移動権争取のために命かけてハンスト展開する障害者たち |
命をかけたハンスト籠城の闘い
「人間が人間らしく生きる世の中」。ソウル乙支路の国家人権委員会の建物前の標示石に刻まれている文言だ。この文句が語っているように国家人権委が目指す世の中のあり方は極めて象徴的なものだ。人間が動物でもなく神でもなく「人間」らしく生きる常識的な世の中を目指すという国家人権委の事務室で、肢体障害者たちが8月12日から籠城を繰り広げている。普通の籠城ではなく食べ物を断って行っているハンスト籠城なのだ。
籠城が長引くとともに、すでに何人かの参加者たちは病院に運ばれた。最初9人が籠城に突入したが、8月15日を過ぎて5人が極度の脱力症状に陥り担架で運ばれていった。途中断念を余儀なくされた人々は全員、薬を服用している重症障害者たちだ。
肢体障害者たちは大まかに言うと脳性マヒの障害者と交通事故などによって体を損傷したケースとに分かれる。症状の重い脳性マヒの障害者たちは大部分が硬直薬を服用している。全身が勝手に伸張しないように神経を調節する薬だ。硬直薬は極めて強い成分からなっており、食事と一緒に服用しなければならない。今回、病院に運ばれていった人々は硬直薬を食事なしで飲み、結局がまんできずに倒れてしまった。断食が長引けば命が危機に陥る状況だった。
交通事故で障害者となったイ・スンヨン氏も15日の昼12時ごろ忠武路のペク病院に移された。彼は頭蓋骨を大きく損傷し人工骨を入れた状態でハンスト籠城に参加した。彼もまた極めて強い血圧調節薬を服用し続けなければならない状況だった。イ氏は病院に担ぎ込まれて応急処置を受けながらも「今回の闘争で何としても勝利しなければならないのに、このように病院にまで来て多くの人々に心配をかけ恐縮だ」と語った。
それこそ命を賭して踏み出した障害者たちが要求しているのは3つだ。第1は、今年5月にソウル地下鉄5号線鉢山駅のリフトでユン・ジェボン氏(61)が転落して亡くなった惨事について、ソウル市は日刊紙の広告を通じて公開謝罪せよ、というものだ。第2は二度と障害者が転落して亡くなったりケガをしたりしないように地下鉄の駅舎にエレベーターを設置せよ、というものだ。第3は障害者が安全で便利にバスを利用できるように「(仮称)低床バス導入のための推進本部」を設置せよ、というものだ。
貧弱な地下鉄リフトで死傷者が続出
今回の籠城の導火線となった鉢山駅の事故は5月19日に起きた。1級障害者であるユン氏は夕方7時ごろ電動スクーターに乗ったままでリフトを利用していて、リフト後方の床に墜落した。警察の調査によれば、ユン氏はリフトに乗って階段を上った後、リフトから下りようとして電動スクーターを後進させる弾みに、下に転がり落ちた。警察は「電動スクーターを前進させようとして誤って後進させた」とし「単純な不注意」として結論を下し、事件を終結処理した。
だが障害者らはこの事故を単純に個人の過失として葬り去ることはできないとして怒っている。今回の籠城をリードしている「障害者の移動権争取のための連帯会議」(移動権連帯)は「電動スクーターに乗って地下鉄のリフトを利用するのは、もともと危険な曲芸とでも言うほかない」としてリフトの構造的危険性を指摘している。現在設置されている地下鉄のリフトは産業資源部(省)が規定しているいかなる安全基準もなしに設置されたもので、このためにリフトの事故が絶えず起きているというのだ。移動権連帯は「地下鉄のリフトは、それ自体が殺人機械」だと主張した。
地下鉄のリフト事故が繰り返されてきた点は、彼らの主張に信ぴょう性を与える。99年6月28日、地下鉄4号線恵化駅で電動スクーターに頼っていたイ・ギュシク氏が転落して負傷したのを皮切りに、移動権連帯が把握したリフト事件だけでも、これまで全部で6件だ。昨年1月22日、地下鉄4号線烏耳島駅では垂直型リフトのワイヤーが切れて70代の障害者パク・ソヨプ氏が転落して亡くなった。そして1年4カ月目にして再び死亡墜落事故が起きたのだ。
移動権連帯は墜落事故の大部分はリフトのお粗末な構造と関連があると指摘した。リフトの踏み台に設置された安全板が余りにも低くて弱いもので、電動スクーターの力に耐えられないというのだ。ハンスト籠城に参加した脳性マヒ障害者キム・チャンミン氏(29)は「障害者の大部分は四肢が不便で、スクーターを調整するのは簡単ではない。また機械がとても敏感で、ちょっとでも間違えると、前へ行くはずが後退したりする」と語った。
キム氏は「そういうとき安全板がしっかりと支えてくれれば落ちはしないのだが、いまのリフトはそれがあまりにも弱すぎる」と、相次ぐ事故の原因を解明した。移動連帯オム・テグン事務局長は「初めにお粗末な施設を作っておいて、いざ事故が起きるとすべてを障害者個人の不注意のせいにする」と怒りを表した。
ソウル市も構造的問題についての指摘を否認できなかった。地下鉄を管轄しているソウル市大衆交通課のユン・ソンジェ担当官は「リフトの安全板が電動スクーターの後進しようとする力に耐えられなかった」と認めた。彼は「いまのリフトは当初、手動の車イス用に作ったことが根本的問題」だと指摘した。このために推進力が大きく重さも重い電動スクーターが載せられた場合、リフトのロープが切れたり、安全板が用をなさなくなることもあるというのだ。リフトの頻繁な故障も、手動の車イスの基準で作ったために電動イスの重みに耐えきれず生じる問題などと思われる、とユン氏は説明した。
要求を拒否するソウル市と司法
このほかにも、リフトは四方が開放されていて利用する障害者らの恐怖心を誘発しており、1回利用するのにあまりにも長い時間がかかるという問題点をかかえている。ハンスト籠城を現場でリードしているパク・キョンソク移動権連帯共同代表は「リフトに1度乗るのに20〜30分、乗り換え場があると30〜40分もかかる」と語った。
このような諸問題のために移動権連帯を中心に団結した障害者たちは昨年、烏耳島駅での事故以来、地下鉄にリフトの代わりにエレベーターを設置することを持続的にソウル市や建交部、福祉部などに要求してきた。だが命をかけて乗らなければならないリフトに代わるエレベーターを要求する彼らの「常識的」要求は、いつも黙殺された。
反発が高まると、ソウル市は鉢山駅の事故から3カ月後の8月5日、リフトに墜落防止用の安全ベルトと安全輪を設置するという安全管理対策を発表した。だが移動権連帯は「リフトの事故はリフトに乗って下りるとき、安全ベルトなどを解除した状況で起きているがゆえに、ソウル市の対策は実効性がない」と反論した。
司法部もまた法の名において障害者らの「常識」を拒絶した。昨年ハン・ジング氏ら障害者9人が連帯してソウル市およびソウル市地下鉄公社・都市鉄道公社を相手として障害者への移動権侵害損害賠償公益訴訟をソウル地方裁判所に出した。公共の交通手段である地下鉄に当然あるべき便宜施設であるリフトがなかったり、利用時間があまりにも長くて、憲法などが保障した自由な移動権が侵害されているから、これを補償せよ、というものだった。
7月4日、担当裁判部は「原告を含むすべての人に自由な移動権があることは周知の事実」だと認めながらも「被告らが05年までに便宜施設を段階的に拡充・整備する計画を立て、これを施行している点などを考えるとき、原告らの主張は理由がない」として棄却判決を下した。
エレベーターと低床バス導入を
だが統計に表れたソウル地下鉄の現況は、今後施設を補完していくという被告側の主張を受けいれた裁判部の、のんびりした認識とは明らかに対照的だ。障害者らの願いとは遥かな隔たりさえ感じる。8月2日、ハンギョレ新聞がソウル地下鉄1〜8号線263駅の乗り換え、乗降の便宜施設を分析した結果によれば、エレベーターがない駅は71%にあたる186カ所に達した。しかもリフトさえない駅が109カ所(41%)にもなった。地下鉄駅の平均乗り換え距離は129・2メートルで、200メートルを超える所さえ7カ所あった。1号線鍾路3街駅から5号線に乗り換えるためには312メートルを移動しなければならなかった。
ソウル市は06年までエレベーター363台、エスカレーター467台、水平移動歩道4台など927台の移動便宜施設を設置する計画だ。だが、このうち734台は04年以後に設置される。しかも、問題が起きたリフト93台を新たに設置する予定だ。「リフトの代わりにエレベーターを設置せよ」という障害者らの切実な叫びは依然として当局の呼応なしに葬り去られてしまっている。
移動権連帯は、障害者の移動権を実現するためにはエレベーター設置とともに、低床バスの導入もまた引き延ばすことのできない課題だと主張する。低床バスは78センチの高さの階段をなくし、床を低くし車イスに乗ったままで乗車できるようにしたバスだ。オム・テグン事務局長は「最も一般的な大衆交通手段であるバスを自由に利用できるのであってこそ初めて障害者も憲法に保障された移動の自由をキチンと享受できると言えるだろう」と語った。
移動権は物理的障壁、特に交通施設利用などでの制約を受けない権利を言う。オム・テグン事務局長は「移動権が制約されるために障害者らは仕事を求めることができず、教育を受けたり友達と交わることができず、投票のような政治的権利さえ自由に享受できない」と指摘した。
00年の障害者実態調査によれば、家の外での活動に不便を感じている理由(重複回答可)で「大衆交通手段の便宜施設の不足」を挙げた障害者は全体の52・5%に達した。また59%は段階や昇降機の便宜施設不足を指摘した。パク・キョンソク代表は「行きたい所に思い通りに行ける移動権は憲法に規定された基本的人権の一つであって、障害者たちも社会的関係を結び、人間らしく生きられるようにしようとすれば、まず移動権から確保しなければならない。低床バスの導入は、その第一歩」だとの意味付与をした。
ソウル市や交通当局は低床バス導入の要求に対してハッキリした施行の意志を示していない。イ・ミョンバク・ソウル市長は6月のソウル市長選挙直前に移動権連帯の代表らと会い「任期内に低床バスを20%まで導入する」と約束した。オム・テグン事務局長は「だが7月のソウル市庁占拠籠城の過程での面談の際には、肯定的に検討する、と一歩退いていて、とても失望した」と語った。
ソウル市は、低床バスが傾斜路などが多い道路事情に合わず、バスの価格も一般バスの3倍になるとして全面導入に難色を示している。その代わり障害者用のシャトルバス6台を試験的に運行すると言っている。だが交通開発研究院のシン・ヨンシク博士は「最近、低床バスを直接運行して試してみた結果、都心の道路でも全く問題なしに運行できた」と、これに反論した。彼は「仁川国際空港で運行するバスをまず低床バスに変えた後、路線バスでも計画を立てて順次、導入しよう」と提案した。
命をかけて「社会の常識」試す
低床バスを大量生産すれば車両価格も基準バスの1・5倍に引き下げられるものと見られる。シン博士は「低床バスは障害者だけではなく老弱者や妊娠婦など、すべての交通弱者たちが便利に利用できるし、一般人たちも乗下車時間が少なくなるという利点がある。ヨーロッパの大部分の国では一般路線バスの標準型が低床バスに代わってから久しい」と強調した。パク・キョンソク代表は「天然ガスのバス購入費用に補助金を出しているように、低床バスを導入するときも補助金を出してバス事業者たちの参加を誘導すべきだ」と語った。
「地下鉄は四方に貫かれ/バスがどんなにあふれても/われらにはもう1つの壁/闘いによって世の中を開いて行こう/移動権を闘いとろう/全身に鎖を巻いて/断じて引き下がりはしないぞ」。国家人権委の13階の委員長執務室の壁に張られた〈障害者移動権争取歌〉の一節だ。パク・キョンソク代表は塩と水だけでひもじさを紛らわしながらも「ソウル市の公開謝罪と具体的な履行の約束がなければ、決してこのまま引き下がらない」との意志を誓った。
命がけでなしに移動したいというのは極めて常識的なレベルの望みだ。障害者らは食べ物を断ち、命を賭けて、わが社会の常識を試している。一方、国家人権委は要求を伝達し、ソウル市の謝罪や対策の用意を勧告する、と発表した。(「ハンギョレ21」第423号、02年8月29日付、ソン・ウォンジェ記者)
|