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ブッシュ政権が中間選挙で敗北             かけはし2006.12.4号

アメリカ 戦争とブッシュにNO!

迫られるイラク政策の修正広がる戦争犯罪の責任追及


民主党が上下
両院で過半数

 十一月七日に行われた米国中間選挙で、ブッシュ大統領の共和党は敗北し、上下両院とも民主党が過半数の議席を獲得した。
 今回の中間選挙は、二〇〇四年の大統領選挙とは異なって、イラク戦争が中心的な争点となった。〇四年十一月以降の二年間で状況は大きく変化した。ブッシュのイラク・中東政策の破綻が明らかになり、米軍兵士の犠牲と苦痛が日々増大する中で、早期撤退を求める声が多数に転じつつある。
 AP通信が選挙後の十一月十七日に発表した世論調査によると、ブッシュ政権のイラク政策に対する支持率は三一%と、過去の最低を記録した。戦争の犠牲になった兵士の家族の戦争反対の訴えは広い共感を受け、反戦運動を勇気づけた。こうした世論の変化に対応して、民主党はブッシュのイラク政策に批判を集中した。それはイラク戦争の当初における自らの加担を反省するものでも、イラクからの即時撤退を求めるものでもなく、単に選挙での勝利のためにすぎなかったが、多くの有権者は民主党候補への投票に変化への期待を託した。
 議会選挙は民衆の希望を正確に反映するものではないし、特に米国の選挙制度は大資本を代表する二つの政党以外の選択を実質的に排除している。それにも関わらず民主党の勝利によって「有権者は戦争とブッシュのリーダーシップに不信任をつきつけ、また、モラルを語っていた共和党議員たちの腐敗とセックス・スキャンダルに対する嫌悪感を示した」(デービッド・フィンケル、「インターナショナル・ビューポイント」誌ウェブ版)ことは間違いないだろう。

第三の政党の実
現がカギになる

 米国を中心とする左翼知識人のウェブ「Zネット」に今回の中間選挙に関するさまざまな観点からの論評が掲載されている。
 アフリカ系米国人の活動家、ビル・フレッチャー氏は、今回の選挙がブッシュに対する拒絶とこの七年間に米国で形成されてきた雰囲気に対する強い憤りの明確な表現であるが、民主党はそれに対して明確なメッセージを持っているわけではないと指摘している。
 気候危機連合のテッド・グリック氏は、「これは革命ではないが、始まりとなりうる」と述べ、これをいくつかの具体的な、全国的な政策上の成功(最低賃金の引き上げ、再生可能エネルギーのための予算の増額、健康保険システムの改革など)に結びつける必要があると指摘している。また、共和党・民主党に代わる第三の党の候補を擁立するための条件が成熟していく可能性があると述べている。
 シカゴ在住の市民運動活動家のステフェン・レンドマン氏は、「有権者は現在の政権によってなされたすべての害悪から回復するための新しい方向に期待するメッセージを送ったが、現在のところ、そのメッセージは届いていないようだ」として、中間選挙での勝利の直後からの民主党の議会リーダーたちの共和党との協調姿勢を批判している。
 ここに紹介した米国の左派知識人や活動家の論評から、民衆の意識には確実に変化が起こっているが、民主党はその政治的表現手段としては機能しない、反戦運動や労働運動、市民運動(およびそれを基盤とした第三の政党の実現)が依然としてカギであるということが共通の感覚となっていることが読み取れる。
 「アゲンスト・ザ・カレント」紙編集委員のデービッド・フィンケル氏は、「ブッシュ一味に対する不信任は左翼にとっての政治的可能性を開くだろうか? おそらくはそうだろう。それを確かめる唯一の方法は、押してみることである」と述べ、いくつかの州の住民投票の結果、特にサウスダコタにおける中絶禁止法の否決や、多くの自治体でのイラク駐留反対や大統領弾劾の可決に注目するべきであると指摘している(「インターナショナル・ビューポイント」誌ウェブ版)

「軌道修正」
にむけた動き

 ブッシュは、中間選挙における敗北が確定した直後の十一月八日に、ラムズフェルド国防長官の解任を発表し、今後は民主党とも協調して諸問題の解決にあたると述べた。
 これがブッシュ政権の転換なのか、単なる見せかけなのかは現時点で断定できないし、実際に転換が可能なのかどうかは疑わしい。しかし、ブッシュにとって、イラクからの撤退が9・11を最大限に活用した「テロとの戦争」戦略の根本的崩壊に直結し、自らの戦争責任・戦争犯罪の追及に到るという悪夢を回避し、残された任期の間に「名誉ある撤退」に着手する(そのようなことが現実に可能かどうかは別として)ために民主党に協力を求めることは一つの選択肢ではある。
 ラムズフェルドの解任後ブッシュ政権のイラク政策の転換を示唆する動きが続いている。
 同十日に政府は、ブッシュ大統領が同十三日、ベーカー元国務長官が率いる超党派の「イラク検討グループ」(「ベーカー委員会」)と会談すると発表した。
 同十二日、ボルテン大統領首席補佐官が、政府はイラク政策の「軌道修正」を行う用意があると発言し、「イラクの現状に満足できる人はいない。今は明らかにこの問題を新たな視点から見つめる時期だ」と述べた。
 同十五日、サターフィールド国務長官上級顧問が、米国は「原則として」イラク情勢についてイランと協議する用意があると述べた。
 同二十日付の「ワシントンポスト」紙は、ブッシュの指示を受けてイラク政策の見直しに取り組んでいる国防総省内の研究グループが、@大幅増派A早期撤退B長期駐留の三つの選択肢に沿って検討を行っていると伝えた。
 同二十一日、スノー大統領補佐官は、ブッシュが同二十九―三十日にヨルダンを訪問し、イラクのマリキ首相と会談すると発表した。
 「Zネット」のウェブに掲載された反戦運動家のトム・ヘイデン氏のレポートによると、米国のイラクからの撤退に向けた秘密外交が活発に展開されている。同氏はロンドンとアンマンの信頼できるイラク関係筋の情報として、次の事実を指摘している。
 @ベーカーがフセインの弁護士に対して、タリク・アジズ氏(フセイン政権の副首相)の年内釈放を示唆したAライス国務長官が十月に湾岸協力評議会に対してスンニ派武装グループ(アルカイダを除く)との話し合いの仲介を依頼したB二週間前に、米国のハイレベルの政府関係者とイラクのある有力な抵抗運動の代表の秘密会談が三日間にわたって行われたC米国がマリキ政権に反対している勢力を含むイラクの抵抗運動のリーダーの間の和平交渉の仲介を試みていることを示す電子メール(11月16日付)が明らかにされたDステファン・ハドリー大統領補佐官がイラク政府高官に対して、反政府派の恩赦と和解、イラクの三分割に関する提案の取消し、すべてのイラク人への石油歳入の公正な分配等の六項目の提案を渡した。

ネオコン支配の後
退と外交派の台頭

 この一連の動きは、これまでブッシュ政権を支配してきた「ネオコン」・チェイニー系列と、「国際協調派」と呼ばれるベーカーの系列の力関係が逆転し、ブッシュが後者に依拠して行き詰まりを打開する方向へ転換したことを示唆している。
 国際情勢評論家の田中宇氏によると、「パパブッシュの最重要の側近だったベーカーは、国際協調派(外交重視派)で、チェイニー(当時は国防長官、今は副大統領)らタカ派(好戦派)と当時から対立していたが、今春以来、息子のブッシュがチェイニーらにそそのかされて挙行して大失敗したイラク戦争の後始末をするため『ベーカー委員会』を作って動いている」。
 「ラムズフェルドの後を継ぐ(元CIA長官のロバート・)ゲイツは、ベーカー委員会のメンバーである。そこから推測されることは、今回の人事によって、ベーカー委員会は国防総省の乗っ取りに成功したということである。ラムズフェルドは、チェイニーの古くからの盟友である。国防長官がラムズフェルドからゲイツに代わることは、好戦的なチェイニー派から、外交重視派のベーカー派への人事交代を意味している」(「ブッシュ変節の意味」、「田中宇の国際ニュース解説」ウェブ版より)
 田中宇氏はまた、次のように指摘している。「……ラムズフェルドの後任の国防長官になるゲイツが、二〇〇四年以来『イランとの問題は戦争ではなく、外交交渉で解決すべきだ。ブッシュは、イラクの近隣国であるイランやシリアと話し合い、イラクの安定化に協力させるのが良い』と主張してきたことである。米政府は今後、イラクからの早期撤退を目的として、イラクの安定化のために、イランやシリアと話し合う方向に動く可能性がある」(同)。

「勝利の展望」を
除外した撤退案

 ベーカー委員会は十二月に報告書を提出すると予想されている。
 「ザ・ニーヨーク・サン」紙の十月十二日付によると、ベーカー委員会(民主・共和両党の十人の委員によって構成)は現在、「安定化優先」と「再配置と封じ込め」の二つのオプションについて検討している。「安定化優先」のオプションは、軍はバグダッドの安定化に集中し、大使館が抵抗運動の政治的懐柔のために努力するというものである。「再配置と封じ込め」のオプションは米軍のイラクからの段階的撤退を提案しているが具体的な時期や撤退後の駐留先は示されていない。
 重要なことは、どちらのオプションも「近い将来にイラクに安定的な民主主義を確立する」という展望、つまり勝利の展望を除外しているという点である。
 この点に関連してベーカーはPBSテレビのインタビューで、「民主主義政府」と、「(国民)代表政府」(必ずしも民主主義的でない)を区別し、中東のいくつかの国に代表政府を樹立できれば成功だと述べている。
 もう一つの重要な点は、どちらのオプションにおいても、米国はシリア、イランとの対話を開始せざるをえないし、EU、国連の協力を必要とするということである。
 同紙は、ブッシュがベーカー委員会への期待を表明し、戦術の転換に反対しないと述べたと報じている。この報道の日付が中間選挙の約一カ月前であることに注目しておく必要がある。つまり、ブッシュにとって、ラムズフェルドの解任に始まる一連の軌道修正は、中間選挙での敗北の前から想定していたことである。
 一方、政策修正のための具体案を持たない民主党にとっても、ベーカー委員会の報告は好都合である。

今こそ米軍はイラ
クから即時撤退を

 こうして米国内ではベーカー委員会の主導の下で、超党派でイラク政策・中東政策の修正が試みられている。これは9・11を契機とする「テロとの戦争」の破綻の始まりである。
 しかし、ベーカー委員会にとっての最大の目的は米国の負担を軽減し、国内の超党派の合意を形成することである。それは、即時撤退を拒否し、ブッシュ政権の戦争犯罪や戦争利権を隠蔽するものであり、中間選挙に示された期待とは程遠いものである。
 一方、反戦運動の活動家たちを中心に、ブッシュの戦争犯罪と憲法の蹂躙についての弾劾手続きを求める運動が広がっている。民主党は中間選挙勝利が確定した直後に共和党との協調を打ち出し、弾劾を進める意志がないことを明確に示したが、民主党の一般党員を含む多数の人々が弾劾の要求を支持している。この運動の先頭に立っているシンディー・シーハンさんは、「亡くなった人たち、兵士たち、イラクの人々は戦争責任について発言することができない。私たちが彼ら・彼女らに代わって発言しなければならない」と述べている。
 また、「憲法上の権利センター」、国際人権連盟、全米弁護士協会をはじめとする人権団体が十一月十三日に、ラムズフェルド前国防長官をはじめとする政府高官の戦争犯罪についてドイツ連邦検察官に告発し、審理を請求した(ドイツでは連邦検察官が戦争犯罪について、その告発者・被告発者の居住地や、犯罪の発生地、関係者の国籍に関わりなく起訴できるという法律が二〇〇二年に制定されている)。
 米軍の即時撤退を求める運動は、こうした戦争犯罪追及の運動と一体である。イラクにおける治安や宗派間の戦闘激化を理由に米軍の撤退を引き延ばすことは欺瞞にすぎない。イラク国内の諸勢力の和解と安全の確立も、経済と社会生活の復興も、米軍の撤退後に、周辺諸国や国際機関、NGOの支援の下で初めて可能となる。たとえ国内およびイランのシーア派聖職者の影響力が強化されるとしても、米国政府がそれに対して介入する権利などどこにもない。
 米国中間選挙の結果は、ブッシュの戦争犯罪を黙認し、加担してきた小泉政権とそれを継承する安倍政権に対する警告でもある。
 今こそブッシュ、ブレア、小泉の戦争犯罪を追及し、米軍即時撤退のための全世界的行動を強化していく重要な機会である。(小林秀史)


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