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ハイリゲンダムG8対抗イベントに参加して        かけはし2007.7.9号

新自由主義への批判鮮明に対抗フォーラムと直接行動が結合した

若者たちの意欲的な参加
――ATTACジャパンのメンバーに聞く

 六月六日から八日まで開催されたドイツ・ハイリゲンダムサミットに対して現地では六月二日の八万人デモを皮切りに、G8オルタナティブのフォーラムや対抗アクションなど多彩な行動が展開された。この行動に参加したATTACジャパンの秋本陽子さんとBさんから話を聞いた。来年七月に日本で開催されるG8に向けて市民の側からの多様な運動の広がりを!


8万人のデモと警察の挑発

――六月初めに行われたG8サミットへの対抗行動に参加したATTACジャパンの秋本陽子さんとBさんに、G8サミット会場のハイリゲンダムに近いドイツのロストックを中心にして開催されたデモや対抗フォーラムの様子をうかがいます。秋本さんからは「G8オルタナティブ」のフォーラムでの討論について、そしてBさんからはデモについて話を聞きます。秋本さんは「フォーラム派」で、Bさんは「デモ派」だったとのことですので(笑)。それでは最初にBさんから、日本でもテレビなどで大きく報道されたデモの様子を……。

B 一番大きかった六月二日のデモは、二つのポイントから出発しました。一カ所はロストックの駅の隣でもう一つは市内からです。ATTACは第2ポイントと言われた駅の近くから出発しました。正確な人数はわかりませんが最初の発表では八万人と言われています。見ていて一番驚いたのは若者が多くて、二割から三割は、文字通りのアナーキストではないけれど黒いジャケットを着た若者でした。
 ATTACが加わったのはNGOを中心とするピースフルなデモで午後四時頃に終わったのですが、五時頃からデモの合流・終了地点でNGOなどの集会やコンサートが開かれていました。この五時頃から集会場の境界付近でデモ参加者と警官隊の衝突が起きはじめたんです。警官隊が催涙ガスを撃ってきたり放水車を出してきて、それに対する投石が始まりました。メディアの報道では、「衝突シーン」ばかりクローズアップされていますが、実際には集会場の中ではコンサートなども続けられていました。しかし、こちらにも警官隊が投石を理由に集会場の内部まで入ってきて、逮捕者が百人以上出ることになりました。

――八万人の参加者はほとんどドイツからですか。

B 正確な比率はわかりませんが、もちろんドイツの人が多く、それ以外にはイタリア、スペインが多く、続いてベルギーやフランスというところでしょうか。

「暴動」というキャンペーン

――それは六月二日のデモの話ですが、その後も列車の線路に座り込むなどの行動があったと聞いていますが、二日以後の行動も聞かせてください。

B 二日の行動について「暴動」と報じられたことに関しては、運動団体で様々な議論がありましたが、警察やマスコミが「暴動」と言っていることについて批判しなければならないという点では、一致していました。多くの人がピースフルな行動で、集会への警察の介入に対して立ちはだかって抗議するという状況だったのですが、その中に人体に有害なガスを撃ち込むとか、棍棒のようなもので殴ってくるなど、警察の方がはるかに暴力的ではないか、ということに批判が多く出されました。実際、車が炎上しているシーンなどだけを出してくるマスコミの方が意図的であって、それに原則的に対応しなければないという意見がATTACを中心に出されました。
 もう一方、ATTACをふくめて議論が起きたのは、暴力的な対抗をする人々に対してどのように位置づけるのかということです。「ブラック・ブロック」という一部の暴徒が平和的な参加者のデモを妨害し、破壊したことを批判しなければならないという意見が、マスコミ批判をする人たちの中でも多かったと思います。しかし「ブラック・ブロック」という見事なまでに「組織的」な行動を取る人がいたのは確かですが、彼らは決して一部の暴徒ではありませんでした。先程集会の二、三割を占める「黒服」の若者と言ったように、「ブラック・ブロック」ではなくても彼らの行動を支持する若者も多く、かなり大衆化しているという印象を受けました。
 「黒服」の若者の多くは平和的な行動をしているのですが、なぜ黒い服を着ているかというと、「カッコイイ」ということもあるのでしょうが、同じ「黒服」を着ることで投石している人たちをかばう、という効果も意識されていたからです。
 ATTACドイツのメンバーたちも、投石する「黒服」に対しては批判的な人が多かったのですが、一部のATTACメンバーはそうした衝突の前線にいて旗を出していたりしてましたね。
 僕自身は、そうした反権力的な直接行動については高く評価する方なのですが、その点については平和的な行動として一線を画すべきか、いっしょにやるべきかで意見が割れていたようです。

批判の声明と統一行動

B そこから六月四日〜六日の行動につながっていきます。僕は二日のデモ後にATTACインターナショナルの会議に参加しました。バーで「飲み会」をしながらでしたが、デモの評価を聞きたいとATTACドイツから提案されて、若干討論しました。
 ATTACドイツの人が提案していたのは、二日のデモは「ラディカル・レフト」(ドイツではアナーキストのことを指す)の行動ばかりが報道されていて、「デモ=暴動」になっているから、ATTACドイツとしてはメディア戦略を軸に考えたいということでした。つまり「平和的行動」をシンボリックな形で訴えていく、デモの主体である「ブロックG8コアリション」(G8阻止連合)に自発的な形で参加していくのはかまわないが、当初予定していたコアリションの統一行動への公式署名はしない。暴力的衝突が起こった場合は引こうという提案がされて議論が起こりました。
 これに対してはATTACオーストリアから明確な批判があり、これ以後ATTACはデモに参加すべきではない、参加すれば「ラディカル・レフト」の行動に巻き込まれてしまう、という意見でした。六月六日、七日には道路封鎖してG8を阻止しようという提起がなされていたのですが、道路封鎖してもG8を止めることはできないという意見まで出ていました。ただフランス、デンマーク、ベルギーの人たちは「なんとも言えない」という立場でした。
 僕自身も発言を求められたので、「ATTACドイツは当初の構想を変えるべきではなく統一行動としてやるべきだ。むしろ一部の暴徒としてラディカル・レフトを批判する言説自体を批判すべきじゃないか」と言いたかったんですが、英語力不足でなかなか伝わらず(笑)、ATTACドイツの方に「Smash G8 with Anarchist」(アナーキストと共にG8粉砕)と一言でまとめられました。

秋本 翌日ATTACオーストリアのAさんが「日本の若い人はとても過激だ」と言ってたわよ(笑)。

B ただその場で結論は出さず、ATTACドイツとして翌日の討論で自分たちで決めて、六月三日の記者会見で「暴動」を批判する声明を出しました。ただ統一行動には参加していくという結果的にはいい妥協案でした。内部でいろいろ批判はあったけれど、統一行動を行っていくことになったんです。

小グループのトレーニング

B 六月四日はとくにスケジュールはなくロストック・キャンプに行ったんですが、六月五、六、七日に「ブロックG8コアリション」で封鎖行動が呼びかけられていて、そのためのトレーニングが行われていました。抗議行動で警察と対峙したらどういう行動を取るべきかなどのトレーニングです。五人から二十人ぐらいで構成される小規模な「アフィニティーグループ」(類縁集団)が作られ、そこで議論して警察との対応を決めたりするわけです。三時間くらいかけてそういう訓練をやるんです。
 デモでどういう行動を取るかを、「アフィニティーグループ」を中心にして決めます。ブロックG8コアリションではデモでどこのポイントに集まるかは決まっているんですが、行動の態様については「アフィニティーグループ」で議論し、早朝みんなが集まってミーティングで決めるというやり方です。抗議行動の方法もそのように非中心的に決められており、驚き、感動しました。
 抗議行動は五〜七日と連続して行いました。五日夜はロストックのラーゲ空港にブッシュと安倍晋三が来るのでラーゲ空港に集まれという呼びかけがされていたので、僕もそこに行きました。六日と七日は道路封鎖を行って、会場に行かせないという行動が組まれました。
 五日は空港が非常に遠く、駅から二、三時間かけて行ったんですが途中で止められた人が多く、僕が着いた頃は集まっていたのは四、五百人だったかな。最終的には八百人から千人になったんだけど。そこでの抗議行動はちゃんと組めなかった。空港に来てヘリコプターで飛び立つだけだから、どれがブッシュだか安倍だか分からない。それで一時間半くらいで切り上げて終わりです。

座り込んで道路を封鎖

B 六日のことですが、抗議行動に集まる人びとはキャンプに集まって何時に出発するかを確認します。僕はキャンプ・レイドリッヒというところに朝に集まったのですが、他のキャンプから出発する人をふくめて四カ所で道路封鎖をやるということでした。僕らは西側の第2ポイントと言われる場所の道路封鎖が担当でした。阻止線を避けて山や森や畑の中を突っ切って行ったんですが、ヨーロッパの人は「ワンダーフォーゲル」みたいに、そうしたことが好きなんじゃないですかね。僕の行った第2ポイントは一番人数が多く、ATTACの人たちもかなり来ていて、平和的封鎖行動をやるということで二千人以上集まっていました。全体のポイントを合わせると一万人ぐらいということです。
 僕はトレーニングを受けていなかったので、警察に取り囲まれた時や、連れていかれた時の対処方法を聞きました。他のポイントでは警察との衝突が起こり、放水車が導入されたという情報も入っていたんですが、僕らのところはピースフルな封鎖行動を取ることが確認され、「黒服」の人たちもふくめて挑発に乗らないということになっていました。その日の行動についてはメディアの報道も好意的で、デモの方が勝っていたという印象でしたね。
 封鎖行動の中自体はのんびりしていて、僕も「シット・イン」というよりは「スリープ・イン」だったんですが(笑)。まわりでもトランプやチェスをやっていたり、お菓子を食べていたり、キャンプから運んできた食事を取ったり。僕らは九時半から十時頃に帰りました。その途中で警察のガサ入れがロストック・キャンプ内に入ったということなのでそっちの方に行ったんですけど、何かずいぶんのんびりした雰囲気で、「警察が入ったんでしょ」と聞いたら「ああ、そうだよ」という感じで……。
 そして小集団ごとに対応を決めるというやり方だから、ロストック・キャンプて明日の予定とか聞いても、全然わからない。ATTACの人たちがいたキャンプにもだれもいなかったし。

秋本 その時は、ウォールデン・ベロやスーザン・ジョージがスピーチする集会があって、みんなそちらに行っていたんですよ。次の日の行動の詳細などは、外から来た私たちには分からないんだけど、ヨーロッパの人たちの間では情報は非公式のところで伝わっているんでしょうね。

B 少人数のトレーニングと決定の仕方が身体化されているんですかね。僕はそういうのって、割合好きなんですけどね。
 で、七日については「スター・マーチ」というコアリションが呼びかけていて、これと「ブロックG8」がどういう関係にあるのか分からないのですが、この日はハイリゲンダムの周囲半径五キロでの一切の集会とデモが禁止されて裁判所でもその措置が認められてしまったんです。ただ封鎖行動自体はこの日もやられています。

秋本 ビア・カンペシーナ(「農民の道」―オルター・グローバリゼーション運動を担う世界的な農民組織)も、七日も行こう、と呼びかけていましたね。

B 僕はこの日もレイドリッヒ・キャンプから山の中を走って封鎖行動に参加したんですが、人数的には前日よりやや少なかったかな。この日は警察と座り込みとの衝突が起こり、放水車なども来ていました。そこで警官隊と対峙しつつ座り込みを続けて、僕は五時くらいに離れたんですが、その後六時から警察にごぼう抜きにされて別のところに連れていかれたようです。僕は道を歩いていたら、ロシアの外交官を乗せた車がデモ隊に止められてるところに出くわしたりしました。

非暴力を貫きG8を批判

――じゃあ、次は「フォーラム派」の秋本さんから。

秋本 私から見た感じでは、警察官が衝突で二名負傷したことについては、ATTACの中では、あそこまでやる必要はなかったという意見が多かったですね。それで批判の声明を出したんです。デモについてはATTACとしては「非暴力」に徹する、G8に対して市民の声を訴える、というのがATTAC全体の見解です。
 Bさんが言っていたことですが、ドイツではデモが大衆的に受け入れられるという素地があって、ああした行動は、多分日本ではむずかしいですよね。大衆的にG8を包囲するのは三里塚闘争の高揚期と似た要素がありますが、今の日本の現実ではちょっとむずかしいですね。
 ただどれだけピースフルなデモでも警察の方が面子にかけてデモをつぶすという姿勢が明らかで、外から来た私たちがデモにどこまで参加したらいいのかという思いはありました。六月二日の大衆的デモは別として、それ以外の行動に関しては私としてはちょっと参加できない、という気持ちでした。つまり海外の人が参加して逮捕された場合、本人は一泊二日で釈放されるかもしれないけれど、彼らが帰ってからのドイツでのリアクションを考えるとね。最初「ロストック空港占拠」と言っていたグループもあったし。

B トラックなんかも来ていたから、最初は本当に突っ込むのかと思っていたけど、結局それはやらなかった。

――六月二日のデモに戻りますが、八万人参加の構成はどういうものだったのですか。例えば労働組合とか、政党とか、NGOとか。

秋本 全部来ていましたね。そういう意味では二日のデモは「G8オルタナティブ」の主催ではないんです。もちろん「G8オルタナティブ」も参加したのですが。

――朝日新聞に載った写真を見ると、六月二日のデモでは「左翼党」のプラカードが目立っていたんですが、やはり政党の動員という意味では圧倒的に「左翼党」でしょうか。

秋本 そうですね。それから目立ちませんでしたが「緑」も来ていたんじゃないかと思います。当初、十万人デモと言われていたのですが、見た感じでは思ったより少なかったという印象です。ドイツは多かったのですがそれ以外の国からの参加は多くなかった。この点は「G8オルタナティブ」のフォーラムでもそうですね。圧倒的に参加者はドイツからで、そこにちょこっと海外の人がいる。
 ビア・カンペシーナも海外からは三十人くらい。韓国の人たちも、二日のデモの時に民主労働党の人たち三人ほどとは合いましたが、それ以外はEUと韓国のEPAに反対する行動に三十人くらい五月二十日から動員していて、フランスから始まった「持たざる者の行進」に合流したと聞いています。しかしその人たちはG8の行動には来なかった。

教育と学習と行動の一体化

――デモの話はこれくらいにして、秋本さんから「G8オルタナティブ」のフォーラムについて説明してください。

秋本 「G8オルタナティブ」は環境系、左派、政党、ロビー活動グループをふくめた幅広い連合体の集まりです。G8と平行して行われるイベントをどういうふうに作っていくかという点で、ドイツの運動体の中での議論がありました。日本でのようにG8に反対するのか、しないのかという単純なレベルではありません。その意味ではロビー活動に重点を置くグループをふくめてG8反対であり、「G8プロテスト」というスローガンについてはみんな一致しています。
 ただその行動をどのように取り組むのかということに関して議論がありました。その中で「G8への対抗」を前面に押し出したフォーラムにするのか、どうかというところで分かれているんだと思います。例えばG│CAPが支援するボノ(英国のロックバンドU2のメンバー)のコンサートをめぐって意見が分かれる、ということがありました。それでも「G8オルタナティブ」のプログラムに「G8プロテスト」と書いてあるように、反対の立場は基本的には一致していました。
 これをまとめたのはATTACドイツだったと思います。フォーラムの参加者は、ほとんどが若者でした。あと退職した人たちで、その中間がいないという印象です。そして若いひとたちが非常に熱心に討論を聞いているんです。ちゃんと質問もする。
 たとえば欧州諸国と第三世界の途上国の間のEPAがいま大きな論議になっているのですが、そのフォーラムにもドイツの若い人が参加して熱心に聞いて質問しています。そういうのを見ているとこのフォーラムは成功したんじゃないかと思いましたね。デモとの相乗的な効果もありました。世論を巻き込む形でピースフルなデモをやり、そこに警官隊が放水するという過剰な介入をやったことに対して抗議しマスコミを通じて宣伝する、他方、フォーラムの中でG8の問題点を討論する、この二つが重なって、一連の行動が成功したんだと思います。
 フォーラムには、G8についてよくわからないけど勉強しようという人もいたと思います。ちょうど五月に京都で行ったADB(アジア開発銀行)についての京都市民フォーラムがそうであるように。
 京都市民フォーラムも、デモはATTAC京都の呼びかけで行ったのですが、結局、市民フォーラムの実行委員会をふくめてみんなが参加したし、フォーラムが終わるころには参加者たちがADBの問題点が分かるようになったという成果がありました。今回ドイツ
での「G8オルタナティブ」のフォーラムを見ると、いま言った、私たちが京都でやろうとしたことがはるかに大きな規模で成功した、という印象を持っています。

――まとまった宣言のようなものは出したのですか。

秋本 出しませんでした。このフォーラムを位置づける意味ですごく象徴的だったのは、ヴァンダナ・シヴァを呼んで話してもらったことです。ヴァンダナ・シヴァは、なぜインドで農民が自殺しているのかをとくとくとしゃべりました。新自由主義が問題である、いまのG8がこういう体制を作ったのだと話した時に大きな拍手が起こったんです。みんな総立ちになって拍手するんです。それは主催者が期待して企画したわけですね。あとメキシコのサパティスタを支援しているフェミニストの女性もスピーカーの一人でした。
 そういう組み立て方は、今回のG8オルタナティブの主催者が、なにを目指していたかを示しています。一連のイベントはATTACが掲げている教育と学習と行動という三つの理念をまさに体現しているものだったんじゃないでしょうか。

来年の洞爺湖G8に向けて

――その上で来年の北海道・洞爺湖のG8について、どういう取り組みを考えていますか。

秋本 私自身は、いろんなところで来年のことについて聞かれましたが、日本からはNGOフォーラムの人たちも来て説明していました。ATTACとしてはまだ何も決めていないのですが、やはり新自由主義の問題点を重点的に取り上げていく必要があると思います。でもまだ詳細については討論していません。今回のドイツの経験を生かしながら、ATTACの取り組みを追求したいと思います。

――五月に京都で行ったADB市民フォーラムは、規模は全然小さいけれども、ADBに明確に反対の立場を取っている人と、必ずしもそうではなくてADBにいろいろ提言するという人たちもふくめた枠組みがあって、行動はそれぞれが独自に考えるというやり方でしたよね。そういうやり方は、来年のG8については可能でしょうか。

秋本 私たちとしては、一部にあるような「G8で日本政府がリーダーシップを果たすことを期待する」というスタンスではなく、新自由主義に反対の立場からできる範囲のことをきちっと決めてやるということになるでしょう。たとえば地域の問題を取り上げ、住民が参加して自分の意見を自由に語り、住民の声を新自由主義への批判として構成していくようなファシリテーターの役割を果たせれば、と思っています。 (6月15日)


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