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「分祀」論者がねらう天皇参拝への道           かけはし2006.8.7号

問題はA級戦犯「合祀」だけではない

「英霊顕彰」施設・靖国はいらない別の国家的「追悼」施設もいらない

「富田メモ」が
作り出す波紋


 七月二十日、日本経済新聞が朝刊トップで報道した富田元宮内庁長官のA級戦犯合祀にかかわる「昭和天皇発言メモ」は、大きな反響をもたらした。メモによれば、昭和天皇裕仁は「下血」で倒れる直前の一九八八年夏、A級戦犯の靖国神社合祀に対して、合祀を行った松平永芳宮司を「親の心、子知らず」と批判し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と強い「不快感」を表明している。
 新聞各紙、週刊誌や雑誌などは競って特集を組み、それぞれの立場から「富田メモ」を取り上げている。二〇〇一年の首相就任以来、毎年靖国参拝を強行する小泉首相に対して中国、韓国政府が厳しく批判し、いまや首脳会談すらも不可能な東アジア外交関係の危機が深まっている中で、この「メモ」の公表に重大な関心が集まるのは当然である。
 とりわけポスト小泉の総裁選の最大の焦点にこの靖国参拝問題が浮上している情勢にあって、「メモ」の発表は「昭和天皇独白録」以上の影響を政局にもたらさざるをえない。この「メモ」と符牒を合わせたように、次期自民党総裁選レースで独走する安倍官房長官への有力な「対抗馬」と目されていた福田康夫・元官房長官は「靖国問題で国論が二分され、国益にはならない」として総裁選不出馬の態度を決めることになった。

政局の中心に躍
り出た靖国問題

 自民党や財界、そして読売新聞など主流派メディアの一部をふくめて、首相の靖国参拝がもたらす対中・対韓外交関係の行き詰まり状況を打開するために「A級戦犯分祀」論や「新しい国立追悼施設」建設論、「千鳥ケ淵国立戦没者墓苑」拡張論などか噴出していた。アメリカ政府筋も、日中・日韓関係の袋小路が、アメリカの忠実なパートナーとしての日本のアジアにおける地位を低下させることに不安を表明している。同時にアメリカの保守派からも「大東亜戦争は自存自衛の正義の戦争」とする靖国=遊就館史観への嫌悪感が、強く訴えられている。
 小泉首相はこの「富田メモ」に対して、「それぞれの心の問題だ。行ってもいいし、行かなくてもいいし、自由だ」とする持論に固執した。重大な政治的問題を「心の問題」にすりかえる小泉首相の発言は、首相としての最後の年に「8・15靖国参拝」を強行しようとする姿勢をあらためて示したものだと言わざるをえない。
 「富田メモ」で書かれている天皇発言の内容は、一九七五年十一月を最後にして昭和天皇の靖国参拝が行われなくなったことの理由として、すでに学界等の間では「定説」になっていたものだった。メモを日本経済新聞が入手し、今回のタイミングで発表した経緯には、自民党の一部や財界の意向が大きく反映していることは間違いない。七月二十日は、靖国派として知られ、自民党総裁選レースを独走する安倍晋三官房長官が著書『美しい国へ』(文春新書)を出版したその日にあたっている。ここからもまさに支配階級内部の「政争」としての性格が透けて見える。
 この富田メモが、あくまでも「分祀」を拒否してきたA級戦犯遺家族の一部や、靖国神社にとって打撃であることは間違いない。「分祀論」が今後、主流的言説になっていくだろう。「国家による宗教への介入」を排するという建前を取りながら「分祀」を靖国神社に強制していく方法としては、古賀元自民党幹事長(日本遺族会会長)が述べているような靖国を「非宗教施設」化して「国家管理」に移していくという「靖国国家護持」論の再来や、さらに現在伊勢神宮の祭主となっている現天皇の姉・池田厚子(昭和天皇の第4子)を靖国の宮司に据え、「天皇一族の権威」で「分祀」を決断させるという「ウルトラC」までもが構想されている、という(「AERA」06年6月26日号「靖国の極秘革命プラン」)。
 この「分祀」論が、「国民の象徴の陛下に行っていただく」(麻生外相)、「本来の靖国に戻し、陛下も首相も参拝すればいい」(小沢民主党党首)という天皇と「靖国」を再度ドッキングさせるためのものであることに注意しなければならない。極右国家主義の「靖国」派を牽制・批判するような体裁をとる「分祀」論について、われわれは全面的に反対する。

今こそ天皇制の
戦争責任追及を

 自らが侵略戦争の最高責任者であった昭和天皇裕仁の「A級戦犯合祀」への「不快感」は、決して侵略戦争への反省や「平和を願う心」を表現するものではない。裕仁は「独白録」の中でもしるされているように、松岡元外相への公然たる嫌悪の情とは対照的に東条英機に対しては、むしろ親近感を抱き、深い信頼を与えていた。
 裕仁の「独白録」が戦犯としての訴追を免れるための自己保身のためのものであったと同様に、自分の地位を保障した「東京裁判」判決の否定につながることを、彼は絶対に認めることができなかった。事実上「東京裁判」を否定するに等しい靖国による「A級戦犯合祀」に「不快の念」を持ったことは、まさしく彼の「自己保身」以外のなにものでもない。そこには「平和への深い思い」や「侵略戦争への反省」などありうべくもない。
 天皇の自己保身による東条ら陸軍首脳への責任の押しつけは、まさに米占領軍と天皇側近グループの合作によるものであった。朝日新聞7月26日付朝刊に掲載された、一九四五年九月二十五日のニューヨークタイムズ記者ならびにUP通信社長への裕仁の「回答文書」は、真珠湾攻撃の責任を東条首相本人に帰すものであった。
 この間、園遊会で天皇明仁が「日の丸・君が代は強制という形ではないように」と米長・東京都教育委員に発言したことや、今年のマレーシア、タイなどへの訪問にあたっての記者会見での「戦前の歴史」への言及を通じて、現天皇の「平和への心」を称揚する報道が見られる。一部には、こうした明仁の発言を極右国家主義への批判として歓迎する傾向もある。
 しかしわれわれは、このような発言をも利用しながら天皇の政治的権威を浸透させていこうとする流れを、きっぱりと批判していかなければならない。憲法改悪に反対する闘いは、「平和主義」的装いをとった天皇の政治的権威づけとの闘いを避けて通るこことはできないのである。
 小泉の8・15「靖国参拝」を阻止しよう。首相・天皇の「靖国参拝」に反対しよう。「分祀」や「新たな追悼施設」を通じた国家的「慰霊」の正当化に反対しよう。靖国神社も「新しい国家的追悼施設」も、天皇制もいらない!  (純)



出版記念講演会
地域からの戦争動員―「国民保護体制」がやってきた

米軍再編・共謀
罪、そして改憲

 七月二十三日、中野区環境リサイクルプラザで「戦争国家化の現在と国民保護法」――『地域からの戦争動員―「国民保護体制」がやってきた』出版記念講演会が東京都国民ホゴ条例を問う連絡会の主催で行われた。
 「米軍再編」:吉田敏浩さん(ジャーナリスト)、「共謀罪」:宮本弘典さん(関東学院大教授)、「憲法改悪」:高田健さん(許すな!憲法改悪・市民連絡会)がそれぞれ提起を行った。
 吉田さん。「地球規模での軍事介入路線をとって、戦争国家化したら、国内では国民保護のために、国策に従わず戦争に反対する者は『良民』ではない『非国民』とレッテルを貼られて統制の対象とされ、国外では親日・親米の『良民保護』のために、抵抗者に『抗日分子』『抗米分子』とレッテルが貼られて掃討・鎮圧の対象とされるだろう」。
 宮本さん。「共謀罪は、ブッシュドクトリンが刑法に持ちこまれようとしているもので、危険の段階で介入し、抑止すべきだというものだ。国際化の変化に対応して、刑法を安全保障化させるものだ。第一歩であり、共謀罪は国家に対する忠誠を全体の市民に強制するものだ。今後は反テロ立法が出てくるであろう」。
 高田さん。「改憲は大きな国政選挙と同じ年にならないと、自民党は言っているので二〇〇八年とか二〇一一年かもしれない。今後の改憲案は、経団連が提案している九条改悪、改憲の国会での発議を三分の二から過半数に変える九十六条改悪と新しい人権という三点セットで出てくる可能性がある。九条を変えない方がよいという人が読売新聞のアンケートでも昨年より八ポイントも増えて多数である。この意志をどう表現するかが運動にとっての課題だ」。

自衛隊・米軍へ
の無条件の信頼

 第二部の出版記念会で、執筆者を中心に各地で何が起こっているのか報告があった。都議の福士敬子さんは「東京都はすでに条例をつくった。石原都知事は『都民が困っているのなら、超法規でなんでもやるよ』と受けがよい言い方をする。しかし、法律を破るという都民にとってとても危ないことをきちんと検証し、批判していかなければならない」と提起した。
 立川テント村の大西一平さんは「立川市は国に対して、『基地があることで周辺の住民はさまざまな不安や被害をこうむっている。これから訓練をやると言っているが、住民に強制的にやらないようにしてほしい。さらに、東京都の出した計画は有事の際に米軍基地の中を避難の際に、通行できるようにしなさい』と求めた。市の役人からすれば、考えられないことだ。9・11事件の後は、道路にタラップを出して銃を持って住民を威嚇していた。そうしたことをやっていた米軍が非常時に基地を通すことなどありえないだろう。市としてはまったく想定できない。その計画案を直してくれと国に意見書を出した。結局、東京の計画にはそのまま出てしまっている。今回の計画が、机上の空論で、自衛隊とか米軍への無前提の信頼からつくられている」と報告した。
 国民保護条例を考える墨田連絡会からの発言。「条例はいち早く作ったがその後はスローペースだ。懇談会を二回持ったがパッとしない。一回目になぜ自衛隊が入っているのだと追及すると、法律で決まっているからと区の答え。法律では決まっていない、法解釈もできないのかと追及した」。
 「墨田で一番問題になっているのは関東大震災の時に、多くの朝鮮人が虐殺された。そのことを計画の中にどう入れていくのかと質問したところ、区は『墨田で虐殺があったとは確認できない』と返答した。遺骨を発掘してきた人たちが慰霊碑の建立を要求しているなかで、そうした回答をしてきた。資料を膨大に集めて改めさせることをやっているがそれでも『認めない』と言っている」。「九月に、足立区で東京都の防災訓練がある。日米韓の三国の『軍隊』がこれに参加すると報道されている。これに対する運動もつくっていきたい」。

「反戦団体が天然
痘菌をバラまく」

 国民保護条例を考えよう!杉並連絡会。
 「山田区長の対応が問題だ。去年の十月から国民保護のための係をつくり、三菱総合研究所に支援委託して『国民保護計画』づくりの検討を進めてきた。これと併行して、十月十三日に区役所会議室を使って、『生物テロ』図上訓練が行われた。これは区長のシンクタンクであるPHP研究所の提案に区が乗ったものである。この訓練は『イラク派兵に反対する団体』が天然痘菌をまいた、との驚くべき想定で行われた」。
 「五月三十日に第一回の協議会があった。三菱総合研究所に委託をした、国民保護のための『基礎調査報告書』がある。そこに十二の『武力攻撃事態など』の想定をしている。杉並公会堂で天然痘テロ、荻窪駅にミサイル、学校の占拠、羽田空港でハイジャックされた飛行機が落ちるなど。学校行事があるときに、テロリストが体育館を占拠して、児童生徒・保護者を人質にとる。体育館を爆破して、住宅地に逃亡する――そのようなありえないような想定がされている」。
 「二回目の懇談会をそれを受けてやったが、印象的だったことは、武力攻撃事態ということよりも、緊急体制事態に非常に力点をおいている。直接的な戦争の想定のもとに訓練をやるのかということについては、それはさすがにやりすぎだと実務レベルではあったんだろうと思われる。学校での教育についてはぼかした話をしていた」。
 以上の他、練馬自衛隊基地、町田で防災訓練の報告、外国人管理の問題、私鉄東急の中で組合の課題として取り組んだ報告があった。
 自衛隊ばかりではなく米軍や韓国軍も参加するという東京都による防災訓練に対して、八月三十一日北千住で全都に呼びかけてデモを行う。九月一日は朝から監視行動の予定が明らかにされ、今後、実行委から呼びかけがあることが報告された。各区市町村での、戦争国家化に反対する運動が問われている。  (M)
b『地域からの戦争動員』―「国民保護体制」がやってきた/東京都国民ホゴ条例を問う連絡会*編 社会評論社 2000円+税
b東京都国民ホゴ条例を問う連絡会 電話090―5344―8373

解説
国民保護法とは


 二〇〇四年六月に、前年に成立した武力事態法を補完するものとして、「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」(以下、国民保護法)が成立した。〇五年に、政府による「国民の保護に関する基本指針」の閣議決定、国民保護を管轄する消防庁保護室による「都道府県国民保護モデル計画」作成、そしてこれらを受ける形で都道府県レベルでの計画策定の国民保護協議会の設置条例と、国民保護本部および緊急事態対処本部設置条例の成立が一気に進んだ。
 その後、一年ばかりの間に計画の策定となり、〇六年三月末までにすべての都道府県の計画案が政府に承認された。東京都は、三回の協議会を開催して国民保護計画を策定してしまった。この間、都民に意見が求められたのは素案発表から一カ月だけだった。
 現在は、市区町村レベルでの国民保護計画策定に向け、都道府県同様の手順で条例が成立しつつある。計画策定の期限は定められていないが、政府は〇六年度中に完了させる意向だ。
 このように計画が策定されてから、実働訓練がすでに行われている。昨年十一月二十七日、「美浜原発がテログループに攻撃を受け、放射能物質が放出を受け、放射性物質が放出されるおそれがある」との想定で、大がかりな訓練が行われた。国と福井県、美浜市、敦賀市が主催し、住民百二十人、自衛隊・警察・消防・関西電力・日赤・放送など百四十機関、千八百人が参加。バスや船を使っての住民避難訓練を行った。山中や海上での「武装工作員」への追撃作戦は実働ではなく図上で行われた。
 三月七日には、千葉県富浦町で「国籍不明のテロリスト数人が大房岬に上陸したのを見たとの通報があった」という想定で避難訓練が実施された。全国瞬時警報システムで受信。拡声器から有事サイレン。消防・県警・陸上自衛隊による避難誘導。住民・児童のバスによる避難というもの。
 この二つの例からも実働演習を通して「周知」の徹底と、参加せざるを得ない雰囲気がつくりだされている。戦争への自発的協力と強制を強いる地域からの総動員体制づくりが始まっている。草の根から戦争協力を拒否しよう。  (M)


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