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                           かけはし2007.10.22号

ブッシュ帝国のたそがれ

「テロに対して弱腰」のレッテルを恐れる民主党指導部
                         デービッド・フィンケル

増加する外貨準備金

ブッシュの最悪
度は史上第2位?

 よろめきながら歩むジョージ・W・ブッシュ大統領の任期が最後の六カ月を切り、拷問男アルベルト・ゴンザレス(司法長官)や策略家カール・ローブ(上級顧問・次席補佐官)を先頭にねずみの行列が舟を離れ始めて、いくつかの問いが浮かび上がってきた。これらの問いに明確に答えることはできないにしても、これらの問いは体制とそれが作り出した危機の状態を垣間見る窓を提供するものである。すなわち、
bこの政権は、一部のまじめな歴史家が提起しているように、米国の歴史上最悪の政権であるのか?
bイラクにおける失敗と瓦解の後、このギャング体制はイランとの戦争という究極的破局に世界を引きずり込むだろうか?
bぎりぎりの議会多数派民主党は、イラクからの撤退をブッシュに強制するために何かするだろうか?
b安っぽい「サブプライム抵当証券」の崩壊がきっかけで生じた金融市場の突然の混乱は、瀬戸際に立たされた政権の政治的危機に転化するだろうか?
 ブッシュ体制の歴史的位置付けの問題は、二つの側面に分ける必要がある。確かに、腐敗、虚偽、憲法の人権規定や自由の規定の政府による破壊のレベルにおいては、この政権はニクソン政権(ウォーターゲート事件)とレーガン政権(イラン・コントラ事件)の犯罪性を合わせ持っており、米国でそう言われているように「新しいレベルに高めた」と言える。
 それにもかかわらず、アメリカ社会に与えた被害に関しては、ジョージ・W・ブッシュ政権の最悪度は歴史上第二位に過ぎないであろう。

最近の政権の中
で最も破滅的

 百三十年前、ラザフォード・B・ヘイズ大統領は、選挙接戦後の汚い政治的取り引きによって就任したが、この政権は南北戦争後の再建時代を終わらせ、リンチ法によるテロ、黒人市民の選挙権と市民権の剥奪への道を開き、それ以来米国を毒してきた白人優越文化の時代を開いた。これが、国内的にはこれまでで最も破滅的な政権である。
 しかし、一八七七年には、米国はいまだ世界列強ではなかった。世界が受けた被害の観点からG・W・ブッシュ政権を見れば、イラクの徹底的破壊、アフガニスタンにおける残虐な行為の袋小路、パレスチナ民主主義の破壊(中東だけでこんなにある)から破局的気候変動に対する行動の妨害まで、八年間のこれらの行為はこれまでのすべての記録を上回っている。
 このような検討の結果は、当然、上述の他の質問にかかわり、さらにもっと大きな質問にかかわる。すなわち、米国憲法構造の力が二世紀以上にわたってブルジョアジーに役立ってきたことをわれわれは認めなければならないが、米国憲法構造の力は、部分的には、大統領が賢明で、特に有能あるいは誠実であることを必ずしも想定しておらず、そのことに依存していないという事実に存するのだろう? そうであれば、現在の大統領の暴走行為に対して明らかに真剣なチェックが行われていないのはなぜか?
 この政権は、最近の帝国の政権の中で明らかに最も破滅的であり、今や最も不人気な政権でありながら、最も制度的抵抗に遭遇してこなかった政権である。
 実際、米国住民がまさにイラク戦争にうんざりしていることから二〇〇六年十一月に選出された民主党議会多数派は、戦争に失敗していることが明らかなのになぜブッシュ政権の行動を変えることに躊躇し、あるいは変えることができないのだろうか?
 ここには絡み合った理由、あるいは言い訳が存在する。民主党の多数はぎりぎりであり、上院における論争に決着をつけることができず(妨害戦術を停止させるには60議席が必要である)、撤退「タイムテーブル」や派遣の適切な帰国期間に関する立法に対するブッシュの拒否権を無効にする三分の二の多数にはもちろん届かない。
 しかし、反戦活動家たちを怒らせているのは、実際には議会は何も通過させる必要がないことである。必要なことは、ブッシュ政権の半年ごとに数千万ドルもの「追加的」な予算外戦争支出に関する要求の通過を拒否することである。
 ここに、帝国主義の客観的危機にかかわる政治的臆病が存在する。民主党指導部は「テロに対して弱腰」のレッテルを貼られることを恐れているだけではない。彼らは地域的危機に対するブッシュのギャングたちの緊急プログラムに代わる真の政策を持っていないのである。
 この「殺到と圧倒」プログラムには、朝鮮戦争モデル型の米国占領軍の長期駐留、シーア派およびイラン政権に対抗するスンニ派反乱部族との戦術的同盟、独立国家を求めるパレスチナ人の希望を人種隔離政策時代の南アフリカの悲惨な黒人自治区のようなものに変えようとするパレスチナ指導部右派支援をともなっている。

政策を押し返す
大衆運動が不在

 民主党は、イラク占領に関するブッシュ政権の無能を基盤にして二〇〇八年選挙の勝利を狙っているが、根本的に異なる方向を目指しているわけではない。戦術的には、民主党指導部の策略は、彼らが絶対的に依存している反戦票を維持するのに十分なだけブッシュ政権反対の闘いの姿を演じるが、実際に勝利するリスクを冒さないようにすることである。これは、民主党の事実上の指導者ヒラリー・クリントンに特に当てはまる。
 政権がイラン攻撃計画を実施に移した場合は、もっと深刻な闘いが発生する可能性がある。二年前に当時支配していたディック・チェイニー率いるネオコン派は、政権を離れる前にブッシュ政権をイランとの戦争にかかわらせようとしていたことは、ほとんど疑いない。
 しかし、イラクにおける破局的失敗のために、たとえ野党民主党がこのような戦争政策を阻止しようとするどころか、このような戦争政策が存在していることを「公式には」知らないふりをしているとしても、このような錯乱に対する大衆的支持の余地は残っていない(何を爆撃しても許されると思っているような空軍上層を除いて、大部分の軍エリートたちも、これは尋常ではないことだと考えている)。
 この試案の中には、戦争への推進力をさらに押し戻すもっと重大な新しい要素が存在する。すなわち、住宅信用危機が深刻な景気後退に転化する脅威である。
 原油価格はすでにバレル当り八十ドルに達しており、株式市場は非常に不安定になっており、ドルは急速に下がり、米国企業の国内営業利益は低下し(国際営業利益は上昇しているが)、住宅抵当証券だけでなく金融機関全体を通じて不良債権の現実性が増しているので、今日では、新しい戦争のショックは一九七三年におけるよりも大きな意味を持つだろう。本当は誰にも分からないが、支配階級は知りたくないと思っている、というのが論理的であろう。
 いずれにせよ、企業資本は、このならず者国家が何兆ドルもの不労所得をめぐって地政学的ロシアン・ルーレットをもてあそぶことを阻止する方法と手段を持っていると期待されている。さらに、正気を強制するために依拠できる大衆運動が存在していれば、もっと安心なのであるが。
▲デービッド・フィンケルは、米国の社会主義組織「ソリダリティ」
(www.solidarity-us.org)の出版物「流れに抗して」の編集者。
(「インターナショナルビューポイント07年10月号)




書評
中島みち著 岩波新書 700円+税
『「尊厳死」に尊厳はあるか』
 ―ある呼吸器外し事件から
曖昧な言葉による美化



医師の都合と
議員の脳死論議

 二〇〇六年三月、富山県射水市で入院中の末期患者七人の人工呼吸器が取り外され患者が死亡していたことが明らかになりました。七人の患者の主治医である外科部長は、自分の行為は「尊厳死」と主張し多くのマスメディアがその主張に追随しました。
 しかしその実態は「尊厳死」とは程遠いものだったことが、取材の過程で明らかになっていきます。七人の死を検証した結果、浮かび上がってきたのは患者の「尊厳」ではなく、医師の都合を押し付けるパターナリズムに毒された外科医の「単独行動主義」でした。そしてその後のマスコミと、これを機会に「尊厳死」を法制化しようとする自民党議員たちの暗躍が脳死論議と共通することを、中島氏は丹念な取材と分析で暴いていきます。
 さらに「尊厳死」といういかにも患者の人権を尊重したような概念が、実はアメリカの「常に国民の六人に一人はまったくの無保険」の状態が「『どっちみち死ぬものはさっさと片付いてもらう』という本音を美しく覆う『尊厳死』という言葉を、爆発的に拡げ、根付かせた」ことを明らかにします。実は、アメリカや日本における「尊厳死」の実態とは「命の線引き」だったのです。

命を選別する
究極の人権無視

 現在、後期高齢者(75歳以上)を対象とした後期高齢者医療制度の導入が目論まれています。そこでは「居宅」で高齢者の終末期医療を行うことが課題とされています。つまり「75歳以上の年寄りは、医療にかからず自宅で死んでくれ」ということです。
 過剰な医療処置で無理やり生かされるのは嫌だ、できるなら自宅の畳の上で最期を迎えたい、という誰もが思う気持ちに付け込んで、75歳以上の高齢者に本来必要な医療までも「過剰」と制限しようとしているのです。家族の介護力が、長時間労働などでかってないほど低下している現在、在宅で行き届いた介護を受けて最期を迎えることができるのは、ごくわずかな人だけでしょう。
 「尊厳死」という個人の人権を究極に尊重する言葉の背後に潜むものは、命を選別する究極の人権無視なのです。  (矢野 薫)


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