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    かけはし2011.9.12号

公安勢力が海軍士官学校教授を利敵表現物所持容疑で起訴

羊飼いの少年になった体制の守護者

 それでも世の中は開明した。「アカのレッテル」張りが以前よりは容易ではない。警察が持って来て検察が張ったレッテルを裁判所がさらに押しつける場合もあるけれども、警察が付けたものを裁判所がこそげ落とす場合もある。
 青瓦台(大統領府)が8月18日夕刻、新しい大法院長(最高裁長官)の候補を発表した。予想に反して、候補群の中では最も保守的と評価されているヤン・スンテ前大法官を選んだ理由のひとつとして「わが社会の中心的価値である自由民主主義を守っていく安定性」を挙げた。
 昨年7月の大法院全員合議体の宣告(判決)でヤン候補者は参与政府(ノ・ムヒョン政府)時代に公式に社会団体として登録されて政府の補助金を支援された「南北共同宣言実践連帯」(以下、実践連帯)が利敵団体に該当する、とする多数意見の側に立った。実践連帯は2000年「6・15南北共同宣言」後に発足した民間の統一運動団体だ。典型的な問題条項である国家保安法第7条(讃揚、鼓舞)が適用された。大法官13人のうちヤン候補者ら9人が多数意見に、4人は反対意見の側に立った。大統領が大法院長候補としてヤン前大法官を選ぶと、保守メディアなどは「従北・不法デモには断固」などの見出しを付けて歓迎した。
 利敵性についての最終判断は司法府が行う。利敵容疑をめぐって司法府に判断を求める最後の役割は検察が担当する。警察や国家情報院などが対共事件の捜査をしたとしても、検察が起訴権を持っているからだ。従って司法府に劣らず検察の「姿勢」も重要だ。
 「自由民主主義体制の優越さは国境を超えて世界の到る所に広がっている。…体制の守護者として我々に与えられた国家的使命を果たし尽くさなければならないだろう」。8月12日、ハン・サンデ新任検察総長の就任あいさつが論難となった。彼は「この地で3大戦争を宣布しようと思う」とし、その中のひとつとして「従北左翼勢力との戦争」を挙げた。従北左翼勢力を容認することは「体制の守護者がやることではない」と語った。検察が「ハゲワシ5兄弟」を自任しつつ、韓国を守っていくと乗り出したのだ。

依然、軽視される表現の自由


 執権後半期のイ・ミョンバク大統領が相次いで任命した司法府と検察の最高責任者たちに期待するところを、いとも明快に「代読」してくれたのだろうか。イ・ミョンバク政府になって、民主主義も後退するということを知ってしまった。憲法が保障している思想、良心、表現の自由は2011年8月の今日、この国で捨て値同然にたたき売られる。
 「2006年の日時不詳、大邱市内にある名前も知らない古本屋で『アリラン』という書籍を購入した。そして被告人は09年6月8日、韓国士官学校教授部の社会人文学処の国史教官に任じられた後、日時不詳、被告人の家に保管中だった上記書籍『アリラン』を郵便の宅配便を利用して所属部隊である海軍士官学校にある被告人の事務室に移し保管した。その主要内容は…」。
 ここで言う「アリラン」は、あの〈アリラン〉なのだろうか。起訴状が引き写した本の「主要内容」がA4で1枚分ほどに整理されていた。「現実によって裏切られることになっている理想のはかなさを余りにもいっぱい見て育ったせいか…この国の多くの若者たちが『アリラン』を読みながら、極限状況の中で一層輝く『キムサン』の思想家的知性と挫折の中で一層強じんになる革命家信念に感動を受けるひとりの人間と社会に対する希望を捨ててはいない。キムサンは日本警察の記録に見える『混合マルクシズム』あるいは1920〜1930年代の東洋が味わった状況の下で時代が生んだひとりの殉教者だった。…33歳のキムサンは日本の抑圧の下にあった同時代の朝鮮人たちにとっては指導者にして思想家だったのであり、熱い霊魂と心とを持った人道主義者であり、この上なく高貴な人物だった。
 朝鮮が受けている抑圧と搾取は、おそらく近代の他のどの植民地よりも大きなものだろう。ともあれこれまでは韓(朝鮮)半島で大衆的武装蜂起が起こることを何とか阻んできた。…日本人支配に対する朝鮮人たちの絶えざる闘争の話は、いかなる抑圧の下でこの闘争が維持されているのかを考慮してみる時、極めて英雄的なものだ。キムサンはイデオロギーが蔓延していた時代に共産主義運動に参加した共産主義者だったけれども、少なくともキムサンの動線はイデオロギーが要求する原則ではなく、当面の闘いのリズムに導かれている。またその底辺にはトルストイの人類愛またはヒューマニズム的感性が流れている。従って成熟した読者の目は、この本からイデオロギー的偏向と、普遍的な価値に対する誠実性とを区別しぬかなければならないのだ」。

『アリラン』『太白山脈』も

 間違いなく、あの〈アリラン〉だった。ところで何が問題だというのか。読者にイデオロギー的偏向と普遍的価値を区別せよ、と言ってはいないか。疑問は、すぐ解けた。「…という内容で、被告人は上記の書籍が大韓民国臨時政府を除き、キムサンら朝鮮人共産主義者たちの抗日独立活動をしたという北韓(北朝鮮)の主張に同調する内容であることを知りながらも2011年4月6日、令状によって押収捜索が行われる時まで上記事務室に保管することによって、国家の存立・安全や自由民主的基本秩序を危うくするという点を知りながらも、これに同調する目的で上記表現物を所持した」。
 驚くべき跳躍であり飛躍だ。内容は関係ない。分かってはいたけれども虚妄だった。誰もが読んでいる本が利敵表現物になる虚妄の時代があった。公安機関が作成した利敵図書の目録がメディアの報道によって明らかにされるたびに失笑を禁じえなかったことが2000年以降、何度も繰り返された。イ・ミョンバク政府になってからは国防部が「不穏書籍」だと指定した数々の本の虚妄さに、また再び驚かされた。そして利敵表現物の時代が再び到来した。
 昨年6月、海軍士官学校の生徒らに国史を教えている教授要員のキム某中尉が軍検察に起訴された。国家保安法第7条(讃揚・鼓舞など)5項違反の容疑だった。利敵表現物を所持・複写・頒布した容疑となる。添付された押収証明書には〈アリラン〉のほかにも〈帝国主義論〉〈ヘーゲル法哲学批判〉〈ドイツ・イデオロギー〉〈フランス革命史3部作〉〈中国近現代史〉〈解放前後史の認識〉(1〜6巻)〈反帝民族統一戦線〉などの図書18冊、「朝鮮共産党の権力構想と朝鮮人民共和国」「北韓の人民民主主義革命と統一戦線政策」「解放後のキム・イルソンの政治的浮上と執権の過程」「韓国労働者階級の形成研究」「わが国における人民民主主義の発生と発展」などの論文7編が記録されている。
 軍検察の起訴状をあえて圧縮せずにそのまま引用している理由は、利敵表現物事件の虚妄さを感じてみようという趣旨からだ。これはどんな文章でも、どんな長文の記事でも意味の伝達ができない。直接、読んでみなければならない。
 〈帝国主義論〉について軍検察は、こう説明する。「上記書籍が西洋近現代史にあって独占資本主義の矛盾を批判し、階級闘争の展開方法を提示しつつ結局、社会主義革命を起こさなければならないという北韓の主張に同調する内容であることを知りながらも…」。逆にひねって言えば、1916年に〈帝国主義論〉を書き1924年に死んだレーニンが北韓の登場を予見し、北韓の主張に同調する本を書いたわけだ。〈ヘーゲル法哲学批判〉を見よう。「上記書籍がカール・マルクスの唯物論的思考に基づき、観念的なヘーゲルの法哲学を批判する内容で、北韓の主張に同調する内容であり、カール・マルクスの唯物論的思考が北韓の社会主義体制の思想的基盤であることを知りつつも持続的な思想学習に活用する目的で…」。22歳のマルクスは博士学位論文として古代ギリシャの唯物論者であるデモクリトスやエピクロスの自然哲学をテーマとした。マルクスはヘーゲルの観念論をとび越える契機を彼らに求めたのだからデモクリトスやエピクロスまでが公安機関に召喚されるというものだ。

検事が利敵行為を立証すべき


 〈解放前後史の認識〉もまたハチャメチャだった。「上記書籍が労働者、農民に対する収奪へとつながる資本主義体制を批判し、社会主義体制を土台とした北韓の主張に同調する内容であることを知りつつも…」。延世大学の図書館も起訴状に登場する。「延世大図書館から本を借りて大学付近の名も知らない印刷所で『反帝民族統一戦線の研究』という書籍を複写、製本した。…国家の存立・安全と自由民主的基本秩序を危うくすることを知りながらも、反国家団体である北韓の行動を讃揚・鼓舞またはこれに同調する目的で上記表現物を所持した」。このような危険な本を分類・保管し、不特定の学生らに貸与までしている延世大図書館はどうすべきだろうか。
 独立運動家キムサンの自叙伝〈アリラン〉を書いた米国人作家ニム・ウェールスの本名はヘレン・フォスター・スノーだ。中国革命の大長征を記録した〈中国の赤い星〉の作家エドガー・スノーが彼女の夫だ。朝鮮人革命家と中国人革命家。〈アリラン〉と〈中国の赤い星〉。2011年の韓国で2冊の本の共通点は、さらにある。どちらもが裁判所で判例として認定された利敵表現物という点だ。
 大検察庁(最高検)は1980〜90年代に〈判例上で認定された利敵表現物〉という公安資料集を何度か発刊した。「国家保安法第7条第5項違反事犯の捜査・処理に参考とするようにするための」ものだった。まず1974〜87年に各級裁判所で、旧の反共法や国家保安法に従って利敵表現物に認定した図書・プリントなどを集めて発刊した。続いて1990には88〜89年に裁判所が利敵表現物と認定したり、検察が利敵表現物と認定して起訴したり、検察が利敵表現物と認定して起訴した図書233種、プリント281種が新たに追加された。92年にも同様に90〜91年に新たに認定された図書373種、プリント717種を追加した。96年にも図書1072種、プリント1584種が利敵表現物として登録された。利敵表現物に認定された事例が急増したのだ。
 この時の目録を見ると〈アリラン〉〈中国の赤い星〉が見える。〈資本論〉〈共産党宣言〉〈家族、私有財産、国家の起源〉〈帝国主義論〉のような社会科学の書籍に加えチョ・チョンネの〈太白山脈〉、パク・ノヘの〈労働の夜明け〉、チョン・ティルを扱ったチョ・ヨンネの〈ある青年労働者の生と死〉、キム・ジハの〈五賊〉、マクシム・ゴーリキーの〈母〉なども含まれる。一々列挙するのも空しくなるほどだ。もちろん北韓原典の〈花を売る乙女〉〈血の海〉もある。国会図書館、大学図書館、市中の書店、インターネット書店、古本屋、誰の本箱でもすぐ見られ、探すことのできる本の数々が、なぜ利敵表現物なのか、という正当な主張は国家保安法の体制では受けいれられない。
 「かつては」、ともかくも裁判所や大検が利敵性を認定した図書などには改めて利敵性の分析が必要ではなかった。「自動的」にだ。検察はこのために〈判例に表れた利敵表現物〉を編む一方、ただちに利敵表現物目録を一線の諸庁などに送りつけた。警察が関連事件の令状を申請する時は、今はなくなった警察庁傘下の公安問題研究所が作成した鑑定書を添付する場合が多かった。けれども検察は「利敵性の評価は結局、法律的判断なので法律専門家が作成していない鑑定書を信じてはならないのであり、参考資料としてのみ活用する。検察の独自的な判断にそった分析が必要だ」と語った。このために1980〜90年代、公安検事が引っ越しをする時は家の前に廃棄物として出された「パルゲンイ(アカ)の書籍」がうず高く積まれもした。公安検事出身のある弁護士は「本の内容はよく覚えていないけれども出版社、著者などについては幾つも知っていた。そのような本を家の外に出しておけば、通りすがりの人々がしげしげと眺めていったりした」と語った。
 ところで2010年7月、利敵表現物の判断の重要な転機が作られた。先に言及した実践連帯の国家保安法違反容疑を扱った大法院全員合議体の宣告は実践連帯を利敵団体と規定しながらも、利敵表現物を所持した人物の利敵行為を「推定」して処罰してきた大法院の判例を変え、検事が利敵行為を「立証」するようにした。検事が推論して処罰していたものを、今は証拠を持ってこいという当然な判例の変更が数十年ぶりにして実現されたのだ。
 例えば2010年7月以前には〈アリラン〉を「所持」していたならば、その自体で国家保安法違反容疑での処罰が可能だった。〈アリラン〉は既に裁判所から利敵表現物として認定されていたからだった。既存の判例は「利敵表現物所有者には利敵表現物の内容と同じ利敵行為をする目的があるものと推定」した。
 だが2010年7月以降は「利敵行為の目的があることを証明する直接証拠がない時には被告人の経歴や地位、利敵表現物を所持・頒布するに至った経緯、利敵団体への加入の有無など間接的事実を総合的に考慮して判断しなければならない」と変わった。〈アリラン〉をラーメン鍋の下敷きにしたり、カップラーメンのふた押さえに使っただけで処罰することはできない、ということだ。

起訴中に変わる利敵の範囲

 07年、警察はインターネット古本屋を運営していたキム某氏(56)に対して国家保安法違反容疑で拘束令状を申請した。「利敵図書として確定判決を受けた北韓の原典と露骨な親北傾向の利敵図書および自由市場経済体制を否定する内容のマルクス・レーニン主義の原典などを販売した」というものだ。
 警察が添付した利敵表現物の現況表には図書名、出版社とともに該当書籍を利敵表現物と認定した検察庁の事件番号、利敵表現物と認定した裁判所の事件番号がびっしりと書き込まれている。事件番号の大部分は1980年と90年代初めに集中している。20余年前の冷戦時代の物差しを2007年のインターネットの世の中にそのまま当てはめたのだ。警察は「実質的に国家の存立・安全を危うくさせるなど、事案は重大だ」と語り、弁護人は「時代錯誤的な現代版の焚書坑儒だ。北韓社会の現実とわが南韓社会の成熟度などに照らしてみる時、この程度の本を販売したとしても充分にわが社会が消化させることができるほどに、世の中は既に変わった」と反論した。
 水原地裁は3月、キム氏に無罪を宣告した。大法院全員合議体で変わった判例が根拠だった。裁判所は「この事件の各書籍は大部分が国立図書館ならびに大学図書館に備えられており、一般人がたやすく手にすることのできる点、大部分はインターネットで検察でき、また販売されてきていた点、内容を知っている書籍がごく一部分と思われて被告人が国家保安法違反行為に加担したという資料が見えない点」などを無罪の理由として挙げた。
 判決文に添付された犯罪一覧表には本の題名と共に内容が簡略に整理されている。〈資本論〉(資本主義の必然的滅亡と社会主義の必然的到来を記述している内容)、〈フェダゴジ〉(民衆が教育を通じて現実を次第に認識することになる内容で、人間解放のための民衆教育論を記述)、〈解放の神学〉(左派的神学思想である解放の神学を紹介している内容)。このようなやり方の起訴にブレーキがかかったのだ。
 検察公安部の関係者は「過去には利敵表現物と見られていたが、今はそうではないものがある。時代によって利敵表現物も変わる。過去の利敵表現物を捜査基準とみなすならば危うくなりかねない」と語った。今の基準では利敵表現物ではないこともあり得るので一つ一つ新たにつきつめてみなければならない、というのだ。
 別の公安部関係者も「2010年の大法院全員合議体の宣告以前と以後の処罰基準が変わることになった。宣告前に警察が立件指揮をしたけれども、宣告後に基準が変わり、起訴が困難だったり、最初から起訴をしないケースも生じた。捜査もそれに合わせなければならない。それが正しい方法なのだが、その代わり捜査は簡単ではなくなった」と語った。検察は「現場には事件を立体的に分析せよ、と指示する。利敵性が疑われる表現物を所持するに至った経緯、単純な好奇心かどうかなどを総合的に、かつ厳密に見ろ、と注文する」と説明する。
 警察の場合、「文献の鑑定」で悪名高かった公安問題研究所は05年に廃止された。その機能は警察庁所属の治安政策研究所に一部移管されたものの、文献鑑定はもはややらないという。代わりに警察保安メンバーに対する文献鑑定の教育をするものと伝えられている。チェ・ギュシク民主党議員が09年に提出した国政監査資料によれば、警察庁は公安問題研究所が廃止された後、著しく右偏向を示している諸機関に主に文書の検証を委ねてきたことが明らかになった。当然のことに、大部分の文献に利敵性の判定が下された。

裁判所は過去へ回帰するな


 大検は現在、07〜10年に利敵表現物と認定された図書やプリントなどを目録化する作業を行っている。インターネット掲示板やコンピューター・ファイル形態の利敵表現物が幾何級数的に増えているという。
 ある公安部検事は「最近はパターンが変わった。過去には図書館・プリントなどの利敵表現物が多かったけれども、近頃は一般的に出版される図書が利敵表現物にひっかかるケースは多くはない。代わりにインターネット掲示板やコンピューターに貯蔵しておいたハングル・ファイルなどが大勢」だと説明した。コンピューター一つを押収捜索しても利敵性が疑われるファイルが数百件ずつわっと出てくるというのだ。
 検察関係者は「〈資本論〉を利敵表現物と認定していた時期があったけれども、今はそれを利敵表現物だと言うことはできるだろうか。今、問題になっているインターネット上の文章なども10年後には利敵性が認定されないこともあり得る」と語った。
 1991年、釜山でペ某氏は捜査機関に日記帳を押収された。驚くべきことに、個人の内密の記録である日記帳が利敵表現物とて認定された。裁判所もまた日記帳を利敵表現物だと認定した。この荒唐無稽な事実は、検察自らが〈判例上、認定された利敵表現物〉だとして記録に残した。日記帳を起訴し有罪を宣告することが繰り返されないようにしようとするならば、警察や裁判所が過去へと回帰してはならない。
 大法院全員合議体で少数意見を出した大法官たちは「利敵表現物となるためには、国家の存立・安全や自由民主的基本秩序に対する『明確で現存する危険』という基準が適用されなければならない」と指摘した。変わることになった判例も、危険であるという点では一緒だ、ということだ。この国で「体制の守護者」を自任する人が余りにも多いからだ。(「ハンギョレ21」第875号、11年8月29日付、キム・ナミル記者)

 


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