低い所ほど福島や関東からの避難者が集まっている、ということだった。つまり広域処理とは、放射線からの避難者を、放射能汚染がれきがいわば追いかける形になるのだ。これは本当に被災者支援なのか、問題を考える視点がまず鋭く提示された。
 その上で、広域処理をめぐる世論がここに来て、政府の宣伝に疑問を呈する形に急激に変化している現状、その変化を促すものとして、政府の宣伝とは異なる被災地でのがれき問題の実情が、具体的に指摘された。たとえば、実際に処理の必要ながれき量が当初見込みよりも大幅に減少している事実、それも根拠に被災地内処理に見通しが開けている実情、あるいは、処理コストが被災地処理の場合は約二・二万円/トンに対し、広域処理では六〜七万円/トンに跳ね上がる「怪」がある中、環境省は最初から広域処理を前提に九九〇〇億円もの巨額費用を早々と予算化していたことなど。最後の点などは、広域処理が環境省の「省益」化していることをうかがわせる。いずれにしろ政府の宣伝する、広域処理が必要とする理由は、事実として崩れているのだ。
 その中で青木さんは、被災地内処理をめぐる具体例を取り上げつつ、重大な問題をも指摘した。つまり仙台市の実例として、神戸の震災処理経験者を招聘し神戸のノウハウを吸収することで自区内処理方針を作り上げたことを紹介したのだが、環境省の広域処理方針がそれとはまったく逆の形で、現地に入ることさえなく霞ヶ関の机の上だけで立てられたこととの対比だ。青木さんは震災後実際に環境省を取材のため訪れ、担当部署のスタッフが全員ひたすらコンピュータに向かっている現場を目撃し驚いたという。それは結局のところ、数年おきに大災害に見舞われる日本において、その対処経験が国家として蓄積されていないという恐るべき事実を暴露するものだと青木さんは指摘し、この点に批判を込めて注意を喚起した。
 一方、環境省の放射能汚染に対する姿勢にも一つ一つ具体的に批判が加えられた。要するに規制基準が従来よりも大幅に緩められた上で「安全」が強調されているのだ。たとえば、排煙中の放射能がバグフィルターで九九・九九% 除去可能という主張に根拠がないこと(島田市の試験焼却データを青木さんたちのグループで検討した結果は捕捉率六〇〜八〇%)、放射能が高濃度に濃縮される焼却灰が放射線対応施設ではない最終処分場に埋設される問題(三〇年後には住宅地にも転用可能)など、懸念される問題が数々指摘された。

行政を監視して
自主的な提起を
 そしてこれらを踏まえて青木さんは、結論として以下の三点を提起した。
@がれきの焼却は空気を汚染し内部被曝につながる。国や環境省はこの事実を隠し、したがって国には頼れず、市民自ら事実把握に努めるしかない。
Aがれきの全国・広域化処理は日本中を放射能汚染列島化する。そうしていいのか。
B非汚染地域は避難者を受け入れ、安心できる食材を供給できる場所に。
 この提起に続いて、被曝労働ネットワークの中村さんが、被曝労働問題についての報告を行った。原発労働がヤミ化し、被曝対策もないまま被曝労働に非正規労働者がかり出されていることに注意を喚起し、それらについて行政が発表しない中、労働者市民が自前で計測したり、事実を掘り起こす活動が求められていると訴えられた。
 以上の提起に対し多くの質問があり、先の報告がさらに掘り下げられる形で議論が行われた。たとえば、広域処理方針のいい加減さが明らかになっているが、政府はその看板を下ろさずそーっと分からないように引っ込めることが考えられる。しかしそれはそれで利権の問題などを残すものであり、市民の厳しい監視が求められる、と指摘された。またアスベストやダイオキシンの問題を含め焼却では問題が済まないことを確認し、どのような処理を行うべきか、今度の問題をひとつの契機に市民の側からもより突っ込んで考え行政に突き付けてゆく必要が提起された。
 この日の集会は総じて、行政の放置姿勢を前に、放射線の自主測定を含めて市民が積極的に自ら行動を起こす必要を浮き彫りにした。一方被災地現地では、たとえば宮城全労協では、がれきを外に動かさず、かつできる限りリサイクルする方向での処理を求めるとして議論が進んでいる。他にも、被災地の雇用問題を含めて住民レベルでの色々な議論が聞こえている。それらに注目し、先の必要性は、現地のさまざまな議論や取り組みと具体的に結びつく方向に発展させられるならばさらに大きな力をもつと思われる。  (神谷)

 

6.15 第3期沖縄意見広告運動報告集会
オスプレイの配備許さない
反原発・反基地結びつけて


住民をだまし
続ける権力者
 六月一五日、沖縄意見広告運動は東京・御茶ノ水の総評会見で第三期沖縄意見広告運動の報告集会を行った。今年の沖縄違憲広告運動は「復帰」四〇年にあたり、現在も継続・強化されている軍事基地の重圧と植民地主義支配を告発し、安保条約廃棄というテーマをもう一度前面に掲げて行われた。そして県民大会が行われた五月一三日には「琉球新報」、「沖縄タイムス」の現地二紙に、また「復帰」の日である五月一五日には朝日新聞全国版に、それぞれ全一面を使った広告を掲載することができた。この日の集会には二〇〇人を超える人びとが参加した。
 おりから米国のフロリダ州で、米空軍のCV22垂直離着陸輸送機オスプレイが訓練中に墜落するという事故が、現地時間で六月一三日に発生し、この日の新聞で大きく報道された。CV22オスプレイはこの八月に沖縄・普天間飛行場に配備予定の米海兵隊のMV22と同一仕様の機種である。開発中から墜落事故が多発し四〇人近い死者を出していたオスプレイは、さる四月にもモロッコで訓練中の墜落事故で二人の乗員が死亡している。
 オスプレイの配備を米軍から通告されながら、そういう事実はないと言い続けてきた日本政府は、辺野古新基地建設に伴う環境影響評価書でもオスプレイの配備計画を隠し続け、ようやく追加の書面でその事実に触れざるをえなかった。
 沖縄では県知事、県議会、そして県内四一市町村のほとんどの議会で配備反対の意見書・決議が全会一致で上がっている(一つだけ上がっていなかった伊是名村議会でも近く決議が予定されている)。「オスプレイ・ノー」は全沖縄の共通した意思であり、六月一七日にはオスプレイ普天間配備反対の宜野湾市民大会が五二〇〇人の結集で勝ち取られた。保守派の佐喜真淳宜野湾市長も一七日の県民大会で「配備を強行したら島ぐるみの闘争になる」と日本政府に警告した。普天間配備の前にオスプレイが一時的に置かれる予定の岩国市や山口県も反対の意向を打ち出した。
 しかし日本政府は森本防衛相が「粛々と進めていく」という立場を示すなど、困惑しながらもオスプレイ配備計画の見直し・撤回を行わない姿勢を取り続けているのだ。この日の集会は、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの仲間が首相官邸前や防衛省前で抗議行動に立ち上がる緊張した情勢の中で開かれた。

合意なき国策に
明確なノーの声
 上原公子元国立市長の司会で進められた集会では、上原成信さん(沖縄・一坪反戦地主)が「日本政府も米国政府もどうしたらいいのか分からないのが現状だ。政府を倒して政策を変えさせよう」と訴えた。一月の沖縄市民訪米団に参加した山内徳信参院議員(社民党)は、読谷村長在職中に米軍の読谷飛行場を返還させた経験から「真剣にやればできないことはない」と訴えるとともに、日本政府や仲井真知事の「期待」を裏切って県政野党が勝利した六月一〇日投票の沖縄県議選の意義について報告した。
 平和フォーラムと原水禁の事務局長を務める藤本さんは、内橋克人さんの語る「『合意なき国策』としての原発と沖縄」に触れながら「一人ひとりの生命に寄り添う政治」を実現しようとアピール。
 次に第一部の「沖縄からの報告」は、元宜野湾市長の伊波洋一さんとヘリ基地反対協代表委員の安次富浩さんが行った。
 伊波さんは「なぜ復帰四〇年もたって沖縄の基地問題が解決できないのか」と問題提起し、米国の世界戦略のための米軍基地の自由使用と、米軍人の犯罪を日本に裁かせない「二つの密約」に裏打ちされた日米安保と行政協定・地位協定の問題を前面に押し出した。伊波さんは「日米安保そのものが市民の生活を無視している」と強調した。
 安次富さんは、七月四日で「座り込み三〇〇〇日」を迎える辺野古の闘いが中高生たちの「平和学習」の場となっていると述べ、オスプレイ反対決議が全県の自治体で採択される状況にあることを報告した。そして石原東京都知事の尖閣諸島購入の動きを批判し、「アジアの平和は、日本・沖縄・アジアの民衆の力でこそ可能だ」と語った。

政治を決める
のは私たちだ
 第二部の脱原発運動からの報告は一〇〇〇万人署名運動呼びかけ人の鎌田慧さんと「原発いらない福島の女たち」の椎名千枝子さんが行った。
 鎌田さんはこの日、すでに七五〇万人分集約された「さようなら原発」署名を大江健三郎さんらとともに藤村官房長官に提出したことを紹介した上で、「沖縄と原発の闘いがこのような形で結びついていくことは嬉しい。この闘いは主権が日本国民にあるという憲法前文を実践するものであり、日本を変える闘いだ」と性格付けた。そして藤村官房長官が大飯原発再稼働問題について『地方の決定を待っている』」と答えたことを厳しく批判した。
 「原発を受け入れた自治体の長は『国策だから』と語り、政府の側は『地方の要望があった』というこの無責任さは許されない。私たちには平和に生きる権利があり、平和な地球を残す義務がある。日本の政治を決めるのは私たち自身だ」と呼びかけた。
 椎名千枝子さんは高橋哲哉さんが性格づけた「犠牲のシステム」にふれながら、福島原発被災者の生命と健康を守り、加害者を明示して責任を取らせ、すべての原発をなくす闘いをよびかけた。
 その後、経産省前テントひろば、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック、伊達判決を生かす会、JUCONからの報告を受けて、運動をさらに広げ継続していくことを確認した。 (K)


もどる

Back