3.24日比谷集会に六〇〇〇人
福島県民集会の成功を引
き継ぎかならず脱原発を |
7月10万人集会
を成功させよう
三月二四日、「太陽と風、大地、自然の恵みをエネルギーに!再稼働を許すな! さようなら原発一〇〇〇万人アクション」集会(主催・実行委)が日比谷野外音楽堂で行なわれ、六〇〇〇人が集まった。
オープニングは、山本コータローさんのトーク&ライブで始まり、「一九八六年のチェルノブイリ原発事故以来、反原発運動を取り組み、参議院選挙にも出た。原発推進派は自分たちの利権のことしか考えていない。これ以上の犠牲者を出してはならない。再稼働は絶対に危ない。福島原発事故を起こしてしまった責任は私にもある。これから体をはって原発をなくすために頑張る」と訴えた。
鎌田慧さん(作家/呼びかけ人)は、「二六日に柏崎刈羽原発が停止する。あと泊原発が止まると原子力発電の電気がなくなる。しかし、放射能に汚染された空、土、川、海が残っている。野田首相は、原発再稼働をやると言っている。民衆の思いに真っ向から挑戦することは認められない。すでに私たちは子どもたちに謝っても謝りきれないような過ちを行なってしまった。署名数は五五〇万筆です。一〇〇〇万筆をやりきろう。七月一六日(月・休日/代々木公園)の一〇万人集会を成功させ、政府・電力会社を追い詰めていこう」と呼びかけた。
差別のない社会
を作り上げよう
澤地久枝さん(作家/呼びかけ人)は、「原発技術をとめてはならないという宣伝が大きくなっている。原発絶対反対を言うと冷たい目で見られることが多発している。署名の取組みも、いろんなしがらみがあって困難なケースもあると聞いている。しかし、次の世代に恐怖を押し付けて退場することはできない。命をカネに代えることはできない。私たちの意志で原発と関連施設はいらないと言い続けていこう」と訴えた。
辛淑玉さん(賛同人/人材育成コンサルタント)は、「核と原発は人を殺すものだからだめだ。原発は差別だ。貧しく声をあげられないところに建設してきた。沖縄に基地を置くことと同じだ。海の汚染は、長い間、水俣病の人たちを差別してきた構造と同じだ。福島差別、結婚差別が起こっている。原爆被爆者二世三世に対する差別と一緒だ。部落差別もそうだ。心、家族、地域、社会を壊したのが、原発の結果だ。共に理解できる人たちと命が奪われない社会を作っていきたい」と発言した。
再稼働阻止へ
総力上げよう
福島現地から大内良勝さん(三・一一県民実行委員会)は、三・一一県民集会の成功を報告し、「震災・原発事故以降、福島の現状は変わっていない。逃げた子どもは二万人だが、逃げられない子どもも二万人以上います。七月の集会には、一〇〇〇万人署名を達成し参加したい。来年も三・一一に集会を行いたい」と表明した。
新潟から小島誠さん(新潟県平和運動センター副議長)は「三月二六日に柏崎刈羽原発六号機の停止し、東電全原発が停止する。福島原発事故の徹底検証を求めながら、創意工夫ある取組みで再稼働阻止を実現していこう」と訴えた。
さらに川野浩一さん(原水禁議長)のアピール、林洋子さん(俳優)が署名のおたよりを朗読した。
最後に「まとめ」を落合恵子さん(作家/呼びかけ人)が行い、原発再稼働に向かう野田政権を厳しく糾弾した。
集会終了後、デモに移り、銀座一帯に「脱原発!再稼働を許さない!」のシュプレヒコールが響き渡った。
(Y) 読書案内
NHK・ETV特集取材班 著/講談社刊/一六〇〇円+税
『ホットスポット』
―ネットワークでつくる放射能汚染地図
マスメディア
への不信の中で
三・一一の一周年を前に、マスメディアが追った実証的な本が書店に並びはじめた。ある意味で、民間による事故調査の一部と考えてもいいだろう。本書は、二〇一一年日本ジャーナリスト会議大賞など、数多くの賞をとったNHK・ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図〜福島原発事故から二か月〜(以下、ETV特集)」シリーズの第一回から第三回「子どもたちを被ばくから守るために」までの取材記だ。第四回「海のホットスポットを追う」は一一月に、この三月一一日には第五回「埋もれた初期被ばく≠追え」が放送される予定だ。
福島第一原発事故後、政府や東京電力のからの小出しで過小に評価された情報をたれ流したマスメディアに対する不信が高まった。事故の推移を注視する市民は、テレビや新聞の報道以上に、インターネットを使ったフリーランスのジャーナリストの発信を信じた。仮に、これを市民ジャーナリズムとしておこう。市民ジャーナリズムは、京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんをはじめとした“市民派科学者”へのインタビューや、院内集会や東電などの記者会見のネット放送を行い、また原子力資料情報室もほぼ毎日のように元原子力技術者の後藤政志さんによる事故解説をネット放送した。これらの情報による脱原発運動への貢献ははかり知れない。
良心的記者たち
の取り組みも
一方で、既存のマスメディア内部からも良心的な情報が発信された。脱原発運動の間で信頼された一つに「東京新聞」の「こちら特報部」がある。「こちら特報部」のデスクである田原牧は五月一五日に放送されたETV特集に対し「ひれ伏しました。秀逸でたいへんな力作です」「オンエアーするまでにあったであろうスタッフのご苦労に敬服」(『新聞記者が本音で答える「原発事故とメディアへの疑問」』クレヨンハウス刊)と、賛辞を惜しまない。
この放送で珠玉といえるのが、浪江町の「赤宇木(あこうぎ)集会所」の場面だ。三月二七日、取材班の二人はメディアが自粛している屋内退避ゾーンである三〇キロメートルの内側を取材するため南相馬から南下、国道一一四号にぶつかる手前のトンネルを抜けるとサーベイメーターの表示が「一九・九九」の上限値を表示したまま動かない。代わりに小型の積算線量計の数値の変化から毎時の線量を算出し、八〇から一〇〇マイクロシーベルトと判断した。二〇〜三〇人の集落である浪江町尺石(くらべいし)地区で避難せずに残るのはひと家族の二人だけだった。ここで赤宇木集会所に浪江町中心部から避難した一二人が生活していることを知り訪ねた。メディアの言葉では信じられないだろうと判断した二人は翌日、木村真三博士を伴い、この集会所周辺の放射線量が「非常に高い」ことを避難者に告げ、残るか離れるかの自主的な判断のための材料を提示した。
取材班は、棄民化された実情をいち早く世に問うため、二九日にノンフィクション作家の吉岡忍を伴い再取材、四月三日放送のETV特集「原発災害の地にて――対談・玄侑宗久×吉岡忍」の場面に加えた。三〇キロ圏外にあるホットスポットの存在や避難できない住民の実態を世に問い、やがて政府は「計画的避難区域」の設定に動いていく。
木村は、福島第一原発事故の自主的な放射線調査もさせない厚労省所管の研究所を辞していた。浪江町の住民の避難について、また木村については「朝日新聞」の連載をまとめた『プロメテウスの罠』(学研パブリッシング)にも詳しい。
情報取捨選択
のむずかしさ
福島県外でもホットスポットが散在する。そのひとつ、茨城県守谷市が公園の放射線量を公表しはじめた六月には地表でも高いところで〇・六マイクロシーベルト程度であった。だが、木村や取材班が最初に福島に向かったとき、常磐自動車道守谷サービスエリアでその五倍の三・〇マイクロシーベルトを測定している。三・一一前のバックグランドの六〇倍の数値だ。現在、問題とされている放射性物質はセシウム一三七と一三四だ。それは半減期がそこそこに長いこと、また検出しやすいためである。この差はなにか。短寿命のヨウ素一三一(半減期八日)が減衰し、ほとんど検出されなかったからだ。この三月一一日放送予定の初期被ばく≠追った第五弾でそれが明らかになるのか、期待したい。
東京新聞の田原は前掲書のまえがきで昨年の九・一九集会以降の退潮を指摘する一方、「身の回りに加害者と被害者が厳然として存在し、わたしたち全員がこの事故に向き合う責任を抱え」、「浮き沈みがあっても今回の脱原発運動はそう容易には収まりません」と記している。三・一一直後の東京のデモでは、広瀬隆さんの『原子炉時限爆弾』をプラカードがわりに掲げた多くの参加者がいた。Web上の情報がネズミ算的に増殖し続けている。運動の課題を整理するために情報を選択するのは至難の業で、かえって拡散してしまっている感想をもつ。こうした感想、年代間の差は小さいだろう。経験のある編集≠経た情報の価値は大きい。
(斉藤浩二)
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