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06年の3大闘争に関する評価              かけはし2007.1.29号

反動と攪乱を乗り越え反自由主義闘争の大道へ

 「労働者の力」は06年の3大闘争課題として非正規悪法・労使関係ロードマップ阻止闘争、韓米FTA交渉阻止闘争、平澤米軍基地拡張阻止闘争を設定した。これは「労働者の力」だけではなく、すべての労働者民衆運動陣営においても概ね同意する主要な闘争課題だった。以下では労働悪法阻止闘争と韓米FTA阻止闘争を中心に06年の闘争評価に代えようと思う。

非正規悪法阻止闘争

 06年11月30日、非正規悪法は国会議長の職権上程によって通過した。民主労働党の国会議員らが前日に法司委を占拠し、当日には補佐陣ら300人がピケット・デモをするなど必死になってがんばったが結局、無為に帰した。
 続いて労使関係ロードマップが12月22日、国会本会議を通過した。民主労総はゼネストを宣言したものの法案通過を阻むことのできる威力ある闘いは展開できなかったし、当日も全国集中闘争ではなく首都圏レベルの結集へと指針を変更させるなど混線を繰り返し、結局はみすぼらしいことこの上ない糾弾集会によって幕を下ろした。
 これをめぐって民主労働党は「9議席しかない少数政党の限界」だと弁明し、民主労総は「民主労総の歴史上、最大・最長期間のストを展開した」として厚顔無恥の極みを示した。ところで振り返ってみれば非正規悪法・労使関係ロードマップの通過は、すでに予見されたものだった。
 第1に民主労働党の問題だ。すでに05年12月に環労委の法案審査委小委に民主労働党が提供した修正案において明らかになっていたように、民主労働党は中心をとらえられず動揺した。
当時の修正案は期間制の使用事由を追加することによって非正規職の無制限使用という資本の要求を事実上、受けいれるというものであったのであり、また各闘争主体と充分に論議する過程が欠除したものだった。そしてこれは06年のロードマップへの闘争過程においても繰り返された。12月7日、民主労総の産別代表者会議では民主労働党からの要請にそって労使関係ロードマップ修正案の受け入れ問題を取り扱った。
 当時、与党・開かれたウリ党が民主労働党に提案した案は「拡大した必需公益事業場の範囲の1部縮小、代替勤労の範囲を50%に縮小、整理解雇の事前通告期間の縮小範囲についての部分的調整」などで、その実体は労働法改悪案と大きな違いはなかった。この修正案を民主労総に投じた行為は、「党名を民族民主政党に変えなければならない」、「今や狭小な階級の利益から脱け出さなければならない」などのように、民主労働党が自ら「働く人々の政党」であることを「放棄した行為」だ。しかも開かれたウリ党の修正案の提案を払いのけるどころか、その受け入れの有無を民主労総に委ねるという浅はかな手段によって大衆を欺こうとしたとの批判を免れることはできない。
 第2に、民主労総の労使政代表者会議への参加問題だ。これはノ・ムヒョン政権の対労働戦略、つまり社会的合意攻勢に民主労総が参与したものだ。
 民主労総は06年6月、「民主的労使関係の争取」という名分を掲げて、数多くの引き止めにもかかわらず、農民や労働者たちを殺害した殺人政権との対話と交渉とを推進したのだ。そしてその結果は結局、闘争戦線の弛緩と流失であり、これに乗じた韓国労総は9・11の野合を果たした。韓国労総の9・11労使政野合は専従者の賃金を補てんするために、労働者の団結権を制約している複数労組の許容を猶予させ、公共部門のスト権を無力化させ、柔軟性を拡大させる労働悪法、すなわち労使関係ロードマップの通過を現実化した犯罪行為だった。そしてこのような韓国労総との共助を云々した民主労総もまた、その責任を逃れがたいだろう。
 第3に、情勢認識の問題だ。周知のように現在、民主労総指導部と呼ばれている人々の情勢認識は、いわゆる民族主義者たちの情勢認識と変わらない。これを反映するかのように民主労総は「守旧保守勢力に反対する汎進歩陣営の団結が要求」されるとし、06年の最大の政治イシューとして社会の2極化解消、国家保安法廃止、過去史の清算問題、ニューライトの登場を挙げた経過がある。
 このような情勢認識は中間勢力までをも包含する統一戦線という進歩陣営の単一戦線体(常設連帯体)建設の主張とも結びついている。あまつさえ「改革的大衆団体、すなわち韓国労総、韓農連との連合(ハン・ホソク)」、「07年の複数労組時代に備えて2大労総の統合に拍車をかけなければならない(COREA21)」などの主張のように、労働者民衆の生存権がかかった切迫した諸懸案・争点は、はなから関心がなかったのかも知れない。
 つまり口では法案阻止だのロードマップ粉砕だのと言いはしたものの、実際には決死的闘争を組織する意志も計画もなかったと言っても決して過言ではないだろう。
 第4に、産別労組への転換問題だ。非正規悪法と労使関係ロードマップが一潟千里に通過することができたのは単に、特定政派や現在の民主労総指導部の問題、民主労働党だけの責任とは言えず、民主労組運動が直面している総体的危機の産物なのだ。そしてその中には正規職中心主義的思考や形式的な産別労組への転換が位置している。重ねて言えば、よしんば産別労組への転換が不可避なものだったとしても、それ自体に埋没しつつ肝心の懸案の闘争を放棄した否定的結果を生み出したのだ。
 これは闘争を通じた産別労組の建設という最小限の原則が棄却されるものにほかならず、実際にも下からの論議の不在、正規職労働者中心の論議という限界を克服できずにおり、また最近、公共運輸4組織統合の代議員大会が否決されるなど、難航に逢着している。そしてこれに対しては労働運動内のいかなる勢力も自由ではありえない。
 第5に、いわゆる階級的左派陣営の限界だ。非正規悪法や労使関係ロードマップの通過を阻止できなかったという点においては階級的左派陣営の責任もまた、ないわけではない。確かに「非正規職撤廃、ロードマップ阻止現場闘争団」などが構成され、それなりに努力を傾けてきたが、その影響は崩壊した戦線を復元させるには余りにも不充分だった。
 重ねて言うが民主労総の民主的労使関係方争取という、きれい事とは裏腹の信じがたい主張や国会日程の後追い的な、戦術ならざる戦術を変えさせることのできる大衆的力を作り出すことに失敗したのだ。
 このような総体的な問題が、それこそキチンとした闘いがひとつとしてなく、無気力に年末の労働悪法の国会通過を眺めていなければならない凄惨な状況を作り出したのだ。そしてこの過程で公務員労組の労組弾圧阻止闘争、全教組の年休スト闘争、KTX(韓国高速鉄道)非正規職闘争、ダンプ連帯のストなどが孤立分散したまま個別撃破されたり、孤立展開をせざるをえなかったのであり、非正規改悪案阻止・ロードマップ粉砕闘争と結合できなかったのだ。

韓米FTA交渉阻止闘争

 韓米FTA交渉阻止闘争は06年の労働者民衆運動陣営の最大の課題だったと言っても決して行き過ぎではないだろう。それほどに韓米FTA交渉は韓国社会の全産業、全領域にわたって甚大な影響を及ぼすものであることを反証するものだ。
 初期には農業部門やスクリーン・クウォーターの縮小への対応程度にとどまっていたものが、各産業・部門別に共同対案委が結成され、これが土台となって韓米FTA阻止汎国民運動本部という名実共に兼ね備えた最大の連帯体が建設された。それ以降韓米FTA阻止闘争は、この汎国本を中心として展開され、その成果と限界もまた汎国本のものにほかならない。
06年12月現在、韓米FTA交渉は5次まで進められており、07年1月15日の6次交渉は韓国で行われる予定だ。交渉は米国と韓国で交互に行われるものだから闘争もまた自ずと韓国での交渉日程を中心に配置されるところとなり、交渉の場を中心として戦術が行使された。
 特に7月の2次交渉闘争と10月の4次交渉闘争は、それぞれソウルと済州に集結する方式の闘争として展開された。一方、5次交渉の場合、交渉の場は米国だったが、民衆総決起という大げさな名称で全国同時多発集会方式で行われた。
 ところで今日まで展開された韓米FTA阻止闘争は、冷静に言えば阻止という目標に接近できないまま、政権と資本によって管理される闘いの様相から脱しきれなかった。ここには幾つかの原因が存在する。
 第1に、情勢認識上の違い、核心的にはノ・ムヒョン政権に対する態度の問題だ。代表的には韓米FTAが米国の一方的な圧力によって進められるのだから、わが国の産業を保護育成しなければならない式の主張が、それだ。
 これは諸悪の根源を米国だと規定することで実際に韓米FTAを強行しているノ・ムヒョン政権、新自由主義政権に対する明確でない態度へと結びつき、実際に汎国本の内部でノ・ムヒョン政権退陣をかかげることができない頑強な態度として現れた。結局、ノ・ムヒョン政権の審判というあいまいなスローガンとして整理せざるをえなかったが、これは結局、闘争を攪乱する要因として作用した。
 第2に、韓米FTA阻止汎国本という連帯体自体の限界だ。より広範囲な大衆の参加を通じて、さらに大きな戦線を構築するとの趣旨の下、汎国本は200を超える団体が参加した。だがこれは長所であるとともに短所としても作用した。代表的なのが11月、12月の民衆総決起を前にして韓国労総が大会基調を問題視したのだ。
 彼らは、労働悪法の撤廃のスローガンを受け入れられない、なぜ9・11の労使政合意が野合なのか、などと主張して基調の変更を要求した。激論のすえに、労働基本権争取程度の表現で取り繕われることとなったが、韓国労総は民衆総決起にはキチンと加わりはしなかった。
 それだけか? 11月22日の1次総決起が、ソウルでは警察と仲良くポリスラインに沿ってキャンドル集会としてまとめられたのに比して、地域ではそれこそ労働者農民らの怒りが爆発する形で激烈に展開された。これをめぐって、政権が暴力デモには厳重処断などを云々する中で、汎国本参加団体のうち、いわゆる市民団体、代表的には参与連帯などが暴力デモへの憂慮発言をした。それこそ汎国本が、もうひとつの国法であることを見せつけた事例と言うほかはない。
 第3に、大衆組織と大衆運動の限界だ。韓米FTAは単に農民や映画人たちだけの問題ではなく、労働柔軟化や公共部門を市場化する先兵であるにもかかわらず、実際には労働組合の参加の程度は極めて低調だった。
 これは一方では依然として韓米FTAが労働者の暮らしに及ぼす影響が実体的に現れるように宣伝・扇動できなかったことにも原因があるものの、前述したように韓米FTA阻止闘争を反米闘争へと狭小化させる傾向と共に、産別労組への転換という組織的緊張と、これによる活動家たちの緊迫、繰り返される虚しいストと国会の日程を後追いする式の闘争(?)に疲れた先進活動家たちの疲労度もその一役を買っていると言えるだろう。
 また依然として反世界化闘争と生存権闘争が結合できず、各級の大衆組織、特に各連盟別の懸案の課題にFTA阻止というスローガンを羅列するやり方を克服できずにいる現在の大衆組織、大衆運動の状態を反映しているのだ。
 第4に、階級的左派陣営の限界だ。階級的左派陣営は韓米FTA阻止闘争が全労働者民衆の闘争へと拡大・発展されなければならないという当然の課題に合流するというレベルを超えられなかった。
 もちろん韓米FTA阻止闘争をさらに乗り越え、反資本主義闘争へと踏み込まなければならないとの問題意識が提起されたし、非正規ロードマップ阻止闘争や平澤闘争などを包括する新自由主義政権退陣闘争をも主張した。だが現実は11月22日のソウルでの民衆総決起という名称の集会が示したように、政権によって管理される闘争の様相を脱しきれなかったのであり、地域での闘争がさらに拡げられるどころか非正規悪法、ロードマップの通過と同様に無気力に小康局面へと入った。
 韓国と米国の支配階級は07年上半期、すなわち3月を前後して交渉は成功的にまとめ上げられるだろうとあえて主張しており、現在まで示された闘争の限界が克服されない限り、韓米FTA阻止闘争は「世の中を変えるゼネスト」のように、あるいは先般の「民衆総決起」のように虚妄の大衆ギマン劇に終わるかも知れない。今からでも階級運動陣営の新たな闘いの場を組み立て、果敢な実践が求められるところだ。

07年の闘争に備えて

 06年の労働者民衆の闘争評価から導き出される課題は以下の各点だ。まず運動陣営内部から派生する攪乱要因をいかに克服するのかであり、崩壊している現場や大衆運動をどのように立て直すのか、だ。また、自らの前に置かれている問題のほかには関心を持てず、それぞれの闘いを分離させる思考をどのように脱却するのか、新自由主義政権によって進められる数々の自発的自由化の諸措置に対する闘いや韓米FTA阻止闘争をいかに結合させるのかなども併せて悩み考えなければならないだろう。
 これに加え最近、労働者の団結という美名の下で実際には資本の苦痛分担のイデオロギーに包摂されるほかはない幾つかの傾向など、特に社会連帯戦略、所得連帯戦略などが及ぼす否定的影響なども共に対処しなければならないだろう。
よしんば非正規悪法、ロードマップが通過し、韓米FTA阻止闘争の勝利も遙遠のようではあろうとも、闘いはまだ終わってはいない。KTX非正規職労働者たちの粘り強い闘争が、労組弾圧にもかかわらず断固、法外労組として年金闘争、水自由化阻止闘争を展開している公務員労働者たちが、警察による集会、デモ禁止の通告をも物ともせず韓米FTA阻止を高々と叫び街頭に登場した労働者民衆がいる。
 今ひとたびハチマキをキリリと締めて反自由主義闘争戦線の大道に踏み出そう!(「労働者の力」第117号、06年12月29日付、キム・テジョン/中央執行委員)


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