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読書案内「『欠陥』住宅は、なぜつくられるのか」―安全なマンション・住まいを求めて   河合敏男著 岩波ブックレットNO672 480円+税                              かけはし2006.6.19号

違法建築を再生産する日本の行政と諸制度の「欠陥」問う


なぜ被害がなく
ならないのか

 日本の建築技術は世界でもトップクラスだという。世界有数の地震大国である日本は、耐震工学などの研究でも最先端を行っており、その技術は世界に輸出されている。
 建築基準法は、大きな地震のたびに改正され強化されてきた。その技術と厳しい耐震基準の下でなら、百年に一度の大地震が起きても人々の命と安全は確保されるはずだった。にもかかわらず、なぜ阪神・淡路大震災ではあれほどの犠牲者が出たのか。そしてそれらの経験が、教訓として住宅建築に生かされようとしないのはなぜか。それどころか建設現場の技術レベルは低下し、手抜き工事が平然と行なわれている。弁護士として住宅紛争をはじめ、一貫して消費者保護に取り組んできた著者は、「日本の建築生産システムそのものに根本的な問題がある」(P14)と指摘する。
 住宅の売価があらかじめ決まっていれば、製造原価を低く抑えるほど利幅が大きくなるのは自明の理である。「材料費の削減、工期短縮、現場経費の節約」――この三本柱が経費削減の要であり、行き過ぎると欠陥住宅が生まれる。だがこれら「削減の連鎖」が、実際の建築現場では分かちがたく結びついている。つまり、材料を減らせば、職人の手間が省けて工期が短縮し、人件費も浮いて安く仕上がるわけだ。
 昨年十一月に発覚し、文字どおり日本中を揺るがした「耐震強度偽装事件」。警視庁など合同捜査本部は四月二十六日、姉歯秀次容疑者ら計八人を別件で逮捕した。住民の生活と夢をぶち壊し、不安と絶望に陥れたこの事件にこそ、日本の住宅行政のいいかげんさと、資本の論理、市場原理が貫徹する建設業界の闇の深さが端的に示されている。

住宅における「安
全性」という概念

 住宅はあらゆる意味で特殊な商品である。それは一般的に、労働者が一生かかって代金を支払い続ける生涯でもっとも大きな買い物であり、人間が生活するためになくてはならない生産物である。著者は「建物は、設計も立地条件も一つ一つ全部違っている手作りの製品」(P9)だと規定する。自動車や電器製品と違って住宅だけは、事前に地震を起こして現物の耐震テストをすることなど不可能だからだ。だからこそ建築基準法二〇条では、「建物の安全性」という特殊な概念に基づいて、細かいルールを定めている。それらの基準がすべて満たされて初めて「安全である」と判断することができる。
 「基準以下だが壊れなかったから安全」ではないし、反対に「基準を満たし安全だったが倒壊した」ということもあり得る。つまり住宅に関しては法律で基準を作り、それを満たしているかどうかで「安全かどうか」を見極めるしか方法がないというわけだ。
 アメリカの住宅売買は、「条件付き売買の原則」で行なわれている。売り手と買い手双方の間で、交渉過程も含め極めて詳細な条件提示とその公開が義務付けられている。そのどれかひとつでも成就しないと契約が成立しないという仕組みになっている。
 売主は、物件に関して知りえる情報をすべて開示するという厳格なディスクロジャー(情報開示義務)を負い、それらに間違いや不備があると、買い手から高額の損害賠償請求を起こされる可能性が高い。双方の間には条件成就を監視する第三者「エスクロー」が関与する。さらに事前に建築の専門家に物件を厳しく調査させ、納得させてから契約締結に移るという念の入れようだ。
 建物の中間検査も厳しい。すべての建築物は、州または市の公的住宅検査官「インスペクター」による検査が義務付けられている。公共建築物に至っては、民間の検査官の検査も受ける。インスペクターの権力と責任は強大で、彼らの許可がなければ工事は次工程に進めない。欠陥があれば罰金付きで何度でも工事をストップさせることができるのである。日本のように、買い手が充分な知識と内容を知らないままに、業者側が作成した「一括見積書」にサインし、欠陥住宅を買わされるという現実とは、雲泥の差があるのだ。

具体的な改革案

 第Y章では、「欠陥建築防止のための方策」と題して、本来あるべき建築生産システムを提起する。日本においては、たとえば検査機関は民間に代行させるのではなく、行政およびそれが指定した機関が行なうこと。そして検査員の不正や任務懈怠(かいたい)に対しては、厳罰をもって臨むことも重要だ。これらのコストは最終的には価格にはね返る。しかし著者は、購入者がそれを負担するのは当然だという。無産階級としてはこの主張には抵抗があるが、日本の建築業界の問題点は「使われるべきところにお金を使わず、使わなくてよいところに無駄なお金を使っている」(P31)のだから、公正な検査には、本来いくらでもコストがかけられるはずだと強調する。
 住宅問題に取り組む弁護士たちは、以下の点で具体的な提案をしている。@建築士と業者の利害関係の排除 A建築士の倫理観の回復 B保険制度の導入。これらを細かく検討し現実的な改革案を打ち出している。
 「小泉改革」の規制緩和・格差拡大路線の下で犠牲になるのは、社会的・経済的な弱者である。低賃金や不安定雇用、昼夜たがわず過労死するほど働かされている人々が、血のにじむ残業代でようやく念願のマイホームを持とうと決意したとする。だが彼らが住宅について基礎から学習したり、繰り返し現地を歩いて調査したりすることが、いったいどれほど可能だろうか。それでも消費者が知識を身につけて自己防衛し、不正を告発しなければ、巨悪はやりたい放題なのだ。今回の「耐震偽装事件」などは氷山の一角に過ぎないだろう。日弁連では、消費者が不利で不当な売買契約を結ばないよういくつかの文献を作成し、ぜひ参考にしてほしいと勧めている。
 本書は、欠陥住宅が造られる日本の建築システムそのものと、建設現場の悪しき慣行を批判しながら、迫りくる大地震に備えて、行政は一刻も早く対策を講じるべきだと警鐘を鳴らす。巻末には阪神・淡路大震災で子どもを亡くした母親の、短い手記が載っている。著者の活動の源泉が、この悲劇にもあるような気がする。最後は涙で読み終えるコンパクトな入門書である。       (S)


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