寄稿 長野県・田中康夫知事の失職騒動をめぐって かけはし2002.8.5号より |
「脱ダム宣言」した田中康夫県知事を長野県議会が解任した問題をめぐって、大きな注目が集まっている。ゼネコン政治にしがみつく県議会多数派は、冬季五輪のゼネコン政治で県財政を借金漬けにした自分たちの責任を田中知事に押しつける形で「失職」に追い込んだ。オリンピックいらない人びとを結成して長野冬季五輪に反対し、今回の騒動でも焦点になっている浅川ダムに反対する運動を続けてきた江沢正雄さんに、文章を寄せてもらった。
九八年に開催された長野五輪は、「県民の総意・悲願」とされた。オリンピック開催は「地域の活性化」という言葉を餌に行政も県議会もマスコミも一体となって十年間以上長野県をオリンピック浸けにしてきた。二十五億円以上使っためちゃくちゃな招致活動と、在来線の一部廃止と第三セクター化をしてまでのフル規格の新幹線建設、高速道路の前倒し建設、巨大な競技施設建設と莫大な税金が支出された。県議会が、そのチェック機能を放棄して関連予算を次々に無批判に承認した結果、オリンピック開催までの十年間で県の借金は一兆円も膨らみ、一兆四千三百億円を超えた。
そして、たった二週間のお祭りは、まさにあっという間に終わった。県民に残されたのは破壊された自然と、莫大な借金の山、そして拭いがたい虚無感だった。ほんの一瞬「世界のNAGANO」だった長野は、不況感の直中に放り出された。そして、大会一年後にでたIOCのスキャンダルによって、長野の五輪開催は世界のマスコミに笑い者にされてしまった。
五期二十年も知事として権力の座にいた吉村午良は、莫大な退職金でコンクリート塀に囲まれた豪邸を建てた。そんな中、登場したのが田中康夫だった。
千超える団体の支持を取りつけた前副知事池田は、本当に聞いても恥かしいような破廉恥な選挙戦を繰り広げた。戦前と同じように町内会組織が残る長野では、オリンピックの時にも協力会や自警団が隣組を動員して組織されたが、前回の選挙でも同様なことが行われた。ペログリ作家という中傷から、裸の女性と田中の合成写真まで、回覧板で回されたところもあった。
一方の田中派も勝手連的市民グループの支持はあったものの、実際の選挙の支持者の中心には、池田派同様オリンピックの旗振りをした八十二銀行の頭取だとか商工会の幹部などがいた。オリンピックに反対していた私たちから見ると何とも言えない構図だった。それでも、ロボットのようだった吉村知事と違い自身の言葉でしゃべっている田中への私たちの期待は大きかった。
それに田中の公約には、私たちが問題にした行方不明の「招致委員会の会計帳簿」の調査も含まれていたからだ。松本市のオリンピック反対グループは、期待をもって直接田中に接触した。しかし、田中の口からは「帳簿問題は批判できるが、その他のオリンピック問題には何も言えない」というガッカリものだったという。やはり、田中は後援者の中心にいる財界のニューウェーブともいえる面々に配慮をしているのか、非国民扱いされてきたオリンピック反対グループやさまざな草の根のグループの支持者を遠ざけたいのが本音のようだった。
こんなはずではなかったオリンピック後の景気の落ち込みや、池田ではいい目にあいそうもない人びとや四党相乗り知事にあきた県民は田中を選んだ。しかし、票差は十万票、県民が急に賢くなった訳ではなかった。田中知事誕生の原因は、その後の支持率八五%という急上昇をみても、結局県民はテレビによく出る有名人が好きで、あまりに下品な池田派に教育県?のお上品志向の反感が働いただけだったようだ。
田中の当選は確かに、長野県を面白くしてくれた。知事が県内を精力的に長靴で歩きまわる姿は、これまでになかったし好感が持てた。それまでダム推進派一色といわれた私の地元の長野市浅川地区のダム問題説明会は、推進派反対派でムンムン、二階の床が抜けそうな熱気だった。そして、昨年二月の「脱ダム宣言」。私も「やったー」という歓声を上げた。
しかし、一方で危惧もあった。県財政を悪化させた根源である吉村県政批判もオリンピック批判も田中の口から聞こえてこないことだった。むしろ田中は、オリンピック開催を評価するような言動をし、冬季国体ではイベント好き皇室好きまで露呈し、二〇〇五年に計画されている愛知万博への協力まで表明してしまった。
市民派を装いながら、有事立法に反対する市民グループの再三に渡る面談の申し入れをも拒み続けてきた。そして、公約の第一に挙げた「招致委員会の会計帳簿紛失問題」は、一切触れないまま失職した。解任に追い込んだ議員も、この公約違反だけには一切触れなかったのがお笑いだ。議員の多くは、当時招致委員会の委員だったのだ。われわれのまったく知らないところでは実は大いなる妥協が成立しているのかもしれない。
田中の解任決議を提出した県議の連中は、「浅川ダム中止は、流域住民の生命財産を軽視している」なんて高言しているが、まったくのウソッパチだ。
そもそも浅川ダム構想が出てきたのは、二十五年近く前だったが、再登場した八七年にはリゾートホテル建設や京浜急行ゴルフ場建設と三点セットで、土地改良区の同意を得ている。そして、オリンピックのリュージュやフリースタイルスキーの競技場へ通じる道路は、浅川ダムの建設費を流用して五年前に既に建設されているのだ。ダム建設の目的は、住民の安全などではなくオリンピックとリゾート開発のための道路建設だったのだ。
それに本来「緑のダム」だったはずのダム予定地の上流域をオリンピックの競技会場建設やゴルフ場建設によって自然破壊し、保水力を低下させた。五輪後になってダム予定地の下流の遊水地となるべき水田地帯も土地改良事業で宅地にするためにつぶしてしまった。
「田中に県政を任せれば、長野県の財政は破綻する」と間抜けな発言をテレビカメラの前で繰り返した県議もいた。この議員は県議会が予算をチェックしたことをお忘れのようである。そもそも、一兆六千億円を超える借金の大部分をつくったのは、前の吉村県知事とそれを支えた県議会の責任であることは明らかなのだ。未来に何の展望も夢も描けない県議らは、景気の悪さも無用の長物でしかない五輪施設の利用率の低さもぜんぶ田中の責任にして、相変わらず議会の言いなりになる知事を作り上げたいだけなのだ。
田中は、たしかに中央官僚あがりのテカテカしたJCのあんちゃんにくらべたらずーっとましな人間的にも魅力のある知事に今度もなるだろう。しかし、真価が試されるのはこれからだ。小泉と同様の「構造改革」や、公共事業の効率化なんてどうでもいい。そんな言葉の裏ですすむ重大な問題が山ほどある。
個人情報の保護が棚上げにされたままの、住基ネットの見切り発車への態度、有事立法への明確な反対表明と国への対抗措置等々、県民の生命と人権を守る明確な意思表示を期待するしかない。でも、それは田中一人への期待よりも、われわれ市民一人一人の意志と行動によるしか実現はできない。
長野市在住
(えざわ まさお 染織家 )
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