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安倍極右政権の無残な結末                かけはし2007.9.24号

深まる憲法改悪戦略の危機
自公政権打倒へ!追撃強化を


前代未聞の退陣劇

 九月十二日午後二時、安倍晋三は首相辞任を表明した。九月十日に招集された臨時国会冒頭で所信表明演説をしてから僅か二日後、という前代未聞の退陣劇である。しかもこの日は、所信表明演説に対する野党の代表質問が午後一時からの本会議で予定されていた。まさに「敵前逃亡」以外のなにものでもない。事前に首相辞任の意向を知っていた自民党幹部は数人に過ぎず、閣僚や派閥幹部までふくめて呆然自失という状態となった。
 七月二十九日投票の参院選での歴史的大敗により、自民・公明の与党は初めて参議院で少数派に転落した。自民党の中からも責任を取って退陣せよという批判が噴出したにもかかわらず、安倍は「続投」の決意を示し、退陣を拒否した。臨時国会直前の九月八日には、APEC(アジア太平洋経済協力会議)出席のために訪問していたシドニーで、海上自衛隊のインド洋での給油活動を継続するために、「職を賭して」テロ特措法を延長すると、「退路を断つ」決意を示していたのである。労働者・市民は、安倍首相の突然の退陣という政府危機の状況の中で、小泉―安倍の「改憲・戦争国家」化と新自由主義路線の破綻を追撃する闘いを強化していかなければならない。

直接の契機は何だったか

 参院選での敗北後も政権の座にしがみつこうとした安倍を、ここまで追い詰めた直接の契機は何だったか。安倍首相は九月十二日の辞任会見で次のように述べた。
 「本日、(テロ特措法の延長問題で)小沢・民主党代表に党首会談を申し入れたが、断られた。今後、このテロとの戦いを継続させる上において私はどうするべきか。むしろこれは、局面を転換しなければならない。新たな総理の下でテロとの戦いを継続していく。それをめざすべきではないか」。
 つまり、安倍は「国際公約」として自ら「職責を賭ける」としたテロ特措法の延長がこのままではきわめて困難になったことを唯一の理由として辞任を決意した、というのである。
 APEC会議に出席したブッシュ米大統領と安倍首相は九月八日に日米首脳会談を行った。この会議の最大の焦点となったのがインド洋上での海上自衛隊による多国籍軍艦船への給油の継続であったことは間違いない。ブッシュ大統領と安倍首相が会談後の記者団への話の中でいずれも「テロとの戦い」と「海上自衛隊の国際的貢献」を最初に持ち出した。安倍は、ブッシュやハワード豪首相との会談に踏まえ、同日、記者団に対して「活動が継続できなかったら職責にしがみつくことはない」とまで言い切った。まさに「背水の陣」を敷き、自らの首相辞任まで言及して、何がなんでも「テロ特措法の延長」に政治生命を賭けるという異例の「決意」を語ったのである。
 「辞任」をもちらつかせた「国際公約」という安倍の言葉には、おそらく海上自衛隊のインド洋での「テロとの戦い支援」を中断させるな、という安倍が震え上がるほどのブッシュからの厳しい恫喝があったことを想像させる。
 しかし、小沢・民主党は「テロ特措法の延長」には絶対に応じないという姿勢を明確にしていた。参院第一党となった民主党は小沢の主導権の下に、前原・前代表らの「日米同盟重視」派の妥協の動きを抑え込んでしまった。
 民主党は、インド洋での自衛隊の給油活動の実態を明らかにさせるために、イラク作戦に参加した米艦への給油の有無を含めて資料提供を求め、国政調査権を発動する方針を固めていた。したがって十一月一日の期限切れを前にして「テロ特措法」の延長を議決・成立させることは事実上困難となっていたのである。
 他方、自民党は事実上安倍を差し置いた形で、次期政権をにらんだ麻生太郎幹事長と与謝野馨官房長官のイニシアティブで、洋上給油活動に「限定」した新法を提出する準備を進めていた。しかしこの新法案の成立のためには、国会の会期延長が必要であり、洋上給油に「空白期間」が生じることは必至だった。また「テロ特措法」の中に含まれている米軍の物資・人員の航空自衛隊機による輸送(国内の米軍基地間の輸送、ならびに国内の基地からグアムへの輸送)も、洋上給油に限定した「新法」では不可能になる可能性もあった。
 安倍がだれにも相談せずに語ったとされる「職責にしがみつかない」発言は、安倍の思惑通りに内閣と自民党の「求心力」を高める結果とはならなかった。むしろ安倍改造政権の短命さを党内に意識させ、ポスト安倍を見越した麻生らの動きを加速させるものとなった。
 かくしてブッシュとの約束に他ならない「切れ目のない支援」という「国際公約」の実現が不可能であることを悟らざるをえなかった安倍は、所信表明の二日後に突然の政権投げ出しに走ったのである。

新自由主義路線の破産

 安倍の辞任は、小泉内閣以来の日米のグローバルな軍事的一体化をベースにした改憲―戦争国家体制構築の路線や新自由主義的「構造改革」「規制緩和」路線の破綻である。参院選の結果は、都市でも地方でも、「もう我慢できない」という労働者・市民の批判・抵抗が拡大していることを鮮明に示した。
 自民党の中でも「格差・貧困」を拡大した「構造改革」路線の見直しが大きな声となっている。自民党の参院選総括委員会(委員長・谷津義男選対総局長)の最終報告書が八月二十三日に明らかにされたが、その中では「我々の掲げた政策の優先順位が民意とズレていたのではないか。『美しい国』などの訴えを争点に設定できず、『生活第一』の野党に主導権を奪われた。地方では格差や置き去り感で猛烈な反発が広がっている」と述べられている。これは小泉改革を「継承」するという新自由主義的「改革」と、「美しい国」「戦後レジームからの脱却」という安倍の極右国家主義路線に対する「否定」に等しい。
 ポスト安倍の自民総裁選は、麻生太郎・前外相と福田康夫・元官房長官の間で争われることになった。当初、次期総裁の本命と見られていた麻生は孤立し、麻生派を除く自民党の全派閥が福田の下に結集した。総裁候補に一番早く名乗りを上げた津島派(旧橋本派)の額賀・元防衛庁長官は、派閥内からの支持も得られず立候補を断念した。「小泉チルドレン」と呼ばれる「郵政民営化」選挙で大量当選した一年生議員たちは、「小泉再登板」のために騒ぎ回ったが、当の小泉・元首相を動かすことはできず、結局、その多くがまさに旧来的な「派閥談合」の結果とも言うべき福田への支持にまわるという醜態をさらけ出すことになった。
 われわれはここで福田と麻生の政策的相違について語ることに、大きな意味があるとは思わない。小泉・安倍政権の下で頭角を現した麻生は、「(小泉の下で)ぶっこわされた自民党を立て直す」と語り、「市場原理主義批判」を訴えている。他方、第一次小泉政権の下で官房長官を務めた福田は、むしろ「改革継承」のニュアンスを打ち出している。しかし「派閥談合」で押し出された福田には、小泉・安倍政権の自民党主流からは距離を置いてきた各派閥の支持を得ており、その政策は「構造改革批判」の圧力を強く受けることにならざるをえないだろう。
 いずれにせよ、参議院で少数勢力になった自民党は、参院第一党の民主党との政策調整を余儀なくされる。「小泉ブーム」や当初の「安倍ブーム」のような現象を、福田、麻生が引き起こすことは考えられず、マスメディアの宣伝によっても自民党の「求心力」が持続することはない。

テロ特措法も新法も許すな

 安倍首相の退陣は、憲法改悪・集団的自衛権の「合憲化」、海外派兵恒常化法案などの一連の右翼国家主義路線のテンポを遅らせることになるだろう。大島理森・自民党衆院国対委員長は「テロ特措法」延長をめぐる民主党とのTV討論で、「国連決議に基づいて自衛隊を海外に派遣するという民主党の考え方は憲法の禁じる集団的自衛権の行使であり、違憲だ」などと語り、「集団的自衛権」の合憲化をめざす安倍の「有識者懇談会」での討論などなかったかのように主張している。「ホワイトカラー・エグゼンプション」などの労働法制改悪、労働市場のさらなる「規制緩和」に対しても、大きなブレーキがかかろうとしている。
 もちろん、自民党の後継内閣がどうなろうとも、改憲とグローバルな日米軍事一体化、新自由主義的な「構造改革」と「労働ビッグバン」という戦略的な枠組みが変化することはないし、支配階級と自民党の攻撃が小泉―安倍内閣の路線を継続したものになることに注意しなければならない。参院で第一党となった民主党もまた、「政権交代」を直接の現実的課題とするにつれて、従属的「日米同盟」の枠組みの下での自衛隊の海外派兵や憲法九条改悪、そして新自由主義的「規制緩和・民営化」という大資本の意向に沿った道を追求する圧力にさらされる。われわれはこの点でいかなる幻想も持つことはできない。
 しかし繰り返すが、安倍の辞任は、教育基本法改悪・防衛庁の省昇格・改憲手続き法の成立を強行してきた「戦後レジームからの脱却」路線の行き詰まりに他ならないことを改めて確認すべきである。
 安倍辞任の記者会見の直後にまかれた、極右・安倍御用メディア「産経新聞」号外は「海上自衛隊によるインド洋での給油活動が継続できなくなると、首相が提唱する『主張する外交』もむずかしくなる」「『拉致はテロ』と明言して拉致問題に取り組んできた首相にとり、日本がテロとの戦いから身を引くことは、拉致問題解決を関係各国に呼びかけることも困難になることを意味する」「約六十年ぶりの教育基本法改正と国民投票法成立、防衛庁の省昇格など、歴代政権が見送ってきた歴史的諸課題に正面から取り組んできた首相の退陣で、日本の針路は見えなくなった」と、敗北感をあらわにした。
 われわれは今回の安倍辞任と極右派の敗北感を、労働者・市民にとってのとりあえずの勝利として心から歓迎する。そしてこの局面を、予想される早期の解散・総選挙もふくめて自民・民主の「二大政党制」に対する左翼的オルタナティブを作りだすための貴重なスペースとして活用しなければならない。そのための第一歩は何よりも、臨時国会で「テロ特措法」の延長を阻止し、「洋上給油新法案」を廃案とし、自衛隊のインド洋・イラクからの即時撤退を勝ち取るために全力を傾注することである。(9月16日 平井純一)


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