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 北朝鮮の核実験をめぐる状況             かけはし2006.11.06号

大統領選で「失われた10年」を取り戻そうとする保守勢力

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の核実験のニュースが伝えられて以降も、韓国の市民たちは極めて冷静な対応を示してきた。だが過去2回の大統領選挙で敗北した保守・右翼勢力は「失われた10年」を取り戻そうとするかのように国会で、街頭で、あるいはマスコミを動員して「保守の総決起」を呼びかけている。以下は、それらの保守・右翼勢力の動きに焦点をあてて「ハンギョレ21」に掲載された記事で、「かけはし」編集部の責任でその内容を抜すい・要約して紹介する。

悪意に満ちたスローガン

 10月9日。この日は北韓(北朝鮮)が核実験を行った日だが、「愛国市民」たちがキャンドルを手にして街頭に乗り出した日でもある。キャンドル集会を主催したのは在郷軍人会、自由総連盟、ニューライト全国連合、韓国キリスト教総連合会など227の保守団体の会員たちだ。当初、彼らは「韓米連合司令部の解体に反対する1千万人署名運動本部」として出発し、同日に至って名称の前部分に素早く「北核反対」を付け加え、新たな団体へと変身した。「韓民族の生存と韓半島の平和のための」汎国民キャンドル祈祷会4日目の12日、「朝鮮日報」や「東亜日報」の社屋に囲まれた光化門・清渓広場は保守団体の悪意に満ちたスローガン・シュプレヒコールで覆われた。

大統領の告発・退陣を要求

 「ユン・グワンウン長官を解任しろ! 大韓民国ではなく北韓政権を考えているイ・ジョンソク長官を北韓に追放しろ! 赤化統一の足がかりを作ったキム・デジュンを処断しろ! 国民を欺き実際には昼夜を分かたず北韓のために行動しているノ・ムヒョンを断じて解任しろ! 386左翼勢力をはじめ反逆する386(世代)を次の政権でぜひとも処罰しろ!」。
 翌日午後2時、ソウル市庁前広場では「ノ・ムヒョン告発・退陣を求める国民大会」が一層盛大に開かれた。主催した国民運動本部は、主敵の核開発を助けた「利敵」大統領の退陣を求める1千万人署名運動を宣言した。9月から始まった「ノ・ムヒョンに対する内乱罪・外患罪などの刑事告発署名」運動を、北韓の核実験を契機に拡大したのだ。彼らは「キム・ジョンイルが問題なのか? ノ・ムヒョンが問題だ!」と語った。彼らの目にはキム・ジョンイル、キム・デジュン、ノ・ムヒョンが核開発の共犯だった。ソ・ジョンガプ国民運動本部長は「スパイをゴールキーパーにしていてサッカーはできない。7千万民族の不幸である反逆3人組を追放しなければ祖国は火の海になる」と扇動した。保守団体は街頭でオンラインで、ハンナラ党は国会で、「朝鮮」、「中央」、「東亜」などの各紙は紙面を通じて保守の大合唱を作り出した。「保守よ、総決起せよ!」。
 保守は北韓の核実験で突然、騒ぎ始めたのではない。駐韓米軍の削減―国家保安法の存廃―龍山基地移転―戦時作戦統制権の移管など「安保のイシュー」が出てくるたびに怒り、街頭に繰り出した。彼にとって北韓の核実験は、それ自体が特別のイシューではなく安保イシューのひとつであり、かつその最終決定版だったのだ。こうして安保のイシューをめぐるすべての「騒ぎ」の責任は太陽政策や平和繁栄政策を展開してきたキム・デジュン前大統領やノ・ムヒョン大統領、これらを作りだし支えている進歩陣営にある、というのだ。

核実験は保守基盤を強化

 これは単純に安保観の違いからだとは言えるが、一向に妥協点を見いだせない権力闘争の副産物でもある。権力闘争において2度も押し切られ、進歩改革勢力に対する反感と不信の根は深まるだけ深まった。失われた10年の悔恨は直接的にはキム・デジュンとノ・ムヒョンに向けたハン・プリ(うらみ晴らし)へと結びついた。犯罪を行った人間よりも予防できなかった人間をよけい憎むという論理のように、核実験を強行したキム・ジョンイルよりも対北抱擁政策を設計し継承したキム・デジュン、ノ・ムヒョンをより憎むというのが、保守陣営にとっては決して異常なことではない。
 進歩改革勢力の最大の政治的成果として挙げられてきた対北抱擁政策へのケチつけに集中するのも、このような戦略的計算から出てくる。核実験後、大部分の大韓国民は比較的冷静に反応していることについても、これを安保不感症だとなじりつつ、国が台無しになるかのように煽っている。
 確かに北韓の核実験後、安保のイシューの政争化は保守の基盤を強化した。韓国社会世論研究所(KSOI)が10月12日に実施した世論調査で、参与政府の対北政策の基調に「根本的再検討が必要だ」との回答が54・3%と高く表れた。ノ・ムヒョン大統領の低い支持率の中でも、7月の同じ調査で29・8%にとどまっていた対北抱擁政策の再検討の意見が数カ月の間に大きく増加したのだ。
 このような流れは、いつまで続くのか。次の大統領選挙まで1年2カ月しか残っていない。他の安保の課題とも相まって北核の政治的暴風は来年まで続く見通しだ。北核、作戦統制権、駐韓米軍の削減、龍山基地移転など安保のイシューは、どれひとつとして早晩、きれいさっぱり整理されるには難しい状況だ。
 ハン・クウィヨン韓国社会世論研究所研究室は「大統領選でのイシューは大別して経済と民族のイシューだが、経済の面は爆発力が強いイシューではないのに反し、対北関係をどう運んでいくのかという民族のイシューは引火性や爆発力が、はるかに強い」と分析した。
 では安保のイシューが作り出される構図はだれにとって有利だろうか? 安保の不安が強化されればされるほどに安保が有利になることは選挙の場での久しい公式だ。軍事独裁政権の時期には、選挙を前にしてスパイ団事件が発表されたり北韓の脅威を煽る環境が作りあげられたのも、このような公式を100%活用したものだ。したがって現在の安保の各イシューが不安と緊張を維持したり強化する方向へと進めば保守執権の可能性が高いとの計算が出てくる。保守が総力を尽くして安保のイシューに「オールイン」したのも、たやすく説明できる。クォン・チョリョン・ハンナラ党議員室のキム・ソンヒョン補佐官は「党は当然にも安保のイシューを活用するだろう。これよりも良い素材が、ほかにどこにあると言うのか?」と語った。

対北強硬策の持つ限界

 けれども、いつも変数というのは存在するものだ。安保のイシューに対する保守の態度が変数ともなり得る。保守の行きすぎに対応が逆効果を招き、自滅策になりかねない、との分析だ。コ・ウォン・ソウル大学韓国政派研究所専任研究員は「キム・デジュン政府の太陽政策やノ・ムヒョン政府の平和繁栄政策の再点検を要求する声が一定程度、現れることはある。けれども今日の『朝鮮』、『中央』、『東亜』各紙やハンナラ党のような保守勢力が騒ぎ立てているように、はなから(対北抱擁政策を)廃棄したり、過去に舞い戻るようなことに国民がどれほど同意するかは懐疑的だ」と語った。ともあれ太陽政策に象徴される抱擁政策は10年近く継続されてきたのであり、国民的信頼を積み重ねてきた側面が大きいからだ。キム・ヒョンジュン国民大教授(政治学)も同じ論理だ。「現在のように保守が保守をさらに強化しようとする戦略は結果には効果はあるかも知れないが、押しつけ型の対北強硬策は、むしろ南北間の対立を通した戦争の脅威を高め、経済を揺るがす、と有権者たちが判断することもあり得る」。
 保守内に慎重論者たちもいる。ユン・ヨジュン前ハンナラ党議員は「執権を目標として存在している第1野党ならば、どんなに困難でも、このような重要な国家的懸案の対案を持っていなければならない」と語ったように、今すぐにではなくとも大統領選が近づけば近づくほどに対案提示の負担において保守でさえ自由であることはできない。

保守のチャンスと危機

 保守陣営は安保のイシューを高めながら、進歩と保守の対立戦線を強化している。だがこれはブーメランともなりかねない。現在の局面で保守が大統領選の前哨戦で1歩先んじているのは事実だ。進歩陣営はちりぢりになっており、開かれたウリ党内で挙論されている候補者たちの支持率は地をはっている。このような状況で保守が作り出した変数が、逆に意図せずに進歩を結集する動力として作用する素地がある。
 北核は現在進行形だ。どう事態が展開するかは予測不可能だ。どう解決されるのかによって政治的影響も変わり得る。けれども、基本的にどう反応するのかが南韓の内部的には一層重要であり、これをめぐって政治的対立や葛藤が存在する。そのキーは現在のところは保守が握っている。だから保守にとってはチャンスとなり得る。だがそれは同時に危機ともなり得る。(「ハンギュレ21」第631号、06年10月24日付、リュ・イグン記者)

米国万歳、ノ・ムヒョンは無策、異常な北韓……
安保への不安感あおる守旧各紙の逆走が不安

 「こんな時に買いだめの取り締まりや、そのような措置を取れば、むしろ一層、不安感を助長しかねない」。公安検察の責任者は北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)の核実験後、記者たちにこう語った。
 市民らの反応は冷静であり、賢明だった。買いだめや現金の引き出し、海外脱出と言ったようなことは繰り広げられなかった。
 問題は守旧新聞だった。「朝鮮日報」、「中央日報」、「東亜日報」などは「大韓民国は非常事態だ」として安保への不安感を煽りたてた。
 「北韓の核実験で韓(朝鮮)半島超緊張」(朝鮮、10月10日付、1面)、「北韓、もしやもしやと思っていたが……不安でやっていけない」(朝鮮、10日付、2面)、「北韓核実験強行……韓半島〈核の恐怖〉で覆われたのか」(中央、10日付、1面)、「民族的災難が現実に迫った感じ」(中央、10日付、11面)、「北韓、核実験強行……韓半島核の暴風」(東亜、10日付、1面)、「衝撃の核の日……市場には恐怖だけがあった」(東亜、10日付、14面)。
 「朝鮮日報」は「死の灰が降り積もって奇形児が生まれるのではないのか」「核がソウルに落ちればソウルの人口の半分が死ぬと言うのだから、6・25(朝鮮戦争のこと)の比ではない」「子どもらも育てなければならないのに、移民でもしなければならないのかも知れない」(10日付、2面)など、恐怖にかられた市民の反応「だけ」を伝えた。
 けれども「朝鮮日報」の予想とは違って市民らが冷静な反応を示すと、「朝鮮日報」は安保不感症への訓戒に乗り出した。10月11日付の同新聞は主な外国人らの反応を引いて「北韓の決定的核の賭博にも無感覚な韓国人たちの『核不感症』『安保不感症』に、さらに一層驚いている」「北韓の核の賭博に驚き、南の不感症にさらに驚いた」と報道した。
 「中央日報」の北核についての世論調査の記事(11日付)は応答者の66%が「不安だ」と答えた、と報道した。さながら冬に「寒いか」と聞いたようなものだから、大多数が寒いと答えたようなものだ。

マスコミのとん
ちんかんな分析

 守旧新聞は、証券市場や為替市場も核のパンチを食らって大恐慌に陥るだろうというとんちんかんな分析を示した。「朝鮮日報」の10日付社説「韓国経済は北韓の核の衝撃に耐えぬけるのか」の中で「北韓の核実験の第1波は、まず証券市場や為替市場を覆い、さらに押しよせる第2波は実物経済の方に降り注ぎ、押しよせてくるだろう」と語った。「朝鮮日報」の韓国経済破局のシナリオは「海外資本や直接投資の縮小→韓国の信用等級の低下→韓国の債権発行金利の急騰→外資調達の行きづまり→企業投資や民間消費の急冷→韓国経済の首を締める事態」だ。「朝鮮日報」の経済危機の解法は、ただただ強引な「韓米同盟の強化」だ。
 株式市場や為替市場も一晩で冷静さを取り戻し、第2次核実験のニセ情報が伝えられた11日にも全く動揺しなかった。北韓の核実験があってから1週間が過ぎたが「朝鮮日報」が予測した危機の徴候は現れなかった。むしろ「ブルームバーグ通信」は投資の不確実性がなくなったために「北韓の核実験は(韓国の)投資者にとってはプレゼント」だというコラムを載せたりもした。
 北韓の核実験直後のSBS世論調査の結果、北韓核実験の責任は米国(38・1%)、北韓(35・6%)、韓国(22・8%)にある、との数字が出てきた。また56・1%が経済制裁のような圧力政策ではなく、対話を通した外交的解決の努力が必要だと答えた。文化放送の世論調査では、回答者たちは北韓核実験の理由に「対米交渉のカード」(72・1%)を挙げた。南韓(韓国)を脅やかすためのものだ、との回答は4・5%だった。
 米国「ワシントン・ポスト」は、北韓の核実験はブッシュ大統領の対北政策の総体的かつ衝撃的な失敗だと指摘した。英国「ガリーディアン」は「北韓の核政策は異常であるどころか、極めて理性的」だと主張し、「ザ・タイムス」は、対案がない時には抱擁が唯一の方法だと主張した。フランス「ルモンド」は米国の対北政策の正当性に疑問を呈してもいる。
 守旧新聞は北韓と米国の責任を均等に測り、対話によって解決することを望む国内外の流れとは程遠い一方通行の報道で一貫した。守旧新聞の北韓核実験の報道は、「米国万歳」「ノ・ムヒョンのパボ(あほ)」「異常な北韓」に要約される。彼らが解法として出した核の傘、戦時作戦統制権の移管反対、太陽政策の廃棄のような「逆走」こそは、本当に韓半島を非常事態へと追いやりかねない。(「ハンギュレ21」第631号、06年10月24日付、クォン・ヒョンチョル記者)



朝鮮半島日誌

中国主要銀行で北朝鮮
国籍の口座の凍結が進む


10月20日 b中国当局が中朝国境各地の税関で石油、電気製品などの対北朝鮮輸出制限措置を拡大していることがこの日までに明らかに。b「人間開発と人権の促進、保護のために使われるべき貴重な国家資源が核開発と軍国化のために浪費された」「ミサイル発射により人道支援が打ち切られ、食糧事情に悪影響を与えた」(タイの国連特別報告者が国連総会〈人権問題部会〉で)。bワシントンで開かれた米韓安保協議で戦時作戦統制権の韓国への移管(09〜12年の間に)などで合意。
10月22日 b日本政府が国連安保理決議を受けて九州・対馬海峡と沖縄西北方面の2海域と上空に護衛艦、P3C哨戒機配置などを配置する船舶検査の活動計画をメディアが伝える。
10月23日 b「対北朝鮮輸出禁止リストが3倍に増え手続きが非常に煩雑になった」「放射能汚染を心配して北朝鮮産海産物を買い控えている」(中国の中朝貿易関係者)。
10月24日 bこの日までにタイのバンコク周辺で脱北者96人(大半が韓国亡命を希望)がタイの警察・入管当局に拘束される。b中朝貿易の3分の2が集中している中国遼寧省丹東の中国主要銀行で北朝鮮国籍の個人・法人が開設した口座の外貨の扱いを凍結する措置が進んでいることをメディアが伝える。
10月25日 b「核実験に関連する放射性物質キセノンが検出された」(韓国の科学技術省が明らかにし、韓国政府は北朝鮮の核実験実施を正式に確認)。bスイス連邦政府が国連安保理決議に基づき、北朝鮮関連資産凍結などを柱とする経済制裁策を決定(有力金融機関が集中するスイスには以前から北朝鮮の口座開設が指摘されていた)。b「北朝鮮との関連があり、同政府の完全な同意と管理のもとで製造され分配されている」(米金融当局が偽造ドル札製造で北朝鮮関与と断定)。b日本の財務省は、北朝鮮の朝鮮国際化学合弁会社の日本における口座3件を新たに凍結。
10月26日 b国連での日本主導の核廃絶決議案が昨年を上回る169カ国の賛成で採択される。反対国は米、北朝鮮、インドの三カ国。b韓国政府が国連制裁決議への対応措置案概要(制裁対象に指定される北朝鮮の個人・団体の出入国・滞在禁止、北朝鮮への送金統制、コメ・肥料支援凍結措置延長、水害復旧支援品や南北連結鉄道・道路整備資材引き渡し留保、開城工業団地の追加分譲延期など)を明らかに。b韓国の国家情報院が、この日までに民主労働党の幹部ら5人を国家保安法違反容疑(今年3月に中国で北朝鮮工作員と接触・密会したとするもの)で拘束。
10月27日 b月末からの訪朝を予定していたドイツ連邦議会の訪問団が、同行メディアに対する北朝鮮当局の選別的対応(9社中4社にビザ発給拒否)を理由に訪朝中止を明らかに。b「北朝鮮が核実験を行った蓋然性が極めて高いものと判断するに至った」(日本政府が北朝鮮核実験実施を認定、独自調査では放射性物質が検出されていないため断定は回避)。
10月28日 b「北朝鮮の船は船齢が高いものが多いため、結果的に検査対象になる確率が高い」(北朝鮮船の相次ぐ出港禁止措置について香港当局者が説明)。


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