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ジルベール・アシュカルとのインタビュー(1)      かけはし2007.3.5号

秩序の崩壊と「内戦」の進行全世界で再びイラク反戦を

米軍・連合軍の撤退こそ平和の出発点

 イラクの「内戦」状況の深まりの中で、ブッシュ政権は二万一千人以上の兵力を新たにイラクに投入し、バグダッドを中心に「武装勢力掃討」を名目にした大殺りくを展開している。しかしこれが全く絶望的な賭けであることは余りにも明らかだ。ここに掲載するのはZネット(反戦運動などの情報を追っている国際的サイト)のスティーブン・R・シャロムとクリス・スパノスが一月十八日に中東政治に詳しいジルベール・アシュカルに対して行ったインタビュー。アシュカルはレバノン出身の国際政治学者で、パリ第8大学で教鞭をとるとともに、反戦運動などで精力的に活動している。邦訳書に『野蛮の衝突』(作品社刊)がある。このインタビューの中でアシュカルはイラク国内の諸勢力の動向とアメリカの思惑について語っている。出典は「インターナショナルビューポイント」電子版06年2月号より。(編集部)

宗派間戦争の背景と本質

――世論調査によれば、イラクの住民は米軍の撤退を強く望んでいますが、選挙で成立したイラク政府の指導部は、こうした呼びかけを強く拒否しているように見えます。何が進行しているのでしょうか。

 私は、世論調査に関して、はっきりさせなければならないことがあると思います。イラク人の圧倒的多数が米軍撤退の日程を求めていることには議論の余地がないように見えます。当然のことですが、イラク軍の主力との合意もないままに、有志連合軍が急なやり方で、たとえば数日のうちに、突然いなくなってしまうことを望んでいる人びとはほとんどいません。現在の条件では、それはイラクの全面的内戦に道を開くことになるだけですから。
 しかし同時に、イラク人の大多数はこうした外国軍の存在そのものが状況の悪化を促しているのだと思っています。それは長期間にわたって暴動状態の拡大を加速し、今では内戦そのものを促進しているのです。宗派間衝突は、まさに米軍の存在によって、そして占領当局の行為によって一貫して促進されているのです。外国軍の撤退を求めている人びとが、撤退こそイラクに平和を復活させる――それがなお可能だとすれば――ための中心的条件の一つだと確信しているのは、そのためです。
 連合軍の撤退の期限、日程を決めれば、政治的プロセスを加速するために有利な条件を作りだすだろう、と多くの人びとが確信しています。それはイラク人が状況を安定化させ、拡大してきた宗派間戦争の力学を逆転させるための道を見いだすための、ある種の政治的合意の実現を可能にするでしょう。
 実際上、この見解は米国の体制側の中心的な人びとでさえ、共有しています。体制側の一員も次のように語っています。「われわれは目標を設定すべきだ。われわれはマリキ政権に対して、これらのことが達成されないのなら、わが軍を撤退させると警告すべきだ」。これはまさしく、イラクから連合軍が出ていくという展望は、イラク人が解決に到達するための強力な圧力になるという事実を知っているということです。しかしこれこそ反戦運動に携わっている人びとが、長きにわたって言ってきたことですね。米軍と連合軍の撤退は、イラクで拡大している悪夢のような状況から抜け出すためのあらゆる真剣な努力にとっての主要条件の一つである、と。
 もちろんそれは、主要な条件の一つにすぎないのであって、それだけでは十分ではありません。もし外国軍が撤退するか、そのための日程が決まれば、奇跡が起きて、イラクではすべてがうまくいくだろう、などと言う人は誰もいません。しかし少なくとも一つのことは明白です。これら外国軍の存在こそが状況の悪化を増進させているということです。
 皮肉なことに外国軍は、さまざまな宗派勢力が彼らの宗派的攻撃を開始する口実を提供しているのです。彼らは、外国軍の存在が、ある程度まではイラク人の大規模な報復を妨げ、宗派的敵対者に関して処罰しないですます状態を作りだしているのを知っているからです。われわれはこうした状況にいます。
 あなたの質問に戻れば、米軍と連合軍が撤退する日程表は、イラクの人びとの圧倒的多数が求めてきたことであり、イラク人のさまざまな反占領勢力がこれまで長きにわたって求めてきたことなのです。それはシーア派のサドル支持者が求め、政治的に闘ってきた目標であり、スンニ派の側ではムスリム法学者協会が長期間にわたり要求してきたことでもあります。

ブッシュとマリキの不一致

――イラクのヌリ・アル・マリキ首相についてどう評価しますか。彼のワシントンとの不一致は、彼が民衆の支持を得るための注意深い芝居なのか、それとも本物の利害対立の現れなのでしょうか。

 「芝居」ですって。私はどのような芝居もないと思っています。マリキは劇場でのパフォーマンスを行うリスクを共にするような俳優などではありません。まして共演者がジョージ・ブッシュだなんて! 私は、問題になっているのは真の利害の不一致だと思います。
 彼らは一定の目標を共有しています。より正確に言えば、マリキは米国政府と一定の目標を共有していると信じています。彼は、イラク正規軍を確立し、イラク人が徐々に自国の状況を支配するという自らの計画を、ワシントンも共有していると信じています。それはブッシュ政権が長いこと言いつづけてきた目標であり、明らかにマリキ政権は、このように語られている占領目的を、ある程度の猜疑心ぬきでというわけではないにしても(たとえば彼らはイラク軍の多くがいまだに自らの支配下にないこと、これらの軍が必要な武器を装備していないことに不満をもらしています)、受け入れたのです。
 しかしそれより先は、両者の間に多くの相違が存在しています。マリキはイラクのシーア派の一員であり、スンニ派や以前のバース党員に対してもっと譲歩せよというブッシュ政権からの間断ない圧力は、彼らの望むところではありません。同様に、サドル派民兵への厳重な取り締まりをマリキが妨害しないよう、ブッシュ政権が圧力をかけているのは、シーア連合内における自らのダワ党の同盟者としてムクタダ・アル・サドルを実際上勘定に入れている首相にとって好むところではありません。
 アデル・アブデル・マフディを候補として支持したイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)にマリキの党(ダワ党)が対抗したシーア連合内での熾烈な政治闘争の末に、ヌリ・アル・マリキがいかにして首相のポストに選ばれたかを忘れるべきではないのです。この闘いは事実上、ダワ党のイブラヒム・アル・ジャアファリとSCIRIのアブデル・マフディの間で行われました。ジャアファリはサドルによって支持され、ワシントンは強く反対しました。ワシントンとサドルの両者の顔を立てる形で妥協が成立し、ジャアファリ陣営の二番手だったマリキに首相のポストが与えられました。したがってマリキは、自分が押し退けられて、アブデル・マフディに替えられたくないのであれば、依然としてサドル派を頼りにしているのであり、彼らの支持を必要としているのです。
 ブッシュ政権と、マリキが代表しているものとの明白な不一致が存在しているもう一つの領域は、もちろんのこと、イラクの地域的環境との関係の問題、なかんずくイランに対する態度です。マリキはイランと非常に密接な諸勢力の連合を代表しています。彼らは、イランとシリアを地域的悪役、主要な敵であり、主要な混乱要因と指定するブッシュ政権の中で広まっている見解を共有していません。したがってマリキと彼が代表する者を一方とし、ワシントンを他方とする両者の間には、はっきりした違いがあります。ワシントンと体制側の内部で、マリキへの多くの不満と彼を退陣させようという呼びかけが聞こえてくるのは、まさしくそのためです。
 同様なことは、彼の前任者であるジャアファリに対する強い不満として口に出されました。それにより米国は彼の権限委任期間が切れた時に、それを更新することを厳しく拒否し、二〇〇五年十二月の選挙後に新政権を形成する道を開いたのです。
 マリキと米国の間にある程度の結託関係があるのは確かです。もちろんこの点では、マリキが関わっている結託と、彼の盟友であるサドル派潮流の占領に対する敵意との間には、明確な違いが存在しています。しかしこの結託関係にもかかわらず完全な利害の一致は存在せず、マリキは一部の人が描いているような単なる「かいらい」ではありません。それは、こうした複雑な情勢に対するあまりにも単純な特徴づけです。

石油法の制定をめぐる問題

――ブッシュ政権は、イラク国民議会が新しい石油法を制定するよう強力な圧力をかけてきました。新聞報道は、この法律が外国の石油企業にとって極度に有利なものであるだろうと示唆しています。イラク議会は経済を多国籍企業に引き渡す準備をしているのでしょうか。

 「経済を多国籍企業に引き渡す」というのも、あまりにもおおげさな表現です。われわれはなお、議会に提出される法案の最終稿がどのようなものになるかを見ておくべきです。次々と報じられた草案の各バージョンの中にいくつかのヒントがあったのは事実ですが、最終草案の文面がどうなるかについて、これが確実だと主張する報告はありませんでした。
 一つのことは確実であるように見えます。どのような法案が可決されようとも、それは外国企業との合意に道を開くものになるということです。しかしこれは単純かつ明白な理由によります。つまりイラクは、その石油インフラと生産を回復するための、あるいは発展させるための(その可能性はもっと少ないのですが)、技術的・財政的手段を現在のところ自力では持っていないのです。真の問題は、外国企業にとって可能になるような条件と譲歩にあります。われわれは、議会の中でこの問題についての現実のかつ適切な議論がなされるかどうかを見ていかなければなりません。したがってこれらすべては、まだ未決の問題であり、そしてもちろん、イラクの利害を犠牲にして外国石油企業に大きな譲歩を与えることに反対して闘っている勢力がいます。
 石油労組連合(以前の石油従業員労組総連合)は、石油生産のあらゆる偽装民営化に反対し、彼らが今日獲得しているもの、とりわけ産業経営における労働者代表の参加を維持し、強化することを求めるキャンペーンを幾度も行ってきました。われわれは、最終草案が議会に出された時に何が起こるかを見ましょう。そしてその後で、われわれはどのような法律であろうと、それがどのように施行されるのか、たとえばどの外国企業とどのような条件の下でそれが施行されるかを見ましょう。その時でも、われわれは広範な選択の余地があるからです。ワシントンは自分の企業を押し付けることができるでしょうか、あるいはイラク政府は、ロシア、中国、そしてイラン(そんなはずはない、と言えますか?)など、石油部門のパートナーたちを多様化しようと試みるでしょうか。これもまたこれからのことです。

サドル派の「驚異」とは

――最近のペンタゴン報告は、ムクタダ・アル・サドルの民兵は米軍にとって暴徒以上の脅威であると述べ、「ニューズウィーク」はアル・サドルを「イラクで最も危険な男」と名づけました。こうした主張についてどう思いますか。

 まったく正しいものです。それには一つのはっきりした理由があります。それはムクタダ・アル・サドルと彼の勢力が、たとえぱ占領軍がスンニ派「暴徒」集団と呼ぶような人びとの一部よりも、現在のところ占領軍にとって有害だからということではありません。サドル派による占領に反対する軍事的行動が継続的に企てられているとしても、そんなことが問題なのではありません。真の問題は純粋に軍事的なことなのではなく、政治的配慮と軍事的配慮の結びつきにあります。
 サドルが占領にとって恐るべき敵であるのは、彼に人気があるからです。彼は、ラディカルな反占領の立場を取って民衆の大規模な支持を獲得している唯一の勢力であり、さらにイラク住民の六〇%を占めるアラブ人シーア派の多数派社会の中で支持を得ています。それに加えて、ムクタダ・アル・サドルがイランとの同盟関係に入ったという事実は、ワシントンから見た彼の脅威をきわめて増大させたのです。彼が米国の支配者にとって「イラクで最も危険な男」と一致して見られているのは、そのためです。彼はまさしくそうした男です。米国がどんな手段をとっても彼を取り除こうとしているのも、そのためです。
 彼は、自分が第一のターゲットであることを完全によく知っています。彼は、米国が彼を暗殺する方法をさぐっているのを知っており、かれらはためらわず暗殺を行うだろうことを知っているので、自分自身を護ろうとしています。彼の民兵であるマフディ軍も、主要なターゲットです。
 ブッシュ政権のいわゆるイラク「新戦略」の主要な目標の一つは、シーア派連合内の分岐をかもしだし、占領への協力を望むクルド人、アラブ人スンニ派とアラブ人シーア派の一部をふくんだ諸勢力の連合を作ることです。彼らは、サドル派の民兵を厳重に取り締まる道を開くために、サドルの孤立化を願っています。まだこれからよく見なければならないことは、シーア派連合の他のシーア派メンバーがこの計画に合意するかどうかです。今のところ彼らは、サドル派を追放しようとしているようには見えません。おそらくその主要な理由はこれらの勢力、とりわけSCIRI(イラク・イスラム革命最高評議会)に対する強力な梃子を持っているイランです。イランの政権は用心深く振る舞っています。イランはワシントンが実行に移そうとしているシナリオを妨げるために強力な圧力を行使しています。イランは、シーア派連合の統一を維持し、シーア派勢力間のあらゆる衝突や、サドル派が孤立して占領と対峙するような状況を阻止するために全力を上げています。
       (つづく)


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