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NHK番組改変裁判                   かけはし2007.2.12号

高裁で全面勝利の判決 安倍・中川の責任追及を

今こそ女性国際戦犯法廷の大義を!
「政治介入」の事実は明白だ NHKは上告を取り下げろ


 一月二十九日、東京高裁において「VAWW―NETジャパン」を原告とする「NHK番組改変裁判」の控訴審判決があった。商業紙でも大きく報じられているとおり、民事第一七部(南敏文裁判長)は原告の主張をほぼ全面的に認め、被告NHKおよびNHKエンタープライズ(NEP)、同ドキュメンタリージャパン(DJ)に対し、総額二百万円の損害賠償金の支払いを命じた。くしくも六年前のこの日は、「当時官房副長官だった安倍がNHK担当者を呼び出し、放送中止の圧力をかけた」とされた日だった。原告および弁護団は支援者らと勝利の喜びをかみしめた。

こみあげる
勝利の感動

 午後一時過ぎ、高裁前は傍聴を求める支援者・市民らの長蛇の列。六十八人の定員に対し百六十人余りが集まった。傍聴希望者を整理する警備員は終始高圧的に神経を尖らせており、行列を撮影したカメラを没収するなど、強権的な対応も見せた。
 開廷は午後二時。裁判長が主文を読み上げると、原告二人は声にならない声をあげ法廷を飛び出した。高裁前で待機していた国内外のメディア、支援者らに「勝利」の二文字が掲げられた。東海林路得子さんは高らかにVサイン。西野瑠美子さんは大きく手を振って涙を流した。三時から司法記者クラブで、四時から弁護士会館でそれぞれ記者会見が行われた。

判決文の主要
なポイントは

 今回の判決のポイントは何か。一つは、第一審からの争点だった「期待権」の認否である。判決は、放送事業者の「編集の自由」について、「取材の自由」や「報道の自由」の帰結として不当な制限があってはならないとした。一方で、取材対象者が取材に応じるか否かを判断するのは、取材結果がどのように編集され、どのように番組に使用されるかによるものであり、活動や意見がどのように番組に反映されるかは「重大な関心事である」。したがって両者の関係を全体的に考慮し、「編集の自由」もそれに応じて一定の制約を受け、取材対象者の「期待と信頼」は法的に保護されるべきであるとした。
 一審被告であるDJは、法定の準備から開催、終了までを網羅する周到な取材活動を行い、原告はそれに全面的に協力してきた。DJは、本来取材対象者には示さない「番組提案表」を主催者に提示した。そこには法廷への強い取材意欲が記されていた。この経過から原告が、被告NHKなど番組放送にかかわる関係者すべてに対し、法的保護に値する「期待と信頼」を抱くのは明らかであり、その特段の事情が認められると立論した。
 さらに実際の放送内容は、多くの削除や追加などの改変がなされ、戦争被害者の証言や証拠などを客観的に概観できるドキュメンタリー、あるいはそれに準じる番組とは「相当程度乖離したものになっている」と認定し、原告らの期待と信頼に対する侵害行為になったと断罪した。

「必要以上の自
粛」の背景は?

 二点目は政治家の介入の問題である。判決によると番組は〇一年一月二十六日、当時の松尾放送総局長、伊東番組制作局長、野島総合企画室局長による(前代未聞の)粗編試写以降、制作者の方針を離れた形で編集されていった。その理由としてNHKが右翼の抗議に神経を尖らせ、国会議員との接触で「相手方の発言を必要以上に重く受け止め、その意図を忖度してできるだけ当たり障りのないような番組にすることを考えて試写に臨み、その結果、直接指示、修正を繰り返して改編が行われた」と認めた。
 しかし原告が主張する「本件番組への直接指示、介入」、すなわち政治家との面談の際の、「一般論以上の具体的な話や示唆」は退けた。この点については不満の残る判決である。総じてNHK側の「必要以上の自粛」によって改変が繰り返されたという論調だからだ。
 とはいえ判決は、右翼の「抗議」や「政治家との接触」を正面から取り上げ、その結果改変が行われたと指摘している。当時官房副長官だった安倍や中川昭一の番組への具体的な介入は、朝日新聞の〇五年一月十二日の報道や、「月刊現代」などによって暴きだされ、周知の事実になっている(詳細は本紙06年2月6日号参照)。上告審ではさらなる追及が必要だろう。
 三点目は「説明義務違反」について。判決は、NHKの「放送ガイドライン」は「ジャーナリストとしての倫理向上をめざすものであり、これに定める説明の必要性は、取材の際の倫理的な義務をいうもの」だと解釈している。同時に、「取材対象者の自己決定権も保護するべき」と、「特段の事情」があるときに限り、「説明は法的な義務」と主張。そして前述のとおり「法的保護に値する期待と信頼」が生じたのだから「特段の事情」があり、当初の説明とはかけ離れた改変の結果、この説明を主催者側が受けていれば、自己決定権の一態様として、番組離脱や、対抗的な手段を講じることができた。したがって「説明義務違反」によって原告は法的な利益を侵害された、と断定したことである。

「期待権」のワナ
にも注意が必要

 加えて「期待権の侵害」は、報道一般、取材行為一般に適用されるのではなく、ドキュメンタリーなど、事実関係の表現が取材対象者の重大な関心となる「特段の事情」を有する場合に限定。メディアの「表現・報道の自由」の制限と保護、さらに被取材者の「自己決定権」をも尊重した。高度にバランスの取れた踏み込んだ判決となったと、原告はこれを高く評価した。
 大手紙は「産経」から「赤旗」まで、今回の判決を一斉に報道した。彼らが危機感を抱くのは、「期待権」の拡大適用による取材活動の萎縮や制限である。たとえば疑惑の政治家への取材。汚名を返上するよう取材記者に「期待」したが、メディアは正反対に、さらに疑惑を深めるような報道をした。こういうケースは政治報道では日常的にあり、この「期待権」の発動で「編集・報道の自由」が規制されかねない。
 さらに深読みすれば、司法は今回NHKの幹部を切り捨てても、権力者を各種スキャンダルから守る布石を打ったとも言える。

報告集会で喜び
をわかちあう

 午後六時、池袋の東京芸術劇場大会議室において報告集会が開催され、参加した百七十人あまりの人々が勝利の喜びをわかちあった。
 西野瑠美子さんが発言。「長い一日だった。喜びを共有してくださったみなさん、本当にありがとうございます」。「判決は、改変当時NHKが予算への影響を考えて神経過敏になっていたことをはっきりと文言で認めた、完全勝訴の内容でした。ただ残念なのは原告である故松井やより個人の損害が認められなかったことです」。東海林路得子さんは「長井暁さんの涙の告発、弁護団の努力のおかげで流れが変わった。メディアの編集権は絶対ではない、ということが認められた。信じられない判決だった」と感激を新たにした。「京都連絡会」は、公正な裁判を求めてこの日までに約五千筆の署名を集めた経過を報告した。
 飯田正剛弁護団団長は、「みなさん今回の判決を大いに活用してほしい」と提言しつつ、「これはあくまで民事の事例。刑事裁判の相変わらずのひどさは、冤罪を取り上げた映画などに象徴されている」と釘を刺し、「長井さんにあらためて感謝したい。松井さんがこの席にいたなら」とこれまでの六年間を振り返った。
 大沼和子弁護士は「開廷前に裁判長が微笑んでいた。被告三者の責任を認める判決に、万感胸に迫った」。緑川由香弁護士は「今回の判決は、表現の自由も被取材者の権利も認めた公正・公平な判断だ」とした。日隅一雄弁護士は、「圧力や介入というのは、そもそも非常に巧妙に行なわれるものだ。だから判決は、遠回しだがそれがあったことを事実上認めているといえる」。
 参加者との質疑応答が行われた。勇気ある当たり前の主張が孤立する時代。会場からは画期的な判断を下した判事らへの謝礼、激励を行うべきだという意見が出た。また、真の被害者は名誉を傷つけられ、闇に葬られようとする戦時性暴力の犠牲者だという指摘があった。

政府と癒着する
NHKに抗議を

 西野さんは「この六年間で慰安婦問題がタブー化された。メディアがそれを後押しした。彼らは常に権力者を代弁していた。バウネットは過激派呼ばわりされた」と告発した。
 NHK政治部OBでロッキード事件を担当した川崎泰資さんも来場していた。発言を求められると、視聴者に背を向けて出世街道をひた走った歴代幹部と、今も官僚的な組織体質を厳しく糾弾し、「NHKは自民党にまっすぐ真剣だ」と声を張りあげた。
 NHK側は即日上告したが、集会中の午後七時のニュースでは、敗訴した被告でありながらまるで他人事のように報道したという。不祥事が続くNHKは、総務相の「放送命令」を易々と受け入れただけでなく、受信料の義務化すらもくろんでいる。財政難の問題をクリアすれば、加速度的に国営放送に突き進むことは明らかである。視聴者の意思表示の手段=「受信料支払い拒否」の権利を行使して、抗議を続けよう。
 安倍はこの日、記者団に対し「政治家が介入していないことが極めて明確になった」(1月30日・朝日)などとうそぶいた。中川昭一にいたっては、「朝日」の圧力報道の「被害者だ」(同前)と言ってのけた。
 反権力・自主独立のジャーナリズム精神をかなぐり捨てた「公共放送」NHKは、即時上告を取り下げ、原告に謝罪せよ。市民団体の意思を反映した再放送を行え。高裁勝利判決の水準を維持し、上告審ではさらに完全な勝利をめざしていこう。    (佐藤隆)


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