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2〜3月闘争と民主労組運動の課題            かけはし2006.3.27号

政府の攻撃と真正面から対峙しないゼネストの限界!

民主労組が新執行部選出

 2月末と3月初め、労働陣営は内外ともに慌ただしく過ごした。2月21日の民主労総臨時代議員大会は、いざこざも問題点も多い中で新たな補欠指導部を選出した。民主労総補欠選挙は民主労組運動の革新のための場となるどころか、政派対立の構図とダーティ選挙の中で、「世の中を変えるゼネスト」という美名の下、御用・不正腐敗勢力を継承する新指導部の選出によって幕を下ろした。
 新たに選出されたチョ・ジュノ委員長は、政府与野党が非正規職改悪立法の攻勢の手綱を緩めなかったにもかかわらず、2月末に予定されていたすべての闘争スケジュールを取り消して、任期を開始した。これに便乗してさまざまな労働関連メディアは「チョ・ジュノ当選によって2大労総の共助に青信号」など、切迫した情勢とはおよそかけ離れた推測まじりの記事に熱を上げることに汲々とした。

与党の非正規改悪法攻勢

 だが政府与党は剣を抜き放った。2月27日、与党・開かれたウリ党と野党・ハンナラ党の共助によって改悪立法案が電撃的に国会・環境労働委員会の全体会議を通過した。まさか、が現実に変わる瞬間だった。
 法案通過を阻止しようとしていた民労党の院内勢力は無力化し、闘争日程を取り消した民主労総指導部は後頭部を殴られた。その上、改悪立法の内容は当初、与野間で論議されていた内容よりも後退した、政府側の案を中心としたものだった。
 2004年11月に国会に上程されて以来、労働者階級の抵抗にあって処理が留保されていた非正規改悪法案が環労委という第1次阻止ラインを突破し、労働者階級全体に向けた直撃弾となって飛んできた。政府与党が何度も何度も臨時国会での処理の意思を明らかにしていたにもかかわらず、労働組合運動陣営は恣意的かつ主観的な状況認識の中で安易な対応をもって一貫していたのだ。

18万人が決起したゼネスト


 2月27日から慌ただしく進められた闘争は2月28日と3月2日にそれぞれ10万人と18万人の隊伍が参加するゼネストを中心に展開された。民労党を中心とした国会内の阻止闘争(?)と野党の非協調によって3月2日の国会本会議への上程はできなかった。外形上は執権党のゲリラ攻勢に抗して、環労委通過後の本会議上程手続きを阻止することに成功した闘争だったけれども、その内容は全くそうではなかった。
 2月28日のストライキには現代自動車、起亜自動車、金属労組を中心に10万3千人がストに突入した。3月2日には完成車4社労組の全部のほかに金属労組、大宇造船労組などが午前10時、あるいは午後1時から全面突入したのを含め13万6千余人の金属連盟の組合員らがストに突入し、公共連盟の鉄道労組や京畿道労組など2万8千余人、民主化繊連盟2千余人、民主タクシー連盟7千余人がスト、IT連盟2千人が幹部ストに突入するなど最小限18万余人が全面スト、部分ストまたは幹部ストに突入した。
 だがこの数年間、何度となく宣言されたゼネストの中で、最も大規模で組織されたものとなったにもかかわらず、今回のストは政権や資本に圧迫を加えることができず、全国的闘争戦線へと拡張することもできなかった。
 一部では、96年の労働法改悪阻止闘争以来、最大規模の闘争だとして比較・評価する向きもあるが、威力ある街頭闘争を伴わないまま多分に形式的に進められた同時多発集会だけでは非正規職改悪阻止のための全国闘争戦線の構築には力不足だった。
 さらに深刻な問題は、2月21日の補欠選挙によって発足した補欠執行部の政治的意志と態度だった。口では「労働者全体を非正規職化する政権に対する審判」を叫んだけれども、政権の核心部はさておき、国会を圧迫し打撃するための闘争の組織化には消極的であって、依然として国会の日程にとらわれた闘争のワクを脱け出せなかった。
 したがって2〜3月の非正規職改悪阻止闘争は、かろうじて国会本会議通過を阻みはしたものの、強力な大衆闘争の力によって改悪立法阻止闘争を組織化する力量や意志についての疑問を増幅させたという点で、今後の闘争の展望を容易ならざるものにする限界をさらけ出した。

不正・腐敗に切り込めず

 2・21民主労総臨時代議員大会は役員補欠選挙で新指導部を選出した。こうして昨年10月のイ・スホ執行部総辞職後の非常対策委体制に区切りをつけ補欠執行部を選出はしたものの、選挙の全過程は民主労組運動の総体的危機を克服するというよりは、その問題点を露呈させる結果となった。
 まず何よりも、拙速に決定された選挙日程自体が、年初の非正規職改悪立法阻止闘争を撹乱させる要因として作用した。情勢の緊迫性を度外視したまま、無理な日程で配置された選挙は非正規職改悪立法の企図とも相まって、キチンとした選挙運動ということはさておくとしても、当面の闘争戦線を分散させ続ける役割を果たした。
 その結果、補欠選挙は歴代の役員選出大会の中で、最も低調な参加率を記録し、民主労組運動の路線や政策についての大衆的検証過程を通して指導部を選出する過程となるというよりは、単に非対委体制の速やかな終息のために空席を埋めるとでも言うべき行政的手続きや宗派的票の対決へと転落した。
 次に、今回の選挙過程の核心的争点だった革新問題は、選挙の過程や選挙の結果によって全く担保されなかった。2005年下半期の民主労組運動の危機の中で提起されていた闘争と革新の課題は非対委体制の下でキチンと遂行できなかった。
 そのためには選挙の過程自体が不正・腐敗の清算や組織革新の課題を単に選挙公約のレベルではなく、全組合員の、いや労働運動陣営全体の核心的課題として提起され、大衆的討論と論議を通じて革新の像と実践計画とを確立する契機とされなければならなかった。実際に選挙運動は緊迫した情勢の中で、ちゃんと遂行することはできなかったし、選挙延期の要求もまた官僚的手続き論を口実として黙殺された。
 そればかりか、貧弱な討論と論争の中で革新の問題は依然として抽象的公約のレベルにのみとどまった。特に不正・腐敗勢力を継承した陣営の場合、役員の直選制を含む改革の課題を時期尚早論、現実性への疑問など、詭弁の論拠によって事実上、排除する雰囲気の中で、直選制を議題の案件として上程すること自体が否決された。その結果、革新に対する論議はにぎにぎしくはあったものの、当面の民主労組運動の総体的危機を克服する不正・腐敗の一掃や組織の民主化のための具体的方案についての真剣で意味のある決意を導き出すことはできなかった。
 結局、今回の臨時代議員大会を通して民主労総は補欠執行部を選出する形式的結果以外には、いかなる結果をも出せず、したがって民主労組運動の危機は持続されざるを得ない。
 よしんば補欠執行部が組織統合を口にしてはいると言っても、集団辞職した本部の専門スタッフたちが復帰したのに行政的手続きを振りかざして今なお発令を出さないなど、実質的組織統合のための努力は放棄している。したがって問題の核心をずらした政治的縫合は労働運動の危機をさらに一層、深めていくだろう。
 チョ・ジュノ執行部は非正規職改悪立法闘争の過程で口では「労働者を無視する政権を座視することはできない」と声高に叫んだけれども、状況が終結するやいなや、まるで待っていたかのように闘争日程を急いで取り消した。そしてさらに、昨年下半期の争点となっていた「社会の2極化国民連帯」、低出産、高齢化国民連帯への参加決定によって社会的合意主義、妥協主義の道へと急速にカジを切っている。
 一方、今回の選挙で労働運動内の政派の構図を批判しつつ、政派を超越した新たな流れの形成を主張していた「セフルム(新しい流れ)」の陣営は選挙運動ので民主労組運動の核心的事案に対して非論理的な機会主義で一貫しながら選挙を徹底してイベントとして活用した。そして政派に対する批判にもかかわらず、労組選挙に企業側が積極介入したKT問題をはじめ、ほとんどすべての事案で一貫して政派的に対応した。
 その結果、右派陣営が選挙の争点を不正・腐敗問題から「キャンキャン騒ぎ立てる勢力との対決」の構図へと歪曲できる口実を提供したし、2月21日の代議員大会での遊説の際の辞退宣言は、セフルム陣営の代議員たちが選挙をボイコットするように影響を与え、事実上、不正・腐敗勢力の再執権過程において第2中隊の役割を担った。

革新と闘争の継続を


 情勢は極めて厳しい。非正規職改悪立法の電撃的処理、チョン・ジェファン前非対委委員長の拘束、鉄道ストに対する職権仲裁命令と大量懲戒処分など、政権と資本の攻勢は危険水位を駆け上がっている(「労働情報」3月15日付、参照)。このような変化の兆しを考慮すれば今後の情勢が容易ならざることが分かる。
 それにもかかわらず、民主労組運動は依然として2005年10月の状態のままにとどまっている。不正・腐敗一掃と組織革新の問題は、すでに補欠執行部の頭の外にある。
 労働組合上層をゆうれいのように徘徊している不正・腐敗問題の一掃なしに、民主労組運動の革新は構造的に不可能であり、労働運動の右傾化・御用化は構造化されざるをえない。労働運動自らが内部の不正・腐敗を暴露し、整理できないかぎり、労働運動の自主性は口頭戦にすぎない。
 民主労組運動の総体的危機が提起していた諸問題が2月末〜3月初めの闘争や民主労総指導部の選出過程において全く解決されなかった状況は、労働運動全体と2006年闘争の発展の展望を封鎖したまま、当面の課題の重さだけを加えている。だがまさに状況がそうであることで、逆説的に革新の問題は闘争によって突破しなければならないし、闘争は革新を前提にしないならば不可能な危機状況を、2006年の労働者闘争の主体的条件とみなさなければならない。
 現時点において、わが労働者階級の主観的・客観的状況は極めて厳しい。非正規職改悪立法の攻勢は一時停止されたにすぎず、それと同時に労使関係ロード・マップが待っている。しかも政権の最大課題に設定された韓米FTAは、この国の労働者階級と民衆の生存権を、さらに一層、脅かすだろう。
 新自由主義的改革政権に対する全面的闘争なしには階級の未来は不透明だ。動揺する指導部を超え、民主労総の枠を超え、民主労組運動全体の総体的革新や全階級的闘争戦線構築の課題を結合させるための労働運動の新たな企画が、絶対的に必要な情勢的条件が形成されている。
 2005年10月を踏み越える闘争と革新の企画を実践するために活動家たちの組織的努力を倍加しなければならないだろう。(「労働者の力」、第98号、06年3月10日付、ウォン・ヨンス/編集委員長)

闘争日誌

2・21 代議員大会と民主労総選挙。
2・27 非正規職、国会・環労委電撃通過。7時、国会前糾弾集会。
2・28 ゼネスト1日目―金属連盟10万余人など108事業場で10万3千人がスト。午後3時、同時多発集会―全国10余カ所で「非正規悪法強行完全無効ゼネスト闘争勝利決起大会」。
3・1 スト2日目。鉄道スト突入。午後2時、抗議集会―ゼネスト勝利決起大会。
3・2 スト3日目。18万余人がスト突入。午後3時、抗議集会。民主労総闘争本部代表者会議(中執会議:民主労総は中執会議で3日に4時間スト、6日から3月末の国会開院まで波状ストを繰り広げるなど、スト戦術を継続して維持する方針と、ゼネストを留保して3月5日に全国労働者大会(ソウル集中)を開催する方針を論議した結果、後者を採択)。
3・3 10時記者会見―闘争終結記者会見。
3・4 鉄道スト中断および現場復帰、KTX(新幹線)乗務員ストは継続。



パンフ紹介
『今こそ日米〈安保〉同盟を問う!!』

                    派兵チェック編集委員会編/500円


 今年三月末に「最終報告」が出されるとされている「日米同盟―未来のための変革と再編」は、たんなる在日米軍基地の「再編・強化」にとどまるものではない。
 武藤一羊「新日米安保同盟」は、この「変革と再編」に表現される日米軍事同盟を「第三次安保」と規定する。その本質は何か。第一に「アメリカのグローバルな覇権の維持そのもの」「それを脅かす勢力・状況に対する永続的な戦争」を存在理由とする同盟であり、第二に「米国による日本のグローバルな文脈における軍事利用、また日本による米国の利益への端的にグローバルな軍事的コミットメント」である。
 したがって安保条約の枠組みを取り外したものにならざるをえない。「国連」や「国連憲章」への言及が欠けていることに、「第三次安保」の性格が露呈していると武藤は指摘する。
 島川雅史「米国軍事戦略における在日米軍再編・自衛隊再統合の位置付け」は、二〇〇〇年の「アーミテージ報告」以来の「日米一体化軍事同盟」への要求の文脈の中で、今回の「変革と再編」の位置を解明している。
 天野恵一「『自民党新憲法草案』と新『日米同盟』の歴史的関係を読む」は、「新憲法」という自民党の政治的クーデターが、新「日米同盟」という、もはや「解釈改憲」ではどうにもならない事態が必然化させたものであることを説き起こし、「『平和的生存権の思想』=〈民衆の安全保障〉の論理」を運動の原理にすえた闘いを訴えている。 池田五律「国連憲章を否定する米軍事政策と日本の同調」は、「国際法による平和」や「国連による平和」を投げ捨てたブッシュの戦争を批判しつつ、同時に「国連の集団安全保障」を超えた「あらゆる戦争を批判する思想」を鍛え上げていこうと述べている。
 最後に吉川勇一「安保条約でなく平和友好条約を!」は、安保条約そのものの是非についての議論を巻き起こすことを提起している。必読のパンフだ。(純) 


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